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信じる心
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「あなたって本当に太々しいわね」
側妃のエミリーヌ様に呼ばれて部屋に行けば、挨拶もなしに文句を言われた。
結婚式から一ヶ月も経つが、彼女はいまだにシルハーン国に戻らずにメイアス様のお言葉に甘えて城の一室に滞在している。
「側妃殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
私がドレスの裾をつまみ、丁寧に挨拶をすれば、側妃は顔を不機嫌そうに歪めた。
彼女は茶会セットの椅子に腰掛けながら、私を見上げていた。
「挨拶は結構よ! それよりも、あなたがいまだに正妻の部屋を使っているのはどういうことかしら?」
「何か問題がありましたか?」
私が尋ねると、側妃は自分の口からは言いたくないのか、侍女に話すように目配せした。
ちなみに席を勧められないので、私は立ったままだ。
「ルミネラ様は聖女なので、侯爵様とは白い結婚でございましょう。いわばお飾りの妻なので、エミリーヌ殿下に本妻用の部屋をお譲りしてはいかがでしょうか。結婚後、侯爵様がエスコートなさるのも殿下です。一年後に正式に妻となるとはいえ、現在も実質的な妻は殿下であることは明白でございます」
たしかに領地内の貴族とのお茶会や集まりには、メイアス様は側妃殿下をほとんど伴って出席している。まるで伴侶のように。
「ですが、それは私が判断できることではないです」
元々、私と彼との結婚は政略だから。
でも、側妃はその答えが面白くなかったようだ。
射殺されそうな勢いで睨まれた。
「彼が本当に求めているのは、私なのよ? これを見なさい」
側妃は手を持ち上げ、私に見えるように晒す。
彼女は立派な宝石がはめられた指輪を身につけていた。
「これはマトルヘル卿からいただいたものよ。彼は私に一年後がとても楽しみだとおっしゃってくれたのよ。どういう意味か、もちろん分かるわよね?」
側妃は勝ち誇ったように笑った。
その表情は彼女が嘘をついているようには見えない。
メイアス様は本気で一年後には私を捨ててエミリーヌ様を妻に迎えるのだろうか。
想像しただけで胸の奥を掻きむしられるような痛みが走る。
愛していると言われたけど、言葉だけならなんとでも言える。
彼は城にいるとき、必ず私の部屋を訪れ、私を激しく求めてくる。
体だけが目的なのかと不安になるときもあった。
でも、私は癒しの力をまだ失っていない。
だから、私を傷つける彼女の言葉よりも、今まで私を守ってくれた神の加護と彼の愛を信じたい。
「私はメイアス様を信じてます」
反論するように堂々と答えると、側妃は見るからに悔しそうに顔を歪める。
その直後、彼女は乱暴にお茶のカップに手を取ると、私に向かって中身をぶちまけてきた。
立っていたから咄嗟に後ろに逃げられた。距離ができたおかげで、ドレスのスカートがお茶で汚れただけで熱くはなかった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってお茶をこぼしてしまいましたわ。聖女様なら火傷をなさってもすぐに治せるから大丈夫ですよね?」
謝意など少しもこもってない嫌味ったらしい口調だった。
「ええ、大丈夫です。でも、このような汚れた格好で殿下とお会いし続けるのも申し訳ないので失礼いたします」
退室の口実を得られたと思えば、苦ではなかった。ただ、メイアス様にいただいたドレスだったので、シミにならなければと心配だった。
「ええ、下がって結構よ」
私は礼をしてから踵を返した。
「ふん、覚えてなさいよ」
部屋を出る私の背中に捨て台詞を投げつけられる。
いつものことだと気にもしなくなったけど、まさかこのあとに側妃が侍女と恐ろしい話をしていたなんて、このときは思いもしなかった。
「殿下、侯爵様の助言どおりに準備は整いました。あとは最後の一人の宣誓書さえ揃えば、殿下がこのサルサンに正式に来られた際に忠実な家臣となりましょう」
「ウフフ、我慢の甲斐があったわ。マトルヘル卿が味方なら怖いものはないもの。あの女にやっと復讐できるわ」
側妃のエミリーヌ様に呼ばれて部屋に行けば、挨拶もなしに文句を言われた。
結婚式から一ヶ月も経つが、彼女はいまだにシルハーン国に戻らずにメイアス様のお言葉に甘えて城の一室に滞在している。
「側妃殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
私がドレスの裾をつまみ、丁寧に挨拶をすれば、側妃は顔を不機嫌そうに歪めた。
彼女は茶会セットの椅子に腰掛けながら、私を見上げていた。
「挨拶は結構よ! それよりも、あなたがいまだに正妻の部屋を使っているのはどういうことかしら?」
「何か問題がありましたか?」
私が尋ねると、側妃は自分の口からは言いたくないのか、侍女に話すように目配せした。
ちなみに席を勧められないので、私は立ったままだ。
「ルミネラ様は聖女なので、侯爵様とは白い結婚でございましょう。いわばお飾りの妻なので、エミリーヌ殿下に本妻用の部屋をお譲りしてはいかがでしょうか。結婚後、侯爵様がエスコートなさるのも殿下です。一年後に正式に妻となるとはいえ、現在も実質的な妻は殿下であることは明白でございます」
たしかに領地内の貴族とのお茶会や集まりには、メイアス様は側妃殿下をほとんど伴って出席している。まるで伴侶のように。
「ですが、それは私が判断できることではないです」
元々、私と彼との結婚は政略だから。
でも、側妃はその答えが面白くなかったようだ。
射殺されそうな勢いで睨まれた。
「彼が本当に求めているのは、私なのよ? これを見なさい」
側妃は手を持ち上げ、私に見えるように晒す。
彼女は立派な宝石がはめられた指輪を身につけていた。
「これはマトルヘル卿からいただいたものよ。彼は私に一年後がとても楽しみだとおっしゃってくれたのよ。どういう意味か、もちろん分かるわよね?」
側妃は勝ち誇ったように笑った。
その表情は彼女が嘘をついているようには見えない。
メイアス様は本気で一年後には私を捨ててエミリーヌ様を妻に迎えるのだろうか。
想像しただけで胸の奥を掻きむしられるような痛みが走る。
愛していると言われたけど、言葉だけならなんとでも言える。
彼は城にいるとき、必ず私の部屋を訪れ、私を激しく求めてくる。
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でも、私は癒しの力をまだ失っていない。
だから、私を傷つける彼女の言葉よりも、今まで私を守ってくれた神の加護と彼の愛を信じたい。
「私はメイアス様を信じてます」
反論するように堂々と答えると、側妃は見るからに悔しそうに顔を歪める。
その直後、彼女は乱暴にお茶のカップに手を取ると、私に向かって中身をぶちまけてきた。
立っていたから咄嗟に後ろに逃げられた。距離ができたおかげで、ドレスのスカートがお茶で汚れただけで熱くはなかった。
「あら、ごめんなさい。手が滑ってお茶をこぼしてしまいましたわ。聖女様なら火傷をなさってもすぐに治せるから大丈夫ですよね?」
謝意など少しもこもってない嫌味ったらしい口調だった。
「ええ、大丈夫です。でも、このような汚れた格好で殿下とお会いし続けるのも申し訳ないので失礼いたします」
退室の口実を得られたと思えば、苦ではなかった。ただ、メイアス様にいただいたドレスだったので、シミにならなければと心配だった。
「ええ、下がって結構よ」
私は礼をしてから踵を返した。
「ふん、覚えてなさいよ」
部屋を出る私の背中に捨て台詞を投げつけられる。
いつものことだと気にもしなくなったけど、まさかこのあとに側妃が侍女と恐ろしい話をしていたなんて、このときは思いもしなかった。
「殿下、侯爵様の助言どおりに準備は整いました。あとは最後の一人の宣誓書さえ揃えば、殿下がこのサルサンに正式に来られた際に忠実な家臣となりましょう」
「ウフフ、我慢の甲斐があったわ。マトルヘル卿が味方なら怖いものはないもの。あの女にやっと復讐できるわ」
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