悪役令息にならなかったので、僕は兄様と幸せになりました!

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99 新しい年と噂

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 一の月の半ば、西の国からダリウス叔父様とシャマル様、そしてファルーク君がやってきた。
 フィンレーに設置されている転移陣で来て、父様達が出迎えた。
 その日はフィンレーで食事会があったんだけど、兄様だけの参加になった。無理をしないでいいと言われて甘えさせてもらったんだ。
 子供達はまだ転移させられないので、グリーンベリーに会いに来て下さる事になっているからそちらでゆっくり話をしようって言われたよ。

 そして翌日の午後、叔父様達は山のような出産祝いを抱えてグリーンベリーにやってきた。

「ようこそいらっしゃいました。昨日はお言葉に甘えさせて頂きまして、ありがとうございました」
「ああ、久しぶりだね、エディ。聞いていたよりも元気そうでほっとした。バーシムからつわりも酷く、出産も大変だったと聞いていた」

 ダリウス叔父様よりも先に隣にいたシャマル様が話し出した。心配かけてしまったなと思いながら僕はゆっくりとお辞儀をした。

「ご心配をお掛けしました。バーシム先生にも本当にお世話になりました。昼食を用意してあるのでよろしければご一緒に」
「ああ、有難い。フィンレーの食事も美味しかったけれど、グリーンベリーの食事も楽しみだ」
「ありがとうございます」

 こうして僕たちはダイニングへと移動した。


  ◆◆◆


「ははうえ、いすが……」
 
 もうすぐ二歳になるファルーク君はもうしっかりとおしゃべりが出来る。そうか、これくらいになるとこんなにちゃんとお話が出来るんだね。

「子供用の椅子なんですよ。友人が考案して、同じものを作ってもらいました。これなら皆で一緒に食べられるかなって」

 そう、ルシルが「ファミレスの子供用の椅子を作らせた!」って写真を送ってきたから、うちはまだまだ早いんだけど予備も入れて四つ頼んだんだ。正直『ファミレス』は分からないけど、これなら首がすわって座れるようになれば使えるし、高さも調整出来る。しかも滑り落ちないように色々工夫がされているんだ。

「へぇ、これはいいな」
「はい。もしよろしければファルーク様も一緒にこちらで食事をしませんか?」
「有難い。ルーク、あれに座って一緒に食事をしよう」
「はい」

 そう。一人で食べる事が難しい子供は大人達と一緒に並んで食事をする事はほとんどない。嬉しそうなファルーク君を見て、この椅子を作ってもらって良かったと改めて思った。
 そして同じくルシルが作らせた防水加工がしてあるスタイや子供用のスプーンとフォークにシャマル様立はとても感動していた。是非発注したいって。
 ルシルは「子供のものが無さすぎる!」って色々作っているから、こうして広がっていったらいいな。

 食後のデザートが出され、プリンに釘付けになっているファルーク君を愛おしそうに見つめながら、シャマル様はゆっくりと口を開いた。

「子供達には会えそうかな?」
「はい。起きている時間もだいぶ増えてきました」
「それは楽しみだ。だけど本当に大変だったね」
「そうですね。でもバーシム先生が色々調べてくださって、アルも、友人達も皆協力してくれたので」
「あいつは研究バカのところがあるからね、今回の事も良い事例だと思っていると思うよ。ああ、おかしな風に受け取らないでほしい。良いというのはあくまでもバーシムにとっては得がたい事例で今後に役立つだろうと思っていると思うという意味だ」

 シャマル様がすぐに言い直してくれて、僕は笑って「分かっています」と答えた。

「おかしな噂もあるようだが、気にせずに子育てを楽しんだ方がいい」
「おかしな噂?」

 兄様が一瞬だけ顔を曇らせたような気がした。

「あぁ、もしかして知らなかったのか。でも気にする事はないよ。本当につまらない噂なんだ」
「よろしければ教えていただけますか?」
「エディ」

 兄様が直ぐに僕の名前を呼んだから、多分、中傷に近い事なのかなって思ったよ。でも知らずにいるよりは、知っていた方が色々対応も出来るはずだよね。

「大丈夫です。お願いします」
「では後で私から……」

 兄様の言葉にシャマル様はそのまま言葉を続けた。
「それほど構えるようなものでは無いよ。こういうのは隠して置く方が余計こじれる。要するに下世話というか半分やっかみというか、そんな類のものだ。今までマルリカの実を使って双子ができた事例はなかったんだ。でもそれもありえるという事が立証された。ではどうしてそうなったのか。魔力量が関係しているのか。それともよほど激しい行為だったのか」
「……………は?」

 僕は思わず呆然としたような声を落としていた。

「シャマル」

 さすがにダリウス叔父様が口を挟んだ。けれどシャマル様は首を横に振って話し続けた。

「こういうのはあけすけに言った方がいいんだよ。アルフレッド、そう睨むな」
「いえ、食事中の話題としてはどうなのかと」
「あぁ、でもそういう馬鹿な事を言う奴もいたってそれだけの事だ。マルリカの実を使って効率的に子を増やす事も出来るかもしれないなんて、考える事が屑過ぎて頭が痛くなる。大体行為がどうこう言うのなら、私なんて三つ子か四つ子を授かっていてもおかしくない。なぁ、ダリウス」
「シャマル!!!」

 今度こそ怒気を含んだ声がシャマル様の名前を呼んだ。それに肩を竦めて、シャマル様は僕を見て笑った。

「そういう事だ。なので、つまらない事を言うような奴がいたら試してみたらいいと言ってやればいい。きちんとした事が分からないまま面白おかしく勝手に吹聴されるなんてごめんだろう? それでも言いたいのならフィンレーとグリーンベリーから侮辱罪として訴えてやればいい。バーシムはそれに関してもきちんと備えている。ああ、ルーク気に入ったのか? 母のも食べるかい?」
「へいきです。ははうえもたべてください」
「そうだな。せっかくのデザートだ。母もルークが気に入ったプリンを食べる事にしよう」
「おいしいです」
「そうか」

 シャマル様は幸せそうにプリンを食べた。そしてクシャリとファルーク君の頭を撫でる。 

「何かあればやり返す、それくらいでちょうどいい事もある」
「シャマル。それくらいにしなさい」
「分かった分かった。エディ。夫婦の事など誰も、何も、分からないものだよ。勝手な事を言い立てる奴には相当の報いがあってもいい。それくらいの気持ちでね。マルリカの実の事をとやかくいうような奴らも同様だ。命は命。授かった幸せは同じだと。それに……マルリカの実で授かった子は魔力量も高い子供が多い。そんな事を言っているとそのうち自分に返ってくる。母親になるとよりいっそう強くなる。守らなければならないからね」
「はい。ありがとうございます」

 兄様が何か言いたそうにしていたけれど、僕はにっこりと笑ってシャマル様に頭を下げた。
 そう。守るものは決まっている。その為に強くなることも大事な事だ。兄様は僕を守ってくれるけれど、僕も同じように兄様も、子供たちも、そして大切な人たちを守れる自分でありたいんだ。

「エドワード、大事な者を守る方法は人それぞれだよ。それだけは忘れないでほしい」
「はい。自分だけでなく、一緒に考えていきます」
「うん。それでいい」

 ダリウス叔父様がホッとしたように笑って、シャマル様も小さく口の端を上げて楽しそうに笑った。振り向くと兄様も少しだけ困ったような、でも小さく頷いて笑っていて、僕もふわりと笑い返す。
 そうして昼食を終えて、僕達は子供たちの部屋に向かった。
 ちょうどタイミングよく、二人とも起きていた。
 目もぱっちりと開いていて、髪の色もだいぶはっきりと分かるようになってきた。
 でも目の色はまだ二人とも少しずつ異なるブルーなんだよね。あの日、母様が言ったように魔力が落ち着いてきたら瞳の色が定着してくるんだろうな。

「ああ、小さくて可愛らしい。はじめまして君たちの叔父さんだよ」
「あかちゃん……」
「そうだよ。このおうちの子たちだ」
「金髪の子がアーネスト、栗色の髪の子がサイラスです」
「アーネストとサイラスか。うん。良い名前だね。「信頼出来る者」と「森に在る者」か」

 そう。兄様と二人で色々と名前を考えて決めた名前だ。でもね、そんな意味があったなんて僕は後から知ったんだけど、とても素敵でぴったりだなって思ったんだ。
 
「ふふふ、ルークの小さな時を思い出すな」
「ルーは、ちいさくないです」
「そうだな。大きくなった。赤ちゃんたちとも仲良くしてほしいな。ルークの方がお兄ちゃんだからな」
「おにいちゃん……。ルーはアーネと、サイと、なかよくします」
「よろしくね」
「はい」

 こうしてダリウス叔父様達はグリーンベリーに一泊をしてフィンレーに戻り、その二日後、いつかのように沢山のお土産と一緒にシェルバーネに帰った。少しだけ早いファルーク君のお誕生日のケーキも持って帰ってもらったよ。
 プリンタルトはお気に入りでレシピが欲しいと書簡がきた。


  ◆◆◆


「私が言わなかった噂の事を気にしているかい?」

 シャマル様達が帰ってから兄様は思い出したようにそう言った。

「いいえ、アルが僕の事を思って言わなかったのだと分かっています。でも大丈夫です。母様も双子を生んでいますし、どのような事でそうなったのかは分かりませんが、二人が無事に生まれてくれて良かったと思っています。それだけです。でももしもその事で悪意を向けられたら、僕は子供たちを守るために強くなれると思います」

 僕は一度言葉を切って、それから思い出したようにクスリと笑った。

「エディ?」
「ああ、すみません。シャマル様の三つ子や四つ子にはちょっとびっくりしました。本当に色々な事を考える人はいるんだなと。それにマルリカの実を使った日の事は僕にとって大切な思い出であり、儀式でもあり、誰かに何かを言われるものではないから。だって愛し合って子が出来た。それは当たり前の事だもの」
「……ああ、そうだね。確かにエディの言う通りだ」

 兄様はそう言って僕の事をギュッと抱き締めた。

「早く、ファルーク君のように二人ともお話がしたいです」
「うん。そうだね。沢山話をしよう。楽しい事も。ビデオもしっかりと残しておかないといけないね」
「そうですね」

 僕達は笑いながらそっと口づけを交わした。
 
 それからひと月して二の月が終わる頃、二人の瞳の色が分かった。
 アーネストは兄様のアクアマリンブルーよりは父様の少しグレーがかったブルーに近い色になった。そしてサイラスは、髪の色こそ少し赤みのある明るめの栗色だったけれど、瞳の色は僕と同じペリドット色だった。



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