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97 子供たち

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 「生まれましたよ!」っていうバーシム先生の声と、兄様の「ありがとう」っていう声。そして元気な産声にほっとして、そのまま意識を失ってしまった僕が目を覚ましたのは、出産から二日後の事だった。

「エドワード様!」
「……マリー?」
「はい! 良かった。すぐに皆様にお知らせします」

 珍しく慌てて部屋を出ていってしまったマリーに、僕はぼんやりとした頭で何がどうなっているのかを考え始めたんだけど……

「エディ!」

 ノックもなく、ものすごい勢いで部屋に飛び込んできたのは兄様だった。そしてそのまま僕はギュッと抱きしめられた。

「良かった……」
「えっと、あの?」

 どうして僕は寝ていたんだろう? マリーはなんであんなに慌てて部屋を出ていってしまったのかな? そして、兄様はどうしてこんな風に僕をギュッとしているのかしら?

「アル、エディが困っていますよ」
「! 母様!」

 次に現れたのはレオラを伴った母様だった。兄様がそっと僕を離して母様にお辞儀をする。母様はゆっくりと僕の枕元にやってきた。

「そのままでいいわ。エディ、まずは出産おめでとうございます。子供達は元気ですよ。後でこちらに連れてきましょうね」

 そう言われてハッとした。そうだった、僕は子供を産んだんだ。ちゃんと産声も覚えている。でも覚えているのは声だけだ。

「あ、あの……僕はどうなっていたのでしょうか? 生まれたっていうバーシム先生の言葉とアルの声と赤ちゃんの泣き声は聞いた気がするのですが」

 僕の言葉を聞いて、兄様はコクリと頷いた。

「無事に産まれて安心してしまったらしくてね、そのまま意識を失ってしまったんだ。ただ私が大袈裟に名前を呼んだから、控えていたルシル達が慌ててね……」

 少しバツが悪そうにそう言った兄様に僕はその日の事を聞かせてもらってちょっと頭が痛くなった。

 赤ちゃんを産む部屋にはバーシム先生の助手の人だけの予定だったんだけど、万が一の事を考えて、魔力を流すようになった時のために兄様が、そして僕と子供達に何かあった時のためにルシルと大神官さまともう一人の神官様が控えていたんだ。
 さすがにそれだけの人にじっと見られているのはって僕だけでなく、母様やマリー達既婚者のメイド、それにルシルが「かえって落ち着かない」って言ってくれて、カーテンや衝立で区切って、僕の事は直接見えないけど、すぐに対応できるようにしてくれていた。だけど僕が気を失ってしまったから兄様がものすごい勢いで僕の名前を呼んで、それにルシルと神官様達が仕切りの内側に入ってきて、更に部屋の外にいた筈の母様が飛び込んできて、生まれたばかりの赤ちゃんのお世話をするはずのマリーまで戻ってきてしまったとか。
 ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、すぐに意識が戻らないで良かったって思っちゃったよ。
 母様は「あまり疲れされるといけないからまた後でね」って部屋を出ていった。
 二人きりになってちょっとだけ身体を起こしてもらった。
 ああやっぱり寝たきりでいると身体が強張ってしまうね。それが分かっているように兄様がベッドの端に腰かけてそっと支えてくれた。

「その……さっきの話だけど、ごめんね、エディ」
「いえ、僕こそ気を失って心配をおかけいたしました。皆様にもお礼とお詫びのお手紙を出さなければなりませんね。でも産まれたばかりの子供の顔をすぐに見られなかったのは残念でした」 

 僕がそう言うと兄様はふわりと笑った。

「さすがにビデオカメラは無理だったけど、生まれてメイドたちに抱えられた時に写真を撮っておいてもらった。その後はバタバタになってしまって、眠っている写真だけだ」
「…………ありがとうございます。ふふふ、小さい。泣いてる……」

 初めて見た僕の赤ちゃんは写真の中で泣いていて、それから二人並んでベッドの中で眠っていた。

「とりあえず少しでいいから何か食べよう。エディの食事が終わって体調が落ち着いているようなら母上が言っていたように二人を連れてこよう」
「はい」
「…………それと、もう一度、きちんと言わせてほしい。エディ、子供達を生んでくれてありがとう。私達の大切な宝物だ。皆で一緒に幸せになろう」
「……はい。ありがとうございます。早く二人に会いたいです」

 最近はベッド食事をする事が多いなって思いながら、消化の良さそうなものが少しずつ並べられてシェフに感謝しながら食べた。お腹の中に入ったそれは吐き戻す事も、具合が悪くなってしまう事もなく、僕は二日ぶりに子供に会う事が出来た。

 ベッドの中で眠っている小さな命。大きくなっていたお腹はペッチャンコになっていて、本当にここから出てきたんだなってなんだか不思議な気持ちになったよ。
 お産自体は兄様の話だと、マルリカの実を使った普通の出産よりはやっぱり大変だったらしい。
 でも事前に口にしたマルリカの実の魔力が、ちゃんと赤ちゃんが入っていたそれを守ってくれて、何とか出て来られたみたい。苦しくて、途中でよく分からなくなっていたような気がするけれど良かった。

「金髪と茶色なのかな。薄くてよく分からないな。瞳もまだ分からないね」

 でもしばらくの間はウィルたちがそうだったようにブルーなんだろう。だけどこうしてみると髪の色も、瞳の色も関係ないな。ただただ愛おしいっていう気持ちだけだ。

 ぎゅっと閉じている小さな手をそっと指で触れた。

「……お名前をつけなければいけませんね。もう決めましたか?」
「いや、エディと一緒に決めようと思っている」
「……ありがとうございます。では相談しましょうね」

 そう言ってからふと気づいた。

「アル……冬祭りは……」

 そうだよ。僕が出産したのがただでさえ忙しい十二の月の二日だ。それから二日も寝ていたんだから冬祭りはもう始まっているじゃないか!

「エディが目を覚ましたというので戻ってきたんだ。大丈夫だよ。私はまだフィンレーの領主ではないからね」
「…………で、でも……」
「父上の許しも出ている。ついていてやりなさいってね」
「………………すみません」
「どうして謝るのかな。とりあえず後は最終日の最後に顔を出せばいいんだ。まぁ来年はもう少し任される事が増えるかもしれないけど、まだまだ父上に頑張ってもらわないとね」

 そう言って笑う兄様に、僕も思わず笑ってしまった。父様、ごめんなさい。そしてありがとうございます。
 小さな拳に添えていた指を、開いた手がそっと握り込んだ。

「わ! すごい。こんなに小さいのに掴めるの? すごいねぇ。ふふふ皆で幸せになろうね」



 二人の名前は金髪の子がアーネスト・グリーンベリー・フィンレー、茶色のような髪の子がサイラス・グリーンベリー・フィンレーに決まった。


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