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93 皆のおかげで

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「びっくりしたよ。ミッチェルからいきなり「エディが死んじゃう」なんて書簡がくるからさ、何事かと思ったらおめでたで、ものすごいつわりだって。ああ、ごめん。最初に言わなきゃいけなかった。妊娠おめでとう、エディ」
「ありがとう、ルシル」

 五の月の半ば、ルシルが訪ねてきた。どうやらミッチェル君がルシルに知らせたらしく、ルシルから兄様に問い合わせがきて、短い時間だけならって会える事になったらしい。
 少し落ち着いたらって思っているうちにつわりがどんどんひどくなっちゃったから、実はまだ友達には子供が出来た事を知らせていなかったんだ。知っているのはグリーンベリーにいるミッチェル君、ブライアン君、そしてスティーブ君だけ。
 一応僕から知らせたいからって内緒にしてもらっていたんだ。でもミッチェル君は時々様子を見に来ているから心配になっちゃったんだろうな。
 今回ミッチェル君が知らせたのはルシルだけで、何か出来る事はないかって問い合わせをしたらしい。兄様にはミッチェル君に注意をするような事をしないでほしいって伝えたよ。
 もちろんその前に「約束を破ってごめんね」ってミッチェル君からは謝罪の手紙が届いていた。でもそれだけだからルシルが会いに来るって連絡がくるまで、なんの約束を破った謝罪なのか分からなかったんだよね。それもミッチェル君らしいなとは思ったけど、スティーブ君は「少し話をしておきます」って言っていたから、スティーブ君にも怒らないでって言ったけど、ミッチェル君は大丈夫だったかな。

「それにしてもミッチェルが騒ぐのも分かるな。エディ、一回り小さくなっているよ? これなら食べられるっていうようなものはない?」

 ルシルの問いかけに僕は困ったような顔をして口を開いた。

「うん……。これならっていうのはないかな。時間が空きすぎると余計に気持ち悪くなるって言われてあまり間を空け過ぎないようにしているんだけど、あまり効果もないし。とにかく気持ちが悪いのと、身体が怠いんだ」
「怠いのは食べていないせいもあると思うけど。主治医は? いるよね?」
「紹介をしてもらったシェルバーネの先生に診てもらっているよ。お腹の子の魔力が大きいのかもしれないけど、長くてもあとひと月半って言われてアルが切れそうになっていた」
「あ~~~、まぁこの状態であとひと月半とか言われたら「ヤブ!」って思うよね」
「やぶ?」

 僕が問いかけるとルシルは「なんでもない」って言ってから僕の手を取った。

「少しだけ聖魔法を流してみようか。他人の魔力は本来はあまり良くないけど、癒しの魔力なら大丈夫だと思うよ。お産の時にそうしてもらう人もいるから」

 そう言われて昔、父様が母様をグランディスの神殿でなく王都の聖神殿に連れて行った事を思い出した。

「一応ね、エディがいいって言ったら聖魔法を使ってもいいってアルフレッド様には了承してもらっているんだ。でもこういうのはやっぱり気持ちの問題もあるからさ、エディが不安で嫌だって思うなら止めておくよ」
「…………僕が、苦しいと赤ちゃんも苦しくなっているのかな」

 僕がそう言うとルシルも少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「う~~~~ん、それは何とも言えないな。つわりは母体の方に起こるものだと思うけど実際は分からないからね。でも嬉しいとか、楽しいっていうような気持ちは赤ちゃんにも間接的に伝わるみたいだから、そういう気持ちでいられたらいいよね。僕は苦しい時は自分に自分で癒しをかけていたよ。魔力が減るからやめろって言われて切れたけど。僕の魔力を僕がどう使おうと僕の中に戻るんだから減らないよねぇ」

 ルシルらしいなって思って僕は思わずクスリと笑ってしまった。

「じゃあ、お願いしようかな。ミッチェル君が一生懸命知らせてくれて、こうしてルシルが来てくれたんだもの。本当は嬉しいお知らせをもっと早くするつもりだったのにって思うけど、早く僕と赤ちゃんの魔力がなじんで、トムや他の友達にも書簡を送れるようにしたい」
「うん。そうだね。きっと皆驚くよ。そしてすぐにおめでとうって連絡が来る。多分ねトムは泣いちゃうと思う。じゃあ、ゆっくり流すね。少しでも違和感があったり嫌だって思ったら言って? 言えなかったらギュッて手を握って。そうしたら別の方法を考えるから」
「ありがとう」

 そうして僕の身体の中に温かくて優しい魔力が流れ始めた。


   ◆ ◆ ◆


 パチリと目が覚めた。一瞬自分がどうしたのか、何をしていたのか分からずに呆然としていると、少しだけ心配をした声で名前を呼ばれた。

「エディ?」
「……アル? え? どうして?」

 兄様は仕事に行った筈なのにどうしてここにいるんだろう? 僕は……ああ、そうだ。ルシルに癒しの魔力を流してもらったんだ。

「あの……ルシルは?」
「帰ったよ」
「え? 帰った?」

 僕が驚いていると兄様は小さく苦笑してそっと僕の手を握った。

「ルシルが来たのは昨日の昼過ぎだよ。エディは半日以上眠っていた」
「半日以上!」

 えええええ! じゃあ今は真夜中なの? それとも明け方に近いのかな?

「アルも休んでください」
「うん。気配で目が覚めた。ちゃんと休んでいるから大丈夫だよ。殿下にこき使われていた時の方がずっと酷かった」

 そう言って笑う兄様に僕も小さく笑ってしまった。そして笑うこと自体が久しぶりだなって思った。兄様もそう思っているのか、どこかホッとしたような表情を浮かべていた。

「落ち着いて眠っているからそっとしておいて大丈夫だって言われた。きっとつわりのせいできちんと眠れていなかったのかもしれないって。確かに数時間ごとに目が覚めていたからね。でもまとまって眠れたなら良かった。気持ちは悪くない? 遅い時間だけど何か食べられそうかな? 無理はしなくてもいい。でも水分だけはとっておこうね」
「はい。えっと…………ちょっとだけモモが食べたいかも」
「そう! じゃあすぐに用意してもらおう。ああ、そうだ。母上からフィンレーのヨーグルトをことづかった。冷たくしてあるけどそれも試してみるかい?」
「はい。ありがとう、アル」
「エディの顔色が良くなって嬉しい。ルシルには少し定期的にきてもらうのもいいかもしれないね。もう少し頑張ろう」

 額にそっと口づけを落とした兄様に、僕はもう一度コクリと頷いた。
 今年は兄様の二十八のお誕生日もちゃんとお祝いする事が出来なかった。元気になる事が一番って言われたけど、元気になったらシェフにケーキを作ってもらってお祝いをしたいな。
 そんな事を考えながらゆっくりと食べた母様からのヨーグルトは吐き戻さずに食べる事が出来た。しばらくは主食がヨーグルトになりそうだって思えたよ。
 そしてルシルは一週間に一度くらいの割合で様子を見に来てくれた。申し訳ないなって思ったけど「僕も息抜きになるから!」って言われて、言葉に甘えた。
 三回目の時は「食べ過ぎたり、こればかりになるのは駄目なんだけど」って言いながら『フライドポテト』というものを持ってきてくれた。油で揚げたものなんて無理って思ったんだけど、不思議に食べる事が出来た。

 ミッチェル君もやってきて、短い時間だったけど三人で話をする事が出来た。帰り際には「良かった」って泣かれてしまったよ。心配かけてごめんね、ミッチェル君。

 こうして酷いつわりに悩まされた四の月の半ばから五の月が過ぎて、吐き戻す回数が減り、体重も少しずつ戻り始めた六の月のはじめ、僕はようやくお友達の皆に「赤ちゃんが出来ました」って書簡を送る事が出来たんだ。



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