97 / 109
92 予想外
しおりを挟む
結局シャマル様と会えたのはシャマル様がシェルバーネに戻られる日だった。
公式の色々が終わったので、一足先に戻るのだと聞いたのは昨日だ。今回はファルーク君がお留守番だから、やっぱり少しでも早く帰ってあげたいものね。
僕は今、転移の魔法陣が使えないから、お会い出来ないかもしれないなって思ったんだけど、シャマル様の方からグリーンベリーにいらしてくださった。
「まずは、グリーンベリー卿、沢山のマルリカを育ててくれてありがとう。心から感謝する。そして、大切な甥である君に。おめでとう、エディ。今年の冬は新しい家族を紹介してもらえるかな。ああ、だけど十一の月の後半から十二の月のはじめ辺りでは、さすがに会わせてはもらえないか。どこの家も皆、出産は過保護になるからね。特にフィンレーの家系はその傾向が強いようだ」
シャマル様の言葉に父様と兄様、そしてダリウス叔父様が微妙に視線を逸らしたのがおかしかった。
「バーシム先生の事、ありがとうございました。自分の知らない事が沢山あって、とても助かりました」
「ああ、それなら良かった。バーシムは私も世話になった。とても妻思いの医者だ。マルリカの実で子を成した者に親身に寄り添ってくれる。ルフェリットではまだ助産師が少ないと聞いてね。不安になる事もあるだろうから相談にのってやってほしいと言ったんだ」
「定期的に診察にもきてくださるそうです。心強いです」
僕がそう言うとシャマル様はにっこりと笑って頷いて、再び口を開いた。
「周りに心配され過ぎると、こちらも不安になってくるからね。その辺りの事も追々伝えさせるよ」
「ふふふ、はい。よろしくお願いします。そう言えば砂漠の麦はいかがですか?」
「ああ、順調だ。まだ多くは無いが、麦畑というものを見かける事が増えてきている。いずれは他の植物も育つ豊かな土地になってほしいと願っているよ。ファルークの子の代くらいには、大昔の豊かなシェルバーネには及ばずとも、未来に希望を持てるようにしていきたい。ああ、少し長く話してしまったかな」
「大丈夫です。僕の方こそ、ファルーク君との時間を削らせてしまってすみません」
「エディも大切な甥だよ。元気な子供が生まれるよう、私も西の国から祈っている」
「はい。ありがとうございます」
シャマル様とは本当にご挨拶だけみたいになってしまったけれど、お会い出来て良かった。
今回の会議については、兄様と父様が少しづつ話をしてくれる事になって、過去の事件についてはもう少し時間が経ってから改めて話す事になっているんだ。話を聞くくらいは大丈夫だと思うんだけど、とりあえずは両国とも新たな人身売買の組織出てきてはいない事だけを聞いた。
そして今後の事については余裕があれば少しずつ増やしてほしいが、無理のない範囲でとなったらしい。
これについてもまた改めて話をすると言われた。後からの話が沢山だ、忘れないようにしないとね。
安定期に入るまではゆっくりと穏やかに過ごしてほしいって言われたんだけど、でも少し落ち着いてきたら色々と仕事も回しておかないといけないよね。
来年のマルリカの実もそうだけど、馬車に乗れるようになったら、お腹が大きくなっちゃう前に試作の畑にも行きたいし、赤ちゃんが生まれると時間が縛られそうな気がするから、少し長期的な計画も立てておきたい。
もっとも今こんな事を言ったら、とても渋い顔をされてしまうから、時期を見て言わないと。そうじゃないと仕事場にも行かれなくなってしまいそうだ。
「マリー、マリーも辛い時はちゃんと休んでね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私は三回目なので、ギリギリまでおそばで仕えるつもりです」
そうなんだ。実はマリーも妊娠しているんだ。しかもそれは僕の子のため。
マリー曰く「エドワード様のお子様の乳母の座は誰にも渡せません」なのだそう。
レオラもそのつもりでこちらに来ているって聞いてビックリした。
本当になんだか皆、僕よりも気合いが入っている感じだ。
「僕も頑張らなきゃ」
小さくそう言ったら、シャマル様たちのお見送りからいつの間にか戻っていた兄様から「頑張らなくてもいいから、元気で穏やかに過ごそうね」ってにっこり笑って言われてしまった。
◆◆◆
元気で穏やかに。そしてお腹が大きくなってくる前に仕事も回して、長期的な計画を立てたい。そう考えていた時が、僕には今、遥か昔の事に感じていた。
「食べられるものを、少しだけでも口にしてみよう。お腹がすきすぎてしまうと余計に気持ちが悪くなってしまうとレオラ達も言っている。果物しか食べられないならそれでもいい。でもポーションは一日二本までにしておこうね」
「…………がんばります」
「うん。早く帰ってくる。水分だけはしっかりとってほしい」
「はい……」
そうして兄様は僕の手を取って、魔力を流してから部屋を出ていった。
入れ違いにマリーが入ってきた。
「果実水です。果物は召し上がれますか?」
「ありがとう。水だけもらう。食べられそうなら口にするからそこに置いておいて」
「……野菜のスープなど試してみるのはいかがでしょう」
「うん。じゃあ、後でもらおうかな。アルから魔力をもらったから少し休むね。マリーも休んで」
「エドワード様、魔力だけでは身体が持たないのです。何か少しづつでいいので召し上がってください」
悲しそうにそう言われて僕は果実水を飲んで、置かれていたイチゴを口にした。
「ごめんねマリー。先生も仰っていたけど、きっともう少しすれば落ち着いてくる筈だから」
「はい」
ドアが開いて、閉じた音に僕はホォッと息をついた。口にしたばかりのイチゴがムカムカと喉の奥からせり上がってくる。それをどうにか堪えつつ、僕はもう一度ため息をついた。
子供がいるって分かった時は、嬉しくて、ちゃんとマルリカが、育てる所を作っているって分かっても、この感覚に慣れるまでは慎重に過ごそうって思っていた。それで、少しずつ仕事を始めていこうって。
それなのにそのひと月後、僕はそれどころの騒ぎではなくなっていた。
マリーやレオラも驚く程のつわりという吐き気とひどい倦怠感が、僕を襲っているんだ。
とにかく食べられない。食べると吐く。その内にベッドから起き上がれなくなって、兄様がバーシム先生に問い合わせて、先生が診察にやってきたのは一昨日。
多分、魔力が大きな子供なのでしょうと。おそらく長くてもあと一ヵ月半って言われて兄様が「あとひと月半!」とちょっとキレていた。
「まさかこんな事になるなんてね」
魔力が大きな子。一体僕のお腹の中にはどんな子がいるのかな。
でもお腹の子供が僕と同じくらい苦しかったらすごく困る。だって、大人の僕がこんなに苦しいんだもの、お腹の中にいる小さな子には耐えられないよ。早く僕の魔力となじんで落ち着いてくれるといいな。
「僕も早く君の魔力になじむから、君も僕の魔力になじんで? 一緒に頑張ろう。大好きだよ」
そう言うとほんの少しだけ、せり上がってくるような気持ちの悪さが治まったような気がした。
公式の色々が終わったので、一足先に戻るのだと聞いたのは昨日だ。今回はファルーク君がお留守番だから、やっぱり少しでも早く帰ってあげたいものね。
僕は今、転移の魔法陣が使えないから、お会い出来ないかもしれないなって思ったんだけど、シャマル様の方からグリーンベリーにいらしてくださった。
「まずは、グリーンベリー卿、沢山のマルリカを育ててくれてありがとう。心から感謝する。そして、大切な甥である君に。おめでとう、エディ。今年の冬は新しい家族を紹介してもらえるかな。ああ、だけど十一の月の後半から十二の月のはじめ辺りでは、さすがに会わせてはもらえないか。どこの家も皆、出産は過保護になるからね。特にフィンレーの家系はその傾向が強いようだ」
シャマル様の言葉に父様と兄様、そしてダリウス叔父様が微妙に視線を逸らしたのがおかしかった。
「バーシム先生の事、ありがとうございました。自分の知らない事が沢山あって、とても助かりました」
「ああ、それなら良かった。バーシムは私も世話になった。とても妻思いの医者だ。マルリカの実で子を成した者に親身に寄り添ってくれる。ルフェリットではまだ助産師が少ないと聞いてね。不安になる事もあるだろうから相談にのってやってほしいと言ったんだ」
「定期的に診察にもきてくださるそうです。心強いです」
僕がそう言うとシャマル様はにっこりと笑って頷いて、再び口を開いた。
「周りに心配され過ぎると、こちらも不安になってくるからね。その辺りの事も追々伝えさせるよ」
「ふふふ、はい。よろしくお願いします。そう言えば砂漠の麦はいかがですか?」
「ああ、順調だ。まだ多くは無いが、麦畑というものを見かける事が増えてきている。いずれは他の植物も育つ豊かな土地になってほしいと願っているよ。ファルークの子の代くらいには、大昔の豊かなシェルバーネには及ばずとも、未来に希望を持てるようにしていきたい。ああ、少し長く話してしまったかな」
「大丈夫です。僕の方こそ、ファルーク君との時間を削らせてしまってすみません」
「エディも大切な甥だよ。元気な子供が生まれるよう、私も西の国から祈っている」
「はい。ありがとうございます」
シャマル様とは本当にご挨拶だけみたいになってしまったけれど、お会い出来て良かった。
今回の会議については、兄様と父様が少しづつ話をしてくれる事になって、過去の事件についてはもう少し時間が経ってから改めて話す事になっているんだ。話を聞くくらいは大丈夫だと思うんだけど、とりあえずは両国とも新たな人身売買の組織出てきてはいない事だけを聞いた。
そして今後の事については余裕があれば少しずつ増やしてほしいが、無理のない範囲でとなったらしい。
これについてもまた改めて話をすると言われた。後からの話が沢山だ、忘れないようにしないとね。
安定期に入るまではゆっくりと穏やかに過ごしてほしいって言われたんだけど、でも少し落ち着いてきたら色々と仕事も回しておかないといけないよね。
来年のマルリカの実もそうだけど、馬車に乗れるようになったら、お腹が大きくなっちゃう前に試作の畑にも行きたいし、赤ちゃんが生まれると時間が縛られそうな気がするから、少し長期的な計画も立てておきたい。
もっとも今こんな事を言ったら、とても渋い顔をされてしまうから、時期を見て言わないと。そうじゃないと仕事場にも行かれなくなってしまいそうだ。
「マリー、マリーも辛い時はちゃんと休んでね」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私は三回目なので、ギリギリまでおそばで仕えるつもりです」
そうなんだ。実はマリーも妊娠しているんだ。しかもそれは僕の子のため。
マリー曰く「エドワード様のお子様の乳母の座は誰にも渡せません」なのだそう。
レオラもそのつもりでこちらに来ているって聞いてビックリした。
本当になんだか皆、僕よりも気合いが入っている感じだ。
「僕も頑張らなきゃ」
小さくそう言ったら、シャマル様たちのお見送りからいつの間にか戻っていた兄様から「頑張らなくてもいいから、元気で穏やかに過ごそうね」ってにっこり笑って言われてしまった。
◆◆◆
元気で穏やかに。そしてお腹が大きくなってくる前に仕事も回して、長期的な計画を立てたい。そう考えていた時が、僕には今、遥か昔の事に感じていた。
「食べられるものを、少しだけでも口にしてみよう。お腹がすきすぎてしまうと余計に気持ちが悪くなってしまうとレオラ達も言っている。果物しか食べられないならそれでもいい。でもポーションは一日二本までにしておこうね」
「…………がんばります」
「うん。早く帰ってくる。水分だけはしっかりとってほしい」
「はい……」
そうして兄様は僕の手を取って、魔力を流してから部屋を出ていった。
入れ違いにマリーが入ってきた。
「果実水です。果物は召し上がれますか?」
「ありがとう。水だけもらう。食べられそうなら口にするからそこに置いておいて」
「……野菜のスープなど試してみるのはいかがでしょう」
「うん。じゃあ、後でもらおうかな。アルから魔力をもらったから少し休むね。マリーも休んで」
「エドワード様、魔力だけでは身体が持たないのです。何か少しづつでいいので召し上がってください」
悲しそうにそう言われて僕は果実水を飲んで、置かれていたイチゴを口にした。
「ごめんねマリー。先生も仰っていたけど、きっともう少しすれば落ち着いてくる筈だから」
「はい」
ドアが開いて、閉じた音に僕はホォッと息をついた。口にしたばかりのイチゴがムカムカと喉の奥からせり上がってくる。それをどうにか堪えつつ、僕はもう一度ため息をついた。
子供がいるって分かった時は、嬉しくて、ちゃんとマルリカが、育てる所を作っているって分かっても、この感覚に慣れるまでは慎重に過ごそうって思っていた。それで、少しずつ仕事を始めていこうって。
それなのにそのひと月後、僕はそれどころの騒ぎではなくなっていた。
マリーやレオラも驚く程のつわりという吐き気とひどい倦怠感が、僕を襲っているんだ。
とにかく食べられない。食べると吐く。その内にベッドから起き上がれなくなって、兄様がバーシム先生に問い合わせて、先生が診察にやってきたのは一昨日。
多分、魔力が大きな子供なのでしょうと。おそらく長くてもあと一ヵ月半って言われて兄様が「あとひと月半!」とちょっとキレていた。
「まさかこんな事になるなんてね」
魔力が大きな子。一体僕のお腹の中にはどんな子がいるのかな。
でもお腹の子供が僕と同じくらい苦しかったらすごく困る。だって、大人の僕がこんなに苦しいんだもの、お腹の中にいる小さな子には耐えられないよ。早く僕の魔力となじんで落ち着いてくれるといいな。
「僕も早く君の魔力になじむから、君も僕の魔力になじんで? 一緒に頑張ろう。大好きだよ」
そう言うとほんの少しだけ、せり上がってくるような気持ちの悪さが治まったような気がした。
1,200
お気に入りに追加
3,128
あなたにおすすめの小説

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる