悪役令息にならなかったので、僕は兄様と幸せになりました!

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78 残りの実と次の収穫と

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 一の月が終わり二の月に入っていた。
 兄様と話をして、お互いがお互いの一番でありたいと思っている事を改めて言葉にすると、不安になっていた僕の気持ちは落ち着いてきた。
 兄様の前だと僕はいつまでも子供みたいだなとも思ったけれど、それでもいいのかなとも思った。

 子供の事をどうするのかっていう事も、自分の気持ちがどこにあるのかも分かったわけじゃないんだけど、それでも僕の隣に、僕を一番に思ってくれる兄様が寄り添っていてくれる。 
 一緒に考えようって、自分を追い詰めるような事をしなくていいんだって、何もしていないって思い始めてしまうといけないから考えた時に言葉に出していくのがいいのかもしれないって、兄様はもしかしたら僕よりも僕の事が分かっているのかもしれない。だって兄様は昔から僕が言葉に出来ずにいる事を言葉にしてくれる天才なんだもの。
 そう言ったら兄様は嬉しそうに笑って、僕も嬉しくなった。
 兄様がいてくれてよかった。何度でもそう思える事が幸せだなって思った。


 ◇ ◇ ◇


「うん、順調だね」

 二の月の半ば、僕は温室に来ていた。今年の収穫は三の月の一日から。温室も新しくなったし、苗木もかなり増やした。
 多分昨年の倍近い実が取れる筈だ。ふふふ、お祖父様のお陰だね。
 少し赤く色づいてきたマルリカの実にそっと触れてみた。
 硬い感触。少しだけごわごわして、形も完全な丸ではない不思議な実。

 ふと、どうやって食べるのかなって思った。食べるって言っていたよね。
 この硬い皮を剥くと実が入っているんだよね? 中の実はどんな形で、何色なんだろう。
 もう何年も、こんなに沢山の実を育てているのに、僕はマルリカの実の事を何にも知らないんだなって今更ながら思った。

「ふふふ、どうやって使うのかも知らないしね」

 だってそれは兄様に任せておけばいいってシャマル様が言っていらしたもの。
 そう考えてもう一度マルリカの実を見る。

「僕は神殿でこの実を初めていただく人たちと同じなんだな……」

 思わず漏れ落ちた声。
 そう。僕が知っているのはこの実の見た目だけだ。
 子供が作れる実だっていうのも後から知ったしね。 
 神殿でこの実を渡された時、皆はどんな風に感じたのかな。
 そして子供を授かったと分かった時に、どんな風に思ったのかな。
 
 国もマルリカの実について、貴族たちから吸い上げた意見をまとめて、国として行うべき事を考えている。
 おそらくは次のマルリカの実が販売をされる時に新たにお布令が出るだろうって父様が言っていた。
 そうしてルフェリットでもきっとマルリカの実がある事が当たり前になっていくんだ。
 その実を使って生まれてくる子供たちも当たり前になっていく。
 シャマル様の子供も、ルシルの子供も、トーマス君の子供も、そして……
 そう考えて僕はそっと瞳を閉じて、一つ息を吐いた。

「いけない、いけない。考えすぎない。思いつめない」

 頭を一つ振って、僕は温室を出た。
 とりあえず、仕事に戻ろう。今日は兄様は王都の方でお仕事をしているから戻りは少し遅くなるかもしれない。
 それなら仕事が終わった後に今までの温室の方も確認をしておこう。
 外に出すつもりで育てているものもいくつかあるから、マルリカの実の収穫が終わったらブライアン君に調整用の畑の場所と担当も確認をしておかないといけないね。

 そんな事を考えながら執務室に戻るとミッチェル君が声をかけてきた。

「ああ、エディ。お昼はちゃんと食べたの? まだ休み時間が残っているよ?」
「うん、食べたよ。ついでにマルリカの実の確認もしてきた。予定通りの収穫が出来そうだよ」
「……それは仕事だから仕事の時間にやらないと駄目なんだって何度も言っているのに」

 ミッチェル君はそう言ってやれやれというような表情を浮かべてから、書簡を取り出した。

「でもマルリカの実についての知らせが入ってきたからちょうどいいや。ええっと神殿からグリーンベリー領の実が残り二組になったって。余りそうな他領から取り寄せをするか判断をしてほしいって」
「二の月の半ばで二組か……。でも余りそうなところはあるのかな」

 僕がそう言うとブライアン君が「まだ直近の数は上がってきていませんが」と言いながら紙を差し出した。

「一の月の終わりの状況では十組以上余っているようなところはなかったようです」
「二の月になってこの数字も動いているから、きっとどこも似たり寄ったりの状況なのかもしれないね。こうして数だけ見るとマルリカの実が王国に浸透してきている感じなんだけどね。元々少ない領は年内にはなくなっているみたいだし」

 ミッチェル君の言葉に僕はゆっくりと頷いてから口を開いた。

「国の方も色々と動いているようだし、来年度は数ももう少し増える予定だからね。そうだな。可能であれば譲渡願いを提出しよう。どこも同じような状況なら個別の交渉まではしなくてもいいかな」

 そう。マルリカの実の領間の譲渡の方法は二種類。王国へ申請して譲渡可能の届け出をしている領から実を譲り受けるか、知り合いの領に直接交渉をして、まとまればそれを王国へ届け出る。前者は他にも譲渡願いを出しているところもある可能性があるから手に入るかどうかは分からないけれど、後者は直接交渉だから手に入る確率が高いんだ。

「分かった。じゃあその線で準備をしておくよ」
「うん。よろしくね」

 僕はそう答えながら頭のどこかで「あと二組」って思った。
 きっと今月中には無くなってしまうだろうな。
 そんな事を思いながら、ふと、以前聞いたトーマス君の言葉が頭をよぎった。

『手元にあって、何かのタイミングがあって使ってみようかなって思えるのが一番自分の中でしっくりくるっていうか、自然でいられるような気がしたんだ』

 どうして今、そんな事を思い出したのかは僕自身にも分からなかった。



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遅くなりました。
小さな小さな一歩です。
 


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