82 / 109
78 残りの実と次の収穫と
しおりを挟む
一の月が終わり二の月に入っていた。
兄様と話をして、お互いがお互いの一番でありたいと思っている事を改めて言葉にすると、不安になっていた僕の気持ちは落ち着いてきた。
兄様の前だと僕はいつまでも子供みたいだなとも思ったけれど、それでもいいのかなとも思った。
子供の事をどうするのかっていう事も、自分の気持ちがどこにあるのかも分かったわけじゃないんだけど、それでも僕の隣に、僕を一番に思ってくれる兄様が寄り添っていてくれる。
一緒に考えようって、自分を追い詰めるような事をしなくていいんだって、何もしていないって思い始めてしまうといけないから考えた時に言葉に出していくのがいいのかもしれないって、兄様はもしかしたら僕よりも僕の事が分かっているのかもしれない。だって兄様は昔から僕が言葉に出来ずにいる事を言葉にしてくれる天才なんだもの。
そう言ったら兄様は嬉しそうに笑って、僕も嬉しくなった。
兄様がいてくれてよかった。何度でもそう思える事が幸せだなって思った。
◇ ◇ ◇
「うん、順調だね」
二の月の半ば、僕は温室に来ていた。今年の収穫は三の月の一日から。温室も新しくなったし、苗木もかなり増やした。
多分昨年の倍近い実が取れる筈だ。ふふふ、お祖父様のお陰だね。
少し赤く色づいてきたマルリカの実にそっと触れてみた。
硬い感触。少しだけごわごわして、形も完全な丸ではない不思議な実。
ふと、どうやって食べるのかなって思った。食べるって言っていたよね。
この硬い皮を剥くと実が入っているんだよね? 中の実はどんな形で、何色なんだろう。
もう何年も、こんなに沢山の実を育てているのに、僕はマルリカの実の事を何にも知らないんだなって今更ながら思った。
「ふふふ、どうやって使うのかも知らないしね」
だってそれは兄様に任せておけばいいってシャマル様が言っていらしたもの。
そう考えてもう一度マルリカの実を見る。
「僕は神殿でこの実を初めていただく人たちと同じなんだな……」
思わず漏れ落ちた声。
そう。僕が知っているのはこの実の見た目だけだ。
子供が作れる実だっていうのも後から知ったしね。
神殿でこの実を渡された時、皆はどんな風に感じたのかな。
そして子供を授かったと分かった時に、どんな風に思ったのかな。
国もマルリカの実について、貴族たちから吸い上げた意見をまとめて、国として行うべき事を考えている。
おそらくは次のマルリカの実が販売をされる時に新たにお布令が出るだろうって父様が言っていた。
そうしてルフェリットでもきっとマルリカの実がある事が当たり前になっていくんだ。
その実を使って生まれてくる子供たちも当たり前になっていく。
シャマル様の子供も、ルシルの子供も、トーマス君の子供も、そして……
そう考えて僕はそっと瞳を閉じて、一つ息を吐いた。
「いけない、いけない。考えすぎない。思いつめない」
頭を一つ振って、僕は温室を出た。
とりあえず、仕事に戻ろう。今日は兄様は王都の方でお仕事をしているから戻りは少し遅くなるかもしれない。
それなら仕事が終わった後に今までの温室の方も確認をしておこう。
外に出すつもりで育てているものもいくつかあるから、マルリカの実の収穫が終わったらブライアン君に調整用の畑の場所と担当も確認をしておかないといけないね。
そんな事を考えながら執務室に戻るとミッチェル君が声をかけてきた。
「ああ、エディ。お昼はちゃんと食べたの? まだ休み時間が残っているよ?」
「うん、食べたよ。ついでにマルリカの実の確認もしてきた。予定通りの収穫が出来そうだよ」
「……それは仕事だから仕事の時間にやらないと駄目なんだって何度も言っているのに」
ミッチェル君はそう言ってやれやれというような表情を浮かべてから、書簡を取り出した。
「でもマルリカの実についての知らせが入ってきたからちょうどいいや。ええっと神殿からグリーンベリー領の実が残り二組になったって。余りそうな他領から取り寄せをするか判断をしてほしいって」
「二の月の半ばで二組か……。でも余りそうなところはあるのかな」
僕がそう言うとブライアン君が「まだ直近の数は上がってきていませんが」と言いながら紙を差し出した。
「一の月の終わりの状況では十組以上余っているようなところはなかったようです」
「二の月になってこの数字も動いているから、きっとどこも似たり寄ったりの状況なのかもしれないね。こうして数だけ見るとマルリカの実が王国に浸透してきている感じなんだけどね。元々少ない領は年内にはなくなっているみたいだし」
ミッチェル君の言葉に僕はゆっくりと頷いてから口を開いた。
「国の方も色々と動いているようだし、来年度は数ももう少し増える予定だからね。そうだな。可能であれば譲渡願いを提出しよう。どこも同じような状況なら個別の交渉まではしなくてもいいかな」
そう。マルリカの実の領間の譲渡の方法は二種類。王国へ申請して譲渡可能の届け出をしている領から実を譲り受けるか、知り合いの領に直接交渉をして、まとまればそれを王国へ届け出る。前者は他にも譲渡願いを出しているところもある可能性があるから手に入るかどうかは分からないけれど、後者は直接交渉だから手に入る確率が高いんだ。
「分かった。じゃあその線で準備をしておくよ」
「うん。よろしくね」
僕はそう答えながら頭のどこかで「あと二組」って思った。
きっと今月中には無くなってしまうだろうな。
そんな事を思いながら、ふと、以前聞いたトーマス君の言葉が頭をよぎった。
『手元にあって、何かのタイミングがあって使ってみようかなって思えるのが一番自分の中でしっくりくるっていうか、自然でいられるような気がしたんだ』
どうして今、そんな事を思い出したのかは僕自身にも分からなかった。
------------
遅くなりました。
小さな小さな一歩です。
兄様と話をして、お互いがお互いの一番でありたいと思っている事を改めて言葉にすると、不安になっていた僕の気持ちは落ち着いてきた。
兄様の前だと僕はいつまでも子供みたいだなとも思ったけれど、それでもいいのかなとも思った。
子供の事をどうするのかっていう事も、自分の気持ちがどこにあるのかも分かったわけじゃないんだけど、それでも僕の隣に、僕を一番に思ってくれる兄様が寄り添っていてくれる。
一緒に考えようって、自分を追い詰めるような事をしなくていいんだって、何もしていないって思い始めてしまうといけないから考えた時に言葉に出していくのがいいのかもしれないって、兄様はもしかしたら僕よりも僕の事が分かっているのかもしれない。だって兄様は昔から僕が言葉に出来ずにいる事を言葉にしてくれる天才なんだもの。
そう言ったら兄様は嬉しそうに笑って、僕も嬉しくなった。
兄様がいてくれてよかった。何度でもそう思える事が幸せだなって思った。
◇ ◇ ◇
「うん、順調だね」
二の月の半ば、僕は温室に来ていた。今年の収穫は三の月の一日から。温室も新しくなったし、苗木もかなり増やした。
多分昨年の倍近い実が取れる筈だ。ふふふ、お祖父様のお陰だね。
少し赤く色づいてきたマルリカの実にそっと触れてみた。
硬い感触。少しだけごわごわして、形も完全な丸ではない不思議な実。
ふと、どうやって食べるのかなって思った。食べるって言っていたよね。
この硬い皮を剥くと実が入っているんだよね? 中の実はどんな形で、何色なんだろう。
もう何年も、こんなに沢山の実を育てているのに、僕はマルリカの実の事を何にも知らないんだなって今更ながら思った。
「ふふふ、どうやって使うのかも知らないしね」
だってそれは兄様に任せておけばいいってシャマル様が言っていらしたもの。
そう考えてもう一度マルリカの実を見る。
「僕は神殿でこの実を初めていただく人たちと同じなんだな……」
思わず漏れ落ちた声。
そう。僕が知っているのはこの実の見た目だけだ。
子供が作れる実だっていうのも後から知ったしね。
神殿でこの実を渡された時、皆はどんな風に感じたのかな。
そして子供を授かったと分かった時に、どんな風に思ったのかな。
国もマルリカの実について、貴族たちから吸い上げた意見をまとめて、国として行うべき事を考えている。
おそらくは次のマルリカの実が販売をされる時に新たにお布令が出るだろうって父様が言っていた。
そうしてルフェリットでもきっとマルリカの実がある事が当たり前になっていくんだ。
その実を使って生まれてくる子供たちも当たり前になっていく。
シャマル様の子供も、ルシルの子供も、トーマス君の子供も、そして……
そう考えて僕はそっと瞳を閉じて、一つ息を吐いた。
「いけない、いけない。考えすぎない。思いつめない」
頭を一つ振って、僕は温室を出た。
とりあえず、仕事に戻ろう。今日は兄様は王都の方でお仕事をしているから戻りは少し遅くなるかもしれない。
それなら仕事が終わった後に今までの温室の方も確認をしておこう。
外に出すつもりで育てているものもいくつかあるから、マルリカの実の収穫が終わったらブライアン君に調整用の畑の場所と担当も確認をしておかないといけないね。
そんな事を考えながら執務室に戻るとミッチェル君が声をかけてきた。
「ああ、エディ。お昼はちゃんと食べたの? まだ休み時間が残っているよ?」
「うん、食べたよ。ついでにマルリカの実の確認もしてきた。予定通りの収穫が出来そうだよ」
「……それは仕事だから仕事の時間にやらないと駄目なんだって何度も言っているのに」
ミッチェル君はそう言ってやれやれというような表情を浮かべてから、書簡を取り出した。
「でもマルリカの実についての知らせが入ってきたからちょうどいいや。ええっと神殿からグリーンベリー領の実が残り二組になったって。余りそうな他領から取り寄せをするか判断をしてほしいって」
「二の月の半ばで二組か……。でも余りそうなところはあるのかな」
僕がそう言うとブライアン君が「まだ直近の数は上がってきていませんが」と言いながら紙を差し出した。
「一の月の終わりの状況では十組以上余っているようなところはなかったようです」
「二の月になってこの数字も動いているから、きっとどこも似たり寄ったりの状況なのかもしれないね。こうして数だけ見るとマルリカの実が王国に浸透してきている感じなんだけどね。元々少ない領は年内にはなくなっているみたいだし」
ミッチェル君の言葉に僕はゆっくりと頷いてから口を開いた。
「国の方も色々と動いているようだし、来年度は数ももう少し増える予定だからね。そうだな。可能であれば譲渡願いを提出しよう。どこも同じような状況なら個別の交渉まではしなくてもいいかな」
そう。マルリカの実の領間の譲渡の方法は二種類。王国へ申請して譲渡可能の届け出をしている領から実を譲り受けるか、知り合いの領に直接交渉をして、まとまればそれを王国へ届け出る。前者は他にも譲渡願いを出しているところもある可能性があるから手に入るかどうかは分からないけれど、後者は直接交渉だから手に入る確率が高いんだ。
「分かった。じゃあその線で準備をしておくよ」
「うん。よろしくね」
僕はそう答えながら頭のどこかで「あと二組」って思った。
きっと今月中には無くなってしまうだろうな。
そんな事を思いながら、ふと、以前聞いたトーマス君の言葉が頭をよぎった。
『手元にあって、何かのタイミングがあって使ってみようかなって思えるのが一番自分の中でしっくりくるっていうか、自然でいられるような気がしたんだ』
どうして今、そんな事を思い出したのかは僕自身にも分からなかった。
------------
遅くなりました。
小さな小さな一歩です。
411
お気に入りに追加
3,126
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話
下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。
御都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

醜さを理由に毒を盛られたけど、何だか綺麗になってない?
京月
恋愛
エリーナは生まれつき体に無数の痣があった。
顔にまで広がった痣のせいで周囲から醜いと蔑まれる日々。
貴族令嬢のため婚約をしたが、婚約者から笑顔を向けられたことなど一度もなかった。
「君はあまりにも醜い。僕の幸せのために死んでくれ」
毒を盛られ、体中に走る激痛。
痛みが引いた後起きてみると…。
「あれ?私綺麗になってない?」
※前編、中編、後編の3話完結
作成済み。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる