悪役令息にならなかったので、僕は兄様と幸せになりました!

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77 一番でありたい

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 トーマス君に「おめでとう。元気な赤ちゃんが産まれますように」って返した。でもそれ以上の言葉が出てこなかった。
 子供の頃からの親友。魔物が領を襲った時に何も出来なかったと泣いていたその姿はまるで自分を見ているようで、だから本当はこんな風に知らせてくれた事に感謝をして、もっともっと一緒に喜びたいのに。それなのにどうして僕はこんなにも苦しいみたいな気持ちになっているのかな。どうしてトーマス君の勇気と決断を一緒に喜んであげられないんだろう。
 そんな自分が嫌だと思った。
 でもそれでも、じゃあ僕も! とは思えないんだ。
 僕はどうしたいのかな。
 何が怖いのかな。
 兄様との子供は欲しくないのかな。
 子供が出来たら、あの頃みたいに兄様を取られちゃうと思っているのかしら。

「エディ」

 沈みこんでいる僕を黙って見守ってくれていた兄様が声をかけてきた。新しい年が始まってから色々と忙しくて、フィンレーのお仕事の量が増えているんだ。父様も相変わらず忙しいけれど、兄様もグリーンベリーのお手伝いをする合間にフィンレーに行って父様の補佐のような事をしている。
 そんな兄様に心配をかけたらいけないね。

「はい、なんですか? アル」
「いつ相談をしてくれるかと待っていたんだけど、やっぱりエディは自分の中に抱え込んでしまうみいたいだからね」
「……そんな事は」

 小さくなってしまった僕の声を聞きながら、兄様は表情を変えないまま言葉を続けた。

「私はね、いつでもエディの一番でいたいと思っているんだ」
「え?」
「一番近くにありたい。一番愛していてほしい」
「! そんなの当たり前ですよ。僕の一番近くにいるのはアルだし、僕が一番愛しているのもアルですよ?」
「うん。でもね、相談も一番初めにしてほしいんだ。どんな事でもエディの胸の中に抱えているものがあるならそれを一番に話してほしい。エディの一番は全部私であってほしい」

 真っ直ぐに見つめてくるずっとずっと大好きなブルーの瞳。
 きっと、兄様は僕がトーマス君からの書簡を見てから落ち込んでいる事も分かっているんだ。そして多分どんな内容なのかも気付いている。でも僕が話をするのを待っていてくれたんだよね。だってそれは僕だけの事ではなくて、僕達二人の事だから。

「実は……エディはもう忘れているかもしれないけれど、ずいぶん前にエディの心がいっぱいいっぱいになって父上に相談をしただろう? あれは結構落ち込んだんだ」
「え……ええ⁉」

 珍しくバツの悪い表情を浮かべた兄様に僕は思わず声を上げてしまった。落ち込む? え? だってあれは兄様の時間を取らないようにって、それにあんまりにもぐちゃぐちゃで自分にも分からないような状態だったから、父様には悪かったけど、そのままお話をした方がいいなって思ったんだ。それなのに……

「自分では駄目だったのかなと思った」
「そんな事はないです! だってあれは、えっと、あれは」

 ああ、しっかり思い出してきた。でもあの後確か、父様が「人気の話だけは聞いた方がいい」って言ったって、ちょっと恥ずかしい思いをしたんだよね。

「だからね。あの時からずっとエディが心の中に抱え込んでしまった事は一番に聞こうって。何を思ったのか、どこで躓いてしまったのか、気にかかっている事はなんなのか。二人で話をしたら答えを出せるきっかけになるかもしれない。でもね、最後に決めるのはエディだから。だから私は話を聞いて寄り添う事しか出来ないんだけれど、それでも話を聞かせてほしいって思っている。駄目かな?」

 向けられた顔は大好きな優しい微笑みを浮かべていた。

「駄目、じゃないです」
「うん」
「でも、やっぱりまとまっていなくて、僕自身が分からなくなっていると思うから」
「大丈夫。マリーに紅茶を運んでもらおう」
「はい」


 ◇◇◇


 僕は自分の部屋のソファ兄様と向かい合わせに座ってゆっくりと話し始めた。
 以前から思っていた、僕がちゃんと子供を育てられるのか、自分とされた事と同じようなにしてしまわないかという気持ちは随分薄れてきているんだけど、やっぱり踏ん切りがつかない事。
 トーマス君がマルリカの実をもらいに行った事は前にも兄様に話をしたと思うけれど、先日赤ちゃんが出来たって知らせが届いて、大切な親友が知らせてくれた事にもっともっと喜んであげたいと思うのにどうしてか思っていたような言葉が出てこなかった。
 羨ましいという気持ちでもなく、自分もそうしたいと思う気持ちでもない。だけど胸の中が痛いようなイガイガするような感じになって、そんな自分が嫌になった。

「そうしているうちに、以前にも話をした事の堂々巡りみたいになってきて……どうしたいのか分からないってそれしか考えられなくなってきちゃって……」

 何が怖いのか考える事すら怖くなってしまったり、子供は欲しくないのかなって考えて悲しくなってしまったり、更には兄様を取られてしまうって思っているのかしらと考えてみたりもしたと、ポツポツと口に出していくと、兄様はゆっくりと立ち上がって僕の隣に腰を下ろした。

「不安になったら何度でも話して? その度にちゃんと答えるよ。私はエディが一番だから、エディが思うようにすればいいなって思うけれど、それが負担になるなら一緒に考えよう。考えるのが辛いなら、考えなくてもいい。無理におめでとうと言わなくてもいいし、自分がそうしなければと追い詰めるような事もしなくていい。でもそうすると今度は何もしなくてもいいと言われたように考え出してしまうかもしれないから、考えた時に言葉に出していくのがいいのかもしれないね」

 兄様のゆったりとした言葉は、空から降ってくる真っ白な雪のように僕の中に落ちてきて、不安だった気持ちを覆い隠してしまう。ふと雪に埋もれたフィンレーを思い出した。それでも雪はいつか溶けて春になる。春になって眠っていた草花や動物たちが目を覚ます。そんな風に僕の中にも新しい気持ちが芽生えてくるのかな。

「ふふふ、取られちゃうか。以前にも言っていたね。でも私も以前言っていた通りに同じ事を考えているよ。子供が生まれたらエディを取られてしまうかもしれないってね」
「アルはアルですよ」
「うん、そうだ。エディもエディだ。私の愛する妻だ」
「……はい」
「不安な事は口にしよう。解決にはならないかもしれないけれど、相手を思う事の確認は大事だよ。ところでエディ。私も少し思っている事が」
「え! 何ですか? アルは何が不安なんでしょう? 僕のせいですか?」
「う~ん。エディのせいではないけれど、エディにしか出来ない事かな」
「僕にしか……。大丈夫です。何でも言ってください!」

 そう口にすると兄様はふわりと笑って口を開いた。

「ではお言葉に甘えて。このところ忙しかったのとエディが何かを考えていると思って我慢をしていたんだ」
「我慢?」
「うん。実の事も、子供の事も考えずに、私の事だけ考えて?」
「え?」
「エディの事を独占したいな。朝まで」

 顔が、熱くなってくる。絶対に真っ赤になっている。そう思いつつ、僕は子供の頃のようにギュッとしがみついた。

「はい……よ、よろしくお願いします。そ、それから……アルの一番も、全部僕でありたいです」

 僕の返事に兄様の小さな笑いが重なって、それからは、二人だけの時間になった。


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