上 下
41 / 107

39 優しい子守歌

しおりを挟む
 週末は見事にベッドの住人だった。兄様はあれこれと世話を焼きながらずっと同じ部屋にいて、何か書類を眺めている。
 その横顔をベッドの中から見つめながら僕はぼんやりと昨日の事を思い出していた。
とりあえず、言った事もした事も後悔はないけれど、どうして兄様がそんな事を思ったのかなっていうのはちょっと気になったんだ。
 もしかしたら今までのやり方じゃなくて、昨日兄様が言っていたのが本当のやり方だったとか? そうしたら……もしかして、もしかすると、僕は兄様にずっと我慢をさせていた事になるのかな⁉

「エディ、何かおかしな事を考えていないかな?」
「!」

 いつの間にやって来たのか、兄様はベッドの端に腰を下ろして僕の顔を覗き込んでいた。もしかしたら考えている事が分かるような魔法とか力を持っているのかな?

「考えてないです」
「……そう? うん。まあそういう事にしておこう。そろそろ昼に近いけれどお腹は空いていない?」
「……………少し」

 その途端コンコンコンとノックの音が聞こえて兄様が返事をすると「お食事をお持ちしました」という声が聞こえて扉が開いた。兄様はそのまま立ち上がって、メイドからワゴンを受け取ると「下がっていいよ」って言って、食事が乗っているそれをカラカラとベッドの所まで運んできた。そうして手際よく食事の用意を始めてしまう。

「あ、あの、ポーションも飲んだし、ちゃんとテーブルで食べられます」
「うん。でも無茶をしたのは私だから、今日はこのまま傍に居させて?」
「……はい。よろしくお願いします」

 そう答えると兄様は嬉しそうに準備を続け、あれよあれよという間にベッドに簡易テーブルを用意して、その上に今日の朝食兼昼食を並べられていく。そうしてゆっくり身体をおこされて、なぜか久しぶりに「あーん」ってされている。恥ずかしいけど何だか兄様がとても楽しそうで嬉しそうなので、今日はもうこうしていようかな。

「エディ? もう食べられそうにないの?」
「ああ、えっと、もう一口で終わりにしようかな」
「……そう。ポーションも飲んでいるし、内臓が傷ついていることはないと思うんだけどな」

 小さく聞こえてきたその言葉が何を示すのかがうっすらと分かってしまって、僕は少しだけ顔を赤くしながら「大丈夫です」って口にした。
 その後、デザートのコンポートを半分くらい食べて食事は終わり。
 再び呼ばれたメイドが片づけをして部屋を出て行くと、兄様はそっと僕の額に手を当てた。

「熱はないです」
「うん。そうみたいだね。食休みはした方がいいけど、エディに好きな事をしてもいいっていうと仕事を始めそうだから、このまま少しだけ何か話をしようか。ああ、そうだ、この間ダリウス叔父上に魔道具の事を少しだけ聞いたんだ」
「ああ、ビデオカメラの映像書簡ですね?」
「うん。それもあるけどね。他にはどんなものがあるのか興味があってね。時間があまりなかったから詳しくは話が出来なかったけれど、魔法を使えない国の文化というか、中々興味深いものがあった」
「へぇ、どんなものですか?」
「今度いくつか送ってくださるそうだ。送られてきたらエディにも見せるよ」
「ぜひお願いします」
「うん。もしかしたらこれは魔石や宝石が採取できるグリーンベリーにとって大きな商機になるかもしれない」
「……ええ! 何かな」
「ああ、しまった。つい仕事の話になってしまった。仕事はしない約束だったからこの話はこれでお終いだ」

 兄様はそう言って、そっと僕をベッドの中に戻してしまった。

「少し休みなさい。調子が良かったら夕食はダイニングで食べよう」
「はい。でも、起きたばかりだからまだ眠たくないです」
「ふふふ、そうだね。でも横になっているだけでも休息になる。こんな時に眠りの魔道具とかあるといいのかもしれないね」
「そんなものもあるんですか?」
「そうらしいよ。もっともルフェリットではあまり流行らないかもしれないな。でも眠りの魔法はそれほど沢山の人が使えるわけではないから、案外需要はあるかもしれないね」
「眠りの魔道具かぁ。そう言えば随分昔に眠れなかったら子守唄を歌ってくれるって書簡をいただきましたね」
「………よく覚えているね」
「はい。アルの事は全部覚えてます。忘れない」
「ありがとう」

 額に優しい口づけが一つ落ちて来て、僕は小さな我儘を口にした。

「聞きたいな」
「え?」
「あの時は時間も遅くて、歌は苦手みたいな事を言っていたし、それに何度も書簡を送ってもらうのは悪いなって思ったけど、せっかくだからやっぱり聞きたいです」
「エディ……」
「ダメですか?」
「…………」
「歌って下さったら夕食まで大人しく寝ています」
「……奥さんの可愛い我儘には勝てないね」

 兄様の声は普段話をしている時よりも、少しだけ高くて、甘くて、優しい歌声だった。
 耳に流れてくる歌はずっとずっと前にマリーが歌ってくれたものとは違う、初めての歌で、麦とか精霊とか羊とか星とかが出てきて、みんなが守られて眠るというような歌詞だった。きっとフィンレーの子守歌なんだろうな。

「おやすみ、エディ」
「おやすみなさい……アル」

 そうして僕は幸せな気持ちで眠りの中に落ちていった。



-----------------
いつかと思っていたけど回収が続編になるとは思っていなかった。
あれ? 書いてなかったよね??
( ,,`・ω・´)ンンン?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...