14 / 107
13 やりきれないような気持ち
しおりを挟む
部屋に戻ってから兄様はまだ話の続きをするかと尋ねてきた。兄様が大丈夫なら聞きたいと答えると、兄様は少し苦笑して部屋の中にあるテーブルセットの椅子に腰を下ろして話の続きをしてくれた。
「側室として婚姻をした者、または妾となった者、届け出があった者の数は確かに正常化をした時よりも、昨年の三の月以降が圧倒的に多くなっていたけれど、メイソン卿とシェルバーネの役人は更に婚姻に限らず、ルフェリットからシェルバーネに向けて出た者と入った者の数を調べ、合わせてマルリカの実が売られた数も調べた。誰が買ったのかまでの把握はきちんとされていなかったが、購入に際して身分証明は求められ、一度に手に入れられる個数は三つと決まっていたそうだ。もっともその隙をつくやり方は色々とありそうだけれどね」
兄様は一度言葉を切って、僕の顔を見てから再びゆっくりと話し出した。
「そうしている間に、今度はルフェリット側で行方不明になっている者が増えているという話が上がって来た。そこで、何か大きな組織が動いているのではないかと両国で抜き打ちの検査をしたところ、船荷の中から奴隷紋が貼られている王国の者が発見されたんだ。それが昨年の秋の終わりだ」
「奴隷紋……」
「うん。禁止魔法の一つだよ。隷属の魔法陣というものがあってね。その陣を身体に刻んで他人を隷属させるんだ。古い魔法だし、使える人も少ないと聞いていたけれど、まさかそれを札にして貼り付けて運ぶというのは父上たちも驚いていた。商品に傷を付けたくなかったんだろうね。保護をされたのは二十名。その中には行方不明の届け出が出ている者や、親や恋人に売られた者もいたらしい」
「……親や、恋人ですか?」
「ああ。魔力量の高い者ほど高く売れるそうだ。この為被害者は魔法鑑定を終えた六歳からいるらしくてね、保護をした中には7歳の子供もいたと聞いたよ。さすがにその年齢では実を使っても子を生す事は難しいらしいが……」
「そんな……」
怖い、と思った。
魔力欲しさに、お金欲しさに人を売り買いする事も、その中に魔力鑑定を終えたばかりの子供が含まれているという事も、何よりもそれを仕事として行っている者達が居る事も恐ろしいと思った。
「その時に捕らえたのは商品である魔力持ちを運ぶ闇商人たちで、組織の者ではなかったけれど両国とも事態を重く見て捜査を行い、組織についてはすでに付きとめたと聞いているよ。ただ人身売買の組織が一つとは限らないので他にも同じような事が行われていないか現在も調査中だ。シェルバーネでは奴隷を買った者を罰するという法を作ったと聞いた。ルフェリットでも奴隷の禁止は法で定められているけれど、人身売買に関する法はなく、それは早急に整える事になっている。もっともシェルバーネのようにすぐにというわけにはいかなかったけれどね」
兄様は口惜し気な表情を浮かべた。王国なのだから王様がサッと決めてしまえばいいのになって思うんだけど、何か新しい事を始める時、ルフェリットは必ず会議にかけて荒れる。でも事は命のやりとりだ。それでも時間をかける意味って何なのだろう。
「エディ、また今度にしよう」
どうやら僕の身体は震えていたらしい。向かい合わせに座っていたのに、いつの間にか隣に来て抱き寄せられて、僕はホォと息を吐いた。
「では、最後に、今まで奴隷としてシェルバーネに入った人がどれくらいいるのか、どうしているのかっていうのは分かっているのかだけ教えてもらえますか?」
「調べているけれど、中々難しいようだ。取引の帳簿のようなものが出てくればいいのだけれど、お金の受け渡しだけで終わっている事も多かったみたいだね。ただ、運んでいた船の記録を辿ると、少なくとも三の月以降毎月二度行き来がある。その度に積んでいたとすると、それだけでも三百人近くなる。それに使われていたのはその船だけではないかもしれない。もっともそれだけの人数が簡単に集められたかは疑問だし、それだけの数の行方不明者が出ていたら、もっと早くに被害届が上がっていた筈だ。一応現時点では数百名の被害者を予想して調べを進めているよ」
「アル……」
「うん?」
「三の月に……マルリカの実を手に入れたら、こ、子供が生まれるのはいつになりますか?」
「……最後の質問は終わった筈だよ?」
「でも……」
「…………三の月に実を手に入れて、子供が生まれるのは早ければ十二の月、遅くても一の月の始めだそうだ」
「じゃ、じゃあ、もう……」
「うん。子供が生まれている可能性はあるね」
「…………そんな……そ、そうしたら……」
「うまくマルリカの実を手に入れられていたら、再び子を宿している可能性はある」
使い潰される。そんな事が本当にあるんだって思った。可能なんだって。大体去年の三の月よりも前から起きていた事なのかもしれないっていう事にもショックを受けていた。だって、国交が正常化したのはもっと前で、それまでにだって、マルリカの実は少ないにしろ全くなかったわけではないのだろう。
そしてそれよりも何よりも、父様が懸念をしていた子供を産む使い捨てのような存在が出来てしまうかもしれない。攫われて、売られて、ずっと子供を産み続ける。生まれた子供はどうなるんだろう。魔力を持っているけれど生まれた事自体が隠されているから、上手く育ててまた子を産む道具になるのかな。
「……もう休もう」
「僕は……」
「エディ」
「僕はそんな風にする為にマルリカを育てたわけではないです」
「分かっているよ」
「……どうしたらいいんだろう。どうしたらそんな恐ろしい事を考えられなく出来るんだろう」
「エディ、落ち着いて。誰か、マリーを呼んでくれ」
その後マリーが来てくれて、僕は眠りの魔法をかけられた。
闇属性の魔法を持つマリーの魔法で眠りに落ちていきながら「怖がらせてごめんね」という兄様の声が聞こえた。
---------
「側室として婚姻をした者、または妾となった者、届け出があった者の数は確かに正常化をした時よりも、昨年の三の月以降が圧倒的に多くなっていたけれど、メイソン卿とシェルバーネの役人は更に婚姻に限らず、ルフェリットからシェルバーネに向けて出た者と入った者の数を調べ、合わせてマルリカの実が売られた数も調べた。誰が買ったのかまでの把握はきちんとされていなかったが、購入に際して身分証明は求められ、一度に手に入れられる個数は三つと決まっていたそうだ。もっともその隙をつくやり方は色々とありそうだけれどね」
兄様は一度言葉を切って、僕の顔を見てから再びゆっくりと話し出した。
「そうしている間に、今度はルフェリット側で行方不明になっている者が増えているという話が上がって来た。そこで、何か大きな組織が動いているのではないかと両国で抜き打ちの検査をしたところ、船荷の中から奴隷紋が貼られている王国の者が発見されたんだ。それが昨年の秋の終わりだ」
「奴隷紋……」
「うん。禁止魔法の一つだよ。隷属の魔法陣というものがあってね。その陣を身体に刻んで他人を隷属させるんだ。古い魔法だし、使える人も少ないと聞いていたけれど、まさかそれを札にして貼り付けて運ぶというのは父上たちも驚いていた。商品に傷を付けたくなかったんだろうね。保護をされたのは二十名。その中には行方不明の届け出が出ている者や、親や恋人に売られた者もいたらしい」
「……親や、恋人ですか?」
「ああ。魔力量の高い者ほど高く売れるそうだ。この為被害者は魔法鑑定を終えた六歳からいるらしくてね、保護をした中には7歳の子供もいたと聞いたよ。さすがにその年齢では実を使っても子を生す事は難しいらしいが……」
「そんな……」
怖い、と思った。
魔力欲しさに、お金欲しさに人を売り買いする事も、その中に魔力鑑定を終えたばかりの子供が含まれているという事も、何よりもそれを仕事として行っている者達が居る事も恐ろしいと思った。
「その時に捕らえたのは商品である魔力持ちを運ぶ闇商人たちで、組織の者ではなかったけれど両国とも事態を重く見て捜査を行い、組織についてはすでに付きとめたと聞いているよ。ただ人身売買の組織が一つとは限らないので他にも同じような事が行われていないか現在も調査中だ。シェルバーネでは奴隷を買った者を罰するという法を作ったと聞いた。ルフェリットでも奴隷の禁止は法で定められているけれど、人身売買に関する法はなく、それは早急に整える事になっている。もっともシェルバーネのようにすぐにというわけにはいかなかったけれどね」
兄様は口惜し気な表情を浮かべた。王国なのだから王様がサッと決めてしまえばいいのになって思うんだけど、何か新しい事を始める時、ルフェリットは必ず会議にかけて荒れる。でも事は命のやりとりだ。それでも時間をかける意味って何なのだろう。
「エディ、また今度にしよう」
どうやら僕の身体は震えていたらしい。向かい合わせに座っていたのに、いつの間にか隣に来て抱き寄せられて、僕はホォと息を吐いた。
「では、最後に、今まで奴隷としてシェルバーネに入った人がどれくらいいるのか、どうしているのかっていうのは分かっているのかだけ教えてもらえますか?」
「調べているけれど、中々難しいようだ。取引の帳簿のようなものが出てくればいいのだけれど、お金の受け渡しだけで終わっている事も多かったみたいだね。ただ、運んでいた船の記録を辿ると、少なくとも三の月以降毎月二度行き来がある。その度に積んでいたとすると、それだけでも三百人近くなる。それに使われていたのはその船だけではないかもしれない。もっともそれだけの人数が簡単に集められたかは疑問だし、それだけの数の行方不明者が出ていたら、もっと早くに被害届が上がっていた筈だ。一応現時点では数百名の被害者を予想して調べを進めているよ」
「アル……」
「うん?」
「三の月に……マルリカの実を手に入れたら、こ、子供が生まれるのはいつになりますか?」
「……最後の質問は終わった筈だよ?」
「でも……」
「…………三の月に実を手に入れて、子供が生まれるのは早ければ十二の月、遅くても一の月の始めだそうだ」
「じゃ、じゃあ、もう……」
「うん。子供が生まれている可能性はあるね」
「…………そんな……そ、そうしたら……」
「うまくマルリカの実を手に入れられていたら、再び子を宿している可能性はある」
使い潰される。そんな事が本当にあるんだって思った。可能なんだって。大体去年の三の月よりも前から起きていた事なのかもしれないっていう事にもショックを受けていた。だって、国交が正常化したのはもっと前で、それまでにだって、マルリカの実は少ないにしろ全くなかったわけではないのだろう。
そしてそれよりも何よりも、父様が懸念をしていた子供を産む使い捨てのような存在が出来てしまうかもしれない。攫われて、売られて、ずっと子供を産み続ける。生まれた子供はどうなるんだろう。魔力を持っているけれど生まれた事自体が隠されているから、上手く育ててまた子を産む道具になるのかな。
「……もう休もう」
「僕は……」
「エディ」
「僕はそんな風にする為にマルリカを育てたわけではないです」
「分かっているよ」
「……どうしたらいいんだろう。どうしたらそんな恐ろしい事を考えられなく出来るんだろう」
「エディ、落ち着いて。誰か、マリーを呼んでくれ」
その後マリーが来てくれて、僕は眠りの魔法をかけられた。
闇属性の魔法を持つマリーの魔法で眠りに落ちていきながら「怖がらせてごめんね」という兄様の声が聞こえた。
---------
357
お気に入りに追加
3,008
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。
ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。
実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる