上 下
321 / 335
番外編 それぞれの物語

ロマースクになる日② (ユージーン×トーマス)

しおりを挟む
 神の像の前まで真っ直ぐに伸びた道。
 その両脇に並ぶ招待客。
 ゆったりと流れる音楽に合わせるように、ゆっくりと祭壇の前まで進んだ二人は、迎えた神官に静かに頭を下げた。

「これよりユージーン・ロマースク様とトーマス・カーライル様の結婚の儀を執り行います。まずは神へのご挨拶を」
 
 神官の言葉に、結婚をする二人だけではなく、聖堂の中に居た者たち全員が神像に向けて一礼をした。

「ご参列の皆様はどうぞご着席ください。改めまして、ユージーン・ロマースク様、トーマス・カーライル様、本日はおめでとうございます。この素晴らしい日に立ち会わせていただける事を嬉しく思います」

 神官はそう言ってユージーンとトーマスを見て言葉を続けた。

「これからお二人には神へ結婚の報告をしていただきます。報告は神との誓いです。よろしいですか?」
「はい」
「はい」

 二人の返事を聞いて、神官はコクリと頷いて、再び口を開いた。

「ユージーン・ロマースク、汝、トーマス・カーライルを伴侶とする事を神へ報告をし、その誓いを立てなさい」

 静かな聖堂の中に響く神官の声。
 ユージーンはまっすぐ前を向いたまま声を出した。

「はい。ルフェリットの神々にご報告をさせていただきます。私、ユージーン・ロマースクはトーマス・カーライルを伴侶として、愛し、敬い、慈しみ、助け合い、悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も共に支え合う事を誓います」

 神官はそれに頷いて、今度はトーマスを見る。

「トーマス・カーライル、汝、ユージーン・ロマースクを伴侶とする事を神へ報告をし、その誓いを立てなさい」

 ドクンドクンと飛び出してしまいそうな心臓を必死に宥めながらトーマスは口を開いた。けれどうまく声が出ずにハクリと息が漏れて頭が真っ白になる。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……
 けれどその瞬間、隣に立っていたユージーンが震えはじめた手をギュッと握りしめた。

「ゆっくり。息を吸って吐いてごらん」

 小さな声が聞こえてふうと息を吸って吐く。そんなトーマスを神官も優し気な眼差しで見つめていた。

「大丈夫ですよ。慌てず、息を整えて。王国の神はせっかちではありませんからね」
「…………っ……は、い」

 かすれた声で返事をすると神官とユージーンに微笑まれて、トーマスは恥ずかしそうに顔を赤らめると「もう大丈夫です」と言った。

「では、誓いを立てなさい」

 初老の神官は静かにそう言った。それに頷いてトーマスはゆっくりと口を開いた。右手はしっかりとユージーンが握ってくれていて、それが心強いと思う。

「はい。ルフェリットの神々にご報告をさせていただきます。私、トーマス・カーライルはユージーン・ロマースクを伴侶として、愛し、敬い、慈しみ、助け合い、悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も共に支え合う事を誓います」

 婚約式の後から何度も何度も練習をした言葉だった。一人で練習をしてなんだか照れてしまった事もあったし、二人で練習をして、もっと照れてしまった事もあった。
 それでもその言葉の一つ一つに思いを込めて、口にするとなんだか目がじんわりと熱くなって鼻の奥がツンとなる。そんなトーマスをの手をもう一度ユージーンがギュッと握って、トーマスもまたその手をギュッと握り返した。

「お二人の誓いはしっかりと神に届いたと思います。それでは誓いの指輪の交換を」

 これもロマースク独自のものだった。誓いをした後にその証としてお互いの薬指に指輪を嵌め合う。初めて聞い時にトーマスが思ったのはまず落としたらどうしようだった。ユージーンにそう言うと落ちないように魔法がかけられているから大丈夫だよと教えてくれた。
 ロマースクは海のある領なので、他国の文化が入ってきやすかったという事もあるが、海に出る者達が無事に戻るようにお互いに対の物を身につけるところから始まったと聞いて、これもまた何度も練習をした。

 神官見習の子供たちが神妙な顔で銀色の指輪を二人の元に運んできた。ジーンは二つの指輪の小さい方を取り、トーマスの手を取るとその薬指にそっと銀色の輪を嵌めた。少し冷たい感触がするりと指に嵌って馴染む。
 トーマスも同じように、残った大きな指輪を、差し出されたジーンの指に真剣な表情でゆっくりと嵌めていく。
 ベール越しにその顔を見つめてユージーンはふわりと甘い笑みを浮かべた。

 トーマスの顔には、ちゃんと出来て良かった! という安堵の表情が浮かんでいた。本当に可愛くて仕方がない。
 残りの儀式は迎え入れの意味を持つ、ベールアップと誓いの口づけだ。愛してやまない婚約者からは絶対に真似はしないでねと再三再四、真っ赤な顔で釘を刺されているが、一生に一度の結婚式だ。悔いなく遣り切りたいと思うのもまた仕方がない事で……

「指輪の交換が出来ましたね。それでは、ユージーン・ロマースク様、トーマス・カーライル様のベールを上げて、誓いの口づけを」

 その言葉と共にトーマスの身体が小さく揺れたのをユージーンは気づいていた。けれどこれは儀式なのだ。刺繍の入った白いベールに手をかけて、そっとそれを上げると、すでに真っ赤な顔で、涙目になっているトーマスの顔が見えた。

「トム。これからもずっとよろしくね」

 小さくそう言うと、トーマスは少しだけホッとしような顔をして「うん」と答えた。その唇にそっと唇で触れて……

「……っ……」

 深く重ねた。

 ああ、やっぱり花束を持たせた方が良かったなとユージーンは思っていた。そうすればエドワードの式のようにこの可愛らしい顔を隠す事が出来たのに。

「…………ふっ……っ……」

 トンと肩口の辺りを小さな拳で叩かれてユージーンはそっと口づけをといた。腕の中では先ほどよりも更に赤い顔でハフハフとしながら眦に涙を浮かべたトーマスがいる。

「ジーン……っ!」

 そんな顔で睨まれても逆効果だよと思いつつ「ごめんね」と言うと、そのやりとりを間近で見ていた神官が苦笑いをしながら口を開いた。

「さて、これで結婚の儀は滞りなく行われました。先程お二人で誓われた通り、愛し、敬い、慈しみ、助け合い、共に支え合って、どうぞ末永くお幸せにお過ごしください」
「ありがとうございます」

 こうして式が終わり、二人は聖堂に入ってきた扉から出て、結婚の報告会の会場へと向かう予定となっている。
 二人が出た後に出席者たちも同じようにそちらへと向かうのだ。
 だが、案の定トーマスは膝が笑っていてうまく歩けなくなっていた。

「…………分かっていてやったよね」

 小さく睨んでくるエメラルドグリーンの瞳。

「そんな事はないよ。トムが可愛くて少し情熱的な口づけをしてしまっただけだよ。ほら、皆様をお待たせしてはいけないよ。さぁ、行こう」

 そう言ってユージーンは真っ赤になっているその頬にそっと口づけをして、妻となったばかりのトーマスの身体を抱き上げた。

「わぁぁ!」
「ちゃんと摑まっていないと落ちてしまうよ」

 歩き出したユージーンにトーマスは慌ててしがみついた。ただでさえ誓いの口づけでうまく歩けなくなってしまったと皆に知られているのに、その上抱き上げられて、暴れて落ちたなど有りえない。
 真っ赤になった花嫁を腕の中に抱きかかえながら、世界一幸せそうな顔をして中央の道を歩く新郎。
 招待客の中の一部の人間たちは、これと同じような事を少し前にも見たなと思っていた。そしてその少し前の当事者の一人はニコニコと笑い、もう一人の当事者は真っ赤な顔をしてパクパクと口を開いたり閉じたりして、ヨロリとよろめいた。

「エディ? 大丈夫?」
「は、はい……あの、あの」
「うん?」
「なななななんでもありません。……あぁぁぁ、真っ赤だ。ううう……トム、頑張って」

 そんなエドワードの応援の声も届かないまま、トーマスはユージーンの腕の中でただただこの時間が早く過ぎるようにと願いつつ小さくなっていた。そんなトーマスにユージーンはクスリと笑って囁いた。
 
「トム、顔を上げて。皆がおめでとうって言ってくれているよ」と教えてくれた。
「…………」

 赤い顔のまま顔を上げたトーマスの瞳に映ったのは、真っ赤な顔をして、後ろにいるアルフレッドに支えられるようにしながら「おめでとう」と言っているエドワードだった。その横にいたミッチェルは笑いを堪えていて、でも堪えきれずに笑って手を振っている。そしてレナードも、スティーブも、クラウスも、エリックも、ルチルも笑みを浮かべて「おめでとう」と声をかけてくれている。

「……ジーン」
「なに?」
「後で皆にからかわれたら、全部ジーンが引き受けてね」

 愛おしい妻の最初のお願いに、ユージーンは吹き出すように笑って「了解」と答えたのだった。


 -------------------

どうしようかな~と思ったのですが、続きます。
しおりを挟む
感想 938

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたアルフォン伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。