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番外編 それぞれの物語

ロマースクになる日①(ユージーン×トーマス)

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「さぁ、お支度が出来ましたよ」

 ルフェリット王国の南東。大きな港のあるロマースク侯爵領の領都ラグローナの神殿には多くの貴族が訪れていた。昨年子爵位を叙爵をした次男ユージーン・ロマースクの結婚式があるからだ。
 王国への貢献が認められてロマースク家も陞爵をして侯爵家となり、更に領地を大きくした。
 その増えた領地の要となる街オルウェンを、ユージーンと本日彼の伴侶となるカーライル伯爵家の次男トーマス・カーライルの二人で治めていく事になる。

 神殿の控室で結婚式の支度を終えたトーマスはふぅっと一つ息をついた。
 東の国と呼ばれる隣国とも近いロマースクでは他の領にはない独特の文化のようなものが多い。今日の式の衣装もそうだ。
 他領では結婚式の衣装は貴族服だったり、揃いのスーツだったり、友人のようにお互いの色を入れた騎士服を着たりと割合自由な感じなのだが、このロマースクでは白い衣装を身につける。そして男性はタキシードと呼ばれるスーツを来て、花嫁となる者は白いドレスか、揃いのタキシードに頭からベールと呼ばれる薄いレースのような布をかぶるのだ。
 これはどうやら東の国の風習が伝わってきたものらしく、トーマスは衣装を作る時にそれを初めて見た。
 色々な説があるらしいが、魔除けの意味や巣立ちを祝う親の愛情、そして他者の欲望から守るという意味もあると言われて驚いた。
 結局色々と話し合いをして、二人は揃いの白いタキシードにカマーバンドをそれぞれお互いの色にした。
 そして、ベールはロングベールで万が一踏んづけて転んでしまったら困ると訴えるトーマスの意見を尊重して、背中が隠れるくらいのミディアムベールと呼ばれるものにしたのである。

 式が始まるまで花婿であるユージーンは花嫁を見る事が出来ない。それもロマースクならではの慣習だ。
 小さい頃から仕えてくれている専属の侍女がロマースクのメイド達と一緒に支度を手伝ってくれたのだが、それでもやっぱり落ち着かない事この上ない。神殿の聖堂内には招待客がどんどん集まっていて、それを考えるだけでクラクラするような気がしてしまうのだ。

(ジーンがそばにいてくれたらいいのにな)

 そうして震えてしまう手をギュっと握ってくれていたら、もう少し気持ちも落ち着くのに。

「少しだけ温かいものでもお飲みになりませんか? 冷たいものですと万が一腹痛などが起きてしまうと困りますから」
「うん……。あ、あのさ……」

 侍女の言葉を遮るように口を開くと、待っていた声が聞こえてきた。

「本当にいいのかな。だって式の前にはジーンも会えないって言うのに……」
「……! エディ! 入って!」

 控室の薄い扉は待ち人の声を部屋の中に届けてくれて、勿論トーマスの声も扉の向こうに届けてくれた。
 そうしてゆっくりと扉が開く。

「トム?」

 覗いたミルクティ色の髪。

「わぁ! すごく綺麗! あ、本日はおめでとうございます。えっと、本当にいいの?」
「うん。緊張して倒れそうだった。入って」

 トーマスがそう言うと、親友のエドワード・フィンレー・グリーンベリー伯爵は、つい昨日学園で会っていたような、そんな笑みを浮かべながら部屋の中に入ってきた。エドワードしか持たない美しいペリドット色の瞳が相変わらず綺麗だなとトーマスは思った。

「エディだし、既婚者だし、ちゃんとジーンにも了解を得ているよ。えっと、急に魔法書簡なんて送って我がまま言ってごめんね」
「ううん。僕の方こそ式を挙げる花嫁さんに先に会うなんてジーンに恨まれてしまうなって思ったりもしたんだけど、せっかく声をかけてもらったから来ちゃったよ。迷うと困るからってそこまでルーカスについてきてもらったんだ。改めて、おめでとう、トム」
「ありがとう、エディ」

 そう言って二人は顔を見合わせて「ふふふ」と笑った。

「父様たちはもう聖堂の中に入っているよ。魔法陣で来る人が多いからね。少し手間取っているみたいだった。でももう少しで声がかかるんじゃないかな。緊張するよね」
「うん。エディも緊張した?」
「勿論! 誓いの言葉が言えなくなったらどうしようって思ったよ。そうしたらにい……あ~、アルが言葉が出なくなってしまったら神官様に質問形式にしてもらおうって。ふふふ、でも大丈夫だったからトムも大丈夫だよ」
「そうかな」
「うん。それにしてもロマースクの結婚式って特有のものがあるって聞いていたけど、本当だね」

 エドワードは椅子に座ったままのトーマスの周りをクルリと一周した。

「真っ白のタキシードにサッシュベルト……あ、カマーバンドか。うんうん。素敵。蝶ネクタイも可愛い。でもやっぱり一番素敵なのはこの刺繍の入っているベールかな」
「うん。こうして顔を隠すようにして、誓いの時に伴侶が上げる習わしなんだって。迎えるっていう意味らしいよ。だからこれを上げられるのはジーンだけなんだ」
「ふふふ、素敵だね。ドキドキするけど、迎えてもらうっていうのはやっぱり嬉しいよね」
「うん。……だけど」

 そう言ってベール越しでも分かるほど顔を赤くしたトーマスにエドワードは少しだけ心配そうな顔をした。

「トム?」
「あ、うん。えっと、誓いの言葉の後に、誓いの口づけがあるでしょう? ベールを上げてすぐに口づけだからちょっと心配」
「心配?」
「う……ん。ほら、エディの時にアルフレッド様が、その、歩けなくなったエディを抱っこしたでしょう? あれ、はっきりは言わないけど、ジーンてばやる気満々な気がするんだ」
「ふぁ! あ、あれ、あれか~~。あぁぁぁ、そ、それはその、う~ん。ちゃ、ちゃんと歩けそうだったら自分から歩き出しちゃうとか?」
「え! 花婿さん置いて?」

 二人は顔を見合わせてぷっと吹き出して、笑った。メイドたちが「お化粧が!」ってちょっと慌てている。

「やっぱりに無理を言ってエディに来てもらって良かった」
「うふふ、そう? 緊張が少しでも和らいだなら良かった。トム、幸せになってね。今日この国で一番幸せな花嫁さんに。ううん。今日だけじゃないよ、これからもずっとずっと幸せでいてほしい」
「うん。ありがとう、エディ。えっとこれからもよろしくね」
「こちらこそ!」

 そうしてタイミングよく告げられた「お時間です」という言葉を聞いてエドワードは控室を出て行き、トーマスはメイド達の最終確認後に聖堂の扉の前に移動した。

「トム」

 扉の前にはこれから一緒に聖堂の中に入るユージーンが待っていた。柔らかな声で名前を呼ばれて、トーマスはふわりと微笑んだ。

「綺麗だね。ベールがあって良かった。なかったら皆の視線に嫉妬してしまうところだった」

 ローズグレイの瞳を甘く蕩けさせてそう口にするユージーンにトーマスは顔を赤くして小さく口を開く。
 結婚すると決まってからユージーンは自分に対してとても甘くなったとトーマスは思っていた。それに輪をかけたのが婚約式の前に不安になってエドワードの所に行った後からだ。エドワードがユージーンに何かを言ったとは思わなかったけれど、伴侶となる聡い男はもしかしたら何かを感じ取ってしまったのかもしれないとトーマスは思っていた。

「ジーンも……カッコいいよ」
「ありがとう。さぁ、行こうか」
「うん」

 腕を組んで、一緒に一つ息をついて。
 二人は開いた扉の向こうに一歩を踏み出した。


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