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第9章 幸せになります
406.十八歳の一の月
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十二の月の後半に学園を卒業して、新年のお祝いを皆でして、そして本格的にグリーンベリーでの生活を始める為にタウンハウスの部屋を片付けていた。
ハリーとウィルはちょっぴり寂しそうな顔をしたけれど「いつでも遊びにおいで」って言ったら嬉しそうな顔をしていた。実はグリーンベリーにはちゃんと二人の部屋も用意されているんだ。客間じゃなくて自分の部屋があるってやっぱり嬉しいものね。
タウンハウスの部屋は片付けるけれど、フィンレーの部屋はこれからもそのままにしてもらう事になっているんだ。もっとも大事なものや手元に置きたいものは持ってきてしまったけどね。
そう考えながら僕はそっと机の引き出しを開けた。タウンハウスにも持って行って、グリーンベリーにも持ってきた一冊のノート。
「ふふふ、どうしても捨てられなかったなぁ」
幼い文字が並んでいるそのノートには必死な思いが詰まっている。はじめの頃はもらった紙に書いていたのでノートに紙を貼りつけているような形になっているページも多い。
『あくやくれいそくにならない』『あるにいさまをころさない』
何度も何度も繰り返し出て来る文字にそっと手を当てる。
『いいこにする』『みんなとおはなしをする』『ちゃんとたべる』
「ふふふ、可愛い作戦だな」
そう。あの頃はこれが作戦だった。
『チームいとしごのひととなかよくする』
『いとしごはとくべつなまほうをつかう。いやしとじょうかのまほう』
『ダニエル・クレシス・メイソンくんはハワードせんせいのこども。あたまがいい。さくせんをたてるひと』
『ジェイムズ・カーネル・スタンリーくんはけんがすごくつよいひと。にいさまをころしたからぼくがきらい』
『マーティン・レイモンドくんはまほうつかい。ぼくをまほうでぐるぐるまきにするひと』
『えらいひとにはあわない、かかわらない』
「これはシルヴァン殿下の事か。書いたのは初めての冬祭りの頃かな……」
『いとしごにいじわるしない。じゃましない。しずかにしている。すきにしてもらう。きらわれないようにする』
そう。この世界の端っこでそっとしているから、愛し子たちは好きなように生きてほしいって思っていた。
『しにたくない』『にーさまをころしたくない』
「これも何度も何度も出て来る……」
そう。必死だった。悪役令息になって兄様を殺さないように、僕自身も殺されないように。でもいつかそんな事も考えなくてもいいように、皆が僕に優しくしてくれて、僕も皆の事が大好きになっていた。
だからこそ、悪役令息になんかなりたくなかったんだ。
思わずポロリと涙が零れて、僕は幼い文字の並ぶノートをパタリと閉じて机の引き出しに戻した。
するとまるでそれを見ていたかのようにコンコンコンと部屋のドアがノックされた。
「……っ! はい!」
「エディ、ちょっといいかな。聖堂……」
部屋に入ってきた兄様の眉がスッと寄せられた。
「何があったのか聞いてもいいかな?」
「あ、あの、えっと……小さい頃のノートを見ていたら色々と思い出してちょっと涙が出てしまったんです。最初の頃は思いついた事と作戦にもならないような作戦が繰り返し書かれていたから……」
僕の言葉に兄様は表情を和らげて「ああ」と声を漏らすようにして頷いた。
「そうだね。見せてもらった時は私もちょっと泣きそうになったよ」
「え! そうだったんですか?」
僕は驚いて声を上げてしまった。うん。兄様が『記憶』を手に入れて僕の最強の味方になってくれた後に『記憶』の擦り合わせをする為に、あのノートを見せたんだった。そんな風に思われていたなんて知らなかったな。
「エディの必死さが伝わってきて、私も何としてもエディの事を悪役令息にさせないと思ったし、私も殺されないと思った。もちろんエディを死なせはしないはしないって思ったよ」
その後兄様と一緒にもう一度ノートを見た。
そして二人で思い出しながら笑って、こうして笑いながら隣に居られる事が嬉しいなって思った。
「あともう少しだ」
「はい」
頷いたら頬っぺたにそっと口づけられた。
「急がなくてもいいけれど区切りにはなるから、出来るだけ今週中には部屋の整理を終わらせよう。あとはロジャーがきちんとしてくれるからね」
「はい」
十二歳から十八歳の六年間過ごした部屋。
この部屋にも沢山の思い出がある。
「ああ、そうだ。エディが泣いていたのを見てすっかり忘れてしまった。父上から来週の水の日に聖堂の最終確認に行くから同行するようにと連絡がきたよ」
「分かりました。予定を空けておきます」
「うん。じゃあ、私は書斎に戻るから何かあったら知らせてね。もう一人で泣いていたら駄目だよ」
兄様はクスリと笑ってからちょっと軽めの大人の口づけをして部屋を出て行った。そして僕は相変わらず赤くなってしまった顔で、先ほどのノートを引き出しではなく、自分のマジックバッグの中にしまい込んだ。
「一緒にグリーンベリーに行こうね」
もう悪役令息はいないから。
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ハリーとウィルはちょっぴり寂しそうな顔をしたけれど「いつでも遊びにおいで」って言ったら嬉しそうな顔をしていた。実はグリーンベリーにはちゃんと二人の部屋も用意されているんだ。客間じゃなくて自分の部屋があるってやっぱり嬉しいものね。
タウンハウスの部屋は片付けるけれど、フィンレーの部屋はこれからもそのままにしてもらう事になっているんだ。もっとも大事なものや手元に置きたいものは持ってきてしまったけどね。
そう考えながら僕はそっと机の引き出しを開けた。タウンハウスにも持って行って、グリーンベリーにも持ってきた一冊のノート。
「ふふふ、どうしても捨てられなかったなぁ」
幼い文字が並んでいるそのノートには必死な思いが詰まっている。はじめの頃はもらった紙に書いていたのでノートに紙を貼りつけているような形になっているページも多い。
『あくやくれいそくにならない』『あるにいさまをころさない』
何度も何度も繰り返し出て来る文字にそっと手を当てる。
『いいこにする』『みんなとおはなしをする』『ちゃんとたべる』
「ふふふ、可愛い作戦だな」
そう。あの頃はこれが作戦だった。
『チームいとしごのひととなかよくする』
『いとしごはとくべつなまほうをつかう。いやしとじょうかのまほう』
『ダニエル・クレシス・メイソンくんはハワードせんせいのこども。あたまがいい。さくせんをたてるひと』
『ジェイムズ・カーネル・スタンリーくんはけんがすごくつよいひと。にいさまをころしたからぼくがきらい』
『マーティン・レイモンドくんはまほうつかい。ぼくをまほうでぐるぐるまきにするひと』
『えらいひとにはあわない、かかわらない』
「これはシルヴァン殿下の事か。書いたのは初めての冬祭りの頃かな……」
『いとしごにいじわるしない。じゃましない。しずかにしている。すきにしてもらう。きらわれないようにする』
そう。この世界の端っこでそっとしているから、愛し子たちは好きなように生きてほしいって思っていた。
『しにたくない』『にーさまをころしたくない』
「これも何度も何度も出て来る……」
そう。必死だった。悪役令息になって兄様を殺さないように、僕自身も殺されないように。でもいつかそんな事も考えなくてもいいように、皆が僕に優しくしてくれて、僕も皆の事が大好きになっていた。
だからこそ、悪役令息になんかなりたくなかったんだ。
思わずポロリと涙が零れて、僕は幼い文字の並ぶノートをパタリと閉じて机の引き出しに戻した。
するとまるでそれを見ていたかのようにコンコンコンと部屋のドアがノックされた。
「……っ! はい!」
「エディ、ちょっといいかな。聖堂……」
部屋に入ってきた兄様の眉がスッと寄せられた。
「何があったのか聞いてもいいかな?」
「あ、あの、えっと……小さい頃のノートを見ていたら色々と思い出してちょっと涙が出てしまったんです。最初の頃は思いついた事と作戦にもならないような作戦が繰り返し書かれていたから……」
僕の言葉に兄様は表情を和らげて「ああ」と声を漏らすようにして頷いた。
「そうだね。見せてもらった時は私もちょっと泣きそうになったよ」
「え! そうだったんですか?」
僕は驚いて声を上げてしまった。うん。兄様が『記憶』を手に入れて僕の最強の味方になってくれた後に『記憶』の擦り合わせをする為に、あのノートを見せたんだった。そんな風に思われていたなんて知らなかったな。
「エディの必死さが伝わってきて、私も何としてもエディの事を悪役令息にさせないと思ったし、私も殺されないと思った。もちろんエディを死なせはしないはしないって思ったよ」
その後兄様と一緒にもう一度ノートを見た。
そして二人で思い出しながら笑って、こうして笑いながら隣に居られる事が嬉しいなって思った。
「あともう少しだ」
「はい」
頷いたら頬っぺたにそっと口づけられた。
「急がなくてもいいけれど区切りにはなるから、出来るだけ今週中には部屋の整理を終わらせよう。あとはロジャーがきちんとしてくれるからね」
「はい」
十二歳から十八歳の六年間過ごした部屋。
この部屋にも沢山の思い出がある。
「ああ、そうだ。エディが泣いていたのを見てすっかり忘れてしまった。父上から来週の水の日に聖堂の最終確認に行くから同行するようにと連絡がきたよ」
「分かりました。予定を空けておきます」
「うん。じゃあ、私は書斎に戻るから何かあったら知らせてね。もう一人で泣いていたら駄目だよ」
兄様はクスリと笑ってからちょっと軽めの大人の口づけをして部屋を出て行った。そして僕は相変わらず赤くなってしまった顔で、先ほどのノートを引き出しではなく、自分のマジックバッグの中にしまい込んだ。
「一緒にグリーンベリーに行こうね」
もう悪役令息はいないから。
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