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第9章   幸せになります

392. 未来への覚悟と希望

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「ロザンヌ……」

ケネスは眉を八の字にして妻の名を呼んだ。

「私は間違った事は言っておりませんよ。こうして聞いていれば、お互いに自分の足らない所を言い合って押し付け合っているようにしか思えません。自分は器ではない? 最初から綺麗な器である者などりません。器は自身が納得をして作っていくものですし、時に壊れてしまう事だってあります。壊れてしまったらまた新たな形を考えて作ればよいのです。それも分からずにただただ兄が弟がと、あれは譲り合いではありません。擦り合いです。私は……自分の息子たちを出来損ないにした覚えはございません!」

 そう言って声を震わせた妻にケネスは口を開きかけて……閉じた。
 珍しくどうしても同席をすると言ってきかなかったので連れてきたのだが、まさかこんな風に声を荒げる様な事になるとは思っても見なかった。
 普段はそれほど話もせず、穏やかで、本当にお嬢様という雰囲気の女性なのだ。こんな姿は初めて見た。おそらく息子たちもそうだろう。

「…………とにかく、次期当主についてはそれぞれに言い分はあるが、交代するのはまだ先の事だ。アシュトンも、マーティンも、もう少し自分の中で考えてほしい。そしてどうしても自分には継げないという事であれば、私もレイモンドをどうするか考える」
「……父上」

 信じられないというようにアシュトンが瞳を見開いた。

「ロザンヌの言う通りに自分が器ではないと思っているのならば仕方がない。だが、家を閉じるという事がどれほど大変な事なのかは考えてほしい。仕えている者達や領民たちにとってそれがどれほどの事なのか、お前達がそこまで頭が回らないとは思っていないよ。代々大魔導師の称号を持つ者が当主だった。その歴史は変わらないが、これからの事は私たちが考えて行けばいい事だ。しかし、大魔導師が当主である事の意義もまたレイモンドにとっては重要な事だった。何がいいのかは分からない。だが、自分にはその資格がないと思い込むような事はアシュトンも、マーティンもやめてくれ」

 父の言葉に二人は黙って俯いた。

「…………も、もしも!」
「ミッチェル?」
「もしも、賢者の称号のように、アッシュ兄様にも、マーティン兄様にも称号が現れなかったらレイモンドの当主になる資格はないのでしょうか!」
「…………」
「今までは必ず現れたけれど、それが今回も現れる保証なんてどこにもない筈です」
「それは……」
「称号が現れないから当主にならないっていうアッシュ兄様、称号が現れたとしても領主の器ではないというマーティ兄様、僕はどちらの兄様も大好きです。尊敬しています。称号だとか、領主の器ではないとか、そんな事は関係なく尊敬して、どちらがレイモンドを継いでもおかしくないと思っています。でも、もしも……お二人がレイモンドの当主にならないというのなら、レイモンドが無くなってしまう様な事になるならば、ぼ、私がレイモンドを継ぎます!」
「ミッチェル!?」

 末っ子の突然の発言にケネスは勿論、アシュトンもマーティンも、驚いたように目を見開いた。

「だって! 称号は関係ないかもしれないのでしょう? 魔力量が少なくても……それを馬鹿にされたって、レイモンドが無くなるなんて嫌だ! 嫌だよ! どうしてそんな事が分からないの? 称号もなく、魔力量も少なくて、属性が二つしかなくたって、僕はレイモンドの子だもの! 無くなってしまうくらいならどんなに馬鹿にされても、器ではないと言われても平気だよ! その人たちがどんな風に言ってもレイモンドを継げるのは僕達だけなんだから。だからお二人が継がないなら、僕が継ぎます。当主の教育も受けます。これから必死に、勉強する! 勉強するよ……!」

 ピンクパープルの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

「……泣くんじゃないよ、ミッチェル。まだ先の話だ。もう少し私を当主でいさせてくれ」
「…………はい」
「レイモンドは、大魔導師の称号に拘り過ぎているのかもしれないな……」
「父上?」

 アシュトンが父を振り返った。

「……それでも、レイモンドに大魔導師は必要なんだ」
「はい」
「自分がどうしたいのか、改めて考えなさい。そして報告を。決めた事に出来る限り沿うようにしよう。だが、自分が器ではないという言い訳は受け付けない。アシュトンも、マーティンもだ。ミッチェルは……では当主教育を始めようか。それはグリーンベリーに居ても出来る事だから安心しなさい。役人として他領を見られるというのも強みになるよ」
「はい……」

 ケネスはそう言って末の息子を抱き締めた。

「アッシュ、マーティ。貴方達はもう少し二人で話し合いをするべきね。私もいきなり潰してしまえなどと言って悪かったわ。だけど、出来ないと言っていては何も始まらないの。それは上の立場だろうと、下の者だとしても変わらないわ。それだけは分かって。私は、私の息子を出来損ないにした覚えはないのよ」
「…………はい」


 話し合いは答えの出ないまま終わった。
 けれど……。

「大兄様! マー兄様!」

 部屋を出るとまだ涙の跡の残る末っ子が走ってきた。そうして二人の手前でピタリと止まりいきなり頭を下げてきた。

「先程は生意気な事を言って申し訳ございませんでした! でもぼ、私は兄上達が大好きです! お二人とも尊敬しているから、言い合いをしているのを見るのは辛いです。僕は体力も剣の腕も魔力も何もかも兄上達には及びませんが、それでもレイモンドを思う気持ちは負けません! 頑張ります! でも、それでも出来る事ならば兄上達が作るレイモンドを見てみたい……です! 失礼しました!」

 背は高いがそれでも自分達よりは頭半分低く、身体も細身で靱やかな印象の弟は言いたい事だけ言うと再び頭を下げて去っていった。

「……うちの末っ子は、相変わらずだな」
「ああ、でも、驚かされた」
「そうだな。継げるのは僕達だけ……か」

 アシュトンとマーティンはそう言ってお互いに一つ溜息をついた。
 そして、僅かな差で先に声を出したのはマーティンだった。

「すみませんでした」
「いや、俺こそ父上に相談をする前にお前に一言言うべきだった。ただ、俺も出来損ないと言われる事に疲れていたのかもしれない」
「いえ、私も、大魔導師の称号にこだわりすぎていたのかもしれません」
「……ミッチェルに負けていられないな。考えてくれるか、俺たちの時代のレイモンドがどうなるべきか」
「そうですね。これ以上ミッチェルに負けるわけにはいきませんからね。けれどミッチェルのように一言言わせて貰えるならば、私は兄上の治めるレイモンドを見てみたい」

 それを聞いてアシュトンはニヤリと笑った。

「ああ、俺も見てみたいよ。マッド・ヴィネス(ヴィネスはルフェリットの美の女神)が治めるレイモンドをね」
「どうしてそれを!」
「騎士寮の武勇伝は伝わってきたよ。よくやった」
「……当たり前ですよ。全くお喋りが多い」

 珍しくムッとするマーティンにアシュトンはもう一度笑った。




 アシュトンに『剣聖』のスキルが、そしてマーティンに【大魔導師】の称号が現れるのはまだ先の事。そして、レイモンド領に双璧有りと言われるようになるのは更に先の事で、『数術』という珍しいスキルを手に入れた末っ子が数ヶ月に一度里帰りをして、帳簿のチェックを行うのも、彼の夫がそれに合わせて自慢の隊を連れレイモンドと合同演習を行うというのが恒例になるのも、まだまだ先のお話。



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ふふふふふふふふ( ˶ˆ꒳ˆ˵ )♡
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