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1巻

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 そしてもう一人の先生はフィンレー家の執事のテオドール。テオ先生と呼ぼうとしたら、テオでお願いしますと言われたよ。テオ、だけ。マリーと同じですと言われたので、僕は「分かった」って答えた。
 テオはマナーという決まり事や、フィンレー家について教えてくれるんだって。
 あとは言葉遣いとか文字も教えますって言っていた。
 文字は『記憶』の中にあったアルファベットっていうのにちょっとだけ似ていたけど、よく分からなくて頑張って練習したんだよ。だって、王国の文字の方が難しかったんだもの。
 でもだいぶ上手に書けるようになって、嬉しいなって思っていたら、テオが家族に手紙を書いてみましょうと言ったんだ。

「みんなにお手紙ですか? いっしょにすんでいるのにお手紙を書くのですか?」
「さようでございます。まずは間違いがあったらすぐに教えていただける方に、お手紙を書いてみるのがよろしいかと思います。それに」
「それに?」
「一緒に住んでいるからこそ、普段はあまり口に出来ない事など、お手紙にしてみるのはいかがでしょうか?」
「ふだんは言えないこと?」
「そうですね。こんな事が嬉しかったとか、楽しかったとか、こんな事をしてみたいとか。あとはありがとうという気持ちとか」
「なるほど……」

 それは素敵かもしれないなって思い始めた僕に、テオは更に言う。

「いざお顔を見て話そうとすると、ちょっと恥ずかしくなってしまって言えない事も、お手紙でしたら伝えられるかもしれませんよ?」
「わかりました、テオ。僕、父様と母様とアル兄様にお手紙を書いてみます」
「はい。次回の作法の時間にテオにお渡しくださいませ」
「がんばります」

 僕はふんす! と気合を入れて、テオから渡された便箋びんせんという綺麗な紙を見つめた。
 そして一週間後――


「皆様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 夕食の後にテオがにっこりと笑って口を開いた。いよいよだ。

「ああ、いいよ。何かあったのかな」
「エドワード様が、筆記がお上手になられましたので、皆様にお手紙をお書きになりました。どうぞお受け取りください」

 テオの言葉に僕はドキドキしながら椅子を降りて、皆にお手紙を渡しに行った。手紙は既にテオのチェックが入っていて、とても気持ちがこもった素敵なお手紙ですと言われたんだ。

「父様、お手紙です」
「ありがとう。大事に読んで、お返事を書こう」
「ありがとうございます」
「パティ母様、お手紙です」
「まぁありがとう。私もお返事を書きますね。今、読んでもいいのかしら?」
「はい」
「アル兄様、お手紙です」
「ありがとう、エディ。僕もお返事を書くね」
「ありがとうございます」

 ちょっと恥ずかしかったけれど、皆は僕のお手紙を嬉しそうに読み始めた。
 父様は「そうか! うんうん」と、とても嬉しそう。
 母様は「まぁまぁまぁ!」と、やっぱり楽しそうだった。
 そして兄様は……

「………………」

 どんどんどんどん兄様の顔が赤くなっていくのはなんで? 僕、変な事を書いたかな? テオがちゃんと見て大丈夫って言ってくれたのに。

「アル兄様?」
「あ、うん……ありがとう、エディ、えっと、お返事書くね」
「あ、はい」

 そう言って兄様はお手紙を丁寧に封筒に戻したんだ。


   ◇◇◇


『アル兄さまへ
 アル兄さまが、はじめてエディとよんでくださったとき、ぼくはとてもうれしかったです。
 ぼくは、アル兄さまがだいすきです。
 ごほんをいっしょによんでくださって、ありがとうございます。
 この前、けんのれんしゅうをみせてくださって、ありがとうございました。とてもかっこよかったです。お水のまほうもすてきでした。
 それから、アル兄さまのお目目とおなじあおいリボンのプレゼント。とてもとてもうれしかったです。いつもアル兄さまといっしょにいるみたいです。だいじにします。
                                    エドワードより』


 エディから手紙をもらった。文字が書けるようになってきたので、練習のために家族に手紙を書いてみたという事だった。
 父上も母上も嬉しそうに手紙を読んでいた。僕も勿論嬉しかった。嬉しかったんだけど……

「なんて返事を書けばいいの?」

 思わずれた声。
 綺麗な薄いグリーンの便箋びんせんの、一生懸命書かれたのだろう文字にもう一度目を落とす。

『アル兄さまのお目目とおなじあおいリボンのプレゼント。とてもとてもうれしかったです。いつもアル兄さまといっしょにいるみたいです。だいじにします』

 伸びてきていたふわふわの柔らかそうなミルクティー色の髪は、メイドが用意していたらしい緑色のリボンでまとめられていた。「そうだ。好きな色のリボンをプレゼントしよう」思いついたまま「何色が好き?」と尋ねると「アル兄様のお目目みたいな綺麗な青色がすきです」と言う。
 自分の色を贈るのは、基本的には好きな相手にだ。エディは勿論そんな事は知らなかったのだろう。嬉しそうに答えた義弟おとうとに「それはちょっとちがうよ」とは僕にはどうしても言えなかった。
 だから望んだ色のリボンを贈ったんだ。
 エディはとても喜び、父と母は少し驚いていたけれど、仲良くなってよかったと喜んでいた。
 ミルクティー色の髪にえる明るめのブルーのリボンを見るたびに、僕もなんだか嬉しくなった。
 でも…………

「こうして文字になると、なんとも恥ずかしいというか、なんていうか」

 う~~~~んとうなりながらペンを取る。

『エディへ
 お手紙ありがとう。僕もエディの事が大好きです。リボン、とても似合っています。
 エディが僕の色のリボンをつけてくれて、とても嬉しかった』
「じゃないだろう? これじゃあ、これじゃあ……」

 まるで恋文みたいじゃないか‼ 違うよ、違う。そうじゃない。そうじゃなくて!

「リボンをもらってくれて……いやいや……青いリボンがとても似合って……ああぁぁぁ」

 僕は頭を抱えた。

「リボンの事には触れないようにすればいいのかな? ええっと、本? 本の事を書いたらいいのかな? 剣? 魔法の事を? え? かっこよかった?」

 便箋びんせんをぐしゃぐしゃにして、僕は一つ大きなため息をつく。

「落ち着け。僕は何を焦っているんだ。まったく……」

 自分を純粋に慕ってくれている義弟おとうとに何を考えているんだ! 父上だって言っていたではないか淋しい環境にいたのだと。それは四歳にしては小さすぎる身体と、話し方の幼さと、そして時折見せる怯えたような瞳と一緒に出てくる「ごめんなさい」という言葉から容易に分かった。
 だからこそ大事にしてやらなければならないのだ。

「ふぅ……」

 もう一つ息をついて、僕はエディの嬉しそうな笑顔を思い出した。

『アル兄様!』
「…………よし」

 そうして、再び便箋びんせんに向かった。

『エディへ
 おてがみありがとう。ぼくもエディのことがだいすきだよ。
 エディがわらっていると、ぼくもうれしくなります。
 これからもいっしょに本をよんだり、おいしいおかしをたべたり
 たのしいことをたくさんしようね。
                        アル兄様より』


 エディがこの手紙を読んでとても喜んでいたとマリーから聞いて、僕はすごく嬉しかった。
「アル兄様!」と嬉しそうにやって来るその笑顔を、ずっとずっと守ってやりたいと思ったんだ。


   ◇◇◇


 フィンレー領の冬は結構寒い。
 僕が生まれたハーヴィン伯爵領はもう少し南の方で、冬でも雪が積もるような事はなかった。
 でもフィンレー領は雪が積もる。その積もった雪で神様の像を作ったりして、一年間の感謝をするのが冬のお祭りだ。
 昨年は熱を出して行けなかった冬祭りが近づいてきた。

「でみせって、どんなのですか?」
「色々だよ。おいしい食べ物や、手作りの可愛いおもちゃ、それから綺麗な装飾品とか洋服とかも売っているな」
「たたたたのしそうです!」

 そう言うと父様が僕の頭をクシャリとでた。

「うん。でも興奮しすぎるとまた熱を出すからね。今年はアルフレッドの友達が遊びに来るから仲良くするんだよ」
「はい。なかよくします。アル兄様たちのおじゃまにならないようにします」

 僕の言葉に兄様は「誰もエディの事を邪魔になんてしないよ」と笑った。
 今年は母様のお腹に赤ちゃんがいるから、父様はお祭りの事以外にも色々と忙しい。だからお祭りは行けないかなと思っていたら、連れていってくれると言われてすごく嬉しかった。

「父様が神様にかんしゃのことばをいって、お祭りがはじまるんですよね?」
「そうだよ。領主の大切な仕事だ」
「はい。すごいです。かっこいい父様を見るのがたのしみです」
「ははは、エドワードにとって初めての祭りが楽しいものであるように私も頑張らないといけないな」

 父様の言葉にニコニコしてホットミルクを口にしながら、僕は母様と赤ちゃんにお土産みやげを買ってこようと思っていた。何がいいかな。色々な出店を見て決められるといいな。

「兄様のお友達はたくさんいらっしゃるのですか?」
「三人かな。皆僕と同い年なんだ。ああ、エディの先生のおうちの子もいるよ」
「……ハワード先生のおうちの子ですか?」
「そう。ダニエル・クレシス・メイソン君」

 ……ああ、やっぱり。チーム愛し子の人だ。

「あとはジェイムズ・カーネル・スタンリー君。スタンリー侯爵様は近衛騎士団長でとてもお強いんだよ」
「そうなんですね」

 うん。こっちも確かチーム愛し子の人だ。

「それから、マーティン・レイモンド君。レイモンド伯爵は代々大魔導師の称号を持っているんだ。マーティン君の父上は素晴らしい魔法使いなんだよ」
「……まほうがとてもおじょうずなんですね」

 いたよね? マーティン君って。小説の中で僕の事、魔法でしばりつけた人?

「なかよくします。ぜったいに、なかよくしたいです」

 だって、そうじゃなかったら困る。変な子だって思われたら、絶対に絶対に困る!

「大丈夫だよ。皆、小さな子をいじめたりするような人じゃないよ。僕がエディをとても可愛がっているって知って、会いたいって言ってるんだよ」
「僕も、みなさんに、お会いできるのがたのしみです」

 僕は心の中でちょっと涙目になった。


「どんなことがあったのか、思いだせるだけ書きだしてみよう」

 近づいてくる冬祭りに気持ちが落ち着かなくて、僕はなんでも書いていいよと渡された紙とペンを取り出した。この世界では紙は結構高級品だけれど、『記憶』の世界では割合気軽に手に入るようだった。こちらもそんな風になったらいいのになってちょっと思う。
 えっと、まずはアル兄様。僕が学園に入る前に、殺してしまうんだよね。なんで兄様を殺しちゃうんだっけ? 何か言われたんだよ。兄様が邪魔を……なんの邪魔だっけ?

「う~~ん」

 魔法で殺してしまうというのは分かっているけど、理由がなんだか思い出せないな。
 とりあえず、また後で思い出したら書いておこう。
 次は、ハワード先生の息子のダニエル・クレシス・メイソン君。
 僕が学園に入る頃は、先生は子爵家の当主になっているんだ。ダニエル君はすごく頭が良くて、大きくなったら宰相府に入るんだよね。確か色々な作戦を立てるんだ。そして何を考えているのか分からない。ハワード先生にもお世話になっているし、ダニエル君とも仲良くしよう。
 それからお父様が近衛騎士団の団長さんの、ジェイムズ・カーネル・スタンリー君。
 この人も剣がものすごく強かった筈。赤い髪で怖く見えるの。僕はこの人にとても嫌われていた。アル兄様の事を親友って思っていて、殺したのが許せなかったみたいだ。
 えっとそれからマーティン・レイモンド君。魔法使い。僕を魔法でぐるぐる巻きにして捕まえる人だ。この人はものすごく魔法が好きで、【愛し子】が特別な魔法を使う事を尊敬? しているんだよね。だから【愛し子】の邪魔をする僕には容赦がないんだ。
 ううう、やだよぅ、捕まって死にたくなんかないよ。兄様を殺すつもりもないし、悪い事をするつもりもないよ。今から仲良くしていたら、もし悪役令息になってしまいそうな時に、それはやめなさいって先に注意してくれるかもしれないから、頑張って皆と仲良くなろう。
 あ、あとそうだ、偉い人がいるんだ。たしか王族の人。王子様。名前が出てこないな。
 でもこの人は仲良くなる以前に、多分僕、関わらないと思う。だって王子様だもん。だから王子様とは仲良くじゃなくて関わらないようにしよう。
 それであとは【愛し子】か。【愛し子】って僕と同い年。きっと物語で僕が色んな邪魔をしたりするから、違う学年だと都合が悪いんだよね。
 光魔法とか、あと浄化の出来る特別な聖魔法とか、なんかそんな珍しい魔法を使うんだよ。確か。
 うう~ん、なんていうか記憶がはっきりする時と、そうじゃない時の差があるんだよね。
 でもちゃんと思い出しちゃったら、僕が僕でなくなっちゃうような気がするから、これでいいかなって思ったりもしているんだ。
 とにかく、僕は【愛し子】に意地悪も邪魔もする予定がないから、【愛し子】は好きに動いてほしい。もちろん他の人たちの邪魔もしないよ。嫌われないようにする。
 そして僕は隅っこの方で、無事に世界が救われるようにひっそり応援する。それならいいかな? 大丈夫かな? 断罪されたりしないよね? うん、とりあえずこれで。細かい所はまた思い出したら書いていこう。
 ちゃんと思い出せなくても、『記憶』があるっていうだけで、変えられる可能性はあると思う。
 今だって僕とアル兄様は仲良しだし、母様に赤ちゃんだって出来ているし。それに小説には、僕と兄様と愛し子チームになる人たちが冬祭りに出かける話なんてなかった筈だ。
 だから目をつけられないように、嫌われないように、いい子にしていればいいよね。『悪役令息』にならないために愛し子チームの人たちと仲良くする! よし! 準備と作戦出来た!


「はじめまして。エドワード・フィンレーです。五さいです。よろしくおねがいします」

 初めにやって来たのは、ハワード先生の息子さんのダニエル君だった。
 先生によく似た青い髪は、先生より少し銀色がかってキラキラしていた。背はアル兄様よりもやや高くて、切れ長の目は綺麗な藍色あいいろ。ちょっと厳しい感じがして、とても緊張したけれど、テオの礼儀作法で教わったようにご挨拶あいさつ出来たと思う。

「ご挨拶あいさつありがとうございます。はじめまして、ダニエル・クレシス・メイソンです。父からエドワード君の事はとても優秀な教え子さんだと聞いています。お会い出来るのを楽しみにしていました」

 ダニエル君がそう言ってにっこり笑ったので、僕も「ありがとうございます」ってにっこり笑った。テオが、小さい時は目上の人の褒め言葉は言葉通りに受け取った方が良いですと言っていたから、その通りに受け取ったよ。

「ハワード先生のおはなしは、むずかしいけれど、とてもだいじなことばかりなので、いっしょうけんめい、がんばります」

 するとダニエル君は驚いたような顔をした。こういう顔になるときつい感じが薄まるんだなって思った。

「……すごいなぁ、エドワード君は。父の話を褒める五歳児なんて今までいなかったと思うよ。きっと父も喜びます」
「あり、ありがとうございます。あの、どうぞ僕のことはエドワードとかエディとよんでください」
「ああ。ありがとう。ではエディ君と呼ばせてもらいますね。私の事はダニエルと呼んでください」
「ダニエル様、よろしくおねがいします」
「……ねぇ、アルフレッド。エディ君は、君の事はなんて呼んでいるのかな?」

 隣に立っていた兄様が僕の方を見て小さく笑ってくれた。

「アル兄様と呼ばれているよ」
「アル兄様かぁ……いいなぁ。うちは下がいないから、ちょっと憧れるんだよね。ねぇ、エディ君よかったら僕の事はダニー、いやダン兄様とお祭りの間だけでも呼んでくれないかな?」
「ダン兄様、ですか? アル兄様のお友達なのに、しつれいになりませんか?」
「大丈夫。父上の教え子さんだもの」

 ああ、にっこり笑うとダニエル君は目がちょっと垂れて、優しい感じになるんだな。
 この前見た絵本の中の妖精さんみたいだ。

「はい。ダン兄様、とてもうれしいです! よろしくおねがいします」
「こちらこそ。よろしくね、エディ君」

 ほらね、大丈夫だったでしょう? って兄様の目が言っている。父様の「大丈夫」も好きだけど兄様の「大丈夫」も好きだなって僕は思った。

「はい。お祭りたのしみです!」

 よし、この調子でがんばるぞ!


 冬祭りに出発する前の日は、とても寒くて雪が沢山降っていた。
 今日はいよいよチーム愛し子のもう二人がやって来る。こんなに降ってお祭りは大丈夫なのかしらと心配していたら、パティ母様が「これくらいは毎年降るのよ」って教えてくれた。去年はこの頃にお熱を出して寝ていたから、よく覚えていなかった。

「そうなのですね。でもさむいので、パティ母様はちゃんとひざかけをかけていてください」
「ありがとう、エディ。優しい子ですね。エディの母様になれてとても嬉しいです。冬祭りは怪我をしたり風邪をひいたりしないように楽しんでくるのですよ」

 頷いて「はい」って返事をすると、母様は僕の頭を優しくでてくれた。本当はギュッとしたいけど、赤ちゃんが生まれるまではナデナデにしますって言われているんだ。
 母様のお腹はまだ大きくはなっていなくて、見ただけだと赤ちゃんがいるって分からないけれど時々辛そうだったり、一緒にご飯を食べられなかったりするから、早く春になるといいなと思う。
 そしてその日の午後、チームの愛し子二人の馬車が到着した。

「遠いところをようこそ。アルフレッドの父、デイヴィット・グランデス・フィンレーです。雪は大丈夫でしたか?」
「お招きいただきましてありがとうございます。マクスウェード・カーネル・スタンリーが嫡男、ジェイムズ・カーネル・スタンリーです。フィンレー侯爵領の冬祭りはとても有名ですので、ご招待いただけて光栄です。雪がひどくなる前に領内に入る事が出来たので楽しむ余裕もありました」

 初めて会うのに分かる。兄様より頭半分以上背の高い少年は、近衛騎士団長の息子さんジェイムズ君。とても十歳とは思えないくらい身体がしっかりとしていて大きくて、きちんと整えられた赤い短髪とキリリとした意志の強そうな金色の瞳は、まだ少年の面影おもかげを残してはいるものの『記憶』の中にあるジェイムズと同じだった。

「お招きいただきましてありがとうございます。ケネス・ラグラル・レイモンドが次男、マーティン・レイモンドです。私もお陰様で予定通りに進む事が出来ました。冬祭りは初めてなので楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします」

 こちらも初めて会うのに『記憶』の中で知っている。今は分からないけれど【愛し子】と出会う時には火、水、風、土の四属性魔法を自在に操り、光属性である治癒魔法も使えるようになるマーティン君。兄様と同じくらいの背丈で、濃い茶色の髪を背中の中央で緩く結んでいて、薄いブルーグリーンの瞳がとても綺麗。ちょっときつめな女の子のような雰囲気があるけれど、高等部の頃は薄く笑みを浮かべると本当にゾクリとするような冷たい色気? があった……らしい? うん。そんな『記憶』。

「アルフレッド、夕食までゆっくり過ごしていただきなさい」
「はい、父上」
「それから皆さんに紹介をさせていただきたいのですが、昨年より私の息子となりましたエドワードです。アルフレッド同様、仲良くしていただけるとありがたい。エドワード、皆さんにご挨拶あいさつを」
「はい、父上。はじめまして、エドワード・フィンレーです。五さいになりました。どうぞよろしくおねがいいたします」

 僕の挨拶あいさつにジェイムズ君が先に口を開いた。ジェイムズ君のおうちも侯爵家だからね。

「はじめまして、エドワード様。ジェイムズ・カーネル・スタンリーです。アルフレッドから可愛らしい弟君が出来たと聞き、お会い出来るのを楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします」
「ごあいさついただきましてありがとうございます、スタンリー様。冬祭りにごいっしょできてとてもうれしいです。よろしくおねがいいたします」

 ううう、なんとか噛まずに言えました。僕がんばりました。

「はじめまして、エドワード様。マーティン・レイモンドです。私もアルフレッド様からエドワード様の事をお聞きして、お会い出来るのを楽しみにしておりました。よろしくお願いいたします」
「ごあいさついただきましてありがとうございます、レイモンド様。冬祭りにごいっしょできてとてもうれしいです。よろしくおねがいいたします」

 ぺこりと頭を下げると、なぜか兄様の隣でダニエル君が楽しそうな顔をしていた。

「では皆さん、のちほど。失礼します」
「しつれいいたします」

 部屋を出る父様に続いて、もう一度頭を下げて部屋を出ようとした僕に兄様が声をかけてきた。

「エディ、少し皆とお話をしないかい?」
「よ、よろしいのでしょうか?」
「皆もエディと話をしたいと思っていたんだよ。父上、エディも一緒に話をしてもよろしいでしょうか」
「かまわないよ。エドワード、いつもの通りで大丈夫だよ」
「はい」

 僕が頷くと、父様も頷いて、部屋を出ていった。えっと僕はこれからどうしたらいいんだろう? 兄様の隣に行けばいいのかな。

「エディ、僕の隣においで」
「はい……アル兄さ……兄上」
「いつも通りでいいんだよ」
「そうそう。僕にもいつもの通りでね、エディ君」

 ダニエル君も笑いながら言う。

「え? あの、でも……」
「滞在中はお願いって、約束したよ?」
「ダニー、エディを困らせないでよ」
「困らせてなんかないよ。ね? ほら、僕とアルの隣ならいいでしょう? おいで」

 ポンポンと叩かれた椅子。

「はい……ダン兄様」

 僕は他の二人が驚いたような表情を浮かべる中、アル兄様とダニエル君の間の椅子に座った。
 それを見た二人は向かい側の椅子に座る。
 そしてそのタイミングを計ったように、僕たちの前にお茶とお菓子が運ばれてきて、付いてきたそれぞれの従者はもちろん壁際に待機。

「なに? ダニーはもうエドワード君と仲がいいの? しかも兄様って」

 マーティン君がそう言って僕の方を見た。

「珍しいな。気難しいお前が」

 紅茶を手にしたジェイムズ君もそう言って、僕とダニエル君を交互に見る。隣ではアル兄様が苦笑している。え? ダニエル君ってほんとはそんなに気難しい人なの?

「ひどいなぁ、ジム。エディ君は僕の父の教え子なんだよ。とても素直で優秀なんだ」
「へぇ、ハワード様の。五歳ではハワード様の教えは難しいだろうに」
「ふふふ、エディ君は頑張り屋で可愛い。僕には弟がいないからね。滞在している間は兄様と呼んでもらうようお願いしたんだよ」
「ふーん。じゃあ、私も名前で呼んでもらおうかな。せっかくのお祭りにレイモンド様じゃねぇ」

 ちらりと向けられた視線に、僕は小さく頭を下げて兄様を見た。
 アル兄様、こういう時は、僕はなんと言えばいいのでしょう。駆け引きなど分からない五歳児でいて良いのでしょうか? で、でも、ここでちょっとでも仲良くなっておいた方がいいんだよね?
 そうだよね?

「よろしければ、ぼ……私のことはエディとよんでくださいませ」

 にっこりと笑うと、一瞬間を置いてマーティン君はフッと笑った。

「では、エディ君と呼ばせていただくよ。私の事はマーティンと呼んでください」
「ありがとうございます。マーティン様」

 お辞儀をして、僕はもう一度アル兄様を見て「うふふ」と照れたように笑った。だってもう、どうしていいのか分からないんだもの。

「よかったね、エディ」
「はい」
「では、私もジェイムズと」

 ジェイムズ君が自分からそう言ってくれた。良かった。

「ありがとうございます。じぇいむず様。よろしくおねがいいたします」

 ああ、でもちょっと言いづらいです。ジェイムズ君。頭の中で考えているのと声に出すのとではやっぱり違うなぁ。だいぶ滑舌かつぜつも良くなってきたと思ったのに、普段出さないような音の並びは難しい。

「ふむ……言いづらそうだな。ジミーなら言いやすいか?」
「……ジミー様」
「うん。それでいい。幼少時の呼び名だ。まさかここで聞けるとは思わなかったな」

 にこやかに笑ってジェイムズ君はまた紅茶に手を伸ばした。

「じゃあ、そういう事で、エディをよろしくお願いします。ほらね、エディ、皆良い人たちでしょう? 小さな子に何かするような友達なんて僕にはいないんだよ」
「はい、アル兄様。ありがとうございます。みなさまもどうぞよろしくおねがいいたします」

 僕はもう一度頭を下げた。

「うん、緊張しているね」
「ガチガチだね」

 アル兄様、ダニエル君、台無しです……

「まぁ、兄の友人たちに囲まれたら怖いよね? でもきちんと挨拶あいさつ出来て、話も出来て、安心しました。正直ぐずぐず泣いたり、祭りの途中で駄々をこねたりするような子供だったら、ちょっとだけ面倒くさいなと思っていたけど」
「マーティー。まだ会ったばかりの子供に容赦ないな、お前は」
「ええ? だってエディ君は大丈夫みたいだからさ。褒めているんだよ。ねぇ、アル」
「ほどほどにしてね、マーティー。本当に可愛い弟なんだから」

 兄様が助けてくれたあとは皆でお菓子を食べて紅茶を飲んだ。
 意外な事にジェイムズ君が甘いものが好きだという事が分かった。そして僕はなぜかリスとかウサギみたいな小動物系で可愛いと褒められた。
 みんなニコニコと笑って「冬祭りを一緒に楽しもう」って言ってくれたよ。とりあえず、悪い子には思われていないと思う。
 お部屋を出る時に嬉しくて笑いながらバイバイって手を振ったのは、貴族的にはダメだったかもしれない。だけど、ドアが閉まって歩き出しながら、ちょっとだけふぅっと息をつくと、マリーが「頑張りました」と褒めてくれた。

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