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第9章   幸せになります

335. グローブと春の森

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 良く晴れた週末。夕食の時の約束通り、兄様と僕はフィンレーに来ていた。
 兄様の手には僕が兄様の21歳のお誕生日にプレゼントをしたグローブがはめられていた。髪の色を意識して少しゴールドがかった色合いの皮を選んで、手首のベルトの留め具を悩んで悩んでアクアマリンだけにしたんだ。でも付ける事が出来なかったペリドットの小さな石は、結局兄様に手渡す事になった。そしてその後、兄様はアクアマリンの留め具に添わせるようにそのペリドットをつけた。

 うん。見ているとやっぱりちょっと恥ずかしい。でも嬉しい。

 そう思いながら今度は自分の手を見る。僕の髪色に近いベージュブラウンの色の皮を使ったグローブ。兄様が僕の16歳の誕生日プレゼントとして下さったものだ。手首の留め具にはペリドットとアクアマリンが並んで使われている。思わず顔が緩む。

「エディ?」

 僕の顔を兄様が覗き込んだ。

「は……はい!」
「どうしたの? 具合でも悪くなった?」
「いえ! 大丈夫です。なんでもないです。ただ……」
「ただ?」
「ふふふ、こんな風にお揃いみたいなグローブをつけて乗馬が出来るなんて嬉しいなって思って。ほんとに、嬉しいなって」
「…………」

 僕の言葉に今度は兄様が黙ってしまった。え? なんで?

「兄様?」
「……エディは、昔から時々無意識に、『会心の一撃』みたいなのをしてくるよね」
「へ? にににに兄様に攻撃なんてした事ないです!」
「ああ、言い方が悪かった。無自覚なのに的確に狙って来る」

 狙う? 無自覚? えええ?

「何をですか?」
「ふふふ、これ以上刺激したら駄目だよ? エディ」

 そう言うと兄様は言葉とは裏腹に、嬉しそうに僕の身体を引き寄せた。

「兄様!?」

 お顔が! お顔がとても近いです!

「うん。グローブ、似合っているね」
「あり、ありがとうございます」
「私のも、とても似合っていると思わない?」
「はい。えっと、すごくカッコいいです」
「ありがとう、エディ。さぁ、行こうか。これ以上こうしていると乗馬がどうでもよくなってきそうだ」
「ええ?」

 今日の兄様はなんだかとても不思議だ。でもそれにドキドキしている僕も不思議だ。 

「東の森だった所がまだ怖いなら、少し山の方へ行ってみようか」

 馬を出しながら兄様はそう言った。僕は少しだけ考えて、「東の森に行きたいです」って言った。

「無理はしてほしくないよ?」
「はい。でも行ってみたいって思えるようになったから」

 そう。もうあの燃える様な魔熊はいなし、兄様と一緒だったら怖くない。それに、あの森がどうなっているのかも確かめたい。あのスタンピードを経験して、やっとそう思えるようになった。
 自分の力を使いこなせる、とまではいかなくても、自分の意思で使えるようになったと思うから。
 兄様は僕の顔をじっと見つめて、優しく笑った。

「そう。それなら行ってみよう。エディの好きそうな春の花がきっと沢山咲いているよ」
「はい。楽しみです」



 兄様と僕は馬を並んで走らせていた。
 今、兄様が乗っているのは、あの日に乗っていたグレイの子供「クレオ」だ。グレイはだいぶ年を取ってきて今は人を乗せる事はほとんどしない。でも時々嬉しそうに馬場を走っている。中々元気なお爺ちゃんだ。
 僕はクレオよりも少しだけ年上の「シンディ」という牝馬に乗っている。グレーの毛並みの大人しい子だ。
 東の森は屋敷の敷地内の端にあるけれど、馬で駆ければそれほど遠い所ではない。
 見えてきた緑の森、と呼ぶには小さなそこは、あの日に見た時よりもはるかに小さく思えた。

「小さくしたと聞いていたのですが、本当に小さく整備してしまったのですね」
「これでもあの頃よりは木が育って少し広くなったよ。あの後はフレイム・グレート・グリズリーがどうして現れたのか調べる為にかなり手を入れたからね」
「そうだったんですね」
「さぁ、エディ。森の入口だ。このまま馬で進む事も出来るよ。どうする?」

 僕は少しだけ考えて

「歩いてみたいです。ワイルドストロベリーを探しながら」
「分かった。じゃあそうしよう」

 そうして僕たちと何人かの護衛たちは馬を降りて、森の中を歩き始めた。


-----------

短めですが……
 

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