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第8章  収束への道のり

【エピソード】- 鳥と恋心

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 僕には宝物があった。
 一歳の時にエディ兄様が王都で買って来て下さった鳥のおもちゃだ。木と細い棒と布で出来た鳥の模型。
 双子の兄であるウィリアムと色違いでお土産として下さった。
 エディ兄様の風魔法で飛ぶ鳥は僕とウィルの憧れだった。
 僕の瞳の色と同系色の緑色の鳥。それは兄様の瞳の色とも同系色だ。僕はそれが本当に本当に嬉しかった。
 
 保存魔法がかけられているそれは汚れる事もなく、多少荒く扱っても壊れる事もなかった。
 エディ兄様の十二歳の誕生日にはウィルが水魔法で水まきの魔法を、僕が風魔法でこの鳥たちを動かした。エディ兄様はすごくすごく喜んでくださって、僕は絶対に水魔法を取得して水まきが出来るようになってみせるって誓ったんだ。

 僕はエディ兄様が大好きだった。「ハリー」って呼んでくださる声も、いつもニコニコと笑っている顔も、そして色々な事に一生懸命になる姿もみんなみんな好きだった。
 でもエディ兄様をずっと見ているから、エディ兄様が誰を見ているのか僕はちゃんと判っていた。
 エディ兄様の一番はアルフレッド兄様だ。
 そしてアルフレッド兄様の一番もエディ兄様だ。
 それはもう当たり前の事で、僕が割り込みようもなくて、それでもエディ兄様の傍に居たくて父様にお願いをしたのはもうずいぶん前の事だった。だって、いきなり言っても叶えてもらえない事なのは分かっていたから、僕は魔法鑑定が終わってすぐに父様にお願いをしに行った。
 兄様と一年だけでいいから一緒に学園に通いたいって。
 父様はとても驚いていたけれど、きちんと考えてくれた。僕とウィルの友人選びは慎重に行われて、1学年年上の人との交流が主流になった。
 そして、今年の十一の月の試験に受かれば、僕は来年からエディ兄様と一緒に学園に通う事が出来るんだ。勿論ウィルも僕と一緒に試験を受けるって言っている。
 それでいい。それで十分だ。だってエディ兄様が僕の大切な兄様である事はずっと変わらないのだから。
 そう思えるようになったのは、ある人との出会いがあったからだった。



 それは僕がまだ6歳の時の事だった。エディ兄様が学園に入る前の最後のお茶会の日だった。お茶会がある時は近くには行かない。それは決められている事で、僕はサロンから離れて風魔法の練習をしながら鳥を飛ばしていた。そうしたらこちらへ来るはずのない人影が見えた。
 どちらもエディ兄様のお友達だった。一人は兄様と同じくらい小柄な人。そして後から追い駆けてきたのは眼鏡をかけた背の高い人だった。
 最初に走ってきた人は泣いていて、僕は何があったんだろうって思った。そして、ここにいたらいけないと場所をもう少し奥にしようとして、鳥を木にひっかけてしまった。僕は慌ててそれを外すために風魔法で動かした。けれどそれが良くなかった。枝にかかっていたものを無理矢理落としたせいで鳥を壊してしまったのだ。

「どうしよう、兄様から頂いた鳥なのに。どうしよう……」

 思わず涙が零れた。破れてしまった布と、折れてしまった骨組みに絶望感が押し寄せて来る。だってこれはエディ兄様が僕の為に買ってきて下さったんだ。沢山の大切な思い出が詰まっているものなんだ。保存魔法を定期的にかけなおしてもらいながら大事に大事にしてきたのに、それなのに。

 僕の後ろで護衛がおろおろしていたけれど、僕は返事をする事も出来ずにただ泣いていた。すると「大丈夫ですか?」という穏やかな声が聞こえてきた。

「失礼いたします。ああ、壊れてしまったんですね。良かったら見せて頂けますか?」
「……」
「怪しい者ではありません。エドワード様のお茶会に招かれているスティーブ・オックス・セシリアンと言います」
「セシリアン様……?」
「私は子爵の息子ですのでどうぞスティーブとお呼び下さい」
「スティーブ……さん」
「はい。そちらの模型を見せて頂けますか?」

 僕は壊れてしまった鳥をそっと彼に差し出した。

「ああ、ここが折れてしまって、こちらが破れてしまったんですね。でもとても大事に使われていたんですね」
「はい。エディ兄様からいただいたのです。それなのに……」

 ボロボロと再び泣き出した僕にスティーブさんは優しく笑った。

「大丈夫ですよ。私はちょっと珍しいスキルを持っているんです。ちゃんと直せますから安心して下さい」

 そういうと彼は口の中で小さく何かを呟いた。すると鳥が、まるで時間が巻き戻っていくかのように彼の手の中でキラキラとしながら壊れた所が元へと戻っていった。
 鳥は新品のようになっていた。

「す、すごい……」
「<修復>というスキルなんです。構造が判れば直す事が出来ます。はい。保存魔法はかけられないので誰かにかけなおしてもらって下さいね」
「あ、ありがとうございます。あの、名乗りが遅くなりました。ハロルド・フィンレーです」
「ハロルド様ですね。どうぞお気を付けて」

 お辞儀をして、先ほど泣いていた人が行った方に行ってしまったその人を僕はぼんやりと見つめていた。 

 ◇◇◇

 彼とその人はその後お祖父様の植物の勉強会に参加をするようになった。
 小柄な人はトーマス・カーライル様と言って、とても優しい人だった。
 僕は二人が来る勉強会がとても楽しかった。勿論エディ兄様と二人で温室のお仕事をするのもとても楽しかったし、魔法の勉強会に参加をするようになった方々もとても面白かったんだけど、お二人が来て一緒に実験をしたり、作業をしたりするのをいつの間にか心待ちにするようになっていた。

 でもいつの頃からか、時々胸がイガイガするようになった。始めは何だろうと思った。けれどそのイガイガはトーマスさんとスティーブさんが仲良くお話をしている時に起こる事が多くて、僕はどうしてそんな事が起きるのか分からなかった。ううん。本当は分かりたくなかったのかもしれない。
 そしてそれがはっきりしたのは二人とは違う人が勉強会に参加をする事になった時だった。
 その人はロマースク伯爵家のご子息でユージーンさんと言った。ローズグレイの綺麗な瞳の持ち主で、背も高く、顔立ちもはっきりとして、どこか異国の雰囲気のようなものを漂わせるような人だった。
 どうしてこの勉強会に参加をしようと思ったのかな。そう思っているとエディ兄様が「ああ、そうだ。トムが婚約をしたんだよ。しかもここにいる」と言い出した。それを聞いたトーマスさんが真っ赤になって「ちょ、ちょっとエディ! まだ仮なんだよ」って言っている。

 その瞬間僕はものすごく胸が痛くなるような気がした。イガイガどころではなく、ギリギリとするような痛みだ。それなのに僕の口からは「おめでとうございます」っていう言葉が出ていた。

「あ、ありがとう。まだね。仮婚約なんだよ。お互いに18になったら婚約して、卒業したら結婚するんだ」

 赤い顔のままそう言うトーマスさんに僕はもう一度笑って「おめでとうございます。それで、お相手は、その…………スティーブさんですか?」

 胸が、ギュッと何かに掴まれてような気がした。だけど次の瞬間、三人がものすごくびっくりした顔をして、エディ兄様が慌ててそれを否定した。

「ご、ごめんね、ちゃんと言わなかった僕が悪いの。あのねハリー、トーマス君と婚約したのはユージーン君」
「!!! す、すみません!」
「いや、こちらもエディの言葉を遮るような感じになってしまったし、きちんと言わなかったのがいけないんだから気にしないで。そうだよね。ずっと一緒に勉強会に参加をしていたんだものね。えっと、僕が婚約をしたのはユージーン・ロマースクさんで、スティーブは学友で、勉強会友達で、お茶会友達だよ。エディもスティーブも僕にとってはとても大事な友達で、ジーンは、その……とても大事な人になったの」

 そう言ってトーマスさんは笑ってユージーンさんの隣に並んだ。幸せそうなその顔に、僕の胸はすぅっと軽くなって、痛みはどこかに消えてしまった。
 これはどういう事なのか、さすがに僕も気づいた。これは……。

「すみません、スティーブさん」
「いや、いきなり名前が出て驚いたけれど大丈夫だよ。それにしてもジーンの顔がちょっと見ものだった」
「スティーブ」
「ああ、悪い。ふふふ、ハロルド君だけじゃないんだよ。ずっと前にジーンもそんな事を思って不安そうにしていた時期があったんだ」
「え! スティーブ、それは本当なの?」
「スティーブ! それは言わない約束だろう」
「ええ! そんな事があったなんて知らなかったよ!」

 トーマスさんとユージーンさんとエディ兄様の声が交差して、スティーブさんがいつもとは違う感じに砕けた笑いを浮かべているのを見て、僕はスッキリした筈の胸が今度はポカポカ温かくなっていくのを感じていた。
 ああ、これは困った。

「ああ、カルロス様がいらっしゃったみたいだ。ほら、ハロルド君、行こう?」

 そう言って振り向いた顔が、あの日の顔に重なった。

『ちゃんと直せますから安心して下さい』

 僕の胸の中でふわりと緑の鳥が舞い上がった。


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はい、9章への伏線ですね(笑)
多分予想外と思いますが、実は途中からずっと考えていました。
 
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