上 下
149 / 335
第8章  収束への道のり

261. 侯爵令嬢

しおりを挟む
「もし、良かったら話を聞かせてくれないかな? 情報の収集など出来る限り協力したいと思っている」
「何が出来るかは分からないけれど、どういう状況になっているかを伝える事はできると思う」
「目も、耳も、手も、多いに越した事はないと思うんだ。無理でなければ」

 レナード君と、僕と、ユージーン君の言葉にエリック君は力なく笑ってありがとうと頷いた。




「平民の間で消息不明になっている者がいるという噂は聞いていた」

 講義が終わり、空き部屋に入ると僕たちは遮音をして話し始めた。

「幸い、というのもおかしな話だけど、彼女の領も私の領も行方不明者の報告は出ていなくて、その事もあって少し油断をしていたのかもしれない。それでもその前日に貴族の消息不明が出たから気を付けるようにって言っていたんだ。それなのに」

 苦しそうに歪められた顔。
 報告が入ったのは一昨日の夜。週末はマクロード家で会う約束をしていたのだと言う。
 エリック君の婚約者、ソフィア・ユードルフ侯爵家令嬢は昨年学園を卒業し、今は領地の方に戻っている。
 昨年の8月に婚約は取り交わしてはいたけれど、二人はきちんとした婚約式はまだ行っていなかった。彼女から一つ年を取ってしまう前に婚約式を行いたいという願いがあり、彼女の誕生日である七の月のまでには婚約式を行う予定で色々と細かい打ち合わせをしていたのだと言う。
 学園から戻って明日の予定を確認して、王都の土産は何がいいか。そんな書簡のやりとりをして、その日の夜に信じられない知らせが届いた。

「声の書簡を送れるようになったからって、最近は声でのやりとりをしていたんだ。書簡でなく直接会話が出来るような魔道具があればいいってそんな事も言っていた。私が17になってからは夏になってまた二つ年上になってしまう事を気にしていたから六の月までにちゃんとしようって。出来る限り願いを叶えてやりたくて……」

 エリック君は一の月の終わりがお誕生日なので、僕たちの中で一番最初に年が上になる。だから彼女の誕生日である七の月の終わりまでは彼女と一つ違いになるんだって。
 
「知らせを聞いてどういう事なのかすぐにユードルフ家に行ったよ。でも向こうも何が起きたのか全く分からないって。夕食の準備が出来た事を侍女が伝えに行った、やりとりをしていた声の書簡はそのまま小さな筒のような形になって保存できるように設定をしているから、それをしまったらすぐに行くと彼女は言った。侍女は分かりましたと部屋を出た。でもドアの外には護衛もいたんだ。それなのに屋敷の、自分の部屋の中で消えてしまうなんて」

 いくら専属の侍女や護衛がついていても、自室では一人になる事だってある。それが長い時間であれば部屋の中に控えている事もあるけれど、そんな隙間のような時間に消えてしまうなんて考えられない。

「ユードルフ家の結界というか、守りはどんな風になっていたんだろう」

 僕がそう言うとエリック君は「悪意のある他者が家人の承認がなく入れないようになっているそうだ。万が一何かが侵入したような場合にはその跡が残るようにもなっていたと。でも何もなかった」と言った。
 魔人や魔素の件で王都が騒がれた時に結界の魔法陣を張りなおしたと言っていたらしい。そのあたりは侯爵家だ。しっかりしたものを組んでいたのだろうと思う。
 僕の所はお祖父様が自分で魔法陣を作る事が出来るので、他と比べるとかなり厳しい結界が今も張られている筈だ。

「学園の中に魔素や魔物、そして魔人なんかが出てから高位貴族は結界を見直して屋敷にも、そして神経質な所はそれぞれの部屋にも結界を張ったところもあったみたいだよね。うちもすごい結界が張り巡らされているよ」
「部屋の結界は分からないけれど、屋敷の結界でもそんなに簡単に何かが侵入できるわけはないし、その残滓のようなものが何も残っていないというのもあり得ないね」

ミッチェル君の言葉にレナード君が付け加えるようにそう言って、トーマス君が確かめるように口を開いた。

「外に居た護衛は何の音も聞こえなかったのかな。その、争う音とか、悲鳴とか」
「何も……侍女が出てから中々出てこないなとノックをして、応答がなかったのでもう一度ドアを叩いてから「失礼いたします」と中に入ったら誰もいなかった。その声に気付いて他の使用人が駆けつけているから護衛が何かをしたとは考えられない。しかも護衛が何かあったのか声をかけたのは侍女が出て行ってから十分足らずの事だそうだ」
「十分足らずか……」
「もう一ついいかな。転移は直接それぞれの部屋に出来るんだろうか」
「それぞれの部屋への転移は出来ないようになっている。転移は転移が出来る部屋に。そうでないと煩雑になるからと」
「ああ、そうだね。一般的な方法だ」

 要するにユードルフ侯爵家はきちんとした結界魔法をつけていた家だった。

「魔素の残滓もなかったんだよね」
「感じ取れなかったと言っている。だけど、何かがなければ人が一人消えてしまう事はない筈だ」

 わずかな時間に、音もたてずに、一人の人間が消えてしまう。
 この事をどう考えればいいのだろう。どういう方法を獲ればそんな事が可能なのだろう。しかも魔素の跡も魔力の跡もない。魔人が現れるには魔素が、魔物にしてもそうだ。でもどちら現れればその残滓がある。強い魔力であればその痕跡は必ず残る筈だ。部屋からの転移は不可能。

 考えたくない話だけれど、マジックボックスのような空間に入れる為には生きていては入れられない。だけど殺してその死体を空間に入れて持ち去ると言う意味が分からない。
 攫うのであれば、殺しはしないだろうし、話を聞く限りは殺してしまったようにも思えない。
 噂にあるような西の国からの人攫いの組織というのは考えづらいが、万が一そんな魔道具があるのだとすればとても恐ろしいと思う。
 
「返してほしい……生きていてほしいんだ……」

 顔を覆った手。その指の間から零れたものに僕たちは返す言葉が見つからなくて。

「…………情報を集めてみるよ。平民の知人に行方不明者がいる。状況を確認するよ」

 スティーブ君が静かにそう言った。

「すまない。ありがとう……」

 何か分かった事があれば知らせる事と、仲間内でも絶対に一人にならないように気を付ける事。とりあえず、暴漢用の簡易魔法陣を持ち歩く事を決めて、僕たちは午後の講義が終わるとすぐに帰路についた。
 その日、仲間たちからの連絡はなかった。

 そして僕は父様に話をする時間をとってほしいと申し出た。


しおりを挟む
感想 938

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!

akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。 そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。 ※コメディ寄りです。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたアルフォン伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 アルフォンのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。