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第8章 収束への道のり
261. 侯爵令嬢
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「もし、良かったら話を聞かせてくれないかな? 情報の収集など出来る限り協力したいと思っている」
「何が出来るかは分からないけれど、どういう状況になっているかを伝える事はできると思う」
「目も、耳も、手も、多いに越した事はないと思うんだ。無理でなければ」
レナード君と、僕と、ユージーン君の言葉にエリック君は力なく笑ってありがとうと頷いた。
「平民の間で消息不明になっている者がいるという噂は聞いていた」
講義が終わり、空き部屋に入ると僕たちは遮音をして話し始めた。
「幸い、というのもおかしな話だけど、彼女の領も私の領も行方不明者の報告は出ていなくて、その事もあって少し油断をしていたのかもしれない。それでもその前日に貴族の消息不明が出たから気を付けるようにって言っていたんだ。それなのに」
苦しそうに歪められた顔。
報告が入ったのは一昨日の夜。週末はマクロード家で会う約束をしていたのだと言う。
エリック君の婚約者、ソフィア・ユードルフ侯爵家令嬢は昨年学園を卒業し、今は領地の方に戻っている。
昨年の8月に婚約は取り交わしてはいたけれど、二人はきちんとした婚約式はまだ行っていなかった。彼女から一つ年を取ってしまう前に婚約式を行いたいという願いがあり、彼女の誕生日である七の月のまでには婚約式を行う予定で色々と細かい打ち合わせをしていたのだと言う。
学園から戻って明日の予定を確認して、王都の土産は何がいいか。そんな書簡のやりとりをして、その日の夜に信じられない知らせが届いた。
「声の書簡を送れるようになったからって、最近は声でのやりとりをしていたんだ。書簡でなく直接会話が出来るような魔道具があればいいってそんな事も言っていた。私が17になってからは夏になってまた二つ年上になってしまう事を気にしていたから六の月までにちゃんとしようって。出来る限り願いを叶えてやりたくて……」
エリック君は一の月の終わりがお誕生日なので、僕たちの中で一番最初に年が上になる。だから彼女の誕生日である七の月の終わりまでは彼女と一つ違いになるんだって。
「知らせを聞いてどういう事なのかすぐにユードルフ家に行ったよ。でも向こうも何が起きたのか全く分からないって。夕食の準備が出来た事を侍女が伝えに行った、やりとりをしていた声の書簡はそのまま小さな筒のような形になって保存できるように設定をしているから、それをしまったらすぐに行くと彼女は言った。侍女は分かりましたと部屋を出た。でもドアの外には護衛もいたんだ。それなのに屋敷の、自分の部屋の中で消えてしまうなんて」
いくら専属の侍女や護衛がついていても、自室では一人になる事だってある。それが長い時間であれば部屋の中に控えている事もあるけれど、そんな隙間のような時間に消えてしまうなんて考えられない。
「ユードルフ家の結界というか、守りはどんな風になっていたんだろう」
僕がそう言うとエリック君は「悪意のある他者が家人の承認がなく入れないようになっているそうだ。万が一何かが侵入したような場合にはその跡が残るようにもなっていたと。でも何もなかった」と言った。
魔人や魔素の件で王都が騒がれた時に結界の魔法陣を張りなおしたと言っていたらしい。そのあたりは侯爵家だ。しっかりしたものを組んでいたのだろうと思う。
僕の所はお祖父様が自分で魔法陣を作る事が出来るので、他と比べるとかなり厳しい結界が今も張られている筈だ。
「学園の中に魔素や魔物、そして魔人なんかが出てから高位貴族は結界を見直して屋敷にも、そして神経質な所はそれぞれの部屋にも結界を張ったところもあったみたいだよね。うちもすごい結界が張り巡らされているよ」
「部屋の結界は分からないけれど、屋敷の結界でもそんなに簡単に何かが侵入できるわけはないし、その残滓のようなものが何も残っていないというのもあり得ないね」
ミッチェル君の言葉にレナード君が付け加えるようにそう言って、トーマス君が確かめるように口を開いた。
「外に居た護衛は何の音も聞こえなかったのかな。その、争う音とか、悲鳴とか」
「何も……侍女が出てから中々出てこないなとノックをして、応答がなかったのでもう一度ドアを叩いてから「失礼いたします」と中に入ったら誰もいなかった。その声に気付いて他の使用人が駆けつけているから護衛が何かをしたとは考えられない。しかも護衛が何かあったのか声をかけたのは侍女が出て行ってから十分足らずの事だそうだ」
「十分足らずか……」
「もう一ついいかな。転移は直接それぞれの部屋に出来るんだろうか」
「それぞれの部屋への転移は出来ないようになっている。転移は転移が出来る部屋に。そうでないと煩雑になるからと」
「ああ、そうだね。一般的な方法だ」
要するにユードルフ侯爵家はきちんとした結界魔法をつけていた家だった。
「魔素の残滓もなかったんだよね」
「感じ取れなかったと言っている。だけど、何かがなければ人が一人消えてしまう事はない筈だ」
わずかな時間に、音もたてずに、一人の人間が消えてしまう。
この事をどう考えればいいのだろう。どういう方法を獲ればそんな事が可能なのだろう。しかも魔素の跡も魔力の跡もない。魔人が現れるには魔素が、魔物にしてもそうだ。でもどちら現れればその残滓がある。強い魔力であればその痕跡は必ず残る筈だ。部屋からの転移は不可能。
考えたくない話だけれど、マジックボックスのような空間に入れる為には生きていては入れられない。だけど殺してその死体を空間に入れて持ち去ると言う意味が分からない。
攫うのであれば、殺しはしないだろうし、話を聞く限りは殺してしまったようにも思えない。
噂にあるような西の国からの人攫いの組織というのは考えづらいが、万が一そんな魔道具があるのだとすればとても恐ろしいと思う。
「返してほしい……生きていてほしいんだ……」
顔を覆った手。その指の間から零れたものに僕たちは返す言葉が見つからなくて。
「…………情報を集めてみるよ。平民の知人に行方不明者がいる。状況を確認するよ」
スティーブ君が静かにそう言った。
「すまない。ありがとう……」
何か分かった事があれば知らせる事と、仲間内でも絶対に一人にならないように気を付ける事。とりあえず、暴漢用の簡易魔法陣を持ち歩く事を決めて、僕たちは午後の講義が終わるとすぐに帰路についた。
その日、仲間たちからの連絡はなかった。
そして僕は父様に話をする時間をとってほしいと申し出た。
「何が出来るかは分からないけれど、どういう状況になっているかを伝える事はできると思う」
「目も、耳も、手も、多いに越した事はないと思うんだ。無理でなければ」
レナード君と、僕と、ユージーン君の言葉にエリック君は力なく笑ってありがとうと頷いた。
「平民の間で消息不明になっている者がいるという噂は聞いていた」
講義が終わり、空き部屋に入ると僕たちは遮音をして話し始めた。
「幸い、というのもおかしな話だけど、彼女の領も私の領も行方不明者の報告は出ていなくて、その事もあって少し油断をしていたのかもしれない。それでもその前日に貴族の消息不明が出たから気を付けるようにって言っていたんだ。それなのに」
苦しそうに歪められた顔。
報告が入ったのは一昨日の夜。週末はマクロード家で会う約束をしていたのだと言う。
エリック君の婚約者、ソフィア・ユードルフ侯爵家令嬢は昨年学園を卒業し、今は領地の方に戻っている。
昨年の8月に婚約は取り交わしてはいたけれど、二人はきちんとした婚約式はまだ行っていなかった。彼女から一つ年を取ってしまう前に婚約式を行いたいという願いがあり、彼女の誕生日である七の月のまでには婚約式を行う予定で色々と細かい打ち合わせをしていたのだと言う。
学園から戻って明日の予定を確認して、王都の土産は何がいいか。そんな書簡のやりとりをして、その日の夜に信じられない知らせが届いた。
「声の書簡を送れるようになったからって、最近は声でのやりとりをしていたんだ。書簡でなく直接会話が出来るような魔道具があればいいってそんな事も言っていた。私が17になってからは夏になってまた二つ年上になってしまう事を気にしていたから六の月までにちゃんとしようって。出来る限り願いを叶えてやりたくて……」
エリック君は一の月の終わりがお誕生日なので、僕たちの中で一番最初に年が上になる。だから彼女の誕生日である七の月の終わりまでは彼女と一つ違いになるんだって。
「知らせを聞いてどういう事なのかすぐにユードルフ家に行ったよ。でも向こうも何が起きたのか全く分からないって。夕食の準備が出来た事を侍女が伝えに行った、やりとりをしていた声の書簡はそのまま小さな筒のような形になって保存できるように設定をしているから、それをしまったらすぐに行くと彼女は言った。侍女は分かりましたと部屋を出た。でもドアの外には護衛もいたんだ。それなのに屋敷の、自分の部屋の中で消えてしまうなんて」
いくら専属の侍女や護衛がついていても、自室では一人になる事だってある。それが長い時間であれば部屋の中に控えている事もあるけれど、そんな隙間のような時間に消えてしまうなんて考えられない。
「ユードルフ家の結界というか、守りはどんな風になっていたんだろう」
僕がそう言うとエリック君は「悪意のある他者が家人の承認がなく入れないようになっているそうだ。万が一何かが侵入したような場合にはその跡が残るようにもなっていたと。でも何もなかった」と言った。
魔人や魔素の件で王都が騒がれた時に結界の魔法陣を張りなおしたと言っていたらしい。そのあたりは侯爵家だ。しっかりしたものを組んでいたのだろうと思う。
僕の所はお祖父様が自分で魔法陣を作る事が出来るので、他と比べるとかなり厳しい結界が今も張られている筈だ。
「学園の中に魔素や魔物、そして魔人なんかが出てから高位貴族は結界を見直して屋敷にも、そして神経質な所はそれぞれの部屋にも結界を張ったところもあったみたいだよね。うちもすごい結界が張り巡らされているよ」
「部屋の結界は分からないけれど、屋敷の結界でもそんなに簡単に何かが侵入できるわけはないし、その残滓のようなものが何も残っていないというのもあり得ないね」
ミッチェル君の言葉にレナード君が付け加えるようにそう言って、トーマス君が確かめるように口を開いた。
「外に居た護衛は何の音も聞こえなかったのかな。その、争う音とか、悲鳴とか」
「何も……侍女が出てから中々出てこないなとノックをして、応答がなかったのでもう一度ドアを叩いてから「失礼いたします」と中に入ったら誰もいなかった。その声に気付いて他の使用人が駆けつけているから護衛が何かをしたとは考えられない。しかも護衛が何かあったのか声をかけたのは侍女が出て行ってから十分足らずの事だそうだ」
「十分足らずか……」
「もう一ついいかな。転移は直接それぞれの部屋に出来るんだろうか」
「それぞれの部屋への転移は出来ないようになっている。転移は転移が出来る部屋に。そうでないと煩雑になるからと」
「ああ、そうだね。一般的な方法だ」
要するにユードルフ侯爵家はきちんとした結界魔法をつけていた家だった。
「魔素の残滓もなかったんだよね」
「感じ取れなかったと言っている。だけど、何かがなければ人が一人消えてしまう事はない筈だ」
わずかな時間に、音もたてずに、一人の人間が消えてしまう。
この事をどう考えればいいのだろう。どういう方法を獲ればそんな事が可能なのだろう。しかも魔素の跡も魔力の跡もない。魔人が現れるには魔素が、魔物にしてもそうだ。でもどちら現れればその残滓がある。強い魔力であればその痕跡は必ず残る筈だ。部屋からの転移は不可能。
考えたくない話だけれど、マジックボックスのような空間に入れる為には生きていては入れられない。だけど殺してその死体を空間に入れて持ち去ると言う意味が分からない。
攫うのであれば、殺しはしないだろうし、話を聞く限りは殺してしまったようにも思えない。
噂にあるような西の国からの人攫いの組織というのは考えづらいが、万が一そんな魔道具があるのだとすればとても恐ろしいと思う。
「返してほしい……生きていてほしいんだ……」
顔を覆った手。その指の間から零れたものに僕たちは返す言葉が見つからなくて。
「…………情報を集めてみるよ。平民の知人に行方不明者がいる。状況を確認するよ」
スティーブ君が静かにそう言った。
「すまない。ありがとう……」
何か分かった事があれば知らせる事と、仲間内でも絶対に一人にならないように気を付ける事。とりあえず、暴漢用の簡易魔法陣を持ち歩く事を決めて、僕たちは午後の講義が終わるとすぐに帰路についた。
その日、仲間たちからの連絡はなかった。
そして僕は父様に話をする時間をとってほしいと申し出た。
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