165 / 361
第8章 収束への道のり
251. 高等部二年生
しおりを挟む
一の月に入って、一週を過ぎて学園が始まる。
「おはようございます。兄様」
「おはよう、エディ。今日から二年生だね」
「はい!」
兄様にそう言われて僕は勢いよく返事をした。
「ふふふ、帰ってきたら進級祝いをしようか。今日は早く帰って来られると思うんだ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「エディの好きなものをシェフに作ってもらおう。何が食べたい?」
「に、兄様の好きなものを!」
僕の答えに兄様は一瞬驚いたような顔をして、笑い出した。
「エディは全く変わらないね。じゃあ私が頼んでおくから楽しみにしていて。気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます」
僕はこうして久しぶりに兄様に見送られて馬車に乗った。
馬車の窓から見える風景を見つめながら僕はぼんやりと「早いなぁ」と思っていた。もう高等部二年。一年の時には色々な事があった。今年は穏やかであってほしいなと思う。
「でもそんな風に思っているとあっという間にフィンレーの雪が解けちゃうよね……」
雪が解ければ約束をしている乗馬が出来る。頭の中に浮かんでくる誕生日のプレゼント。
結局兄様から好きだと言われた事に対して僕は何も答えていない。勿論兄様の事は小さい時から大好きだ。
僕は兄様を殺さないっていう事と『悪役令息』にならないっていう事を思って生きてきた。僕が『悪役令息』になってしまう小説とは違う事を一つ一つ積み重ねてきた。
そして、兄様が死んでしまう年を超えて、僕自身も断罪をさせて殺されてしまう年を超えて、僕はようやくあの小説とは完全に違った世界になっている事を信じてここにいる。
『悪役令息』ではないエドワード・フィンレー。
僕はこれからどうしていけばいいんだろう。何がしたいんだろう。
何となく、年の始まりって改めてそんな事を考えるよね。
出来る事を、出来るだけ分だけ。無理をせず、でも守りたいものを守れる強さを持って。それはこの世界で生きてきた僕が決めたルール。その先にあるのは何なのかな。
そんな事を考えているうちに馬車は学園の馬車廻しに入り、高等部の玄関へと到着をした。
「では、いっていらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」
一の『首』は封印出来たけれど、僕は相変わらずジョシュアかルーカスのどちらかが教室まで護衛についていた。一時期は二人とも護衛の待機場所にいてくれたんだけど、一の『首』が封印されてからは一人になった。もっとも通学以外にどこかに行く時は必ず二人とも護衛についているんだけどね。
「おはよう」
昨年とは異なる教室に入っていくと、すでに見知った顔があった。
「おはよう。エディ」
高等部はクラスの変更はない。ただ三年になるとそれぞれの科の中で取得内容が細分化されて、更に自分の魔力や剣術などのレベルによって講義が異なって来るんだって。
「ねぇねぇ、ちょっと、びっくりだよ!」
ミッチェル君がニコニコ笑ってそう言った。
「どうしたの?」
「駄目だよ、ミッチェル。ちゃんと本人たちから言わせてあげないと」
ルシルがそう言った。
「本人たち?」
するとその言葉を聞いて、ユージーン君とトーマス君が僕の前にやってきた。
「おはよう。トム、ジーン。どうしたの?」
「あ、うん。おはよう。エディ。あの、ちょっと話を。後でしようと思ったんだけど。えっと」
トーマス君は歯切れ悪い感じで何だか顔を赤くしている。どうしたのかな。そう思っていると隣にいたユージーン君が口を開いた。
「実は、カーライルに婚約の打診をしていたんだけれど、それが年の始めに認められたんだ。一応仮婚約っていう事で、お互いに18になったら婚約して、卒業後に結婚する事になった」
「へ?」
「ちょっとエディ、その言葉はないでしょう。もう。おめでとうでしょう」
「あ、うん、え、あ、こ、婚約?」
僕の問いにトーマス君が赤い顔でコクリと頷いた。
「うん。えっと、そうなったんだ。卒業したらロマースクに行くよ」
「お、おめでとう。トム、ジーン」
「ありがとう、エディ」
幸せそうに笑う二人を見て、僕も嬉しくなった。
「エリックの婚約の次はトムとジーンかぁ。何だかそんなつもりもないのにちょっとドキドキして焦る」
「分かるー!」
ミッチェル君とルシルがそう言って盛り上がっていて、トーマス君が赤い顔をもっと赤くさせている。
それにしても新学年が始まった途端のお知らせにびっくりだよ。
「こんな風に卒業後の事もだんだん決まっていくのかな」
僕がポツリとそう言うとスティーブ君が不思議そうな顔をした。
「何かありましたか?」
「え? ううん。何も、おめでとうっていう気持ちと、驚いた気持ちと、卒業まであと2年かっていう気持ち。上手く言えないや。ミッチェルが言ったように、何だか何も決まっていないから焦るような気もしたけど、あと2年は考える時間があるって思うようにするよ。ふふふ。二人とも本当におめでとう」
改めてそう言うとトーマス君は嬉しそうにもう一度「ありがとう」って言った。
思い出す、カーライル領で魔物が出て、泣いていた顔。それでも出来る事を探して頑張っていた。
お祖父様の講義を一緒に受けていたトーマス君の婚約は僕にとってもなんだか特別で、そんなトーマス君の隣にユージーン君が居てくれるのが嬉しいなって思う。だって、トーマス君の事をずっと見てきた人が一緒に居てくれるんだもの。
「あ、講義が始まるね」
入ってきた講師に僕たちは前を向いた。
その一瞬に、お互いの顔を見てふっと笑った二人が、なんだかとても羨ましかった。
その日の夕食は本当に僕の好きなものばかりが並んでいた。
兄様は約束通りに早く帰って来てくれて、進級祝いをしてくれた。去年はお城に詰めている事が多かったけれど、今年はこんな風に一緒に食事をしたり、時々は勉強の話や、温室の話をしたり出来るんだ。
「エディ? 何かあったの?」
「いいえ。何も。とりあえずクラスも変わりませんし。でも勉強は少し難しくなるみたいなので頑張ります」
「分からない事があったら聞いてね」
「ありがとうございます」
笑って、食事をして、少しだけお城のお話を聞いて……
でもなぜか分からないけれど、その日、僕はトーマス君とユージーン君の仮婚約の話は出来なかったんだ。
---------------------
「おはようございます。兄様」
「おはよう、エディ。今日から二年生だね」
「はい!」
兄様にそう言われて僕は勢いよく返事をした。
「ふふふ、帰ってきたら進級祝いをしようか。今日は早く帰って来られると思うんだ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「エディの好きなものをシェフに作ってもらおう。何が食べたい?」
「に、兄様の好きなものを!」
僕の答えに兄様は一瞬驚いたような顔をして、笑い出した。
「エディは全く変わらないね。じゃあ私が頼んでおくから楽しみにしていて。気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます」
僕はこうして久しぶりに兄様に見送られて馬車に乗った。
馬車の窓から見える風景を見つめながら僕はぼんやりと「早いなぁ」と思っていた。もう高等部二年。一年の時には色々な事があった。今年は穏やかであってほしいなと思う。
「でもそんな風に思っているとあっという間にフィンレーの雪が解けちゃうよね……」
雪が解ければ約束をしている乗馬が出来る。頭の中に浮かんでくる誕生日のプレゼント。
結局兄様から好きだと言われた事に対して僕は何も答えていない。勿論兄様の事は小さい時から大好きだ。
僕は兄様を殺さないっていう事と『悪役令息』にならないっていう事を思って生きてきた。僕が『悪役令息』になってしまう小説とは違う事を一つ一つ積み重ねてきた。
そして、兄様が死んでしまう年を超えて、僕自身も断罪をさせて殺されてしまう年を超えて、僕はようやくあの小説とは完全に違った世界になっている事を信じてここにいる。
『悪役令息』ではないエドワード・フィンレー。
僕はこれからどうしていけばいいんだろう。何がしたいんだろう。
何となく、年の始まりって改めてそんな事を考えるよね。
出来る事を、出来るだけ分だけ。無理をせず、でも守りたいものを守れる強さを持って。それはこの世界で生きてきた僕が決めたルール。その先にあるのは何なのかな。
そんな事を考えているうちに馬車は学園の馬車廻しに入り、高等部の玄関へと到着をした。
「では、いっていらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」
一の『首』は封印出来たけれど、僕は相変わらずジョシュアかルーカスのどちらかが教室まで護衛についていた。一時期は二人とも護衛の待機場所にいてくれたんだけど、一の『首』が封印されてからは一人になった。もっとも通学以外にどこかに行く時は必ず二人とも護衛についているんだけどね。
「おはよう」
昨年とは異なる教室に入っていくと、すでに見知った顔があった。
「おはよう。エディ」
高等部はクラスの変更はない。ただ三年になるとそれぞれの科の中で取得内容が細分化されて、更に自分の魔力や剣術などのレベルによって講義が異なって来るんだって。
「ねぇねぇ、ちょっと、びっくりだよ!」
ミッチェル君がニコニコ笑ってそう言った。
「どうしたの?」
「駄目だよ、ミッチェル。ちゃんと本人たちから言わせてあげないと」
ルシルがそう言った。
「本人たち?」
するとその言葉を聞いて、ユージーン君とトーマス君が僕の前にやってきた。
「おはよう。トム、ジーン。どうしたの?」
「あ、うん。おはよう。エディ。あの、ちょっと話を。後でしようと思ったんだけど。えっと」
トーマス君は歯切れ悪い感じで何だか顔を赤くしている。どうしたのかな。そう思っていると隣にいたユージーン君が口を開いた。
「実は、カーライルに婚約の打診をしていたんだけれど、それが年の始めに認められたんだ。一応仮婚約っていう事で、お互いに18になったら婚約して、卒業後に結婚する事になった」
「へ?」
「ちょっとエディ、その言葉はないでしょう。もう。おめでとうでしょう」
「あ、うん、え、あ、こ、婚約?」
僕の問いにトーマス君が赤い顔でコクリと頷いた。
「うん。えっと、そうなったんだ。卒業したらロマースクに行くよ」
「お、おめでとう。トム、ジーン」
「ありがとう、エディ」
幸せそうに笑う二人を見て、僕も嬉しくなった。
「エリックの婚約の次はトムとジーンかぁ。何だかそんなつもりもないのにちょっとドキドキして焦る」
「分かるー!」
ミッチェル君とルシルがそう言って盛り上がっていて、トーマス君が赤い顔をもっと赤くさせている。
それにしても新学年が始まった途端のお知らせにびっくりだよ。
「こんな風に卒業後の事もだんだん決まっていくのかな」
僕がポツリとそう言うとスティーブ君が不思議そうな顔をした。
「何かありましたか?」
「え? ううん。何も、おめでとうっていう気持ちと、驚いた気持ちと、卒業まであと2年かっていう気持ち。上手く言えないや。ミッチェルが言ったように、何だか何も決まっていないから焦るような気もしたけど、あと2年は考える時間があるって思うようにするよ。ふふふ。二人とも本当におめでとう」
改めてそう言うとトーマス君は嬉しそうにもう一度「ありがとう」って言った。
思い出す、カーライル領で魔物が出て、泣いていた顔。それでも出来る事を探して頑張っていた。
お祖父様の講義を一緒に受けていたトーマス君の婚約は僕にとってもなんだか特別で、そんなトーマス君の隣にユージーン君が居てくれるのが嬉しいなって思う。だって、トーマス君の事をずっと見てきた人が一緒に居てくれるんだもの。
「あ、講義が始まるね」
入ってきた講師に僕たちは前を向いた。
その一瞬に、お互いの顔を見てふっと笑った二人が、なんだかとても羨ましかった。
その日の夕食は本当に僕の好きなものばかりが並んでいた。
兄様は約束通りに早く帰って来てくれて、進級祝いをしてくれた。去年はお城に詰めている事が多かったけれど、今年はこんな風に一緒に食事をしたり、時々は勉強の話や、温室の話をしたり出来るんだ。
「エディ? 何かあったの?」
「いいえ。何も。とりあえずクラスも変わりませんし。でも勉強は少し難しくなるみたいなので頑張ります」
「分からない事があったら聞いてね」
「ありがとうございます」
笑って、食事をして、少しだけお城のお話を聞いて……
でもなぜか分からないけれど、その日、僕はトーマス君とユージーン君の仮婚約の話は出来なかったんだ。
---------------------
288
お気に入りに追加
10,638
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。