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第8章  収束への道のり

251. 高等部二年生

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 一の月に入って、一週を過ぎて学園が始まる。

「おはようございます。兄様」
「おはよう、エディ。今日から二年生だね」
「はい!」

 兄様にそう言われて僕は勢いよく返事をした。

「ふふふ、帰ってきたら進級祝いをしようか。今日は早く帰って来られると思うんだ」
「わぁ! ありがとうございます!」
「エディの好きなものをシェフに作ってもらおう。何が食べたい?」
「に、兄様の好きなものを!」

 僕の答えに兄様は一瞬驚いたような顔をして、笑い出した。

「エディは全く変わらないね。じゃあ私が頼んでおくから楽しみにしていて。気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます」

 僕はこうして久しぶりに兄様に見送られて馬車に乗った。




 馬車の窓から見える風景を見つめながら僕はぼんやりと「早いなぁ」と思っていた。もう高等部二年。一年の時には色々な事があった。今年は穏やかであってほしいなと思う。

「でもそんな風に思っているとあっという間にフィンレーの雪が解けちゃうよね……」

 雪が解ければ約束をしている乗馬が出来る。頭の中に浮かんでくる誕生日のプレゼント。
 結局兄様から好きだと言われた事に対して僕は何も答えていない。勿論兄様の事は小さい時から大好きだ。
 僕は兄様を殺さないっていう事と『悪役令息』にならないっていう事を思って生きてきた。僕が『悪役令息』になってしまう小説とは違う事を一つ一つ積み重ねてきた。
 そして、兄様が死んでしまう年を超えて、僕自身も断罪をさせて殺されてしまう年を超えて、僕はようやくあの小説とは完全に違った世界になっている事を信じてここにいる。

 『悪役令息』ではないエドワード・フィンレー。

 僕はこれからどうしていけばいいんだろう。何がしたいんだろう。
 何となく、年の始まりって改めてそんな事を考えるよね。
 出来る事を、出来るだけ分だけ。無理をせず、でも守りたいものを守れる強さを持って。それはこの世界で生きてきた僕が決めたルール。その先にあるのは何なのかな。
 そんな事を考えているうちに馬車は学園の馬車廻しに入り、高等部の玄関へと到着をした。

「では、いっていらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」

 一の『首』は封印出来たけれど、僕は相変わらずジョシュアかルーカスのどちらかが教室まで護衛についていた。一時期は二人とも護衛の待機場所にいてくれたんだけど、一の『首』が封印されてからは一人になった。もっとも通学以外にどこかに行く時は必ず二人とも護衛についているんだけどね。
 


「おはよう」

 昨年とは異なる教室に入っていくと、すでに見知った顔があった。

「おはよう。エディ」

 高等部はクラスの変更はない。ただ三年になるとそれぞれの科の中で取得内容が細分化されて、更に自分の魔力や剣術などのレベルによって講義が異なって来るんだって。

「ねぇねぇ、ちょっと、びっくりだよ!」

 ミッチェル君がニコニコ笑ってそう言った。

「どうしたの?」
「駄目だよ、ミッチェル。ちゃんと本人たちから言わせてあげないと」

 ルシルがそう言った。

「本人たち?」

 するとその言葉を聞いて、ユージーン君とトーマス君が僕の前にやってきた。

「おはよう。トム、ジーン。どうしたの?」
「あ、うん。おはよう。エディ。あの、ちょっと話を。後でしようと思ったんだけど。えっと」

 トーマス君は歯切れ悪い感じで何だか顔を赤くしている。どうしたのかな。そう思っていると隣にいたユージーン君が口を開いた。

「実は、カーライルに婚約の打診をしていたんだけれど、それが年の始めに認められたんだ。一応仮婚約っていう事で、お互いに18になったら婚約して、卒業後に結婚する事になった」
「へ?」
「ちょっとエディ、その言葉はないでしょう。もう。おめでとうでしょう」
「あ、うん、え、あ、こ、婚約?」

 僕の問いにトーマス君が赤い顔でコクリと頷いた。

「うん。えっと、そうなったんだ。卒業したらロマースクに行くよ」
「お、おめでとう。トム、ジーン」
「ありがとう、エディ」

 幸せそうに笑う二人を見て、僕も嬉しくなった。

「エリックの婚約の次はトムとジーンかぁ。何だかそんなつもりもないのにちょっとドキドキして焦る」
「分かるー!」

 ミッチェル君とルシルがそう言って盛り上がっていて、トーマス君が赤い顔をもっと赤くさせている。
 それにしても新学年が始まった途端のお知らせにびっくりだよ。

「こんな風に卒業後の事もだんだん決まっていくのかな」

 僕がポツリとそう言うとスティーブ君が不思議そうな顔をした。

「何かありましたか?」
「え? ううん。何も、おめでとうっていう気持ちと、驚いた気持ちと、卒業まであと2年かっていう気持ち。上手く言えないや。ミッチェルが言ったように、何だか何も決まっていないから焦るような気もしたけど、あと2年は考える時間があるって思うようにするよ。ふふふ。二人とも本当におめでとう」

 改めてそう言うとトーマス君は嬉しそうにもう一度「ありがとう」って言った。
 思い出す、カーライル領で魔物が出て、泣いていた顔。それでも出来る事を探して頑張っていた。
 お祖父様の講義を一緒に受けていたトーマス君の婚約は僕にとってもなんだか特別で、そんなトーマス君の隣にユージーン君が居てくれるのが嬉しいなって思う。だって、トーマス君の事をずっと見てきた人が一緒に居てくれるんだもの。
 
「あ、講義が始まるね」

 入ってきた講師に僕たちは前を向いた。
 その一瞬に、お互いの顔を見てふっと笑った二人が、なんだかとても羨ましかった。



 その日の夕食は本当に僕の好きなものばかりが並んでいた。
 兄様は約束通りに早く帰って来てくれて、進級祝いをしてくれた。去年はお城に詰めている事が多かったけれど、今年はこんな風に一緒に食事をしたり、時々は勉強の話や、温室の話をしたり出来るんだ。

「エディ? 何かあったの?」
「いいえ。何も。とりあえずクラスも変わりませんし。でも勉強は少し難しくなるみたいなので頑張ります」
「分からない事があったら聞いてね」
「ありがとうございます」

 笑って、食事をして、少しだけお城のお話を聞いて……

 でもなぜか分からないけれど、その日、僕はトーマス君とユージーン君の仮婚約の話は出来なかったんだ。


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