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第7章  厄災

【エピソード】- 第二王子の反省会

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 正直に言えば、何を間違えたかなど言われても、全く間違えたと思う様な事はなかった。
 側近たちの自分に対する態度も気に入らなかったし、元ハーヴィンの神殿からの度重なる催促にもうんざりとしていた。

 今まで王宮で開かれた会議にも飽き飽きとしていた事も事実だし、国王である父が直々に何を探らせている事も、そらが国を揺るがすような事である事もうすうす気づいていた。
 そしてその事に関して、国の重鎮と言えるような貴族たちが集まって会議をしていると分かった時、ごり押しをしてそこに参加が出来た時には何が起きているのかと、どのようにそれを解決していくのか、そこに関われる事が嬉しいと思ったが、実際に参加をして見れば、他の会議よりはマシなくらいのもので、『首』と呼ばれる厄災という化け物の封印が解けかけていて、それをどうするのか。どうしたら再び封印を出来るのか。始終そんなやりとりの繰り返しだった。
 何かが進むと何か問題が出てくる。
 中枢のような者達を集めたそれでもこんなものなのかと失望したのも事実だ。

 その事で侯爵家でありながら、王国の要ともいえるフィンレー家の嫡男、アルフレッドと口論になった。
 私は封印をかけなおすという事に関しては、なぜ浄化という選択をしないのか。それが不思議でならなかった。
 今、王国内には【光の愛し子】と呼ばれる加護を持つ人間がいる。キマイラを一瞬にして浄化をして消し去り、その後ヘルストーカーも、更にはそれらを産み落とした魔素だまりも、聖魔法を使って浄化をした。

 その後は魔人と呼ばれる、、魔素に身体を乗っ取られたような人間さえも浄化をした。
そんな人間が存在をしているというのに、どうして未来に置いて不安要素が残る封印を選ぶのか。私には訳が分からなかったのだ。



 それは今までの王国内での会議でも再三論争あった事ではあった。

 魔素が多く湧き、魔物が魔素溜まりから湧き出すことが分かった頃にも、湧き出した魔物の討伐にその加護持ちに任せればいいのではという声が出た。
 だが、フィンレーをはじめ自領に騎士団をもつような貴族たちはそれを良しとはしなかった。
 一人の大きな力を持つ者だけにそれを背負わせて、自分たちでは何もしようとしないのかと。なにより【光の愛し子】と呼ばれる者はまだ初等部の一年でそんな子供に丸投げをするような、それでも恥ずかしくはないのか。もしも愛し子がその戦いの中で使い潰されて死んでしまったら今度はどうするのかと、いくら自領で騎士を抱えている者達でも全ての領に手を差し伸べるなど不可能だと。

 それは当然の事のように思った。力がある者だけでなく、自身も努力はすべきだと言っている事はもっともで、それに対して様々な議論がなされ、自領での騎士団の育成と騎士養成所というものの設立、そしてギルドという組織をお互いに使う。それはそれでこの数年で何とか形にはなってきた。
 そこでの封印騒ぎだ。

 もっともその封印に関しては一部の者達のみで調査も話し合いも進められていた。
 今までの王国内でのやりとりを考えればそれは納得がいくものだった。
 だが……

 なぜ、封印一択なのか。
 どうしてルシルという存在がいるのに、浄化という方法を試そうとはしないのか。
 眠らせる方法を選択すると決めた後に、ではどうやって眠らせるのかとまた議論をする。
 それで本当にいいのか。封印は解けかけているのではないのか。
 それならばどうしてルシルという存在を最初から排除をするのか。
 なぜ出来ないと、なぜ死んでしまうと思うのか。
 眠らせると言う事を考えるならば、それと同時にルシルを守って浄化をするという選択がなぜないのか。

「私は殿下を買いかぶっていたようです。フィンレーの嫡男の言葉を全面的に擁護するつもりはございません。彼の者の物言いも、側近という事を考えれば不敬に値する事もあるかと存じます。ですが、昨日の今日でそれだけの事しかご自分でお考えならなかったのであれば、私は殿下に対し、筆頭公爵家として失望致します。驕りという言葉がございます。今の殿下はまさにそれ、ご自分ならばどれほどにこの局面をうまく乗り越えられると思われていらっしゃるのか。あの会議でどれだけの情報とどれだけの努力が必要とされたのか。一つの事を導き出すためにどれだけの者が動いているのか。それを考える事も出来ずに、自分の力でもない浄化だけを推し進める。ルシル・マーロウの力は殿下の力ではございません。あれは神からルシル・マーロウが与えられた力でございます。側近だから思うようにそれを使わせる、自分であればそれを使ってやる事が出来る。貴方は彼の事を道具としか考えられていない。そう思われて当然でございます」

 ニールデンは国王と賢者であるハワードを前に、シルヴァンに対してそう言い切った。

「そもそも魔人の浄化の際にも思う事はあったのです、ですが、あれはギリギリに擁護をする者もいました。その事がプラスに働いた事も殿下にとっては幸いでした。ですが、人が、人を、衆人観衆の中で消し去ると言ういう事がその後にどのように思われるのか。それに対してどれほどのフォローが必要になるのかを殿下の立場であれば考えるべきでございました。そして今回の事。貴方はどれほどの事をしたのか分かっておられるのですか?貴方はフィンレーを敵に回してもおかしくない事をされたのです。ここにきてフィンレーが反旗を翻したらどうなるのか。考えた事がございますか。フィンレーという一領の後ろにどれだけのものがついているのかお考えか!」
「何を……言っているんだ」
「いつまでも臣下が臣下のまま仕えているとは努々ゆめゆめ思われますな。貴方様はフィンレーにその機会を与えたも同然です。無能な者にいつまでも仕えているほど、臣下は馬鹿ではございません。臣下をいつまでも使える駒としか思えぬ者は、臣下からも駒の一つと見られるとお思いなさい」
「…………」
「昨日、ルシル・マーロウからは事のあらましを聞きました。彼はただ事実のみを述べました。貴方は彼に対してどう思っているのかは関係ないと、国を脅かす禍が存在して、それを浄化できるような力を持つ者がいるのだからと。貴重な力を持つ、大事な臣下だと仰いました」
「……ああ、そうだ。彼は、ルシルは得難い力を持つ大事な……」
「彼は、貴方の側に来られた事を感謝をしておりました。ですが、もしも、この世界が穏やかな時間を取り戻せたら、何もかもを隠して、市井に下りたいと思うようになったとも申しておりました」
「は……?」

 シルヴァンは思わず言葉を失った。

「ただの、ルシルとしてひっそりと暮らしていきたいと思われたようですよ。人は何処に幸せがあるか分からないものだとも申しておりました。側近候補として過ごしておりますが、卒業をしたらそのようになるかもしれませんな」
「どうして……どうしてだ! なぜ!」
「『首』についてどう思うかを訊ねてみました。出来るのならば浄化をした方がいいと思っているが、浄化が出来るのか自信はないと、浄化と引き換えに自分の命が終わってしまうのは、恐ろしいと。人として当然の事です。ですが、彼はその口でこう言いました。シルヴァン様が守って下さると言って下さっても、万が一シルヴァン様に何かあってはと思い、尚更恐ろしい。けれどそれでも心のどこかではシルヴァン様の思いに沿って浄化が出来ればよいと思っていると」
「…………………」
「貴方様は、彼に何を言いますか? 任せておけと。必ず守ってやると、だから厄災を浄化しろと仰いますか」
「…………………」
「彼は、浄化を試せるならば試してみたいと言いました。怖いし、死にたくはないし、浄化をする事が全てではないと思っていてもなお、百年後、二百年後にこのような騒ぎにならないように出来るのならばと。私は殿下が無能とおっしゃった会議に参加していた一員として、浄化は全てではないと思っております。もしも浄化に舵を切るのであれば、浄化が出来なかった時の事を、彼が命を失わないように、どうすればいいのかを新たに議論をしなければと考えております。今は封印が出来る方法を探っております。ですが、浄化をするのであれば、浄化が出来なかった時の方法を考えなければなりません。浄化が失敗をしたらどうなるのか。それは封印を成功させるよりも難しいかもしれません。失敗が出来ない事に対して、議論を尽くすと言うのはそういう事です」
「…………申し訳、ございません」

 絞り出すような声でシルヴァンがそう言った。

「殿下、王族は臣下に謝罪をしてはなりません」

 本当にこの男は難しい事をいうとシルヴァンは思った。



 フィンレー侯爵とその子息はその後、謹慎と言って3日間城に来ることはなかった。
 その翌日に国王はそろそろ謹慎を解いてほしいとフィンレーに書簡を送った。

 その日、登城をしたフィンレー侯爵は何事もなかったかのように型通りの謝罪を口にして、謹慎を終えたと報告をした。
 側近のアルフレッドも同じように何事もなかったかのように、国王の命により謹慎を解いたと言って仕事に戻った。

 その後眠らせる為のクスリが出来上がり、浄化も試すという方向で会議は進み、その日を迎える。
 「己を知る機会を与えてやってほしい」とシルヴァンを同行させる事についての国王からの言葉にフィンレー侯爵が「守る者が増えると足手まとい」だと言ったと聞いて、腹を立てたが、そんな気持ちもその場に入れば吹き飛んだ。



 そこは正しく戦場だった。足手まといというのは何かを含むものではなく、本当にそれだけの言葉だった。
 己を、そしていざという時には他者をも守れる力を持つ者だけがそこに居た。隙もなく、決められた事を決められたように。驕りも、無駄も、何もなく、ただ封印をするということだけに三つのチームが連携をしていた。

 そしてシルヴァンはアルフレッドの言葉も理解をした。
『あれを見ていないからそんな事が言えるんだ。解けかけているとはいえまだ封印されているというのに、次々に魔物を喚び出す。直接見る事すら叶わないような醜悪な負の力を吐き出しているあれを、封印ではなく浄化させるなんて考えられない』
 どうしてここに来て浄化をしろと、自分が守るからなどと言う事が出来たのか。
 次々に、たった一つの、封印が解けかけた『首』がこんなにも魔物を喚び寄せられるのか。どれほどの力を持っているのか。狭い空間の中で戦う騎士達を見ている事しか出来ない自分にも、何も知らなかった自分にも腹が立ち、炎の魔物を封じたルシルが、扉が壊れて溢れ出した負の力を浄化しようとした事にも腹が立ち、情けなくて、自分の非力を思い知った。



 神官たちの手で『首』が封じられた後、ルシルがポツリと「僕には、これを浄化する事は出来なかったと思います」と言った。あの『首』にとって必要なのはあのまま浄化させる事ではなく、祈りと願いによって封印をされる事だったのだと。その言葉はシルヴァンには、はっきりとした意味は分からなかったけれど、それでもその横顔は忘れないと思えた。


「今日、この場にいる事が出来て良かった。感謝をする」

 そう言ったシルヴァンに、フィンレー侯爵達は、少しだけ驚いたような顔をして、それから「はい」と礼を執った。



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知る事は恥ずべきことではない。
認める事も、前を向く事も、大事な事です。
がんばれ、殿下。
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