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第7章  厄災

234. 蜂蜜パーティ

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話をした後、仕事を投げ出すようにして、転移をして帰ってきてしまったという兄様は「気を付けて」と「無茶はしないで」を何度も繰り返してお城へと帰って行った。
そしてここ数日、会えない日が続いている。どうか、一食でもきちんとしたものを食べているといいなって思いながら僕もまた変わりなく学園に通っていた。


あの日、兄様から聞いた話は確かに衝撃的だった。でもどちらかというと、僕としてはそんな恐ろしい所に住んでいたのかっていう気持ちの方が大きかった。
ハーヴィンの屋敷については正直に言うと断片的にしか思い出せない。
マリーがやって来るまでは僕の世界はほぼベッドの中だった。
言葉も誰かが必要だったから教えた「はい」と「ごめんなさい」くらいで、後は泣く事と唸る事しか出来なかったと思う。
マリーが来てから歩く練習をしたり、話をしたり、色んなが出来るようになったんだ。
あの屋敷での僕の世界はとてもとても小さくて、狭かった。唯一覚えているのは薔薇の花が咲いていた庭だ。
時々目を盗むようにして連れ出してくれた庭。「きれい」という言葉はそれで覚えた。それでも母のお気に入りの庭に居た事でぶたれた事もあったような気がする。

「もう記憶も曖昧だな。元々がそんなにはっきりしていないからね」

あそこに居たのは四年。もうその三倍もの時間をフィンレーで過ごしている。
悪役令息にもならずに、断罪して殺されてしまうこともなく。

「確か高等部に上がる前に殺されてしまうんだよね。ふふふ。もう過ぎちゃったね」

兄様を殺さない事が第一だったから、もう悪役令息になんてならないって思っていたから、それよりも色々な事が起きていて、断罪して殺されてしまう事などすっかり忘れていた。

とにかくこうしてこの世界で生きているのだから、そして、こんなにも小説の世界と違っているのだから。
なんとかこの「バランスの崩壊」という名前の禍を終わらせたいと思う。


-*-*-*-*-*-


「エディ兄様、妖精たちが沢山集まってきています」

週末にフィンレーに行くと、ハリーがそう言って目を丸くしていた。
フィンレーはもう雪が降り始めていて、外は白くなっている。今日は久しぶりに小サロンとそこに続く庭を開放して、庭だけは雪を融かして、蜂蜜を並べる野外用のテーブルを出した。

「ふふふ、夢に出てきて大事な事を教えてくれたんだよ。だから今日はお礼の日なんだ」
「わぁぁぁ! すごい。眩しいくらいに喜んでいますよ」

僕は残念ながら彼らの姿は見えないけれど、沢山の子たちが喜んでくれるのなら嬉しいな。
数が分からないので、とりあえず20のミルクピッチャーと10の小さな小さなお皿に3種類の蜂蜜を出した。

「こっちがレンゲの蜂蜜、こっちがオレンジの蜂蜜、そしてこっちが百花って言って沢山のお花の蜜が集まった蜂蜜だよ。どうぞ召し上がれ」

僕がそう言うと用意をしたテーブルの上でコロコロ、カタカタとミルクピッチャーやお皿が小さく動き始めた。
ハリーは「うわ~~~~!」と言いながらそれを見ている。
どんな事が起きているのかは分からないけど、でも楽しんでもらえたらいいな。

「こっちにはクッキーもあるよ。皆で仲良く食べてね」

これくらいあれば何とかみんなに行き渡るかな。

しばらく転がる食器たちを眺めていると微かな声が聞こえてくる。
夢の中よりは声も小さいし、聞き取りづらいんだけど、多分この前も話をしてきた子のような気がするな。

『おい……い……しーお、しー』
「兄様、美味しいって言っています」
「ああ、そう? 美味しかった? それなら良かった。お腹はいっぱいになったかな?」
『るー……ま、だ……たべ……られるー』
「ああ、さっきよりも繋がってきたのかな。まだ食べられるの? 何がいいの? 蜂蜜がいいのかな? そうだ、ミルクジャムもあるよ?」
「たーべー……るー」

そんなやりとりをしながら更にクローバーの蜂蜜とミルクジャムを出した。
ハリーが仲裁に入ってくれて、起こりそうな喧嘩は回避できたらしい。
姿は見えないけれど、楽しくて、何だかほっこりとする時間だ。
なんとなく嬉しくなって、僕は昔ジョシュアが見せてくれた水の鳥を空に浮かべた。
今日はお天気がいいから日の光にキラキラと反射をして輝く水の鳥も楽し気に青い空を飛んでいる。

「きれー! えでぃー、き……れー!」
「きらきら、とーりー」
「きーらーきーらー」
「おいしー、きーれー」

小さな声が耳に届く。ああ、楽しいな。幸せだな。何だか色々な事が次々に起きているけれど、こんな風に皆が幸せになれるといいな。
水の鳥を空の上で弾けさせて霧状にすると小さな虹が出て、それもまたキラキラと輝く。
『きれーきれー」という小さな声が聞こえてきた気がした。

するとすぐ近くから

「えーでぃー、なーかーよーしー」
「うん? エディと仲良くしてくれるの? ありがとう?」
「てぃお」
「ティオ?」
「みず」
「? お水がほしいの?」

僕は水魔法で小さな水の玉を出した。するとそれが小さく揺れて、キラキラと輝く。
「ティオ、エディ、なかよし」

大分はっきりと声が聞こえるようになった。

「ありがとう。ティオ、エディと仲良くしてくれて。これからもよろしくね」

すると目の前に綺麗なグリーンと金色の小人のようなものがぴょこんと現れた。

「え⁉」
「えでぃー、ティオなかよし!」
「エディ兄様!」

ハリーの驚いたような声が聞こえた。

「ああ……ええっと……ティオのグリーンの髪の毛はエディと似ているね。仲良くしてね」
「はい! なかよし、ティオ、えでぃーこまった、たすける」
「エディが困ったらティオが助けてくれるの? 」
「はい!」

ニコニコと笑う小さな顔。ティオは10ティン位の身体でぴょこぴょこと歩きながらミルクジャムを手ですくって嬉しそうにしている。

「ふふふ、可愛いなぁ」
「……兄様、すごいです。そこで可愛いなぁって笑っていられるのが凄いです。契約ですか?」
「分からない。友達だよ。困ったら助けてくれるんだって。でも声はすごく聞き覚えがあるんだ。もしかしたらこの前眠らせる事を知らせに来てくれたのはティオかもしれないな」

そう言うとティオは小さな顔を上げて「みんなでいった、えでぃー、こわいの、ねむらせるの。まちがえたらだめなの」
そう言うとティオは誰かに話をするようにして、ふっと消えてしまった。

「帰っちゃったのかな」
「そうですね。だいぶ、数は減ってきましたね。お腹がいっぱいになったのかな」
「ふふふ、可愛かったな。また会えるといいな」

ハリーが「そろそろ片づけをするよ」ってお知らせをして、また遊びにおいでって言っている。僕もそちらの方に向けて何も見えないけれど、手を振った。

「えでぃー」

ふたたびティオの声がした。

「ティオ?」
「きょうありがと、これ、あげる。ねむるの。また、あそぶ、なかよし」
「エディにくれるの? ありがとう。またあそぼうね。欲しいものがあったら教えてね」
「はーちーみーつー、みーくーじゃーう」
「分かった。蜂蜜とミルクジャムが気に入ったんだね。用意をしておくよ」

そう言うとグリーンの髪の妖精は嬉しそうに笑って、消えた。

「エディ兄様はすごいです。妖精まで虜にしてしまいました」
「! 虜って、ハリー」
「ビックリです。妖精と契約するなんて。驚きです。さすがです」
「ちょっとちょっと、ハリーってば」
「僕も実は名前を教えてもらった子は何人かいるんです。でも教えてもらうまでにはすごく時間がかかりました。エディ兄様ってすごい」

すごいすごいと繰り返すハリーに、もうやめてと言いながら僕はティオからもらった枝を見た。
青っぽい緑の葉を付けた細い枝。
これは一体なんだろう。
そう思っていると。

「こちらだったか」

妖精たちにご馳走をした後にお会いする事になっていたお祖父様がいらした。


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妖精タラシのエディ(≧▽≦)


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