109 / 335
第7章 厄災
225. 王城紛糾
しおりを挟む
魔人だったもの、今はもう何と言っていいのか分からないそれを捕らえてきてから、王城は蜂の巣をつついたような状況になった。
何重にも厳重に結界が施されたそれを見た時には吐き気すらした。
蟄居していた屋敷から引き出されたオルドリッジ公爵自身も、さすがに浄化する事を認めた。
浄化はルシル一人に行わせるのではなく、聖魔法を持つ神官たち全員が参加をする事になった。それは第二王子のシルヴァンが願い出た事だった。
ルシルだけでは浄化する力が足りないというわけではない。
以前魔人をハーヴィンの領民たちの前で浄化をさせた事があり、ルシル自身の精神的な負担を軽減すると同時に、万が一何かあった時に対応できる者がいた方がいいという配慮からだった。
集まっていた王国の重鎮たちもそれに同意をした。
浄化は即日のうちに行われた。またどこかと繋がって消えられてはまずいと判断した為だ。
緊急の会議で決まったように、聖神殿の奥にある浄化用の部屋には聖魔法を使える神官たちと、そして王族からは第二王子のシルヴァンが、貴族たちからは見届けとしてニールデン公爵、フィンレー侯爵、レイモンド伯爵、メイソン子爵が参加をした。
浄化が済めば、滞っていたオルドリッジ公爵への粛清が開始されて、これで一旦王国内の粛清については幕を閉じる筈だった。
しかし、ここにきて新たなる課題が上がってしまったのだ。
魔人、とはもう呼べないようなものを捕らえてきたという報告から、魔素がまた新たに変化をしたのではないかという報告が上がってきてしまったのだ。
王室も、役人たちも、領主たちも、まだこのわけの分からないような混乱が続くのかと愕然とした。
特に重鎮と呼ばれている高位の爵位のものや、側近たち、そして賢者などの称号を持つ者たちはおそらくは胸の中で頭を抱えていただろう。
だが、とにかく進んでいかなければ終わらない。それは誰もが理解をしている事だった。
もっとも、理解と感情は遠に乖離をしているのだが。
「何とか無事に浄化を終えて、まずは一安心だな。課題は山積だが。とりあえず次はオルドリッジ公爵家への粛清か。ああ、浄化する事を優先に止めた魔素の案件が持ち上がってきそうだな」
ケネスが息を吐きながらそう言った。
「まったくです。まさかここにきて魔素が変化をするなんて想定外もいいところだ。しかも人の中にいつの間にか溜まるのではなく、勝手に他の人間に異動をする事も可能で、吐き出されたものは魔素だまりを作る? 分裂する?
意思があるように動く? 核があるかもしれないので魔人がもう分裂をして他の者の中にいる可能性がある? どれだけ有能なんだ!」
珍しく声を荒げたハワードに、ニールデン公爵は少しだけ驚いたような顔をして、デイヴィットはこめかみの辺りを揉んで椅子に深く腰掛けなおした。
そうしておもむろに目の前のテーブルの上に、食事を並べ出す。
「おい、デイブ」
さすがのケネスもギョッとしたような顔をした。
「ああ、とにかく頭が動かなくなったら食べる事にしたんだ。週一でマジックバッグごと持たされていてね。良かったら一緒に」
「エドワード様ですか? ふふふ、ではいただきますね。うん、フィンレーの料理は本当に美味しいですね」
「……で、では、私も」
「そうだな。どうせ今日も遅くなるしな。ここらできちんとしたものを食べておくのもいいな」
男たちはそのまま黙ってテーブルの上の料理を食べ始めた。そして、デザートまである事に笑いを漏らしながら、ハワードが口を開いた。
「どう思いますか? 分裂体の有無について」
「分からない。あるというのならばまだエドワードを狙う可能性があるかもしれない。だけど良く分からないのが、あれほどのものになったとしても、人であった頃の執着は残るのだろうか。執着と言う負の感情として残っているんだろうか。でも、本当にそれだけなんだろうか。ただ、あの子を手に入れたかったというそれだけなのか私は段々分からなくなってきている」
「なるほど……」
ハワードが眉間に皺を寄せながら少し考え込むようにそう言うと、ニールデン公爵が口を開いた。
「エドワード様が魔のものに狙われるような何かがある、という事ですか?」
「分かりません。本人は魔のものとは全く関りがないような子ですので」
「ああ、そうですな。以前王城にいらした時にもそう感じました」
「ええ、なのでどうしてなのかとふと気になりました。まぁ、親馬鹿の延長戦かもしれませんが」
「ははは、それならば、その方が良いでしょう。さて、本当に美味しいお料理でした。久しぶりにこのような時間にまともなものを食べた気がします。公爵家が減ってしまって私も何やら忙しくなってきてしまいました。早く色々が落ち着いてもらわないと、家督も譲れません」
「いや、まだまだお早いでしょう」
ケネスが苦笑いをしながらそう言った。
「じじいは早めに引退をして、後につないだ方が良いのですよ。しっかりしているうちなら何かをした時に窘める事も、気づかれんように軌道修正もしてやれますしね。それに孫には甘いじじいになるのが私の夢なんです。エドワード様の魔法の講義をされているというカルロス様が本当に羨ましい」
そう言われてデイヴィットは温い笑いを浮かべた。
「さて、ではそろそろ次の会議に参りましょう。各領からも魔素などの報告が上がってくるでしょう」
「そうですね。願わくば、魔人の欠片が見つかった等という報告がない事を祈ります」
そう言って本日の浄化の見届け人たちはゆっくりと立ち上がった。
だが、本来であればその日の各領からの報告だけで終わる筈の会議は、四人が思っていた以上に紛糾する事になったのだった。
-------------
少し短いですが……紛糾シーンを書くとまた5000超えそうなので( ;∀;)
何重にも厳重に結界が施されたそれを見た時には吐き気すらした。
蟄居していた屋敷から引き出されたオルドリッジ公爵自身も、さすがに浄化する事を認めた。
浄化はルシル一人に行わせるのではなく、聖魔法を持つ神官たち全員が参加をする事になった。それは第二王子のシルヴァンが願い出た事だった。
ルシルだけでは浄化する力が足りないというわけではない。
以前魔人をハーヴィンの領民たちの前で浄化をさせた事があり、ルシル自身の精神的な負担を軽減すると同時に、万が一何かあった時に対応できる者がいた方がいいという配慮からだった。
集まっていた王国の重鎮たちもそれに同意をした。
浄化は即日のうちに行われた。またどこかと繋がって消えられてはまずいと判断した為だ。
緊急の会議で決まったように、聖神殿の奥にある浄化用の部屋には聖魔法を使える神官たちと、そして王族からは第二王子のシルヴァンが、貴族たちからは見届けとしてニールデン公爵、フィンレー侯爵、レイモンド伯爵、メイソン子爵が参加をした。
浄化が済めば、滞っていたオルドリッジ公爵への粛清が開始されて、これで一旦王国内の粛清については幕を閉じる筈だった。
しかし、ここにきて新たなる課題が上がってしまったのだ。
魔人、とはもう呼べないようなものを捕らえてきたという報告から、魔素がまた新たに変化をしたのではないかという報告が上がってきてしまったのだ。
王室も、役人たちも、領主たちも、まだこのわけの分からないような混乱が続くのかと愕然とした。
特に重鎮と呼ばれている高位の爵位のものや、側近たち、そして賢者などの称号を持つ者たちはおそらくは胸の中で頭を抱えていただろう。
だが、とにかく進んでいかなければ終わらない。それは誰もが理解をしている事だった。
もっとも、理解と感情は遠に乖離をしているのだが。
「何とか無事に浄化を終えて、まずは一安心だな。課題は山積だが。とりあえず次はオルドリッジ公爵家への粛清か。ああ、浄化する事を優先に止めた魔素の案件が持ち上がってきそうだな」
ケネスが息を吐きながらそう言った。
「まったくです。まさかここにきて魔素が変化をするなんて想定外もいいところだ。しかも人の中にいつの間にか溜まるのではなく、勝手に他の人間に異動をする事も可能で、吐き出されたものは魔素だまりを作る? 分裂する?
意思があるように動く? 核があるかもしれないので魔人がもう分裂をして他の者の中にいる可能性がある? どれだけ有能なんだ!」
珍しく声を荒げたハワードに、ニールデン公爵は少しだけ驚いたような顔をして、デイヴィットはこめかみの辺りを揉んで椅子に深く腰掛けなおした。
そうしておもむろに目の前のテーブルの上に、食事を並べ出す。
「おい、デイブ」
さすがのケネスもギョッとしたような顔をした。
「ああ、とにかく頭が動かなくなったら食べる事にしたんだ。週一でマジックバッグごと持たされていてね。良かったら一緒に」
「エドワード様ですか? ふふふ、ではいただきますね。うん、フィンレーの料理は本当に美味しいですね」
「……で、では、私も」
「そうだな。どうせ今日も遅くなるしな。ここらできちんとしたものを食べておくのもいいな」
男たちはそのまま黙ってテーブルの上の料理を食べ始めた。そして、デザートまである事に笑いを漏らしながら、ハワードが口を開いた。
「どう思いますか? 分裂体の有無について」
「分からない。あるというのならばまだエドワードを狙う可能性があるかもしれない。だけど良く分からないのが、あれほどのものになったとしても、人であった頃の執着は残るのだろうか。執着と言う負の感情として残っているんだろうか。でも、本当にそれだけなんだろうか。ただ、あの子を手に入れたかったというそれだけなのか私は段々分からなくなってきている」
「なるほど……」
ハワードが眉間に皺を寄せながら少し考え込むようにそう言うと、ニールデン公爵が口を開いた。
「エドワード様が魔のものに狙われるような何かがある、という事ですか?」
「分かりません。本人は魔のものとは全く関りがないような子ですので」
「ああ、そうですな。以前王城にいらした時にもそう感じました」
「ええ、なのでどうしてなのかとふと気になりました。まぁ、親馬鹿の延長戦かもしれませんが」
「ははは、それならば、その方が良いでしょう。さて、本当に美味しいお料理でした。久しぶりにこのような時間にまともなものを食べた気がします。公爵家が減ってしまって私も何やら忙しくなってきてしまいました。早く色々が落ち着いてもらわないと、家督も譲れません」
「いや、まだまだお早いでしょう」
ケネスが苦笑いをしながらそう言った。
「じじいは早めに引退をして、後につないだ方が良いのですよ。しっかりしているうちなら何かをした時に窘める事も、気づかれんように軌道修正もしてやれますしね。それに孫には甘いじじいになるのが私の夢なんです。エドワード様の魔法の講義をされているというカルロス様が本当に羨ましい」
そう言われてデイヴィットは温い笑いを浮かべた。
「さて、ではそろそろ次の会議に参りましょう。各領からも魔素などの報告が上がってくるでしょう」
「そうですね。願わくば、魔人の欠片が見つかった等という報告がない事を祈ります」
そう言って本日の浄化の見届け人たちはゆっくりと立ち上がった。
だが、本来であればその日の各領からの報告だけで終わる筈の会議は、四人が思っていた以上に紛糾する事になったのだった。
-------------
少し短いですが……紛糾シーンを書くとまた5000超えそうなので( ;∀;)
327
お気に入りに追加
10,733
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。