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第7章  厄災

201. 消えた子息

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父様からの書簡を見て、僕はすぐにマリー達と一緒にフィンレーに向かった。
何が起きているのか分からないけれど、とにかく緊急事態な事は確かだった。
フィンレーに着くとすぐに父様に呼ばれた。

「ああ、よく来たね。とにかく話をするので座りなさい」

父様はそう言って書斎の中にあるテーブルセットのソファに腰かけた。僕もその向かいのソファに腰を下ろす。

「まずは状況を説明しよう。先日エドワードが言っていた通り、オルドリッジ公爵子息は魔人化をして、何度魔素を浄化しても瘴気が湧いて来るような状態だった。あの状態の魔人化では先日シルヴァン殿下がされたように聖魔法による光の浄化をする以外に今の所方法はない。すでに人ではなくなっているんだ。だが、公爵はそれをどうしても許さず、結界を張りそのまま眠らせていた。恐れていた事は二点だ。一つは子息を眠らせている結界が壊れる事。そしてもう一つは結界があったとしても、魔人となった身体自体が魔素となり、出入り口となってそこから何かが現れたり、あるいはそれ自身が消えてしまう事。今回はおそらく後者になったのではないかと思われる」

僕は何も言えずに父様の話を聞いていた。

「その為に起こり得る事として予想をしているのは、子息がアンデッドのようになって、魔素から出入りが出来るのではないか。またはアンデッドにならずとも、自由に魔素と魔素の間を出入りできるのではないか」

膝の上で組んでいた手が小さく震え始めた。
思い出すのは夢の事。最初は黒い何かが僕を飲み込もうとして、次は近づく事が出来ずにゆらゆらと揺れながら「もう少しだったのに」と言った。
それがどういう意味なのか、予知夢だったのか、それとも僕の恐怖心から来るものだったのかは未だにはっきりと分からないけれど、もしも、もしも本当にそんな風に魔素の中を行き来できるようになってしまったのだとしたら。
万が一にでも、僕の傍に魔素が湧いてしまったら……。

「脅かしてごめんよ。ただ、オルドリッジ公爵子息がエディに対してある意味執着のようなものを持ってしまったのは私のせいかもしれないんだ」
「どういう事ですか?」
「実は公爵家からはずっと昔からお茶会の打診が何度もあったんだ」
「お茶会ですか?」

思ってもいなかった事を告げられて僕は思わず聞き返してしまった。お茶会って、どういう事?

「元々エドワードのお茶会には高位の子息を呼ぶつもりはなかったんだ。身体も大分丈夫にはなって来ていたけれど、それでも同い年の子に比べると小さかったし、同じような年の、きちんと接する事ができる、それでいてフィンレーと繋がりがあるところからという事で選んだ。それに、ペリドットアイという事もあったので、むやみに茶会に参加をさせるという事もさせたくなかった」
「はい」

父様の配慮はものすごくありがたいと今聞いても思う。だって、あの時の僕はお友達が作れないかもしれないって本気で思っていたし、あの5人だけでも本当に緊張した。一回だけ参加をしたレナード君のお茶会だって本当に緊張したし、あんなのが何回も何回もあったりしたら大変だったと思うもの。

「だが、オルドリッジ公爵家はその後も何度も打診があってね。とにかく領から出すつもりはない。王都に行かせるつもりもない。高位の方のお茶会は難しいのでご遠慮させていただきたいとその度に断っていたんだ。それが余計に拗らせる原因になったらしくてね。学園に入ってから一度オルドリッジ公爵子息から声をかけたが無視をさせたと何とも子供じみた苦情がきてね」

ええ? いつの事だろう。全然思い出せない。

「その後に、ああ、その……」
「父様?」

父様は何とも複雑な顔をして、それから「はぁ……」と大きなため息を漏らして口を開いた。

「釣書が来た」
「は? え? 僕、僕にですか?」
「エドワードに、だ。ちなみにもう高等部になっているから言ってしまうが、エドワードにはお披露目会以降、山のように釣書が届いていて、すべて年齢と体の弱さを理由に丁重にお断りした。だが、学園に行くようになってからは、身体はそれほど弱そうには見えないなどと再び送られてくるようになってね。学園を卒業して成人になってから本人に決めさせると全て保留になっているんだ。見るかい?」
「い、いえ……」

思ってもいなかった情報だ。というか本当に想定外の事だった。黙り込んでしまった僕に父様が苦笑しながら僕の頭をポンポンと撫でた。

「そんなに考えなくてもいいよ。勿論こんなものは成人したからと言ってすぐに決めなければいけない事ではないしね」
「はい……」
「それにフィンレーは王国の創設時からある家で侯爵家の中では一、二を争う高位の家柄なんだよ。たとえ公爵家であろうとも簡単には無茶をいう事は出来ないから安心しなさい」
「はい」
「エドワードは、エドワードが思うように生きてほしいと思っているよ。ずっとフィンレーに居たいと思うなら、勿論それも出来る。幸い私も、そして父もそれだけの手を持っている。だからこれに関しては色々と考えたり、悩む事はなしだ。いいね?」
「はい。ありがとうございます」
「うん。大体成人をしてすぐにエドワードがどこかにいってしまったら、淋しくておかしくなってしまうよ」
「ふふふ、ありがとうございます」

僕はもう一度お礼を口にした。先程の手の震えはおさまっていた。

「では話を戻そう。オルドリッジ公爵子息がエドワードに拘ったのは、おそらく自分の思い通りに何一つならなかったからではないかと思っている。以前聞いた、魔人化をした彼に標的にされていると感じた事や、ニヤリと笑ったという様な事や彼の性格などを考えるとそう思える。とするとやはり今回はしばらくの間フィンレーに居てほしい。怖がらせるつもりはないけれど、その方がいいと判断した。最大限の結界を父上に作っていただいている。勿論屋敷の周囲にも同じように魔法陣を設置する予定だ」

脳裏に甦る赤い瞳とニヤリと笑ったように見えた顔。正直もう二度と見たくはない。
こんな風に守られているという事に、色々と考えてしまう事はあるけれど、それでも万が一、僕の力が僕の意識の及ばないような所で解放されてしまったら、大好きな家族を困らせる事になる。それは絶対に嫌だ。

「ありがとうございます。そうさせていただきます。でも本の事とか、僕にも何か出来る事をさせて下さい。何も出来ずにただ守られているだけでは嫌です」
「分かった。それはメイソン子爵も色々と調べているからね。その内また報告があるだろう。おそらくは西の国でもダリウスが調べているだろう。情報は自然に集まって来る。それをきちんと見極めて仮説を立てていく必要があるからね。色々な視点から考えて行こう。ああ、それにポーションの薬草の栽培も広げたいと思っているんだ。味の良いポーションの薬草を信頼できる所へ回して、その地のものにさせていきたいからね。フィンレーだけが儲けている等といつまでも言われるのは業腹だからね」

父様がものすごく人の悪い笑みを浮かべた。うん。怒っているんですね。そうですよね。そう思うなら自分の所で出来る事はないか考える事をまずしなければ。いつでも他人のものを欲しがったり羨んだりしていては何も始まらない。

「分かりました。薬草の苗も増やします」
「ああ、そうしている間にはこの件を収束させるようにするからね。とりあえず、何か変わった事が少しでもあったらすぐに知らせてほしい。いいね?」
「はい」

こうして僕はバカンスシーズンが終わる頃からフィンレーで過ごす事になった。



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7章開始です。
山場の章になる予定です。
よろしくお願いします<(_ _)>
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