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第6章  それぞれの

171. 21歳のお誕生日

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父様に魔人の事を聞いてから少し経って、今日は兄様の21歳のお誕生日だ。
あれから大きな事は起きてはいないし、ルシルが元ハーヴィン領に派遣される事も今のところない。
僕の周りには日常と呼べるような時間が戻ってきたけれど、多分父様たちはまだまだ忙しいんだろうな。

とにかく言われた通りに魔素に気を付けて、そして最低限自分自身の事が守れるように。あの『緑の力』を使う事がないように。それがまず目標。
強くなりたいという思いは今も変わらないけれど、色々と状況が変化をしているから、どうやって動いたらいいのか決めるのは難しくて、だから臨機応変に動けるようにきちんと魔法を磨いておこうと思うんだ。
剣は、うん……剣も頑張るよ。

「お休みの日なのに王宮へ行かれるのですか?」
「うん。休みは皆で交代で出ているからね。運悪く今日は私が出になってしまったんだよ。フィンレーには行かれないけれど、こちらには出来るだけ早く帰ってくるようにするね」

卒業して正式に第二王子の側近になった兄様は、自分の事を家でも「私」と言うようになった。
でもこの所僕の事で心配させたりしていて「僕」って言っている事が多かった。どうも僕が兄様が「僕」っていうと安心した顔をしていたみたいなんだよね。知らなかった。
久しぶりに「私」って言っているのを聞いて、あれって?顔をしたら兄様が苦笑をして「もう大丈夫そうだから」って言われて分かった。
そう言えば初めて会った時も「私」って言っていたけど、その後で「僕」って言ったのを聞いてなぜだかすごく嬉しかったのを覚えている。
「私」っていうのはちょっとよそ行きな感じがして、「僕」って言われて近くに来てくれたような気がしたんだ
もう成人をしているから『僕』というのはおかしくて、普段からそうしていないと咄嗟の時に出てしまうと困るから「私」に揃えたんだって。
僕も成人したら全部「私」にしないといけないって思った。

「分かりました。お誕生日のケーキを用意して待っていますね。ウィルたちにはそう伝えておきます」
「うん。はっきりとした時間が分からないから、こちらに来るのは止めさせて」
「はい、いってらっしゃいませ。お気を付けて。えっと……は、早く戻られるますように。お待ちしています」

僕がそう言うと兄様は少しだけ困ったように笑った。そして。

「う~ん、困ったな。行きたくなくなるね」
「え!」
「ふふふ、ありがとう、エディ。じゃあ行ってきます。あ、エディ、今年もイチゴ?」

突然そんな事を聞かれて僕はビックリしながら「そうです!今年はモモも入れてみました!」って大急ぎで答えた。

「それは楽しみ。早く帰れるように頑張ろう」

兄様はにっこりと笑って出かけて行った。
そして僕は兄様のお誕生日の準備をしてからフィンレーへと向かった。


-*-*-*-*-*-


「エディ兄様、お帰りなさい」
ハリーがそう言ってやってきた。

「ただいま、ハリー。ウィルはまだ稽古?」
「はい。剣の稽古に熱が入っているようです。最近は試合形式の打ち合いなどもしていて、見ていると怖いくらいです」
「そうかぁ。ウィルは本当に剣が好きなんだね」
「魔法も頑張っていますが、剣の方がしっくりくる、らしいです」
「しっくりかぁ。僕は打ち合いすると手がしびれちゃうんだよね。身体強化をかけないと一撃で剣を飛ばされそう」
「ああ、そうですね。僕もです。この前少し手合わせをしたら本気になったので、頭にきて最大の身体強化をかけてわざと打たせたら「ぐあぁぁ!」とか言ってました」
「……ハリー……ほどほどにね」
「はい」

僕たちは揃って歩きながら温室に向かった。今日はお祖父様の授業はないので、純粋に温室の整備だ。
と言っても普段はハリーと庭師のマークが世話をしてくれているから、僕がすることは成長の度合いを見る事と必要に応じて『お祈り』をする事だけ。

「この前の魔力回復ポーションとその前に作った体力回復ポーションはフィンレーから販売する事になったそうですよ。まずはフィンレーのギルドで販売して、領の騎士団には直接お祖父様から卸すそうです。今はお祖父様とお祖父様が懇意にされている薬師の方々が作成していますが、今後の事を考えて薬師のギルドのようなものを作る計画を進めるとか」
「うわぁ! すごいね」
「はい。フィンレーでうまく回るようになれば他領へも卸しやすくなるでしょうし、同じような事を始めるきっかけになるかもしれません」
「うんうん。あ、3種の味はやっぱり一番人気は僕たちが思っていたものだったね」
「はい。でも淡いピンクのものも甘くて美味しいと評判らしいです。そちらも甘めのものと記載をして販売する事になりました。僕は納品の伝票のお手伝いをさせていただく事になりました!」
「え⁉ ちょっと待って、お手伝いって」
「はい。社会勉強という事で。勿論きちんと大人のチェックが入りますが。やらせてほしいとお願いしたんです。そういうの好きだから」
「そうなんだ。すごいね、ハリー」

僕が驚いたようにそう言うとハリーは嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。


温室の中はきちんと整えられていて、足りないものもなく、枯れているものもない。

「さすが。僕がする事がなくっちゃいそうだよ」
「そ!そんな事ないです!エディ兄様が来ないと困る事は沢山あります。だから来ないなんて言わないで下さいね」
「勿論だよ。一緒に頑張ろうね。これからもよろしく」
「はい」
「うん。さて、では熟している果物の収穫だけしていこう。2つのポーションが出来たから、今度は傷を治すポーションの事を考えなきゃね。やる事はなくならないね」
「はい!」

温室の整備をして、剣の稽古が終わったらしいウィルと一緒に3人でお茶を飲んで、僕が持ってきたお土産を食べながら、残念ながら今日はアル兄様が来られない事を告げた。

「お休みの日までお仕事なんて、忙しいのですね」
「うん。交代で休んでいるから、たまたま今日が出る事になったって。二人にもよろしく伝えてって言っていたよ」
「アル兄様へのプレゼントを用意しているのですが、エディ兄様から渡していただけますか?」
「うん。それでもいいし、別の日に二人から渡すのでもいいと思うけど」

二人は顔を見合わせて「でもやっぱり今日がいいから」とプレゼントを持ってきた。

「分かった。二人からってちゃんと渡すね」
「よろしくお願いします」
「そう言えば、ハリーは最近は夢はどう?」
「とりあえずはないですね。時々温室の果物をもらいに来たり、水や風の魔法が見たいとねだりにきたり、この前はウィルの頭の上で踊っていて笑ってしまいました」
「ええ⁉ ウィルは大丈夫だった?」
「全然感じませんでした。ハリーが人の事見てに笑っているからちょっとムカッとしただけです。まぁでも踊りやすい頭だったならそれも良かったかなって。踊っている妖精を見られたらもっといいけど、そうするときっと触りたくなって嫌われそう」

へへへと笑うウィルに「僕も触りたくなりそう」と言って一緒に笑った。
ハリーの加護の事でウィルが何か疎外感のようなものを感じてしまう事がないか心配をした事もあったけれど、ウィルはそんな事を感じさせずにハリーの隣に飄々としていてくれるのが嬉しい。

とにかく色々起こっているみたいだから魔素には気を付けてねと言って僕はフィンレーを後にした。


-*-*-*-*-*

兄様が帰ってきたのはいつもなら夕食が終わるような時間だった。
どうなるか分からなかったけれど、それでも早く帰れるように頑張ろうと言っていたのだからと待っていて良かった。

兄様は「食べずに待っていたの⁉」とびっくりして謝っていたけれど、全然平気。だって兄様のお誕生日に一人だけで夕食を食べる方が淋しいし。シェフもその辺は判ってくれていて、就寝時間に近づいてしまうようになったら諦めて召し上がって下さいと言われていた。

少し遅くなった夕食をとって、それから恒例のケーキを出してもらって。
さすがに二人では食べきれないので、残りはみんなで食べてほしいとお願いした。

そして、プレゼントを渡した。
ハリー達からは東の国の珍しいからくり箱。
兄様は珍しがって喜んでいた。

僕からは予定していた乗馬のグローブを渡した。

「開けてみてもいいかな?」
「はい」

兄様は僕の返事を聞いて包みを開けた。そして。

「ありがとうエディ。使いやすそうだね」
「はい。乗馬の話が出ていたので。またご一緒させてください」
僕がそう言うと兄様は「勿論」と言った。そして。少しだけ何かを考えるようにして……

「……ここにグリーンがないのが淋しいね」

兄様が指さしたのは手首のベルトの留め具だった。
僕は思わずドキリとした。まさか兄様からそんな事を言われるなんて思ってもみなかった。

「……か、考えたのですが、バッグの時に母様からも助言をいただきましたし。僕も、高等部に上がったし……。あ、あと、アクアマリンの良い石が手に入ったから………」

僕の声は尻つぼみに小さくなっていく。

「そう……………誰かに、何かを言われた?」
「言われていません!」

思わず声が大きくなってしまって僕は「すみません」と俯いた。

「ごめんね。せっかくもらったのにおかしな事を言って。ただ、以前にもらったバッグがとても嬉しかったから。大切に使うね。今日はありがとう」

その瞬間、僕は思わず持っていたポーチを開いていた。

「エディ?」
「ほ、本当は、もう一つ飾り石を考えていたんです。だけど、もういけないかなって。兄様は成人して卒業されて、王宮で働いていらっしゃるんだからいつまでも駄目かなって、思って……それで……」

取り出したのは嵌めてある石よりも小さいペリドットの飾り石。
用意はしたのだ。そして、悩んで、悩んで、止めたのだ。

「もらってもいいかな?」
「え?」
「その石も、もらっていい?」
「……………」

いいのかな。まだ、いいのかな。許されるのかな。
僕の手の平から、兄様の手の中へ。小さな僕の色の石が転がっていく。

「ありがとう。大事にするね」

兄様はグローブと一緒に小さなペリドットの飾り石を抱きしめてくれた。

「はい、お誕生日おめでとうございます」
「うん。ありがとう、エディ」

兄様はいつものようにギュっとしてくれた。
でも僕は、いつもよりなぜか顔が赤くなってしまって、そして、兄様が欲しいと言って受け取ってくれた小さな石が嬉しくて、なぜか少しだけ涙が出てしまったんだ。



--------------
(*ノωノ)
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