上 下
35 / 54

35 普通の転生者、祭りを理解する②

しおりを挟む
 僕がホットドッグを食べている間、フィルはちゃんと仕事をしていた。
 混雑をして、揉めてしまった人たちに注意をしたり、スリだと騒いでいる人の所に行って、近くにいた警ら隊に取り押さえた犯人を引き渡す。

「食べ終えたか? じゃあ、もう少し南の方に行ってもいいか? 午後はそっちが担当なんだ」
「うん。分かった。でもさ、いいの? 僕がずっと一緒に居ても」

 そうなんだ。だって一緒にお祭りを回っているけれど、フィルは仕事中なんだよね。まぁ、参加しながら仕事可能って言われているみたいだけど。それにほんとに参加しながら仕事しているし。
 フィルが言っていた通り、城からの見回り騎士が来ているというだけで、祭りでちょっと興奮してねじが外れてしまったような人達への抑止力になるみたい。
 その後の処理は街の警ら隊が行っているし、何て言うか、お手伝いみたいな感じだ。でも仕事は仕事だしさ、ずっと一緒に回っていてもいいのかなって思っちゃうんだよね。

「ああ? この人混みの中でお前を一人にさせられると思うか? 宿舎に戻って来られないぞ」
「あ、うん。そうだねぇ」

 それはかなり、正しい。多分ここでフィルを別行動をとったらまずいのは僕も分かるんだ。でもね。さっきホットドックを食べながらちょっと聞こえちゃったんだよね。
 『城勤めは恋人同伴で見回りかよ』ってね。

「サミー」
「なに?」
「言わせたい奴には言わせておけ。俺はちゃんと自分の仕事をしているし、お前も自分の仕事の確認作業中だ」
「……聞こえていたの?」
「それ位じゃないと城の見回りは務まらない。結構気温が上がっているからな。ちゃんと水分取っておけよ。疲れたなら送るから言うんだぞ」
「うん…………」

 なんだよ、これ。もう、フィルってばちょっとカッコよすぎない? もう、もう、もう!


 
 結局僕たちは市場の場外に立っている市の方と、大道芸人が集まっている道を回り、やっぱり豊穣を祈るんだからねって神殿の方にも行ってみた。神殿は結局中には入れずに供物台の所にちゃっかりエマーソンの紅茶の茶葉を供えてきた。

 途中で休憩を挟みながら結局お祭りの最後まで街を巡って歩いた。フィルはお祭りが閉会をしたらお仕事が終了らしくて、少し早めに夕食を取って、もう一度王城に近い中央広場に戻って来た。勿論国王陛下が閉会宣言をする為にベランダに出ても、ここから陛下の顔なんか見えやしないけれど、それでもこういう雰囲気っていうか、習わしっていうか、そう言うものなんだって見るのは大事。

「疲れてないか?」
「うん。ちょっとだけ。でも大丈夫。最後までちゃんと見る」
「そうか」
「うん」

 広場はどんどん混んでくる。お祭りのフィナーレらしく色々な楽器の音や、音楽やら、歌やら、出店の値下げの掛け声も聞こえ始めた。
 なんだかすごいな。豊穣を祈る祭りというよりも冬が終わって春の訪れに浮かれまくるという感じだ。

「ほら、そろそろ終わりだ。陛下がバルコニーに現れる」

 フィルが耳元でそう言って僕は王城の方を見たけれど、背の高さの問題だけじゃなく、どうして分かる? っていうくらいに分からないんだけど。え? 見えるの? バルコニーは辛うじて分かるけど陛下? 

『豊穣を祈る祭りの閉会をここに宣言する。今年が良き恵みの年である事の願い、秋の実りをまた皆で祝いたいと思う』

 風の魔法で届けられた少し低めの声が、大きな歓声で消された。
 と同時に上がった大きな花火。

 だけど……

(えええええぇぇぇぇぇぇ!!!)

 僕が驚いたのは花火じゃなかった。だって、だって、だって!!!

 周りに居た人たちの多くが皆、抱き合って、キスをしているんだよ!

「なななななななな」
「落ち着け、サミー」
「フィ……フィル、なん、なんで」

 この人たちはこんなに大ぴらにキスをしているんだろう。

「本当に何も知らなかったんだな。祭りの最後にお互いの花を贈って告白をするんだよ。キスをしているのは赤い花の奴が多いけど、白い花の奴は大体プロポーズが成功した奴だ」
「そそそそそそうなんだ」
「サミー」
「ななななに!」
「デカい声を出すな。何もしないよ。ほらここから抜けるからもう少し近くに来てくれ」
「わ、わかった」

 あちこちで冷やかすような声が上がる中、僕はフィルに肩を抱かれるようにして、広場の群衆の中から抜け出した。

「よし。お疲れ様、サミー」

 フィルはそう言って笑って肩に置いていた手を外した。そうして目立つ騎士のマントをするりと取ってしまう。

「業務も終了だ。帰ろう」
「う、うん」

 僕たちは並んで歩き出した。フィルは片手にマントを持って、片手は僕と手を繋いでいる。まだ人通りは多いし、何なら酔っ払いも結構いるからだ。

「フィルは……」
「ああ?」
「お祭りの内容を全部知っていたの?」
「あ~、まぁ全部っていうか、見回りするのに概要を知らなきゃまずいだろう」
「……そうだよね」

 というか、僕だってもっとちゃんと調べておかなきゃ駄目だったんだ。まさか豊穣の祭りが恋人の祭りでもあるなんて思わなかったけど。
 そのまま僕たちは言葉もなく、ただただ宿舎に向かって歩いた。でも繋いだ手は離さなかった。

「サミー」
「……うん?」
「今年は、花の交換はなかったけど……いつか、できたらいいって思ってる」
「…………」
「それだけは覚えておいてくれ。それだけだ。ほら、到着。朝からお疲れ様。ゆっくり風呂に入って寝ろ」

 離れされた手。開かれた扉。

「おやすみ」
「うん。おやすみ」

 そうしてこことは違う、護衛用の出入り口に向かったフィルの背中に「今日はありがとう」という声をかけると「おう」と声が返ってきて、僕はまた胸の辺りがキュッとした、気がした。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...