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15 普通の転生者、やっぱり怒られた
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いくら会話阻害の魔道具を置いていても、椅子を倒して立ち上がれば目立つし、なんなら目の前の僕は泣きそうな顔をしているから、何をどうやって見ても怒った人と叱られている人だ。
フィルは「はぁぁぁぁぁぁ」とものすごく大きなため息をついて椅子に座りなおして、頭を抱えた。
「公爵家子息の事は何となく小耳に挟んでいたから、そんな事じゃないかって予想は出来ていたけど、その転移を見られてコクられたってぇのはどこから出てきた話なんだ。最初から話せ!」
そう言われて僕はコクコクと頷いて話を始めた。随分前に隣町の食堂で働く事を決めたというのは言っていたから、それは怒られなかったし、なんならフィルはそこを見に来たからね。それで、どんなところでどんな感じかって言うのを分かっているんだ。大概フィルも心配性だよ。
で、女将さんがああいう人だからまぁ大丈夫だろうって話で続けられていたんだけど。賄いも出るしさ、時々お土産ももらえるしね。
「えっと、最近っていうか少し前から来るようになった人で、別に店にいる時に何かをされたわけじゃなくて。あ、でも」
「でも?」
「ちょっと前に成人になったらどうするんだって訊ねてきたお客さんを女将さんが叱ったら、その後に気を付けた方がいいって」
「……どういう事だ?」
「わかんない。でも、笑うのはちょっと減らしてもう少し不愛想にした方がいいって言われた」
フィルはもう一度大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。
「本当にお前って奴は」
「え? 俺? 俺が悪いの? なんで?」
立て続けにそう言うとフィルは「で?」と続きを促す。
「……で、その日はそれだけで、昨日、例の公爵がさっき話した、マルシェに来るっていう話をしてきたり、ブラッドが領地に帰っちゃったからお菓子貰えないなとか思ったりして、ちょっとグダグダした気持ちで飛んだら、目の前に人がいてさ。それがその黒髪の人だったんだ」
「…………」
フィルは温い目で見るだけで、もはや何も言わなかった。僕もどうしていいのか分からないまま続きを話す。
「それでとにかく逃げようって思って、捕まって、付き合っている人がいないなら付き合ってほしいって。返事はいつまでも待つって行っちゃったの」
「……自分の名前も告げずに?」
「あ、言ってた。うんと、第二騎士団にいるダリオン・アクロイドさん。伯爵家だけど自分は次男だから関係ないって」
「関係なくはないだろう。アクロイド伯爵家っていえば有名な剣豪の家だ」
「そうなの?」
「……その他人事みたいなのほんとにやめろ」
「うぇぇぇぇ、他人事には思っていないよ。だからフィルに相談しているんじゃない」
そういうとフィルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、口を開いた。
「そいつはロイがお前だって知っているのか?」
「多分知らない」
「じゃあ、そのままいつまでも待たせておけ」
「えええ!」
「ロイに告白したんだろう? ならお前は関係ない。ただし、その食堂はそいつが迫ってくるようになったら辞めろ。ロイがお前だと分かる前に辞めろ。いいな。じゃなきゃそいつとお付き合いするかだ」
「お付き合いって」
「……最終的には、結婚だろうな。次男なんだろう? そうしたら伯爵家でも関係ないだろうな。多分。公爵家よりは関係ない。公爵家は論外だ。子爵家の三男なんて良くて妾だ」
いやいやいや、両方とも論外だって。
「けけけ結婚なんてしないよ。僕は官吏試験を付けて文官になって、王都で暮らして自立するんだもの」
「それがお前の幸せなのか?」
「そう。とりあえずは。文官になってからはまたそれから考えるけど、領地で皆に面倒を見てもらうようにはなりたくないし、誰かとお付き合いも結婚もする気はない」
「……ずっと?」
「そんなの分かんないよ! 僕だって何が幸せなのか分からないから、とりあえず身近な幸せを集め中なんだから」
ムッとしたようにそう言うとフィルは少しだけポカンとしたような顔をして、それから「そうか、集め中か」と言って笑うと僕の頭をポンポンとした。
それはまるで小さな子供によしよしってするみたいな感じで、僕はますますむぅっとして頬っぺたを膨らませた。
「ほんとに変わらないな」
「どういう意味?」
「さあな。とりあえず、サミーと一緒にいると色々刺激的だって事だ。とにかく公爵家については逃げとけ。時間を稼げ。伯爵家は正体をバレないようにしろ。あと、そいつが言ったように少し無愛想でいろ。いいな」
僕は何が何だか分からなかったけれどフィルの言う通りにした。
翌日のマルシェに公爵子息はやってきたけど、一応約束通りに近づいては来なかった。
でもやっぱり護衛とか色々居て目立っていたし、なんならやっぱり混んでいるマルシェでは邪魔だった。
これからの休暇中、もしかしたらそれから先も、ずっとこんな事が続くんだろうかと思うとものすごく、ものすごいく、ものすごく憂鬱だったんだけど。
なぜか、8月に入る頃にはクリーランド公爵子息、アーレン様の姿を見る事は無くなった。
フィルは「はぁぁぁぁぁぁ」とものすごく大きなため息をついて椅子に座りなおして、頭を抱えた。
「公爵家子息の事は何となく小耳に挟んでいたから、そんな事じゃないかって予想は出来ていたけど、その転移を見られてコクられたってぇのはどこから出てきた話なんだ。最初から話せ!」
そう言われて僕はコクコクと頷いて話を始めた。随分前に隣町の食堂で働く事を決めたというのは言っていたから、それは怒られなかったし、なんならフィルはそこを見に来たからね。それで、どんなところでどんな感じかって言うのを分かっているんだ。大概フィルも心配性だよ。
で、女将さんがああいう人だからまぁ大丈夫だろうって話で続けられていたんだけど。賄いも出るしさ、時々お土産ももらえるしね。
「えっと、最近っていうか少し前から来るようになった人で、別に店にいる時に何かをされたわけじゃなくて。あ、でも」
「でも?」
「ちょっと前に成人になったらどうするんだって訊ねてきたお客さんを女将さんが叱ったら、その後に気を付けた方がいいって」
「……どういう事だ?」
「わかんない。でも、笑うのはちょっと減らしてもう少し不愛想にした方がいいって言われた」
フィルはもう一度大きなため息をついてテーブルに突っ伏した。
「本当にお前って奴は」
「え? 俺? 俺が悪いの? なんで?」
立て続けにそう言うとフィルは「で?」と続きを促す。
「……で、その日はそれだけで、昨日、例の公爵がさっき話した、マルシェに来るっていう話をしてきたり、ブラッドが領地に帰っちゃったからお菓子貰えないなとか思ったりして、ちょっとグダグダした気持ちで飛んだら、目の前に人がいてさ。それがその黒髪の人だったんだ」
「…………」
フィルは温い目で見るだけで、もはや何も言わなかった。僕もどうしていいのか分からないまま続きを話す。
「それでとにかく逃げようって思って、捕まって、付き合っている人がいないなら付き合ってほしいって。返事はいつまでも待つって行っちゃったの」
「……自分の名前も告げずに?」
「あ、言ってた。うんと、第二騎士団にいるダリオン・アクロイドさん。伯爵家だけど自分は次男だから関係ないって」
「関係なくはないだろう。アクロイド伯爵家っていえば有名な剣豪の家だ」
「そうなの?」
「……その他人事みたいなのほんとにやめろ」
「うぇぇぇぇ、他人事には思っていないよ。だからフィルに相談しているんじゃない」
そういうとフィルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、口を開いた。
「そいつはロイがお前だって知っているのか?」
「多分知らない」
「じゃあ、そのままいつまでも待たせておけ」
「えええ!」
「ロイに告白したんだろう? ならお前は関係ない。ただし、その食堂はそいつが迫ってくるようになったら辞めろ。ロイがお前だと分かる前に辞めろ。いいな。じゃなきゃそいつとお付き合いするかだ」
「お付き合いって」
「……最終的には、結婚だろうな。次男なんだろう? そうしたら伯爵家でも関係ないだろうな。多分。公爵家よりは関係ない。公爵家は論外だ。子爵家の三男なんて良くて妾だ」
いやいやいや、両方とも論外だって。
「けけけ結婚なんてしないよ。僕は官吏試験を付けて文官になって、王都で暮らして自立するんだもの」
「それがお前の幸せなのか?」
「そう。とりあえずは。文官になってからはまたそれから考えるけど、領地で皆に面倒を見てもらうようにはなりたくないし、誰かとお付き合いも結婚もする気はない」
「……ずっと?」
「そんなの分かんないよ! 僕だって何が幸せなのか分からないから、とりあえず身近な幸せを集め中なんだから」
ムッとしたようにそう言うとフィルは少しだけポカンとしたような顔をして、それから「そうか、集め中か」と言って笑うと僕の頭をポンポンとした。
それはまるで小さな子供によしよしってするみたいな感じで、僕はますますむぅっとして頬っぺたを膨らませた。
「ほんとに変わらないな」
「どういう意味?」
「さあな。とりあえず、サミーと一緒にいると色々刺激的だって事だ。とにかく公爵家については逃げとけ。時間を稼げ。伯爵家は正体をバレないようにしろ。あと、そいつが言ったように少し無愛想でいろ。いいな」
僕は何が何だか分からなかったけれどフィルの言う通りにした。
翌日のマルシェに公爵子息はやってきたけど、一応約束通りに近づいては来なかった。
でもやっぱり護衛とか色々居て目立っていたし、なんならやっぱり混んでいるマルシェでは邪魔だった。
これからの休暇中、もしかしたらそれから先も、ずっとこんな事が続くんだろうかと思うとものすごく、ものすごいく、ものすごく憂鬱だったんだけど。
なぜか、8月に入る頃にはクリーランド公爵子息、アーレン様の姿を見る事は無くなった。
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