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エピローグ

ホオズキの花

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翌日、千秋さんの部屋に眠っていた婚姻届を提出し、私たちは晴れて夫婦となった。

藤澤 晴日。

彼の家にいた頃は、まだ実感のなかったこの名前。

けれど、役所で受理され、「おめでとうございます」と言われた瞬間、単純にも急に実感が湧いたような気がした。


「あっ。」

「ん?」

帰り道の車内。

夫婦として乗る、初めての助手席。

「いや、クリスマスプレゼント。昨日、結局あげてなかったなって思って。」

そう言いながら、運転する彼の手には、私と同じシルバーの指輪がはめられている。

「何がいい?」

「え、もらいましたよ?薔薇の花束。」

クリスマスイヴの日。デートに誘おうと自宅まで来た彼からもらった、大きな花束を思い出し、口元がゆるむ。

すると、信号待ちの車内で困ったようなため息をつく彼。

私を見つめるなり、そっと頭に手を置いた。

「あれは違うから。ちゃんとしたもの。アクセサリーでも、バッグでも。欲しいもの買いにいこ?」

頭が固定され、頭皮から手の温もりが伝わってくる。

私は迷いながら視線だけを動かし、固まる。

「私、あんまり物欲なくて。欲しいものって言われても――」

「なんか思いつくものないの?」

「んー。」

思わず、唸るようにして出た声。

車が動き出すと、ぴんと張られたシートベルトに頭を預け、ボーッと外の景色を眺めた。


「あっ!」

その時、過ぎていくものを追いかけるように、体ごと目で追った。

「ん。なに?」

「欲しいもの!あー、ちょっと行きたいところがあるんですけど、いいですか?」

思いついたように言うと、戸惑う表情を見せる彼。

良いものを思いついた。

私は、口元が緩むのを堪えながら、内心は笑みを浮かべていた。


「それでー、なんで花屋?」

「何言ってるんですか!ここ、日本一品種の多いお花屋さんって有名なんですよ?」

そうして連れてきてもらった場所。それは、最近都内にできた大型フラワーショップ。

店内を練り歩きながら、花や展示されている写真、共に販売されている種を食い入るように見る。


少し納得いかない様子で、暇そうな彼。腕を組みながら仕方なくついてくる彼が背後に立つのをちらりと見ながら、私は思わず笑みを浮かべる。

「私も、育ててみようかなって。」

そんな彼に、私は唐突にそう言ってみた。

「彩さんみたいに。」

その瞬間、私を見る顔は面食らったようだった。


「なんで?」

眉間にシワをよせ、顔をしかめる。

疑うような険しい表情見せると、私は思わず笑った。

「私、彩さんがやりたかったこと、叶えてあげたいんです。ささやかだけど、意思を継いであげたいって思って。だから、千秋さんも、彩さんを忘れる必要なんてない。」

「晴日ちゃん。」

「まあ、私はお医者さんじゃないから、人を助けることはできないけど。お花を育てることならできそうでしょ?」


千秋さんの心の中で、永遠に生き続けるであろう彩さんの存在。

そんな彼女ごと受け止めると決めた私は、何かが吹っ切れたように前向きになっていた。


「あ、これがいい!」

優しく微笑みながら私を見ていた彼をよそに、ちらりと見えた文字に反応する。

「見てください、ここ。」

そして、そう言いながら指をさすのは、種の横に刺さっている小さなプレート。

「偽り、ごまかし、不思議、自然美....。って、これなに?」

首を傾げる彼。

そこには、それぞれの花にある花言葉が掲げられていた。

「花言葉です。偽り....、それって私たちの出会いみたいでしょ?」


私たちの関係は、偽装結婚という偽りから始まった。

あの頃は、千秋さんを好きになることも、こんな結末を迎えていることも、誰も想像していなかったと思う。

でも、私たちは今、本物の夫婦になった。

お互い愛し合って、本物の愛を見つけた。


どんな関係も、始まりはなんでも、未来は誰にもわからない。

それぞれ、その人の行動次第で、いくらでも未来は変えられる。


「本当にいいの?それで。」

「いいんですっ!」

レジに向かう私を追いながら、財布を手にする彼は不安な表情。でも、今の私には大切なことだった。

「なんなら、育てられる環境もプレゼントしてくれれば。」

そうして、冗談まじりにニヤリと笑うと、彼は呆れたように笑った。


誰かが決めた未来じゃない。自分が決めた未来を歩く。

そのおかげで、私は今の幸せを見つけた。

それは、一生ものの、真実の愛だった。


「それで、これはなんて花なの?」

腰に手を回し、顔を覗き込んでくる彼。

私は、花の写真が入ったパッケージの袋を見せ、満面の笑みを見せた。



「ホオズキの花!」







Fin.
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