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第3章
隠された関係
しおりを挟む辺りが暗くなり重い足取りでマンションへ戻った。
玄関の物音に反応し、家に帰っていた千秋さんが安堵した表情で顔を出す。
しかしそんな彼を無視して部屋に入る。私は帰ってきたわけではなかった。
「ただ荷物を取りに来ただけなので」
タンスから服を引っ張り出し荷造りを始めながら、背後に感じる気配に言葉を残す。彼に背を向けたまま一度も目は合わせなかった。
「それ、どういう意味?」
「私出ていきます」
感情はどこかに置いてきた。
今朝『夕飯は家で食べよう』なんて言った彼の言葉を思い出し、ため息が出る。
わざわざそう言ったのは、全て秘密がバレると覚悟した上で帰ってきて欲しいということだったのだろう。でもそんなのは無理な話だ。
「出てくって。その前に俺の話を」
「もう聞きたくない」
言い訳や弁解はもううんざりだった。
秘密を知ってしまって今まで通り平然と暮らすなんてできないし、ここにはいられない。そんな状況に耐えられるほど体力も残っていなかった。
目につくものは全て詰め込み、無理やり彼の横を通り過ぎる。
「待てって」
千秋さんの手が腕を掴んだが、私は玄関先で目にいっぱいの涙を溜め込んで彼を睨みつけた。
「じゃあ説明できますか」
「え」
「偶然バーで話しかけた相手が新薬の治験に参加していた病院の娘で、結果偽装結婚まですることになった理由」
思わず早口になりほとんど息を吸うのも忘れた。酸欠状態で肩で息をしながら俯く。
「いや、それは」
「言えないんでしょ」
全てを諦め冷たい視線を送ると、彼は傷ついた表情を見せた。一瞬心が痛みながらも無視して勢いよく手を振り払う。
私は結局まんまと父の策略にハマってしまったようだ。神谷さんを諦めたかと思えば、今度は千秋さんを近づかせる。出資の交換条件は、私と愛のない結婚をするといったところだろう。
父の差し金だとバレないように黙らせて、汚いやり方はあの人のやりそうなことだ。
「違う聞けって」
玄関のドアノブに手をかけ黙って出ていこうとする私を引き止める声は、もう雑音でしかなかった。
イライラとしながら手に力をこめ、扉を開ける。
「俺たち結婚してない」
そのとき思いもよらない言葉が降ってきて、さすがに反応せざるを得なかった。開きかけた扉はこちらに戻ってきて、私は耳を疑い呆然と立ち尽くす。
「今、なんて?」
ゆっくりと振り返ったら、彼は罰が悪そうに目を逸らしため息をついた。
「婚姻届は出さなかった。俺たちは他人だ」
急にあの日の記憶が蘇る。
私は立っていられず扉にもたれかかった。
双葉と零士さんにサインをもらった日、その足で役所へ行った。私は大事な場面に立ち会うことなく車で待たされ、婚姻届を出しに言ったのは彼ひとりだったのを覚えている。
今思えばおかしな状況だったのかもしれない。でも会って間もないあの頃はあらゆることに緊張していて、そこまで頭が回らず疑いもしなかった。
「出て行くならもう君は自由だから。晴日ちゃんを縛るものは何もないから」
正真正銘の他人だと告げられる。
出て行こうとする私は千秋さんなんて信じられないと絶望し、帰ってやるものかと怒りが込み上げていた。
それなのに何故だろう。
何の繋がりもなく結婚していなかったと知った今、なぜか私の胸はズキズキと悲鳴をあげ何よりも悲しんでいた。
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