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第2章

セレブパーティー

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 例の週末がやってきた。

 私は今華やかなパーティー会場にいる。

 ドレスアップした美しい女性たちが男性にエスコートされながら通り過ぎていくのを横目に、そわそわと千秋さんの腕にしがみつく。

「あの私こういうところ初めてで」
「へえ意外。病院の付き合いとかでなかったんだ」
「まさか。うちはそんなセレブ病院でもないですし」

 そう言いながらチラッと千秋さんの顔を見る。

 今日初めて彼の愛車に乗った。マンションの地下駐車場に停めてあったのは車に疎い私でも分かる真っ白なレクサスで、改めて謎が深まる。

 私は彼のことをほとんど知らない。

 仕事の内容は聞いてもはぐらかされ『人を救う仕事かな』と曖昧な答えをされるばかりだ。

 人とは違う形の結婚をした手前、無理強いはできない。私たちは割り切った関係だから言いたくないことくらいあるだろう。でもあまりにも頑なに仕事の話だけは避けるもので、余計に気になってしまった。

「私、今日ご両親と会うんですよね」

 世間話をするわけでもなくただただ歩いていたら、ふと思い出して言う。

 詳しい話を聞くと今日の目的は千秋さんのご両親に会うためで、さすがに戸惑った。でもそれ以上にパーティー会場で会うというところに疑問が残り、『行けば分かる』と言った彼の言葉がモヤモヤと心の中に残っていた。


「付き合わせてごめんね。結婚したって報告したら想像以上に大喜びで、今日のパーティーに連れて来いってうるさいんだ」
「なるほど」
「悪いけど、この場だけ取り繕ってくれる?」

 双葉も零士さんも偽装という本当の関係を知っていたから、話していても気が楽だった。

 でも今回は関係を隠して妻を演じなくてはならない。その一発目の相手が彼のご両親だなんてなかなかハードルは高い。

「来たらちゃんと言ってくださいね? 手前で言ってもらわないと心の準備がありますから」

 私は心ここに在らずと言った心境でキョロキョロしながら、会場の雰囲気に飲まれつつあった。

 そんなとき前方のステージがパッと明るくなる。騒ついていた場内も急にしんと静まり返る。

 そして注目が集まった。

「皆様、本日は聖リリーホール創立二十周年記念パーティーにお集まりいただき誠にありがとうございます」

 女性の挨拶によって、初めて今日のパーティーがホールの記念式典だったと知る。

「え」

 ステージに向かって静かに立っていたら、後ろの横断幕に書かれている名前を見た。

 【創立者 藤澤聖子ふじさわ せいこ

「ちょ、ちょっと。あれ藤澤って。千秋さんのお母さんってもしかして」

 驚きのあまりうまく言葉にできなかった。さすがに大きな声は出せなくて精一杯の小声で腕をバシバシと叩く。

 今まさに挨拶をしているのがその本人で、頭の中で一気に何かが繋がり心臓が騒がしくなった。

「そう」

 顔色ひとつ変えない彼を前に思わず声を失う。

 なぜ私がここまで慌てているかというと、彼女は二十代の私でも知っている世界的に有名なピアニストだからだ。

 藤澤なんてそう多い名前でもないけれど、さすがに千秋さんがそんな有名人の家族だなんて思いもしなかった。

「千秋」

 いつの間にか挨拶を終えてステージから降りてきた彼女は、紳士的なおじ様に手を引かれながらこちらに近づいてくる。

「ああ。父さん、母さん」

 千秋さんは見たこともない柔らかい表情を見せて抱擁を交わす。隣で唖然とする私は突然のご両親との対面にドギマギしていた。

「ねえ、こちらの方が? ご紹介して?」

 すると早速話題は私の方へ向けられた。

 三十年前、美しきピアニストとして名を馳せた藤澤 聖子は六十歳になった今でも変わらない美しさと有名だった。芸能人に会った感覚で目が合った瞬間私は石のように固まった。

「紹介します。先日結婚した僕の妻の晴日です。晴日、僕の父と母です」

 彼は今までに見たこともないくらいしなやかな動きをしており、呆気に取られる。

 僕と言ったり私やご両親に使う敬語が言葉の端々に見られ、違和感を覚えた。

 一瞬気を取られ挨拶が遅れてしまった。

「あ、初めまして。晴日と申します。千秋さんのお母様があの有名なピアニストの藤澤聖子さんだとは存じ上げず。お目にかかれて光栄です」

 準備していた言葉も忘れ、慌てて言ったわりにはスラスラと言葉に出来た。滑り出しは上々だ。

「まあ、若い方にも知っていただけてるなんて嬉しいわ。ありがとう。品があって綺麗で素晴らしいお嬢さんね」
「ああ、そうだな」

 彼の両親こそ品のある方々で、ふたりの間にはゆったりとした空気が流れている。

 藤澤聖子といえば世に出てきた頃にはすでに結婚していて、相手もピアニストだと聞いたことがある。おそらく目の前にいるふたりは揃って音楽家なのだろう。うちとは流れている空気から違う気がして足がすくむ思いだ。

「なるほどねえ。いくら千秋に女性を紹介してもなびかないはずだわ。こんなに綺麗な方を求めてたんですから」
「聖子。それは彼女の前では」
「まあ、ごめんなさい。私ったら」

 彼の両親が目の前で話す中、私は反応に困り必死に笑顔を作って受け流す。

 それにしても今までテレビの中でしか見なかった有名人が今目の前にいて話をしているなんて、不思議な感覚だ。ぼんやりと見つめながら夢見心地だ。

「晴日さん、お仕事は何を?」

 すると突然話を振られて思わず固まる。

 少し考えて無職だと素直に打ち明けていいものなのか迷い、結果黙り込んでしまう。

 一瞬、不思議な目を向けられた。

「彼女のご実家が病院経営をされているんです」

 そこに察した千秋さんが割って入ってくれる。

「経理の仕事をしていたんですが、僕との結婚を機に退職して。今はうちのことをやってくれています」

 さすがに勘当されたとは言えるわけもなく、本当と嘘を入り交えながら代わって説明をしてくれる。私は彼に合わせるように隣でにっこり笑っていた。

「聖子そろそろ」
「ああ、そうね。もっとお話したいのだけどあまり時間が取れなくて」

 今日の主役である彼女の後方には、偉い人たちが挨拶をしようと列をなして待っている。

 私は慌てて首を横に振った。

「千秋のこと頼みますね」

 そのまま背を向けて場内の挨拶回りに歩き出す彼女の背中に頭を下げ、嵐のような時間は過ぎ去った。

 ほんの一瞬だったのにひどく緊張した。
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