機械仕掛けの魔法使い

わさびもち

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偉大なる魔女にして《異形の魔女》

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「……そう。 それならもっと見せてあげるから……早く倒れてほしいな」

 呟きながら私は、リーダー格の男の一挙手一投足を見逃さないよう最新の注意を払う。 男の獲物は恐らく腰に下げた剣。 一瞬の油断が命取りだ。

「そうかい。 さて……戦う前に名乗ろうか。 俺の名はザルバ! 『アズベリア魔導帝国』の栄えあるNo.5の将軍である!」
「……ちょっと待って。 ……今、アズベリアって言った?」

 聞き覚えのあるその単語に思わず聞き返した私。 その一瞬……警戒を怠ってしまった。

「問答無用! 推して参る!」
「ッ!?」

 気付いた時には既に遅かった。
 いつの間にか目の前まで迫っていた男、ザルバが振り下ろした一撃に回避行動が間に合わない……今までの私ならば。

「……あっぶない!」
「ほう? あれを躱すか。 何とも厄介な機構だな」

 咄嗟にブーストエンジンを起動してその場を離脱することに成功した。 ……これがなかったら完全にやられていた。

「お前は……いや、貴殿は近接戦闘に弱い魔法使いだと思っていたんだがな……」
「残念でした。これでも結構場数は踏んでいるんだよ」

 軽口で答えるが言葉のような余裕はない。
 私は新たに二枚のカードを取り出した。

「……はっはっはっ! 面白い……それなら俺の本気を受けてもらおうか!」
「ふーん。 今までは全力じゃなかったってこと?」
「勘違いしないでほしい。 切り札というのは切らないでいる方が何かと上手くいくものなのだ。だが……貴殿はその切り札を切るに値すると判断した!」

 ザルバの纏う雰囲気が、途端に変化した。
 私もそれに合わせてカードを起動させようとした、その時……。
 ザルバは既に眼前にはいなかった。

「…………ッ!」

 気配を感じたのは後方。 私はブーストエンジンを全力で作動させ、慌ててその場から飛び退いた。
 数瞬遅れて、私の元いた場所を鋭い斬撃が凪いだ。

「避けたか……だがこれはどうだ!」

 ザルバが剣を投擲する。
 投げられると同時に風を纏った剣はすぐさま大嵐へと変化し、私を飲み込まんと急接近───!

 連続でブーストエンジンの使用によるクールタイムと重なり、その場の離脱は不可能の状態……。
 もはや大嵐は眼前へと迫っていた。

「…………………………」

 ✻

「……終わったか」

 ブーメランのような軌道を描いて戻ってきた剣を取りながら。
 ザルバは己が勝利を確信していた。 
 自分に全力を出させた相手に敬意を表して、軽く黙祷を捧げながら……。

「……さて。 お前達の希望は絶たれた! 初めも言ったが……大人しく投降するなら命までは取らない!」

 絶望した表情で膝をつく民衆達の元へ向かおうとしていたザルバは……その時になって違和感に気がついた。
(……なぜ《安寧の障壁》が生きている!?)
 術者の命が尽きれば、呪いであれ罠型の魔法であれ消滅する。 それがこの世界の絶対的ルールであるはずなのに……アリドネが張った結界はそのルールを嘲笑うかのように生き残っていたのだ。

「そういえばあなたはさ……なんで私が《異形の魔女》とも呼ばれているか知ってるかな?」

 背後から聞こえてきた声に、反射的に振り返る。 しかし……身体は何かに巻き付かれて動かなかった。
 そうして顔だけを振り返ったザルバは、思わず自分の目を疑った。
 そこには先程と変わらず無傷の……否、髪が変質して無数の触手となったアリドネの姿があったからだ。

「やれやれ……我ながら本当に醜悪だよ。 これだからあんまり使わなかったんだよね……昔も」
「馬鹿な!? 確かにあの大嵐の中、生身で立っているだと!? それに……それになんだその姿は!」

 動揺を隠せないザルバ。
 それもそのはずである。
 なにせ、今の彼女はおよそ人と呼べるような姿ではなかったのだから。
 民衆の中にも怯えたような声を上げるものが多数いた。

「あぁ……やっぱりこうなっちゃったか。 うん、予想通りだけどさ……ま、いいや」

 苦笑しながら変質した自分の髪を弄るアリドネの姿はまるで年頃の少女のようにも感じられた……その手で弄ぶものがおぞましい触手でなければ。

「……十戒の弐《背教の冒涜》。 ま、英雄の全てが綺麗事ではないってことだね」

 自らを嘲笑うかのような……それでいて、どこか悲しそうな口調でアリドネは呟くのであった。
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