かわいそうな看守は囚人を犯さなければならない。

紫藤なゆ

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「おやすみ。いい夢を」

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 だいたい王城なんて血みどろなものだ。
 血みどろの上に血みどろを積み重ね、血みどろの人間が血みどろにする。そういう場所なのだ。あるいは王城だけでなく人の世がそうなのかもしれないが、その世の中心地がここだ。
「やーだーなー……」
 いつ寝てもいい生活をしているので、睡眠時間など乱れっぱなしだ。エメラードと話をしながらうとうとする。話すこともなくなってうとうとする。
 そういう生活なので、要は夜になっても眠りづらい。
「うーん……」
 これはずいぶんな仕返しをされてしまった。
 赤いベッドは月明かりの下でも不気味さを主張している。部屋のあちこちにある影。慣れない場所だというのもあって、あちこちにビクビクしてしまう。
(人が死んでないところなんてないよ)
 それは道理だ。死者が姿を現すのだとすれば、この世はすでに死者で埋まっている。
(それはそうなんだけど)
 想像してしまう。
 ここで暮らしたその誰かは、どんな気持ちでここにいたのだろう。恨んでいたか、悲しんでいたか、それとも石のような諦めを抱いていたのか。
 自分以外の誰かを想像するとき、スクは恐ろしい。その時、スクの中に亡霊が生まれるのだ。
 死んだ人間はやってこない。
 やってくるのは、自分の心に住むものだ。スクは想像する、死にゆく人間、死んでいった人間の恨み苦しみを想像する。



「……うっ……ァ……!」
 自分の声に驚き目を覚ました。
 ベッドの上だった。戦の気配はない。どこにもない。そして自分の他に誰の姿もなく、スクはひどい不安に襲われた。
「……ッ!」
 とっさに自分の腕を引っ掻いた。
 痛みに冷静になり、息を吸って、吐く。ここは牢獄だ。敗戦者の居場所である。それを自分に言い聞かせて、額の髪をかきあげた。
 やはり髪が伸びたかもしれない。
 うるさい胸に手をやる。まだこの部屋が恐ろしかったが、見ないと余計に恐ろしい。目を見開き、睨みつけるように闇を見渡した。
「ああ、」
「何事だ?」
「は……?」
「何か、あったのではないか?」
 見回りだ。
 眩しい明かりでこちらを照らし、しかし、いつもの見回りではなかった。一瞬気のせいかと思ったが、どう考えてもそうだ。
「あんた……なんで、いるんだ」
「……ああ。いや」
 エメラードだ。
 あんまり驚いたので夢か幻かと思ったが、そんなわけはない。引っ掻いた腕はちりちり痛むし、目の前には生々しい実物のエメラードがいる。
「もう夜だろ。なんで帰ってないの」
「この部屋の前に、付き人用の控室がある」
「へ? ああ……」
 元は牢ではなかったのだ。幽閉用には思えたが、それでも貴人であれば世話をする者が必要になる。
「私は本日よりその部屋を賜った」
「……は?」
「夜も君の世話をしろとの命だ」
「……なんて?」
「夜も君の世話を」
「世話って……」
「監視とも言うが」
「むしろ監視の他に何が」
「詳しくは聞いていないが、色々とあるのではないか?」
 聞かれても。
 スクは眉間に力を入れて目の前の姿勢のいい男を見た。何の不満も、不安もないような顔をしている。
 王の命令ならば仕方がない。というより、命令ならば当たり前である、という様子だ。
(まあそうなんだろうけど)
 もう少し嫌な顔をしてもよさそうなものだ。ただでさえ騎士にふさわしくない仕事をさせられ、それが夜通しとは。
 関係のないスクの方が、見ていて心配になる。
「それで、どうかしたのか? 何か問題があるなら言ってほしい」
「……別に。ちょっと変な夢を見て、起きただけ」
「……ああ」
「待ってその、わかるぞみたいな顔やめて。別にあんたの脅しに引っかかったわけじゃないから」
「わかるぞ」
「やめろって」
「脅してはいないが」
「……」
「不安にさせることを言った覚えはある」
「……はあ」
「幸いにして私の部屋はすぐそこだ。眠るまでここにいよう」
「いや……いい……。もう寝るし、帰って。起こして悪かった」
「そうか。では、また朝に」
 エメラードは簡単に言って背を向けてしまった。すぐそこが寝床だというのは本当なのだろう。実感のわきすぎる態度だ。
 が、振り返った。
「本当にいいのか?」
「いい。また明日……」
「おやすみ。いい夢を」
 なんだそれ。
 スクは笑ってしまうところだった。なんというお上品な挨拶だろう。スクの知る挨拶なら「じゃあな、クソして寝な」である。
「……あんたも、いい夢を」
 あんまりおかしかったので自分でも口にしてみたが、思ったよりも笑えなかった。穏やかに見送っただけのようだ。

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