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(次のときにしてやろう)
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クッションに抱きついてごろごろしていたら、尻の熱はもう気にならなくなった。冷たい床で冷やしたのが良かったのかもしれない。
新しく服も与えられている。薄く、染色もされていない粗末なものだが、着るには充分だ。
「これって、囚人用?」
「そのようだ。地下の囚人のものと同じ……、」
エメラードは顔をしかめて言葉を止めた。
「ふうん。地下にも牢があるんだ」
捕われ、運び込まれたときには意識がなかったが、西日の入るこの場所は少なくとも地下ではない。スクの感覚としては1階か2階だ。
「別に想像つくけどね、それくらい」
敗戦者が軍事機密を持つかもしれない以上、城に牢は必要不可欠だが、間違っても王のすみかのそばには置けない。地下に押し込めるのはよくあることだ。
「……」
それでも情報を漏らすつもりはないのだろう、エメラードは何も言わなかった。かたくなである。
脇をこちょこちょしてやりたい。
残念ながらまた格子のこちらとあちら側だ。
(次のときにしてやろう)
どんな顔をするだろうか。
「それより……暇なら続きの話をしていいか」
「え? あー、うん、そーだね」
あれまだやるんだと思いつつ、スクはクッションに頬ずりしながら頷いた。なんでも暇が潰せればいい。囚人の敵はストレスだ。
「肌を」
「ん?」
「……触れという記述がある」
「なるほど?」
「具体的にどこを?」
「それ、書いてないんだ」
「書いていない」
エメラードはそう言って、その記述を読み上げもしなかった。スクは転がりながら彼の顔を見上げて聞く。
「どう書いてるの」
「……む」
「本当にそれ肌? なんかの間違いじゃなくて?」
「……むむ」
看守の顔は苦悩に満ちている。読み上げたくないのだ。
そんな顔をされてはどんな記述なのか気になるし、是が非でも読み上げさせたくなるものだ。
「肌だ。互いの……生まれたままの肌に触れ、彼女を知りたることこそがえつ、えつらくの、第一歩であると」
「悦楽の」
「……悦楽のだ」
エメラードは開き直ろうと頑張っているようだ。悦楽。スクとしては言葉の選択が微妙すぎて、あまりすけべな気分になれそうもない。
「ちなみに第二歩は?」
「書いていない。この筆跡はこの頁だけだ」
「寄せ集めだなあ……。その前は?」
「髪に触れよと」
「髪?」
「髪だ」
スクはぼんやり自分の髪に触れてみた。触れたいなら触れればいいと思うが、だから何だという話だ。
「ご令嬢のきれいな髪なら触りたくなるかもだけど」
そういえば少し伸びてしまったかもしれない。牢で刃物など与えられるわけがないので、このまま伸びていくのだろう。
「あっ……?」
というくだりを思い出した。
思い出させられた。今日も仕事として引き受けていた彼の重みが、わずかに揺らぎ、その指がスクの髪に触れたのだ。
(……何やってんの?)
スクは視線で問いかけた。
王はあいかわらず何やら檄を飛ばしている。動け。動け。もっと激しく。エメラードはそれに応え、スクにかぶさって揺れていた。
彼も余裕が出るくらい慣れたのだろうか。
慣れるのか?
スクはぼんやり、育ちのいい男の成長を思う。その瞳はじっとスクに向けられ、スクをよく伺っていた。
(何してんの)
ぞわぞわした。
あまりおかしなことをしないでほしい。おかしなことをして叱られるのはエメラードだ。だから別に、いいのだが、よくはない。
よくはない。
(……よくはない)
なんだか不思議に思いつつ、スクはぼんやりしている。
意識をまともに保っていると痛いので、こういう時はぼんやりしているに限る。王の指示通りに突っ込まれたエメラードのものは、存在するだけでなかなか痛い。
不快だ。
しかしエメラードの目を見ると、なんだか笑えた。
「ふ」
つい漏れた。
(ああもう)
いけない。
笑っていることを知られないようにしなければならない。スクは顔をそむけた。
「顔が見えぬではないか!」
すかさず王が苦情を言うので、エメラードの手がぐいとスクの顔の向きを変えた。さすがにスクは真面目にお仕事をした。
王に潤んだ瞳を向けただけだ。
(まあ、できるだけ)
目を合わせたくはなかったのだが。
仕方がない。どのみちずっと無視してもいられない。エメラードに夢中になっているからといって、いや、だからこそ、エメラードを虐めるタネも捨てないはずだ。
(それにしても)
問題はエメラードだ。
「んっ」
揺らされると痛むが、そのたび髪を撫でてくる。その手はずっとスクの後頭部に添えられていて、不自然ではない、かもしれない。わからない。
王からはどう見えているだろう。
ちゃんとできているだろうか。
(……なんか)
おかしな気分だ。
わけのわからない状況であるから、気持ちもわけがわからなくなる。痛くしているのがエメラードで、命令をするのが王、スクは、つらそうな顔をしている。
していると思う。
目を閉じるとそのまま眠りにつけそうだった。
(ああ、そうだ、こうして)
それなりの長さになった牢獄暮らし。彼と、人と触れ合うことができるのは、こうしている時だけなのだ。
新しく服も与えられている。薄く、染色もされていない粗末なものだが、着るには充分だ。
「これって、囚人用?」
「そのようだ。地下の囚人のものと同じ……、」
エメラードは顔をしかめて言葉を止めた。
「ふうん。地下にも牢があるんだ」
捕われ、運び込まれたときには意識がなかったが、西日の入るこの場所は少なくとも地下ではない。スクの感覚としては1階か2階だ。
「別に想像つくけどね、それくらい」
敗戦者が軍事機密を持つかもしれない以上、城に牢は必要不可欠だが、間違っても王のすみかのそばには置けない。地下に押し込めるのはよくあることだ。
「……」
それでも情報を漏らすつもりはないのだろう、エメラードは何も言わなかった。かたくなである。
脇をこちょこちょしてやりたい。
残念ながらまた格子のこちらとあちら側だ。
(次のときにしてやろう)
どんな顔をするだろうか。
「それより……暇なら続きの話をしていいか」
「え? あー、うん、そーだね」
あれまだやるんだと思いつつ、スクはクッションに頬ずりしながら頷いた。なんでも暇が潰せればいい。囚人の敵はストレスだ。
「肌を」
「ん?」
「……触れという記述がある」
「なるほど?」
「具体的にどこを?」
「それ、書いてないんだ」
「書いていない」
エメラードはそう言って、その記述を読み上げもしなかった。スクは転がりながら彼の顔を見上げて聞く。
「どう書いてるの」
「……む」
「本当にそれ肌? なんかの間違いじゃなくて?」
「……むむ」
看守の顔は苦悩に満ちている。読み上げたくないのだ。
そんな顔をされてはどんな記述なのか気になるし、是が非でも読み上げさせたくなるものだ。
「肌だ。互いの……生まれたままの肌に触れ、彼女を知りたることこそがえつ、えつらくの、第一歩であると」
「悦楽の」
「……悦楽のだ」
エメラードは開き直ろうと頑張っているようだ。悦楽。スクとしては言葉の選択が微妙すぎて、あまりすけべな気分になれそうもない。
「ちなみに第二歩は?」
「書いていない。この筆跡はこの頁だけだ」
「寄せ集めだなあ……。その前は?」
「髪に触れよと」
「髪?」
「髪だ」
スクはぼんやり自分の髪に触れてみた。触れたいなら触れればいいと思うが、だから何だという話だ。
「ご令嬢のきれいな髪なら触りたくなるかもだけど」
そういえば少し伸びてしまったかもしれない。牢で刃物など与えられるわけがないので、このまま伸びていくのだろう。
「あっ……?」
というくだりを思い出した。
思い出させられた。今日も仕事として引き受けていた彼の重みが、わずかに揺らぎ、その指がスクの髪に触れたのだ。
(……何やってんの?)
スクは視線で問いかけた。
王はあいかわらず何やら檄を飛ばしている。動け。動け。もっと激しく。エメラードはそれに応え、スクにかぶさって揺れていた。
彼も余裕が出るくらい慣れたのだろうか。
慣れるのか?
スクはぼんやり、育ちのいい男の成長を思う。その瞳はじっとスクに向けられ、スクをよく伺っていた。
(何してんの)
ぞわぞわした。
あまりおかしなことをしないでほしい。おかしなことをして叱られるのはエメラードだ。だから別に、いいのだが、よくはない。
よくはない。
(……よくはない)
なんだか不思議に思いつつ、スクはぼんやりしている。
意識をまともに保っていると痛いので、こういう時はぼんやりしているに限る。王の指示通りに突っ込まれたエメラードのものは、存在するだけでなかなか痛い。
不快だ。
しかしエメラードの目を見ると、なんだか笑えた。
「ふ」
つい漏れた。
(ああもう)
いけない。
笑っていることを知られないようにしなければならない。スクは顔をそむけた。
「顔が見えぬではないか!」
すかさず王が苦情を言うので、エメラードの手がぐいとスクの顔の向きを変えた。さすがにスクは真面目にお仕事をした。
王に潤んだ瞳を向けただけだ。
(まあ、できるだけ)
目を合わせたくはなかったのだが。
仕方がない。どのみちずっと無視してもいられない。エメラードに夢中になっているからといって、いや、だからこそ、エメラードを虐めるタネも捨てないはずだ。
(それにしても)
問題はエメラードだ。
「んっ」
揺らされると痛むが、そのたび髪を撫でてくる。その手はずっとスクの後頭部に添えられていて、不自然ではない、かもしれない。わからない。
王からはどう見えているだろう。
ちゃんとできているだろうか。
(……なんか)
おかしな気分だ。
わけのわからない状況であるから、気持ちもわけがわからなくなる。痛くしているのがエメラードで、命令をするのが王、スクは、つらそうな顔をしている。
していると思う。
目を閉じるとそのまま眠りにつけそうだった。
(ああ、そうだ、こうして)
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