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55.意思
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隕石の落下による爆発と衝撃波が広範囲を襲った。
神社は吹き飛び、石畳は剥がれて飛び散った。
土煙が晴れぬ中、立ち上がったのは3人。
一人は隕石を落下させた本人、地口アキヒロ。
彼はもっとも被害の少ない場所に立っていた。
いや、正確には彼が彼のいる場所を最も被害の少ない場所にした、というのが正しいだろう。
覚醒の能力を使い、身に纏った偶然や幸運が、彼の立つ位置を台風の目のような、爆発の中にあって最も被害の少ない場所である、という結果を引き寄せたのだ。
もう一人はアキヒロの後ろにいたナツだ。
アキヒロはただ立っていたのではなく、両手に持ったナイフを地面に突き立て、先端に爆風を引き寄せていたため、アキヒロの後ろは最も安全な場所だった。
そして3人目。
「彼女」はドーラを纏った腕を振って、土煙を吹き飛ばした。
アキヒロとナツの更に後方、神社の階段前で立ち上がったのはみのりだった。
隕石が落下する刹那、みのりは全力で逃走を図った。
しかしそれはアキヒロの引き寄せによって不可能だと悟る。
不可能ならばと全ドーラを集中させた腕を交差して、防御体制を取ろうした瞬間だった。
みのりの脳に、知らない記憶が焼き付けられた。
隕石が落下した。
爆発と衝撃を防ごうとした私は、頭をハンマーで殴られたような衝撃に襲われる。
それは剥がれた石畳の破片。
頭をやられた私は吹き飛び、神社の周りの林を抜けて、知らない民家の塀にぶつかる。
頭が軽く感じた後に、視界が真っ白に埋め尽くされた。
激しい頭痛が脳に浮かんだ映像を強制終了させる。
この感覚をみのりは知っている。
数分前に体感していたからだ。
そしてその映像は未来に起こった現実だということを理解する。
そうとわかれば今すべきことはあの映像を回避するための行動だ。
逃げるために足に集中させたドーラはそのままだった。
みのりは強く地面を踏み込む。
遠くに逃げるのはアキヒロの引き寄せで不可能。ならばその勢いすらも利用するまで。
全力の踏み込みの爆発力と、アキヒロの引き寄せの相乗効果は絶大な速度を生んだ。
アキヒロはみのりが自身に向かってくることを想定していなかった。
引き寄せで足を止めたあとは自身とナツを守るために、ナイフを地面に突き立てようとしていた。
避けることは考えていなかった。しかし結果的に身を屈めたその行動が致命傷を避けることになった。
弾丸の如き速度の跳躍をしたみのりが、伏せていたアキヒロとナツの頭上を通過する。
落下の衝撃に備えるために着地する、しかし勢いは止まらずに足が地面を擦り続け、神社の階段の前で止まる。
この判断と行動で、みのりの隕石落下時の位置はアキヒロの後方になった。
アキヒロの真後ろにいるナツほどではないが、かなりの衝撃と爆風のダメージがカットされる位置に移動することにみのりは成功したのだ。
みのりを救ったのは脳裏に焼き付いた知らない記憶の映像だった。
この映像の再生は巌流が光の滝を降らせる直前にも再生されている。
それはまるでみのりに危機を知らせるために、誰かが仕組んだような絶妙なタイミングだった。
その「誰か」は存在する。
「誰か」はみのりの死を、あるいは死に際の痛みと、無念の思いを過去のみのりに伝えたのだ。
そう、「誰か」はみのり自身だ。
その映像は映像ではなく、未来のみのりが実際に経験した事実だった。
みのりの死、あるいはみのりの大切な存在の死。
手遅れになった現実を前にしたみのりは、覚醒の炎で自らを焼き尽くしていた。
しかしそれは以前の話。
今のみのりは覚醒の炎と電気の融合を実現させている。
死の刹那に、自身を炎で焼き尽くすだけの時間は残されていない。
しかし、みのりの得た新たな力はその不可能を覆した。
全身に纏う赤い電気は、瞬時にみのりを焼き尽くす。
文字通り、電気的な速度だ。
それは一瞬の出来事。
故に長い時間は戻れない。
しかし、その一瞬は生死を分ける一瞬。
未来を変えるための一瞬だ。
過去の自分に手遅れになってしまった自分の経験を焼き付ける。
絶対に同じ間違いをしないように、深く強く熱く焼き付ける。
過去のみのりはそれを受け取る。
脳に焼き付けられた未来を回避するために全力で行動を起こす。
そして、未来を変える。
これが、みのりの脳裏に浮かぶ映像の正体だった。
そして、映像再生後の激痛は未来のみのりが体験する死に際の痛みと後悔だった。
みのりはこの事実を知らない。
自らの死に際に発動する力を理解していない。
しかし、体験と同一の映像再生と激しい痛みはみのりに自身の未来を変えることに繋がっていた。
「お前だな、私を殺したのは」
みのりはアキヒロを睨む。
アキヒロはみのりの言葉の意味を理解していなかったが、そのことを聞き返したりはしない。
その一瞬が命取りになるという予感があったからだ。
死んだのか、どこかへ吹き飛んだのか、巌流の姿は見えない。
巌流がいなくなったということは、二人の休戦協定が終わったことを意味する。
じりじりと距離を詰める二人。
お互いにドーラの残量は少なかった。
どちらが先に動き出すのか、どう攻めるのか。拳こそ交えていないが、戦闘はすでに始まっていた。
二人の緊張が頂点に達する1秒前に、音がした。
ガララ……
それは木材が崩れる音だった。
ただ木材が崩れただけなら二人はその方向を確認したりしない。
しかし、音と共に体で感じた衝撃が、二人の意識を音の方向に集中させた。
「ハッ、ハハハッ! ハハハハハハッ! 楽しそうじゃないか、二人とも! 俺も混ぜてくれ!」
そう、衝撃の正体は契約者であることを伝えるものだった。
崩れた神社の木材の中から、巌流が現れたのだ。
頭から血を流し、右半身の皮膚が破れ、筋繊維を剥き出しにした巌流が二人の契約者に近付いてくる。
人間の許容量を超えたダメージを受けた巌流だが、「限界」を超える能力を持つ巌流だからこそ、立ち上がり、笑うことが可能だった。
限界を超える力と、残存する契約者の中での最大のドーラ量を誇る最強の契約者、巌流鋼。
身に付けた自信に従って巌流は行動した。
崩れた神社の材木の下で回復を待つ、という行動の可能だったが、巌流はそれをしなかった。
その行動を自分自身が許さなかった。
結果としてその決断が──致命的な悪手となった。
じりじりと距離を詰め、開戦を間近に控えていた二人はピタリと動きを止める。
二人の考えていたことは全く同じだった。
そして、目を合わせただけで同じ事を考えていることを理解する。
「合図したら、私にナイフを投げろ」
「わかった」
みのりの指示をアキヒロが了承する。
そして、二人は同時に走り出した。
みのりは2歩進む間に全身に赤い電気を纏い、アキヒロは巌流を引き寄せた。
急な引き寄せにバランス感覚を崩し、宙に浮いた巌流の隙をみのりは見逃さない。
走った勢いのままに、剥き出しの筋繊維めがけて拳を叩きつけた。
「ぐ……うぅおおお!!!」
打撃と電熱を受けた巌流は吹き飛んだ。
隕石の爆風で神社や樹木が吹き飛んでいたため、巌流は吹き飛んだまま止まらない。
その巌流を止めたのはみのりだった。
電光石火の速度で吹き飛んだ巌流に回り込み、巌流の首を掴んだのだ。
アキヒロとみのりは巌流を最大の敵として認識していた。
最も邪魔で、最も厄介な存在で、最後に立ち塞がるであろう敵。
その敵に比べればお互いの存在はおまけに過ぎなかった。
最大の敵が生存していて、ボロボロの状態で姿を現したならば、取るべき行動は一つだった。
(確実にここで倒す!)
(確実にここで殺す!!)
アイコンタクトで休戦協定を結び直し、最優先で排除すべき敵に向かって行動を開始する二人。
このチャンスを逃したら次は無いという強烈な予感が焦りとなって二人を襲う。
2対1という数の有利も、限界を超えると声高に話す敵の前ではあまりにも小さい。
追い詰められた鼠のように、自らの全てを出し切る勢いで巌流を攻撃する。
巌流の首を掴んだみのりは空いている右手で巌流の背中に拳を打ち込む。
しかしその一撃に、巌流は右肘での突きで合わせる。
「甘いなぁ、みのり。ここは首を折るのが正解だ」
「お前は苦しめて殺すって決めてるんだよ! そもそも首折れてもお前は死なないだろうが!」
拳の痛みを振り払うように腕を振ってから再度拳を打ち込むみのり。
その拳を迎えたのは肘ではなく掌だった。
巌流は背後からの一撃を完全に読み切り、みのりの一撃を受け止めたのだ。
それだけに留まらない。
巌流は掴んだみのりの拳を引っ張る。体重を前に乗せていたみのりはバランスを崩し、巌流に頭突きを食らった。
「がっ……!」
痛みにひるみ、みのりの手が巌流の首から離れる。
みのりにさらなる追撃を加えようとした瞬間、巌流は自身に迫る新たな脅威に気付いた。
「うおおおお!!!」
巌流の振り向いた先にはナイフを振り上げたアキヒロがいた。
ナイフを投げる時間も焦れったい。
アキヒロは長距離戦ではなく近接での戦闘を選んだ。
頭を目掛けた一撃を、巌流はアキヒロの手首を掴んで抑える。
「まだだ……!」
アキヒロはナイフを持ってなかった左手を右手に乗せてナイフに体重をかける。
「引き寄せ! ナイフ一本寄越せ!」
しかし、アキヒロの両手はナイフに体重をかけるために動かせない。
「今は無理だ!」
「くそっ!」
みのりにはある考えがあったが、それはできそうに無いということを理解する。
仕方なく拳を握りしめた時、声が聞こえた。
「みのり! これ!」
声の方向を振り向くと、そこにはナツがいた。ナツの手元にはナイフがあった。爆風で吹き飛んだナイフを拾っていたのだ。ナツはみのりに向かってナイフを投げた。
人にナイフを投げるのは言うまでもなく危険な行為だと理解している。それが友達ならなおさらだ。
しかし今は緊急事態で、勝負の瀬戸際だということを外野ながらにナツは理解していた。
そして何よりも、ナイフを投げた程度で死ぬような相手ではないと、みのりを信じていた。
ナツが投げ、宙に浮いたナイフは放物線を描いてみのりに向かう。
ナツの信頼を、みのりはがっしりと掴んだ。
「これで……最後だ!」
アキヒロの相手をしていた巌流は防御に間に合わない。
みのりの一撃は、巌流の心臓を後ろから貫いた。
「ご……はっ……」
口から血を吐き出し、倒れる巌流。
しかしそれでは終わらないことをその場にいる誰もが理解していた。
「これがみのりの狙いなら……残念だよ、前と全く同じじゃないか」
心臓にナイフが突き刺さった状態で巌流は立ち上がった。
前回同様に、人間の「限界」を超えたのだ。
「……同じなわけ、ねぇだろ」
みのりは手に握った何かを直接巌流に叩きつけた。
すると巌流の全身は炎に包まれる。
「ぐっ……?」
みのりは右手に覚醒の炎を集中させ、圧縮していた。
それを叩きつけることで一瞬の内に巌流を炎で包んだのだ。
しかし炎に包まれた巌流は首をかしげる。
確かに炎で焼かれているはずなのに、痛みが無いのだ。
「な、なんだ、これは……?」
みのり以外、その場にいる誰もが状況を理解できない。
「どういうつもりだ? みのり……ぐっ!?」
びくん!と身体を痙攣させた巌流はその場に倒れた。
そして数秒後に目を覚まし、立ち上がろうとした瞬間に、再び身体を大きく痙攣させて倒れる。
数秒後に目を覚まし、口を開く。
「なん……だ……これ……は………がっ!?」
痙攣、意識喪失、覚醒。
この3つの行動を繰り返す巌流にみのりは誰に話しかけるのでもなく口を開いた。
「……やっぱり、最初の使い方が合ってたんだ」
「私の力は、回復するための力なんかじゃない。時間を焼いて過去に戻るための力でもない」
「お前みたいなやつを、苦しめるための力だったんだ!」
みのりは力強く拳を握りしめ、自らの力を理解したことを喜んだ。
そして痙攣と意識喪失を繰り返す巌流に向かって優しく呟いた。
「お前はそのまま、限界を超え続けてくれ。私がその瞬間に戻し続けてやるから」
みのりの炎は、巌流の肉体の時間を焼いていた。
巌流の心臓にナイフが突き刺さる。
そして、巌流は覚醒の力で限界を超える。
そこで、みのりの炎が時間を焼くことで、心臓にナイフが刺さる直前に時間を戻す。
これを繰り返すことで、巌流は限界を超える度に心臓を刺されることになったのだ。
「簡単にくたばるなよ、まだまだ苦しめ足りないからな」
心臓を刺される前に時間を戻されて、再び心臓を刺される。
その後巌流は意識を失うが、痛みを感じてないわけではなかった。
心臓を突き刺された痛みに耐えかねて意識を失うのだ。
それは「死」そのものの痛みだった。
意識を失った後は限界を超えて、死の痛みを乗り越えることができる。
しかし、肉体の時間を戻されることは、何度も「死」の痛みを味わうことになるのだ。
巌流の限界を超える能力は自動的に発動する。
そうでないと、「死」という限界を超えることが出来ないからだ。
つまり──
みのりの炎が消えるまで、「死」を延々と繰り返すことになる。
「や、やめろ………がっ!?」
痛さに耐えきれず、死ぬ。
死を乗り越える身体が自身を目覚めさせる。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
そして、目覚める。
埒外の力が、生きることを手放した脳を逃がさない。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
……そして、目覚める。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
…………そして、目覚める。
終わらない。痛みが終わらない。
何度も何度も、心臓が、新鮮な痛みを、余すところなく脳に届けてくる。
肉体の時間が巻き戻り、心臓が裂かれるまでのわずかな時間に巌流は許しを乞う。
お願いだからやめてくれ、もうやめてくれ、痛い、死ぬ、死ぬ、死ねない、死ねない、死ねない、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい! 殺せ! 殺して! 死なせて! 死なせてくれぇぇぇぇ!!!
しかし、巌流の叫びは、半分も言葉になっていなかった。
「しっ」
「ごろっ」
「あめっ」
「しぐっ」
そんな間抜けな言葉を吐き出して、痛みに体が大きくはねて、意識を失う。
そして目覚めて、また痛くて死ぬ。
それを繰り返す。
巌流の願いはみのりに届かない。
それどころか、みのりは巌流を見てすらいなかった。
「……」
みのりの視線の先には、ナイフを握ったアキヒロがいた。
最大の敵は排除した。
しかしその戦利品を漁る時間は、かつての協力者で、現在の敵が許してくれない。
お互いにドーラはほぼ残っていない。
戦力が互角ならば、なにが勝敗を分けるのか。
それは運じゃなければ偶然でもない。
──それはきっと、「意思」の力。
勝利への飢えがある。
背負っているものがある。
積み上げてきた時間がある。
努力してきた時間がある。
育ってきた環境がある。
許せないものがある。
怒ってきた。
後悔してきた。
人を妬んだ。
人を憎んだ。
涙を流した。
これまでの全てを拳に込めて
最後の戦いが始まる。
神社は吹き飛び、石畳は剥がれて飛び散った。
土煙が晴れぬ中、立ち上がったのは3人。
一人は隕石を落下させた本人、地口アキヒロ。
彼はもっとも被害の少ない場所に立っていた。
いや、正確には彼が彼のいる場所を最も被害の少ない場所にした、というのが正しいだろう。
覚醒の能力を使い、身に纏った偶然や幸運が、彼の立つ位置を台風の目のような、爆発の中にあって最も被害の少ない場所である、という結果を引き寄せたのだ。
もう一人はアキヒロの後ろにいたナツだ。
アキヒロはただ立っていたのではなく、両手に持ったナイフを地面に突き立て、先端に爆風を引き寄せていたため、アキヒロの後ろは最も安全な場所だった。
そして3人目。
「彼女」はドーラを纏った腕を振って、土煙を吹き飛ばした。
アキヒロとナツの更に後方、神社の階段前で立ち上がったのはみのりだった。
隕石が落下する刹那、みのりは全力で逃走を図った。
しかしそれはアキヒロの引き寄せによって不可能だと悟る。
不可能ならばと全ドーラを集中させた腕を交差して、防御体制を取ろうした瞬間だった。
みのりの脳に、知らない記憶が焼き付けられた。
隕石が落下した。
爆発と衝撃を防ごうとした私は、頭をハンマーで殴られたような衝撃に襲われる。
それは剥がれた石畳の破片。
頭をやられた私は吹き飛び、神社の周りの林を抜けて、知らない民家の塀にぶつかる。
頭が軽く感じた後に、視界が真っ白に埋め尽くされた。
激しい頭痛が脳に浮かんだ映像を強制終了させる。
この感覚をみのりは知っている。
数分前に体感していたからだ。
そしてその映像は未来に起こった現実だということを理解する。
そうとわかれば今すべきことはあの映像を回避するための行動だ。
逃げるために足に集中させたドーラはそのままだった。
みのりは強く地面を踏み込む。
遠くに逃げるのはアキヒロの引き寄せで不可能。ならばその勢いすらも利用するまで。
全力の踏み込みの爆発力と、アキヒロの引き寄せの相乗効果は絶大な速度を生んだ。
アキヒロはみのりが自身に向かってくることを想定していなかった。
引き寄せで足を止めたあとは自身とナツを守るために、ナイフを地面に突き立てようとしていた。
避けることは考えていなかった。しかし結果的に身を屈めたその行動が致命傷を避けることになった。
弾丸の如き速度の跳躍をしたみのりが、伏せていたアキヒロとナツの頭上を通過する。
落下の衝撃に備えるために着地する、しかし勢いは止まらずに足が地面を擦り続け、神社の階段の前で止まる。
この判断と行動で、みのりの隕石落下時の位置はアキヒロの後方になった。
アキヒロの真後ろにいるナツほどではないが、かなりの衝撃と爆風のダメージがカットされる位置に移動することにみのりは成功したのだ。
みのりを救ったのは脳裏に焼き付いた知らない記憶の映像だった。
この映像の再生は巌流が光の滝を降らせる直前にも再生されている。
それはまるでみのりに危機を知らせるために、誰かが仕組んだような絶妙なタイミングだった。
その「誰か」は存在する。
「誰か」はみのりの死を、あるいは死に際の痛みと、無念の思いを過去のみのりに伝えたのだ。
そう、「誰か」はみのり自身だ。
その映像は映像ではなく、未来のみのりが実際に経験した事実だった。
みのりの死、あるいはみのりの大切な存在の死。
手遅れになった現実を前にしたみのりは、覚醒の炎で自らを焼き尽くしていた。
しかしそれは以前の話。
今のみのりは覚醒の炎と電気の融合を実現させている。
死の刹那に、自身を炎で焼き尽くすだけの時間は残されていない。
しかし、みのりの得た新たな力はその不可能を覆した。
全身に纏う赤い電気は、瞬時にみのりを焼き尽くす。
文字通り、電気的な速度だ。
それは一瞬の出来事。
故に長い時間は戻れない。
しかし、その一瞬は生死を分ける一瞬。
未来を変えるための一瞬だ。
過去の自分に手遅れになってしまった自分の経験を焼き付ける。
絶対に同じ間違いをしないように、深く強く熱く焼き付ける。
過去のみのりはそれを受け取る。
脳に焼き付けられた未来を回避するために全力で行動を起こす。
そして、未来を変える。
これが、みのりの脳裏に浮かぶ映像の正体だった。
そして、映像再生後の激痛は未来のみのりが体験する死に際の痛みと後悔だった。
みのりはこの事実を知らない。
自らの死に際に発動する力を理解していない。
しかし、体験と同一の映像再生と激しい痛みはみのりに自身の未来を変えることに繋がっていた。
「お前だな、私を殺したのは」
みのりはアキヒロを睨む。
アキヒロはみのりの言葉の意味を理解していなかったが、そのことを聞き返したりはしない。
その一瞬が命取りになるという予感があったからだ。
死んだのか、どこかへ吹き飛んだのか、巌流の姿は見えない。
巌流がいなくなったということは、二人の休戦協定が終わったことを意味する。
じりじりと距離を詰める二人。
お互いにドーラの残量は少なかった。
どちらが先に動き出すのか、どう攻めるのか。拳こそ交えていないが、戦闘はすでに始まっていた。
二人の緊張が頂点に達する1秒前に、音がした。
ガララ……
それは木材が崩れる音だった。
ただ木材が崩れただけなら二人はその方向を確認したりしない。
しかし、音と共に体で感じた衝撃が、二人の意識を音の方向に集中させた。
「ハッ、ハハハッ! ハハハハハハッ! 楽しそうじゃないか、二人とも! 俺も混ぜてくれ!」
そう、衝撃の正体は契約者であることを伝えるものだった。
崩れた神社の木材の中から、巌流が現れたのだ。
頭から血を流し、右半身の皮膚が破れ、筋繊維を剥き出しにした巌流が二人の契約者に近付いてくる。
人間の許容量を超えたダメージを受けた巌流だが、「限界」を超える能力を持つ巌流だからこそ、立ち上がり、笑うことが可能だった。
限界を超える力と、残存する契約者の中での最大のドーラ量を誇る最強の契約者、巌流鋼。
身に付けた自信に従って巌流は行動した。
崩れた神社の材木の下で回復を待つ、という行動の可能だったが、巌流はそれをしなかった。
その行動を自分自身が許さなかった。
結果としてその決断が──致命的な悪手となった。
じりじりと距離を詰め、開戦を間近に控えていた二人はピタリと動きを止める。
二人の考えていたことは全く同じだった。
そして、目を合わせただけで同じ事を考えていることを理解する。
「合図したら、私にナイフを投げろ」
「わかった」
みのりの指示をアキヒロが了承する。
そして、二人は同時に走り出した。
みのりは2歩進む間に全身に赤い電気を纏い、アキヒロは巌流を引き寄せた。
急な引き寄せにバランス感覚を崩し、宙に浮いた巌流の隙をみのりは見逃さない。
走った勢いのままに、剥き出しの筋繊維めがけて拳を叩きつけた。
「ぐ……うぅおおお!!!」
打撃と電熱を受けた巌流は吹き飛んだ。
隕石の爆風で神社や樹木が吹き飛んでいたため、巌流は吹き飛んだまま止まらない。
その巌流を止めたのはみのりだった。
電光石火の速度で吹き飛んだ巌流に回り込み、巌流の首を掴んだのだ。
アキヒロとみのりは巌流を最大の敵として認識していた。
最も邪魔で、最も厄介な存在で、最後に立ち塞がるであろう敵。
その敵に比べればお互いの存在はおまけに過ぎなかった。
最大の敵が生存していて、ボロボロの状態で姿を現したならば、取るべき行動は一つだった。
(確実にここで倒す!)
(確実にここで殺す!!)
アイコンタクトで休戦協定を結び直し、最優先で排除すべき敵に向かって行動を開始する二人。
このチャンスを逃したら次は無いという強烈な予感が焦りとなって二人を襲う。
2対1という数の有利も、限界を超えると声高に話す敵の前ではあまりにも小さい。
追い詰められた鼠のように、自らの全てを出し切る勢いで巌流を攻撃する。
巌流の首を掴んだみのりは空いている右手で巌流の背中に拳を打ち込む。
しかしその一撃に、巌流は右肘での突きで合わせる。
「甘いなぁ、みのり。ここは首を折るのが正解だ」
「お前は苦しめて殺すって決めてるんだよ! そもそも首折れてもお前は死なないだろうが!」
拳の痛みを振り払うように腕を振ってから再度拳を打ち込むみのり。
その拳を迎えたのは肘ではなく掌だった。
巌流は背後からの一撃を完全に読み切り、みのりの一撃を受け止めたのだ。
それだけに留まらない。
巌流は掴んだみのりの拳を引っ張る。体重を前に乗せていたみのりはバランスを崩し、巌流に頭突きを食らった。
「がっ……!」
痛みにひるみ、みのりの手が巌流の首から離れる。
みのりにさらなる追撃を加えようとした瞬間、巌流は自身に迫る新たな脅威に気付いた。
「うおおおお!!!」
巌流の振り向いた先にはナイフを振り上げたアキヒロがいた。
ナイフを投げる時間も焦れったい。
アキヒロは長距離戦ではなく近接での戦闘を選んだ。
頭を目掛けた一撃を、巌流はアキヒロの手首を掴んで抑える。
「まだだ……!」
アキヒロはナイフを持ってなかった左手を右手に乗せてナイフに体重をかける。
「引き寄せ! ナイフ一本寄越せ!」
しかし、アキヒロの両手はナイフに体重をかけるために動かせない。
「今は無理だ!」
「くそっ!」
みのりにはある考えがあったが、それはできそうに無いということを理解する。
仕方なく拳を握りしめた時、声が聞こえた。
「みのり! これ!」
声の方向を振り向くと、そこにはナツがいた。ナツの手元にはナイフがあった。爆風で吹き飛んだナイフを拾っていたのだ。ナツはみのりに向かってナイフを投げた。
人にナイフを投げるのは言うまでもなく危険な行為だと理解している。それが友達ならなおさらだ。
しかし今は緊急事態で、勝負の瀬戸際だということを外野ながらにナツは理解していた。
そして何よりも、ナイフを投げた程度で死ぬような相手ではないと、みのりを信じていた。
ナツが投げ、宙に浮いたナイフは放物線を描いてみのりに向かう。
ナツの信頼を、みのりはがっしりと掴んだ。
「これで……最後だ!」
アキヒロの相手をしていた巌流は防御に間に合わない。
みのりの一撃は、巌流の心臓を後ろから貫いた。
「ご……はっ……」
口から血を吐き出し、倒れる巌流。
しかしそれでは終わらないことをその場にいる誰もが理解していた。
「これがみのりの狙いなら……残念だよ、前と全く同じじゃないか」
心臓にナイフが突き刺さった状態で巌流は立ち上がった。
前回同様に、人間の「限界」を超えたのだ。
「……同じなわけ、ねぇだろ」
みのりは手に握った何かを直接巌流に叩きつけた。
すると巌流の全身は炎に包まれる。
「ぐっ……?」
みのりは右手に覚醒の炎を集中させ、圧縮していた。
それを叩きつけることで一瞬の内に巌流を炎で包んだのだ。
しかし炎に包まれた巌流は首をかしげる。
確かに炎で焼かれているはずなのに、痛みが無いのだ。
「な、なんだ、これは……?」
みのり以外、その場にいる誰もが状況を理解できない。
「どういうつもりだ? みのり……ぐっ!?」
びくん!と身体を痙攣させた巌流はその場に倒れた。
そして数秒後に目を覚まし、立ち上がろうとした瞬間に、再び身体を大きく痙攣させて倒れる。
数秒後に目を覚まし、口を開く。
「なん……だ……これ……は………がっ!?」
痙攣、意識喪失、覚醒。
この3つの行動を繰り返す巌流にみのりは誰に話しかけるのでもなく口を開いた。
「……やっぱり、最初の使い方が合ってたんだ」
「私の力は、回復するための力なんかじゃない。時間を焼いて過去に戻るための力でもない」
「お前みたいなやつを、苦しめるための力だったんだ!」
みのりは力強く拳を握りしめ、自らの力を理解したことを喜んだ。
そして痙攣と意識喪失を繰り返す巌流に向かって優しく呟いた。
「お前はそのまま、限界を超え続けてくれ。私がその瞬間に戻し続けてやるから」
みのりの炎は、巌流の肉体の時間を焼いていた。
巌流の心臓にナイフが突き刺さる。
そして、巌流は覚醒の力で限界を超える。
そこで、みのりの炎が時間を焼くことで、心臓にナイフが刺さる直前に時間を戻す。
これを繰り返すことで、巌流は限界を超える度に心臓を刺されることになったのだ。
「簡単にくたばるなよ、まだまだ苦しめ足りないからな」
心臓を刺される前に時間を戻されて、再び心臓を刺される。
その後巌流は意識を失うが、痛みを感じてないわけではなかった。
心臓を突き刺された痛みに耐えかねて意識を失うのだ。
それは「死」そのものの痛みだった。
意識を失った後は限界を超えて、死の痛みを乗り越えることができる。
しかし、肉体の時間を戻されることは、何度も「死」の痛みを味わうことになるのだ。
巌流の限界を超える能力は自動的に発動する。
そうでないと、「死」という限界を超えることが出来ないからだ。
つまり──
みのりの炎が消えるまで、「死」を延々と繰り返すことになる。
「や、やめろ………がっ!?」
痛さに耐えきれず、死ぬ。
死を乗り越える身体が自身を目覚めさせる。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
そして、目覚める。
埒外の力が、生きることを手放した脳を逃がさない。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
……そして、目覚める。
血液を全身に送り届けるための臓器に、ナイフの刃が突き刺さる。
血液を送るように、痛みを全身に送る。
脳が痛みの信号を受け取る。
否、痛みの信号しか送られてこないのだ。
それは拒否できない。
そして許容できない。
脳は生きることを手放す。
…………そして、目覚める。
終わらない。痛みが終わらない。
何度も何度も、心臓が、新鮮な痛みを、余すところなく脳に届けてくる。
肉体の時間が巻き戻り、心臓が裂かれるまでのわずかな時間に巌流は許しを乞う。
お願いだからやめてくれ、もうやめてくれ、痛い、死ぬ、死ぬ、死ねない、死ねない、死ねない、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい! 殺せ! 殺して! 死なせて! 死なせてくれぇぇぇぇ!!!
しかし、巌流の叫びは、半分も言葉になっていなかった。
「しっ」
「ごろっ」
「あめっ」
「しぐっ」
そんな間抜けな言葉を吐き出して、痛みに体が大きくはねて、意識を失う。
そして目覚めて、また痛くて死ぬ。
それを繰り返す。
巌流の願いはみのりに届かない。
それどころか、みのりは巌流を見てすらいなかった。
「……」
みのりの視線の先には、ナイフを握ったアキヒロがいた。
最大の敵は排除した。
しかしその戦利品を漁る時間は、かつての協力者で、現在の敵が許してくれない。
お互いにドーラはほぼ残っていない。
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──それはきっと、「意思」の力。
勝利への飢えがある。
背負っているものがある。
積み上げてきた時間がある。
努力してきた時間がある。
育ってきた環境がある。
許せないものがある。
怒ってきた。
後悔してきた。
人を妬んだ。
人を憎んだ。
涙を流した。
これまでの全てを拳に込めて
最後の戦いが始まる。
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