セイヨクセイヤク

山溶水

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46.二度も

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 雷のエネルギーを取り込んで、家に帰ってきてすぐに巌流からの招待状が届いた。
 内容は「結婚式場が完成したから下見に行こう」というふざけたものだ。
 だが、タイミングは良い。
 雷に打たれたのはあいつを倒すためだ。そして、あいつが作った建物ならいくら壊しても問題ないだろう。



 家のチャイムが鳴り、執事風の男が訪ねてきた。
 家の前には今までみたことのない横に長い車が停まっている。

「陵さま、お迎えに上がりました。巌流様がお待ちです」

 (上等だよ、クソ野郎)

 拳を握り、みのりは車に乗り込んだ。
 車内には高そうなソファーとテーブルが設置されていた。行ったことはないが、ホテルのスイートルームのようだ。

「お飲み物は何にいたしましょう」

 執事風の男がみのりに尋ねる。見ると、男の手元には高そうなお酒からスーパーで売ってるジュースまで様々なものが置いてあった。

「カルピス。濃いめで」

「かしこまりました」

 丸い氷と濃いめのカルピスが入ったグラスを受け取ったみのりはドーラを使って毒物の有無を探る。

 (無さそうだな)

 みのりはカルピスを一口飲む。よく冷えていて、原液と水が絶妙の配合だった。

「私は前の座席にいるので、御用があればいつでもお呼びください」

 そう言って執事風の男は豪華そうなカーテンを開けて前の座席に移動した。
 そして、車が動き出した。

 窓の外を眺めて、行き先を想像する。
 どうやら海のある方向に行くらしい、というみのりの想像通り、海が見える丘の上に式場はあった。

「到着致しました」

 駐車場から少し歩いて、執事風の男は教会の扉を開けた。

「巌流様、陵さまをお連れしました」

「おお、待っていたぞ、みのり!」

 嬉しそうに歩み寄ってくる巌流を、みのりは忌々しげに睨みつける。

「お前は車に戻っていろ」

「かしこまりました」

 執事風の男が下がり、教会の扉が閉まった。

「来てくれてありがとう、みのり。ここは君のために作ったんだ。さぁ、案内しよう」

 パチッ

 みのりは差し出された巌流の手を払った。

「ふざけんな、下見に来たわけねぇだろ」

 ドーラを滾らせ、巌流を睨みつけるみのり。
 しかし巌流の態度は崩れない。

「そう言わないでくれ。今日はみのりのためにゲストも呼んでるんだ」

「ゲスト……?」

 巌流は歩き出し、最前列の席の前に立った。

「こっちに来てくれ、みのり」

 みのりは少し近付き、なにがあるのかを確かめる。

 (……!)

 そこには、2つの写真立てがあった。
 写真立ての中にはみのりにとっての大切な人が写っていた。

「咲希さんとつぼみさんだ。良い写真だろう? さすが我が諜報部だ」

 花見咲希と陵つぼみ。
 みのりの姉と、母親だ。
 どちらももう、この世にはいない。

「君が慕っていた人だ。さぞ素晴らしい女性だったんだろう。夭折ようせつしてしまったのが残念だ」

 巌流が咲希の写真を持ち上げようとした時だった。

「触るなっ!」

 教会に、みのりの怒声が響いた。

「そんなに怒らなくてもいいだろう。君と結婚することで、彼女たちとは義家族になるのだから」

 ビキッ……
 みのりの額に血管が浮かび上がる。今にもちぎれそうだ。
 爆発寸前のみのりにお構いなく、巌流は話を続ける。


「君が望むのであれば、式当日は君のお父さんを呼ぶことも可能だ。刑務所とは話をつけてあるが、どうする?」


「黙れッ!」

「あいつは父親じゃない! 最低の裏切り野郎だ!」


 そう叫んだみのりは、怒りだけでなく辛さのようなものを内包していた。
 その機微に、巌流は気付くことが出来ない。

「裏切り、か。そうかもしれないが、君のお母さんも見る目が無かったんじゃないか?」


 ぷつん


 みのりの中で何かが切れた。
 最高潮に達した怒りは一周回ってみのりを冷静にさせた。
 それに気付かない巌流はみのりの怒りに油を注ぎ続ける。


「女性警察官の夫が性犯罪なんて、妻にも責任はあるんじゃないか?」



「……」




 お前は………




 どこまで…………




「……もう、喋るな」



 言葉よりも先に拳が出た。
 次の瞬間には巌流は吹き飛び、教会の壁に叩きつけられていた。

 巌流からの反撃を警戒するみのりの全身は電気に覆われていた。

 みのりは一瞬で全身に電気を纏い、巌流を殴った。以前はスタンガンの電気をドーラに流していたが、今はドーラから電気を持ってくることが出来る。それが今回の一撃に繋がった。


「立てよ、こんなんじゃ終わらせねぇぞ」




「……素晴らしいな」


 口の端から流れた血を拭い、立ち上がった巌流はそう呟いた。どこからか小さな光が集まり、巌流の周囲を泳ぎ始める。黄金のドーラを纏った巌流は戦闘準備を完了させた。


「さぁ! かかってこ」


 バキッ!


 巌流が台詞を言い終える前に、みのりの拳が顔面を捉えた。

 巌流は小さな光─精子による自動防御システムを構築している。巌流の命令に関係なく、反射的に巌流にダメージを与える攻撃を防ぐ仕組みだ。最初の一撃も含めてみのりの拳が巌流を捉える前に光の壁を形成して防御しようとしていたが、みのりの電気を纏った拳は壁を貫いていた。

「100万じゃ足りないか……!」

 余裕を崩さない巌流はみのりとの戦いを楽しんでいた。

 対するみのりは一周した怒りのままに巌流を攻撃する。
 雷のエネルギーをドーラに取り込んだことにより、みのりは電気的な速度での移動が可能となった。まさしく『電光石火』の勢いで攻撃を続ける。


 十数分が経ち、戦いの中でみのりはあることに気づく。


 (なんでこいつは、倒れない……!)

 ダメージは確実に与えているはずだ。なのに巌流は余裕を崩さない。


「単純な力の差だよ、みのり」

「この1ヶ月間、君がなにをしていたのかは知らないが、それだけの力だ。並大抵の努力じゃ出来ないだろう。だが、所詮はそこまでだ」

「契約者が残り何人いるか、わかるか、みのり?」


「……」

 みのりは契約者が何人いるかなんて考えたことも無かった。
 契約者に出会う頻度から、20人程度だろうとみのりは予想する。


「5人だ」



「!?」


「1ヶ月前までは18人だったが、今は5人だ。13人の契約者を倒し、俺が力を奪ったからだ」

「単純にドーラの総量が違う。そして契約の女による封印は9割方解除した。もう少しで俺は本来の力を取り戻す」

「君は強くなったが、俺がそれ以上に強くなった。それだけの話だ」



 一瞬だけ、心が折れそうになった。
 しかしそれは気の迷いだと、みのりは判断する。
 大切なことは、そこじゃない。

 あいつは私の大切な人を侮辱した。
 私はそれが許せない。
 絶対に許せない。


 だから戦うんだ。



「関係ねぇよ、そんなの」



 何のために雷に打たれた。

 何のために死にかけた。

 決まってる。


 こいつを倒すためだ。

 ボコボコにして、痛めつけて、怒りを晴らすためだ。



 バチバチバチバチッ!



 身に纏う電気が勢いを増す。
 みのりは圧倒的な戦力差を理解してなお闘志を燃やす。



「……あぁ、素敵だ、みのり」



 自らを睨みつけるみのりを見て、巌流は恍惚の表情を浮かべる。
 怒りと殺意が込められた視線を感じて、巌流の背筋が震える。興奮した巌流の下半身がゆっくりと隆起していく。

 何かを思いついた巌流は言葉を弾ませた。

「そうだ! キスをしよう! みのり!」

「せっかく式場にいるんだ、まずはキスをしよう! 本番に向けた練習だ! そして結婚初夜は、君を思いっきり抱こう! 君が孕むまで、俺は精を注ごう!」



「死ね!」



 怒りのままに突進するみのりの首を、巌流が掴んだ。



「多くの女を抱いてきたが、こんな気持ちになるのは初めてだよ、みのり」


 巌流は強引にみのりの唇を奪った。


 そして巌流はみのりの頬に触れて、甘く語りかける。


「今はまだ、君の唇の柔らかさも、肌触りも、ぬくもりも感じることは出来ない。だから正直楽しみで仕方がない。君が感じることが出来ない分まで、俺が君を感じよう」










「う」






「うおおおおあああああアアアアアアッッッッッッ!!!!」








 身に纏った電気を吹き飛ばし、沸き上がった覚醒の炎がみのりを燃やす。






 こいつ!



 キスしやがった!




 二度も!




 私に!




 ふざけんな!



 ふざけんなふざけんなふざけんな!!




 殺す!



 ぜってぇ殺す!








 殺意を焚べて、みのりの炎は燃え上がる。
 その炎は血を超えて肉を超えて骨を超えて、世界に流れる時間とそこに刻まれた自身の歴史にまで届く。


 前回と同じ状況で、時間が焼かれるその瞬間だった。





「みのりさん!」





 燃え盛る炎の中で、自身を呼ぶ声にみのりは気付いた。 




 赤に埋め尽くされた視界の隙間から見えたのは、鳩ヶ谷巧の姿だった。



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