セイヨクセイヤク

山溶水

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42.決意

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「まずは……君だ」

 巌流が掴んでいたみのり手首を離すと同時にみのりの前から消えた。そして、次の瞬間にはアキヒロの前に立っていた。

「がっ……!?」

 巌流による腹部への殴打。アキヒロは吹き飛び、地面を転がる。

「なるほど」

 巌流は何かを確かめるように拳を握り直す。そして視線をナツに移す。

「やめろ!」

 走り出すみのり。
 みのりは巌流の足元に小さな光が集まるのが見えた。そして、次の瞬間には巌流はナツの前に立っていた。

「今度はドーラありだ」

 拳に黄金のドーラを纏う巌流。アキヒロへの一撃はドーラを使っていなかった。アキヒロはドーラを纏い、ガードをしていたが吹き飛ばされたのだ。

「え……?」

 ナツは何が起こったのかを理解しきれていない。
 巌流は黄金の拳を振り上げる。みのりは必死に走るが、間に合わない。






「そこまでよ」







 巌流の拳が、ナツの鼻先で止まる。


「……お前か」


 興が冷めたと言わんばかりに息を吐く巌流。
 振り下ろされる拳を止めた声の正体は、契約の女だった。


「何しにきた、女」


「何しにって、決まってるでしょ」




「──邪魔しに、よ」


 パチンッ


 契約の女が指を鳴らすと、アキヒロ、みのり、ナツの近くに黒い穴が現れ、その穴に3人は飲み込まれた。

「貴様!」

 契約の女に数発の光の弾丸が放たれる。しかし、光は契約の女に当たる前に弾けて消えた。

「無駄よ。私に攻撃は効かない。私もあなたに攻撃できないけど、あなたの攻撃も私に効かない、そういうルールよ」

「ハハハハハ! 俺の能力を知っていて「ルール」とは! 笑わせてくれるな! 女!」

「ええ、知ってるから邪魔しにきたのよ」

 周囲の光が消え、巌流は戦闘態勢を解いた。

「逃したところで、結果は同じだ」

「それはどうかしら。ナイフが刺さった状態で言われても説得力ないわよ」


 そう言い残して契約の女は消えた。


 一人残った巌流は、心臓に刺さったナイフを抜き、「限界」を超えたドーラの治癒能力で心臓の穴を塞いだ。
 巌流の心臓は再び動き出し、大急ぎで全身に血流を送り始めた。

 ドクン!ドクン!ドクン!

 一度破けた心臓が急激に回復したことで、心臓は激しく、忙しない動きをしていた。そんな心臓の鼓動を感じる巌流は胸に手を当てて目を瞑る。思い浮かべるのは怨嗟を吐き、自らを罵るみのりの顔だ。




「はじめてだ。こんな胸の高まり……」







「これが……」













「恋、か……」







 巌流は酔いしれるような恍惚の表情で空を見上げた。
 雲の隙間から差し込む月の光は、巌流を照らすスポットライトのようだった。















































「どこだ……ここ……」



 アキヒロは立ち上がり、周囲を見渡す。
 さっきまでは夜だったが、太陽の位置は真上にある。
 前方には海、後方には林があった。
 黒い穴に飲み込まれた3人の契約者は海岸の砂浜にいた。
 みのりは立ち上がり、砂を払いながら歩み寄り、ナツに手を差し伸べる。


「大丈夫? ナツ」

「ありがとう、みのり。正直、何が起きたのか……」

 ナツと同様に、みのりにも何が起きたのかわかっていない。ただ、ナツが無事だったことに安堵していた。


「中々良かったわよ、あなたたち」


 突如舞い上がった砂煙の中から契約の女が現れた。
 3人の視線が契約の女に集まる。

「どこだここは? お前は一体なにをしたんだ?」

 アキヒロが3人の契約者を代表する形で質問をする。3人は説明を欲していた。

「ここ? ここはどこかの無人島。あの男も、ここまでは来れないでしょ」

「まぁ場所はどうでもいいことよ。ちゃんと帰してあげるから安心して。それよりも、大切な話があるの」


「大切な話……?」


「そうよ。アキヒロ君にとって、いいえ、全契約者にとって大切な話よ。決して損な話じゃないわ」

「簡単に言うとね、巌流鋼を倒して、ドーラを奪ってほしいの。もちろんタダでとは言わないわ。倒した契約者には追加で5人分のドーラを運営わたしから与えるわ。一人で倒したら一人に、複数人で倒したら功績に応じて分配して追加の力をあげる。おいしい話でしょう?」

 みのりは喫茶鳩時計で契約の女が似たような話をしていたのを思い出した。時間を焼いたため、今の時間軸では初の情報ということになる。

「なぜお前が動かない。あいつに力を与えたのはお前じゃないのか」

 みのりは冷静に疑問をぶつける。

「残念だけどそれは出来ないの。私は契約者に、契約者は私にダメージを与えることが出来ないってルールなの。ごめんなさいね」

「待てよ、そもそもあいつは何者なんだ? 心臓を刺しても死なない、運営みたいなお前が他の契約者を使ってまで排除しようとするって相当のことだろ」

 アキヒロが追加の疑問を投げかける。

「そうね、ホントはこういうのよくないんだけど……あいつを追い詰めた報酬ってことで、私の知ってる情報を教えましょう」

「あなたたちも聞いてると思うけど、あいつの覚醒能力は『限界突破』。あらゆる限界を超える力。さっきのあいつは、この力を使って本来ならば死亡するはずの人間の限界を超えて、戦っていたの」

「この力の厄介なところは限界の対象が広いところ。あいつはこの力で契約者の制限を破ろうとしたの」

「は……?」

 思わず声を漏らしたのはアキヒロだ。今無人島にいる3人の契約者の中で、アキヒロが一番契約の制限を忌み嫌っていたからだ。

「そんなこと、可能なのか? そんなことが、許されるのか!?」

「もちろん、許されないわ。契約を破ることが出来るのは、契約の力、ドーラだけよ。あいつの覚醒能力は、そのルールを自力で破ろうとしたの。制限を「限界」と定めることでね」

「私はすぐにあいつの力を封印しようした。今ほど強くなかったから、それほど難しいことじゃなかったわ。でも──」

「あいつはその封印すらも破ろうとしている。私はあいつの使えるドーラを10%まで抑え込んだのに、今は50%まで引き出して戦っている。正直、もう時間の問題ね」

「は……?」

 今度の声はアキヒロじゃなかった。その情報に何より驚いたのはみのりだった。

「50%? あれで、半分の力しか出してないって言うの?」

「ドーラに限って言えば、その通りよ」

 つまり、本来の巌流鋼は今以上に「強い」ということだ。
 その事実が、みのりを動揺させた。


「逆に言えば、今がチャンスってことね。放っておいたらもっと強くなるんだから」

「あなたたちには期待してるわ。私はこれから他の契約者にもこのことを伝えてくるから。それじゃあね」

 女は空間に現れた黒い穴に消える。
 それと同時に3人の契約者も黒い穴に飲み込まれ、気づいた時には各々の自宅の前に立っていた。



 性格も、戦う理由も違う3人の契約者だが、この時に考えていることは一致していた。




 『もっと強くならなきゃいけない』




 3人は、それぞれの決意を握り締めた。
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