セイヨクセイヤク

山溶水

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22.前菜

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「まずは招待に応じてくれたことに礼を言おう。ここにおられる方々は皆立場のある身だ。普段の生活は一旦忘れて存分に会食を楽しんでくれ」


 グラスを鳴らす音が各所から響く。
 陵みのりは巌流財団主催のパーティ会場にいた。
 服装は高価そうなドレス。
 普段通りの私服で会場に訪れたところそれでは参加できないと無理矢理着替えさせられた。
 会場に来ているバイト先の店長と店員の姿を見るに、彼らも同様らしい。

(毒は……入ってないな)

 力を使って確認をした後、切り分けられたチキンを皿に乗せる。


「いただきます」


 陵みのり。
 敵陣にて一人、食事を開始する。






















「よくあんなに食べれますね……」

「まぁ、こういう場所で食事なんて滅多に出来ないからね……」

 鳩時計に勤める二人は黙々と食べるみのりを遠目に見ていた。
 と、同時にパーティの主催者巌流鋼の動向も見張っていた。

(大人気だな……)

 巌流の前には人の列が出来ていた。
 印象に残ろうとしているからだろうか、巌流と話す人々から必死さすら感じる。

「毒は入ってなさそうだし、食べようか」

「そうですね」

 みのりに倣い、二人も会食を楽しむことにした。








 パーティが始まってから1時間が経過した頃、執事風の男が鳩ヶ谷たちの元にやって来た。

「鳩ヶ谷様、鈴木様、最上階展望ホールにて巌流鋼がお待ちです」

「相手から来てくれるなんて好都合ですね。行きましょうマスター」

「そう、だね……」


 鈴木に言われるままに、鳩ヶ谷は最上階へ向かった。







「待っていた。鳩ヶ谷巧、鈴木九郎」




 そこは一面ガラス張りの部屋だった。
 展望ホールの名に恥じない、街を見渡せるロマンチックな場所だ。

 巌流鋼は夜景から見える街の光を背にしてワインの味を楽しんでいた。


「いいんですか、お酒なんか飲んで。これから戦うんでしょ?」

「問題ないな。何なら飲みながらでもいい」

「へぇ……」


 挑発の応戦。
 鳩ヶ谷たちが来て1分も経たずに展望ホールは一触即発の空気に包まれる。


「陵みのりも呼ぼうと思ったんだがデザートを食べているみたいでね。前菜として君たち二人を呼んだわけだ」

「前菜、ですか……」


「……楽しみですよ。あなたの余裕が、いつまで続くのか!」




 先に挑発に乗ったのは鈴木だ。
 ドーラで爪を強化し、巌流に向かって走る。
 対する巌流はワインを片手にその場を動かなかった。ドーラも展開していない。


「……僕を、なめるな!」


 屈辱を晴らすように鈴木は爪を振り下ろす。しかし、その爪は巌流を捉えることはなかった。


 ふわり、と。


 巌流は鈴木の一撃を身体の位置を僅かにずらすことで躱した。羽の軽さを思わせるような動きだった。


「……この程度か」


 期待外れだ、と言わんばかりの失望の表情を浮かべる巌流。


「残念だ」


 ぼそりと呟いた一言と共に、鈴木の腹部を重い一発が入った。みぞおちに深く突き刺さった拳は鈴木の呼吸の自由を奪う。


「……ぐっ……がっ……」


 それは始まりに過ぎなかった。 
 流れるような動きで巌流は次の攻撃に移る。

 みぞおちへの一撃で浮いた背中に叩きつけるように肘を落とし、地面に倒れる顔面に膝を入れた。仰向けに倒れようとする鈴木の髪の毛を掴み、勢いよく床に叩きつけた。


「……!?」


 打撃の連続で上下に激しく揺さぶられたことによって鈴木は脳震盪を起こしていた。意識は混濁し、立ち上がることができない。

 戦闘が始まって1分と経たない間に鈴木は戦闘不能に追い込まれた。




 巌流はしゃがんで倒れる鈴木に手を伸ばした。鳩ヶ谷はその動きが鈴木の力を奪うつもりだということがわかった。


「させるか!」


 鳩ヶ谷はそれを火球によって妨害する。難なく回避した巌流は不思議そうな顔で言った。


「なぜ邪魔をする? ここでこいつが力を失えば君は解放されるんだぞ?」


 それはそうだ。
 鈴木を助けても自分にはメリットがない。
 鳩ヶ谷もわかっていた。
 それでも体が動いていた。みのりと戦った時と同じだった。


 結局のところ、忘れられないんだ。

 二人で楽しく話していた時のことを。

 一緒に仕事をしていた日々のことを。


「あの日々を……」

「諦めきれないだけだ!」




 宣言と共に火球を放つ。
 相手の戦闘能力が高いということは嫌というほどにわかった。
 あいつを、近づけさせてはいけない。

「買い被りだったな」

 巌流は鳩ヶ谷に迫る。
 近づけさせまいと鳩ヶ谷は火球を放つ。巌流が火球を躱す度に部屋に炎が回る。


「いくら戦闘用の部屋とは言え、火を放たれるのは気分が良くないな」


 鳩ヶ谷の火球が巌流に当たる気配はない。着実に距離を詰められる。

「くっ……」

 鳩ヶ谷の背中が壁にぶつかる。
 巌流の手が鳩ヶ谷の首元に迫る。

「まだだ!」

 ドーラを圧縮させた100円ライターが地面に叩きつけられ、小さな爆発を起こす。
 巌流が爆発に怯んだ隙に鳩ヶ谷は距離を取るため壁際から離れようとした。
 しかしそれは叶わなかった。


「残念。詰みだ」


 巌流の左手が鳩ヶ谷の肩を掴んでいた。


「……それはどうかな」


 鳩ヶ谷は巌流の手をがっしりと掴み、にやりと笑った。



 パリン!



 ガラスの割れる音が聞こえたと同時に、鳩ヶ谷たちに赤い液体が降り注いだ。


「・・・・・・なるほど、ワインか」


 巌流はその液体がワインであることを一瞬で理解した。
 鳩ヶ谷は爆発で巌流の視界から外れた隙に部屋に置いてあったワインを天井に投げたのだった。


「これで終わりだ!」


 鳩ヶ谷は空いている手に構えたライターに火を付ける。炎の剣が真っ直ぐに巌流に向かい、貫く。
 ワインのアルコールに引火し、巌流は炎に包まれた。


 人間フランベの完成だ。


(これで終わってくれ……)


 鳩ヶ谷は炎の剣を構え、燃える巌流との間合いを保つ。
 油断は禁物だ。
 相手の力を奪いきらない限り、戦いは終わりじゃない。



「嬉しいぞ、鳩ヶ谷巧」



「!?」




 その声が聞こえたと同時に、炎に包まれていた巌流は光に包まれた。


「私に能力を使わせたのは君で二人目だ」


 光の中から現れた巌流は黄金に輝くドーラを身に纏い、周囲の空間を光る魚のようなものが群れを成して泳いでいた。



「さぁ、本当の戦いを始めよう」




 全てを飲み込む光が、鳩ヶ谷に迫る。
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