セイヨクセイヤク

山溶水

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16.炎と爪と電気

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「ぐっ……うぐ……」



 夜の廃倉庫。鈴木、鳩ヶ谷はともに地に伏していた。
 帯電状態のみのりはその様子を上から見下ろしていた。




 話は十分前に遡る。








「じゃ、はじめましょうか」

 午後十時五分、鈴木、鳩ヶ谷は倉庫に到着した。
 余裕を見せる鈴木、複雑な表情の鳩ヶ谷、そんな二人を睨み付けるみのり。
 状況は一色触発だった。
 先に仕掛けたのは鈴木だった。
 鈴木は自らの武器である爪を伸ばして硬質化し、みのりに襲いかかる。
 みのりは左手に持ったスタンガンを右腕に打ちつけた。
 
 バチバチバチッ!

 みのりは電気を纏う。
 わずか二秒で戦闘準備が完成した。

「電気使いですか! かっこいいです、ね!」

 横からの鋭い爪による一撃。それをみのりは難なく躱した。

「マスター!」

 援護しろ、ということなのだろう。
 ここで助けない訳にもいかない。

 鳩ヶ谷はライターを取り出す。

「ファイア!」

 威力を抑えた炎の球はみのりに命中する。

「やったか!?」

 鈴木は距離をとり、様子を伺う。
 煙の中から無傷のみのりが現れる。

「ノーダメージとは、戦い甲斐がありますね!」
「マスターは遠距離から援護を!」

 火炎球と鋭い爪による攻撃が続く。
 しかし、みのりは一歩も引かなかった。

(強いな……)

 鳩ヶ谷は鈴木の援護をしながらみのりを観察していた。
 火の玉は基本的に回避され、当たったとしてもダメージを与えることは出来ない。
 それに加えて鈴木による近距離攻撃も躱している。

 なにより、電気を纏って戦う姿がかっこいい。


(この程度の速さと威力なら、敵じゃない)
鳩ヶ谷と同様に、みのりも冷静に相手の戦力を分析していた。

 
「くそ!」

 攻撃を躱され続けた鈴木は苛立ち、大きく腕を振り上げた。

「隙だらけだっての!」

「が……は……っ!」

 みのりの掌打が鈴木の胸部を捉えた。
 侮るなかれ、それは女の細腕から繰り出される威力ではない。
 ドーラを纏ったその一撃に鈴木は吹き飛んだ。

 電熱を帯びたみのりの掌打は服を焼き、皮膚を焦がした。

「ぐっ……」

 鈴木は胸をおさえてドーラによる回復を図った。
 しかしみのりの一撃は鈴木の予想を遙かに上回るほど重かった。しばらくは立ち上がれそうにない。


(あと一人……)

 みのりは冷静だった。
 怒りは戦いに持ち込まない方がいい。
 怒りは体を鈍らせる。戦闘の時は怒りはどこかに置いておけば良い、どうせ嫌でも戻ってくる。
 それがみのりの戦闘時の心構えだった。



(戦うしかないのか……!)


 鳩ヶ谷の心には罪悪感があった。
 しかし鳩ヶ谷も契約者だった。
 高過ぎる代償を支払って手に入れた力を手放す訳にはいかなかった。
 鳩ヶ谷はユーティクリティライターを取り出す。

「……フレイムソード」

 鳩ヶ谷は炎の剣を構えた。

(やるしかない)

 鳩ヶ谷は覚悟を決めた。

 炎が空気を切り裂く音と、激しい電撃の音が廃倉庫に響く。

「これで……どうだっ!」

 炎の剣がみのりの脇腹を捉えた。が、振り抜くことができない。
 炎と脇腹の接触部分を見ると、炎はみのりの身体には触れていなかった。

(電気とドーラの鎧か・・・・・・!)

 みのりは身体に電気を流す前に、ドーラの力を全身に纏わせている。その上から電気を流していた。
 契約者とはいえど人間。生身の身体に電気を流すのは当然危険である。
 自分に害無く、それでいて電気の力は借りる。これがみのりの生み出した戦い方だった。

「捕まえた」

 高温に怯むことなく、みのりは炎の剣を掴んだ。

(まずい!)

 ユーティクリティライターを手放し、距離を取ろうとした瞬間だった。

 ゴンッ!

(ず、頭突き……?)

 予想外の一撃に鳩ヶ谷は為す術もなく倒れた。











 ここで話は冒頭に戻る。

 鳩ヶ谷、鈴木が倒れるのに十分とかからなかった。

(さて、力を奪うか)

 みのりが鈴木に手を伸ばした時だった。

「ま、待ってくれ……」

 倒れたままの鳩ヶ谷が絞り出すように声を発した。

「彼を、見逃してやってくれないか……」

 この時、鳩ヶ谷はなぜ鈴木をかばったのかわからなかった。

 身体に蛇を埋め込まれ、自分を殺そうとした相手。
 助ける義理など無い筈だったが、鳩ヶ谷の脳裏に浮かんだのは変わってしまう前の鈴木の笑顔だった。
 一緒に働き、一緒に話し、一緒に笑った思い出は鳩ヶ谷の中に残っていた。

「俺が出来ることなら、なんでもする……だから、彼を見逃してやってほしい……」

(またこの感覚……)

 みのりは以前、鳩ヶ谷の笑顔を見たときも同じ感覚を体験している。
 胸の奥の方が熱くなって、なんだか懐かしい感じがする。それは決して嫌な感じではない。

(なんなんだ、この感覚……)


「コーヒーの淹れ方と、クッキーの作り方を教えて欲しい」


「……え?」


 みのりの言葉に困惑する鳩ヶ谷。
 しかし困惑しているのは鳩ヶ谷だけではなかった。




(一体私は何を言っているんだ!?)

(見逃すのか!? そんな条件で、契約者二人を!?)

(どうしたんだ私!!)


















































 廃倉庫での戦いから数日が経った。


 カランコロン


「いらっしゃい……って、中野君! 久しぶりだね」

「お久しぶりです。最近部活が忙しくって」

「お、鈴木君働いてますなー」

「……いらっしゃいませ」

 不機嫌そうな顔で鈴木は友人を迎えた。

「いらっしゃいませ」

 今日の鳩時計はいつもと違った。

「あ、どうもっす」

 見知らぬ従業員らしき女性に中野は挨拶を返した。

「ご注文はお決まりでしょうか」

「あ、彼にはコーヒーを。…・・・で、いいんだよね?」

「あ、はい」

 中野は初めて見る従業員に目を奪われていた。

「じゃ、お願いね」

「分かりました」

 女性は店の奥へ戻った。


「マスター! 誰ですかあのかわいい女の子!」

 中野は小声で、それでいて興奮した様子で言った。


「ああ、彼女はここで働くことになった陵みのりさん。仲良くしてあげて」













 こうして




 喫茶『鳩時計』は契約者三人が働く奇妙で希有な店となったのである。



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