セイヨクセイヤク

山溶水

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15.蛇と電撃

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「このクッキー、もしかして結構美味しいのかな」

 閉店して店の片付けをしているとき、そんな言葉がぼそっとこぼれた。

「マスター、今日来た女の子契約者でしたよね」

 鈴木の冷たい声。
 なにか、嫌な予感がする。

「あの子の力、もらいましょう」

「え……?」

 嫌な予感は的中してしまった。

「僕たち契約者はあの謎の女によく分からない場所に連れて行かれて戦いますよね、一対一で。でも実際に会った相手なら二対一でも戦えますよね」

 声色一つ変えずに淡々と話す鈴木に鳩ヶ谷は苦い顔をした。

「鈴木君、それは……」

「あれ? マスターどうしたんですか? まさか女の子とは戦えない、とか漫画のキャラみたいなこと言い出すんじゃないでしょうね? 似合わないですよ、そういうの」

「……」

 何も言い返せなかった。

 鳩ヶ谷の命は鳩ヶ谷のものであって鳩ヶ谷のものではない。
 鈴木を怒らせたり、鈴木の機嫌を損ねたら鳩ヶ谷の心臓は蛇に食い破られる可能性があった。
 普段は冷静な鈴木だが、それをしないという保証はどこにもない。

「なにも殺すってわけじゃないですよ。ただ力を奪うだけです。その後は何もしません」

「……どうやってあの子と戦うんだ?」

 居場所が分からなければ戦うことは出来ない。
 そんな期待を込めて質問をした。

「それなら大丈夫です。今日店に来たときにあの子の鞄に小さな蛇を仕込んでおきましたから。居場所の特定は出来ますよ」

(抜かりない……)

 期待は脆く崩れ去り、鳩ヶ谷は拳を握りしめた。

 自分の入れたコーヒーを、作ったクッキーをおいしそうに食べてくれた女の子と戦う……

 鳩ヶ谷の良心はそんなことを許せるはずがなかった。
 しかし鈴木に命を握られている以上、従わざるを得なかった。

「……わかった」


 情けない……!


 自分の命惜しさに非道な命令に従う。


 そんな自分が情けない……!


「さすがマスター。話が早くて助かります。一緒に協力してあの子を倒しましょう!」


 鈴木の笑顔は歪んで見えた。
 天使を騙る悪魔のような笑みだ、と鳩ヶ谷は思った。





































(どうすればあの味が作れる……?)

 家に帰ったみのりは今日行った喫茶店の味を忘れられずにいた。
 ベッドに横たわり、携帯でクッキーのレシピを検索しようとしたときだった。

 カサカサカサ

(なにか物音がしたな)

 音は部屋の隅からした。
 見ると、そこには紫の光を放つ蛇がいた。

「これは……ドーラで作り出した蛇か!」

 直感で分かった。
 この蛇は自然界に存在するものではなく、人の手によって作られたものだと。

 ベッドの引き出しに入れておいたスタンガンを取り出し、蛇に押し付けた。



 バチバチバチッ!


 蛇は抵抗する間もなく焼け死んだ。
 蛇は光となって霧散し、後には何も残らなかった。

(忘れていた……あいつらは契約者だ)

(今日出会った人物の中でこんなまねができるやつなんて、あいつらしかいない)

(あいつらは男で、契約者だ。いわば私の中の敵グラフの頂点に位置する存在。こんなことされて……許せるはずがない!)

 一時忘れていた男に対する憎悪の感情がふつふつとみのりの中に蘇る。

(上等だ。あいつら二人とも……私が倒す!)



 みのりは再び、戦いの螺旋に身を投じる。























 カランコロン


「いらっしゃいま……」


 ドクンッ!


 みのりにとっては二度目の、鈴木、鳩ヶ谷にとっては三度目の衝撃が体を震わせる。
 その衝撃を意に介さず、みのりは前回と同じ席に座った。

「いらっしゃいませ。昨日に引き続きのご来店ありがとうございます」

 鈴木は笑顔でみのりに話しかけた。

(こいつ、よくそんな笑顔が出来るな)

「コーヒーを、って言いたいところだけど」

「今日はあんたらを倒しに来た」

 にやり、と鈴木は笑みを見せた。
 その笑みはみのりにはとても不気味なものに思えた。

「ここでドンパチってわけにもいかないでしょ? 場所はあの契約の女に……」

「その必要はありませんよ」

藤洗ふじあらい港の第七倉庫、あそこは滅多に人が来ません。そこでどうですか?」

 罠かもしれない、と不安がみのりの頭によぎる。
 しかし、それよりも目の前の男への憎悪が勝った。

「わかったわ。夜の十時に倉庫で」

「……あなたたちを倒す」

 みのりは店を出て行った。


(十時って、店が終わるのを待ってくれるってことか?)

 鳩ヶ谷は心の中で思った。
 言葉にはしなかった。

「うまくいきましたね、マスター」

「……そうだね」

「うまく行き過ぎて怖いくらいですよ」


 鈴木は笑っていた。
 気は乗らないが逃げ出すわけにもいかない。
 抵抗も出来ない。
 鳩ヶ谷は歯がゆい思いをしながら仕事に戻った。




 約束の時間まで、あと四時間。



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