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魔王の誕生

掌握

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「魔王様、そのような奴らに騙されてはいけません!」
「そいつらも、俺達を傷つけた敵に違いありません、魔王様!」

 ……
 シオリと忍者が魔物達に語りかけてくれるが、魔物達はそもそも二人の話を聞いてもいないようだ。
 そりゃ、魔王であるはずの俺の言葉にすら耳を傾けないのだから、人間の勇者である二人の話をそもそも聞くわけがないと言えばそれまでの話でもあるのだが……
 魔物達にとって今の俺は、少なくとも恐怖の対象ではないようだが、同時に神のような崇拝の対象でもない。
 せいぜい、危険なところを救ってくれたぐらいの、都合の良い存在でしかないのだろう。
 魔王という肩書きも、魔物達を従わせるには役が足りないようだ。

「二人とも、もう良い。ここは俺がなんとかする……今の我なら、何とでもできよう!」
 どれだけ言葉で命じても、魔物達かれらはそれには従わないのだろう。
 だとすれば、仕方がない。言葉ではなく行動で。実力で示すより他に、手はあるまい!

<<■■■■■■傀 儡 術>>

 古代語に魔力を乗せて述べる。
 これは人ではなく、物に対して作用する古代魔術の一つである。
 故にこの言葉ことのはは、意識を保っている者には効果がない。
 出力を高めればあらゆる生物を支配することも叶うやもしれぬが……破られたときの反動リスクを考慮するとこれが限界なのである。
 だが、人型の人形や、気を失っている人間に対しては十分な効果を得られるのである。

 俺の口から出た奇声は、確かなを伴って、緩やかに円状に広がっていった。
 普通の声とは違い、伝わる早さは音速ではないようだ。
 ゆっくりと、大きな波をうねらすようにして、魔力の流れに従って広がってゆく。
 シオリと忍者は、この声の影響を全く受けていない……それどころか、俺が声を発したことにも気づいていないようだ。
 だが、この声の波が気を失っている人達の元に届いたとき、異変は起きた。
 彼らは確かにまだ気を失ったまま、四肢を糸で吊された人形のように、不自然な姿勢で起き上がる。
 気を失った人達を足蹴にしていた魔物達は、突然起き上がった人に驚きながら、だが俺の声の影響はやはり受けていないようだった。

つど傀儡かいらい。我が元へ!」
 俺が言葉を発すると、それを聞いた人達はふらふらとよろめきながら、のろのろと動き出す。
 目は閉じたまま。苦しそうな様子もなく、俺の言葉に従って、俺達の元へと近づいてきて、次の命令を待つように膝をついて頭を下げた。
 いや、そこまでは命令していないはずなのだが……
「頭を上げよ、そして命ずる。列を作り陣を組め!」
 俺の命令に従う人達の足取りは重く、まるでゾンビのように動きは緩慢だ。
 だが、魔物達もさすがにこの状態の隊列に攻撃を仕掛けることは難しいだろう。

 ……これでは、魔剣の力で人々を操っていた将軍とやっていることが同じなのかもしれない。
 だが、将軍は自分の利益のために人々をしていたが、少なくとも俺にそのつもりはない。
 とりあえずこの場を切り抜けることさえ出来れば、この『支配』は解除するつもりだし……
 そんな言い訳を、誰にでもなく自分自身に言い聞かせるようにして、改めて魔物達の方に向き直った。

「見たか、者共よ! こやつ等は我の命令にしたがう……我が所有物である。お主らがで手を下すとき、我に対して敵対宣言をしているのと同じだと知れ!」
 魔物達に向かって「人間に手を出すな」と命令すると、ほとんどの魔物は悔しそうに視線を下げた。
 身内の仇を見逃せという、簡単には納得できない課題を与えられて、どうするのか悩んでいるのか。
 そんな中、一匹の魔物が顔を上げ、俺に向かって詰め寄ってきた。
 ライオンや虎のような、大型のネコ科の魔物だ。彼は鋭い眼光で俺を睨みながら、口を開いた。
「……うっ、うるさい! 俺はお前が『王』だなどと認めるつもりはない! ここで……」
 魔物はそこで言葉を句切り……そして俺の目の前から瞬時に姿を消した。
 その直後、俺の真後ろから話の続きが聞こえてきた。
「我らに『王』など不要。ここで死ね!」
 俺に向かって、鋭い爪の生えた前脚が振り下ろされる。
「イツキ殿!」
 忍者が俺のことを心配する声が聞こえたが……なに、心配は要らぬ。

<<■■■■■■混沌の剣>>

 再び別の古代語を唱える。
 同時に刺客の足元に無数の黒剣が精製される。

 この剣は巨大な戦斧を作ったときと同じ、魔王の魔力で出来ている。
 無数の細剣は宙に浮き、束になって魔物の攻撃を受け止めた。
 そして、動きを止めた魔物の全身に容赦なく突き刺さっていき、魔物は恐怖に顔をゆがめながら気を失った。
 次の瞬間には、俺に従う獣型の傀儡が一つ完成した。

 どうやら、この魔獣は、魔物達にとってもかなり信用のおける実力者だったらしい。
 そんなこいつが俺の指示に従ってその場におとなしく座り込んだのを見て、明らかに魔物達が戦意を喪失したのがわかる。
 とりあえずこれで、少なくともしばらくの間は放っておいても大丈夫だろう。

「イツキ……なのですよね?」
「何を言っているんだ? 俺が俺以外の何かに見えるっていうのか?」
「いえ、気のせいなら良いのですが……」
「自覚はないようでござるな。剣を握った勇者のように、自我を失っているわけでもないようでござるし……」
 急に変なことを聞かれたから何事かと思ったが、二人は俺が『魔王』の力を手に入れたことで、暴走してしまう可能性を考えているのかもしれないな。
 だが今のところ、聖剣 / 魔剣ぶきを握ったときと比べて、変な感情がわき上がるといったこともないし、まあ大丈夫だろう。

「そういえば、忍者。お前にも魔剣が埋め込まれていたんだったよな……取り除いておくよ」
「そ、そうでござるか。助かるでござる……」
 さっきまでのやりとりを通して『魔王』の使い方がなんとなくわかってきた。
 このギフトは、死んで灰になった人や魔物が『魔王』に対して持っている印象をそのまま具現化した能力ということになる。
 だがそれと同時に、魔王とはあの空間の、全てのギフトの管理者的な存在でもあり、俺もその権限の一部を受け継いでいるようだ。

「よかろう。『洗浄』のギフトに経験値を投入……これで、魔剣の呪いもんしょうを剥がすぐらいは可能であろう。そして、『召喚』を『吸収』と『放出』に分離……よし、これで!」
 忍者の左手の甲に俺の手を重ね、強化された洗浄を発動する。
 すると魔剣の紋章が浮き上がり、お土産屋で売っている剣のキーホルダーぐらいの小さな魔剣を取り出すことに成功した。
 後はこれを、さっき分離した『吸収』で取り込めば、これで施術は終了だ。

「本当に、呪いを解くことが……助かったでござる」
「礼は別に良い。それよりも、次に向かうぞ!」
「そうでござるな……いや、イツキ殿」
「イツキ、その必要はなさそうですよ。向こうから……来ます!」
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