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魔王の誕生

魂の世界

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 気がつくとそこは、真っ黒な空間だった。
 俺の周りにはぼんやりとした、歪な形の光の球が浮かんでいる。
 そしてどうやら、俺自身の身体も同じように、手足もない同じ身体になっているようだった。
 アメーバのように常に形を変え、無重力空間のように何もない空間に浮かんでいる。

(ここは……どこだ? 俺は今、どういう……うぐっ)
 身じろぎをして他の個体と接触すると、頭に鈍い痛みが走り、同時に他人の記憶がに流れてくる。
(何も守れず、戦うことも出来なかった俺に生きている価値などない)
(だからといって、ただで死ぬのも馬鹿らしい。何せ俺は……)
(街を破壊された。家族を、友を、同族なかまを殺された!)
(蛮族共に復習を……復習を! 復習を!!)

 うわっ!
 魔物の強烈な意見をぶつけられ、慌てて身体を引き剥がす。
(今のは……?)
 感覚的な話になるのだが、俺が触れたのは一人や二人の感情では無かった。
 まるで、大人数に囲まれて、多方向から罵倒を浴びせられているような感覚がある。
 あの一塊ひとかたまりの中に、無数の魔物の魂が同居をしているようだ。
 どうやら、こいつらは互いに魂を混ぜ合わせることで、より大きな塊に成長しようとしているようだ。

(この場に留まっていると、危険なようだな……)
 よく見ると、俺の周りにはそれこそ無数の魔物の魂達が浮かんでいて、こうしている今にも塊同士が混ざり合っている。
 魔物と人間で魂に差があるからなのか、触れた瞬間に取り込まれるということはなさそうだ。
 だが、いつまでも無事とは限らないし、相手が大きくなったときに無理矢理、喰われてしまう可能性もある。
(とりあえず今は、こいつらから距離を置くように……)
 周りの気配を探ってみると、どうやらこの魂が集まった場所の外にも空間が広がっているようだ。
 それはまるで、星々が集まって形成された銀河のようで……

 そして、銀河の数は一つや二つでは無かった。
 この銀河には数百の魔物の魂が輝いているのだが、そこから少し離れた位置には別の魂が集まった別の銀河がある。
 銀河の数だけを数えても数百……いや、数千はあるように見える。
(……まさか、だが、なぜ?)
 この場所がどこなのか俺は知らないが、勇者召喚の儀式に取り込まれた魔物の魂が一時的に保存される場所なのだと思っていた。
 だが、そう考えると矛盾がある。

(勇者召喚で命を差し出した魔物は、確かに数百ぐらいはいたかもしれない……)
 だが、この数はあまりにも多すぎる。数百が集まった塊が、更に数千。
 つまり、この広い空間には、数十万もの魂が存在することになる。
 それだけの数がいたのなら、いかに敵が魔剣で強化されていたとしても、戦うのを諦める判断が速すぎる。むしろ、数で押し切るだけで勝てる可能性もありそうなものだが……

(……いや、そんなことを考えるのは後回しだ。今はとりあえず、この場から離れよう)
 魔物の魂に触れないように気をつけながら、泳ぐように抜けていく。
 今もなお儀式の魔方陣は魔物を吸い続けているのか、ポツポツと湧き出しては大きな魂の塊に吸収されていく。

 そのうちの一つが勢いよく飛び込んだ拍子に、魂の一部が飛び跳ねて俺の魂に降りかかった。
(魔物は俺の仲間を殺した……)
(この世界の人々は、魔物達に苦しめられている……)
 これは……?

 即座に振り払ったのだが、魂の持つ感情の一部が俺の中に伝わってきた。
 そしてどうやらこれは……
(この世界の住人と、俺と同じように異世界から召喚された勇者? 魔物の召喚陣に巻き込まれたのか?)
 こいつら自身が「魔物に殺された」といっている以上、魔物の記憶ではない。
 そもそも、魔物は自分たちのことを「魔物」とは呼ばないからな……

 外の世界で何かが起きているのか。それとも、俺が何かを勘違いしているのか?
 見極めておきたい。そのためには、リスクが高くとも他の魂を読み取る必要がありそうだ。
 試しに一つの塊に触手を伸ばし、少しずつ、魂の記憶を吸い出していく。
(赤髪の勇者様に頂いたつるぎを使っても、力が及ばなかった……)
(……俺は何を? 将軍を名乗る者に力を与えられ、気づいたら天使のような勇者の白い剣が俺の胸に……)
(なんだ、あの白い光の蛮族共は! 「正義正義」とわけのわからないことを……)
 ……聖剣の力を与えられた勇者。魔化物として将軍の傀儡になった勇者。そして、勇者に魔物だろうか。
 いずれも、儀式に巻き込まれたのではなく、戦いの中で命を失っている者達なのか……?

(もしかしてここは、死後の世界とか、そういうやつなのか?)
 問いを投げかけても、答える者がいるはずもない。
 そう思って。これは独り言のつもりだった。
(クハハッ! 良い推理だ……だが、違う。いや、「厳密には違う」と言った方が良いのかの?)
(…………)
 だから、突然聞こえた返答に思わず言葉を失ってしまう。
 心に直接響くような魂の声は、いつの間にか目の前にあらわれた強い輝きが発しているようだ。
(……お前は、誰だ?)
(なるほど良い問いだ。だがこちらこそ問おう。お主こそ誰だ?)
(俺は……明野樹。異世界から召喚された勇者だ)
(人間共の『召喚』で引き寄せられた者だな? ……それでお主は、なぜここで意識を保っていられるのだ?)

 ……言われてみれば、それもそうだ。
 他の魂達は皆、自我を失ったように漂っている。こうして自由に行動できているのは、俺と、俺の目の前にあらわれたこの謎の存在だけのようだ。
 俺は、俺自身に何か特別な才能があるなどとは思っていない。
(呆けた顔をしよって。まあ、良い。それでさっきの話であったが……)
(そうだ。ここが「死後の世界では無い」と言うのなら、一体ここは何なんだ?)
(その前に、我のことから話しておこう。初めまして……では無いはずだがな。我はこの幽世かくりよの主。お主らの世界で言うところの……そうか。この姿では見覚えが無いか。しばし待て)

 その魂はそう言って言葉を句切り、同時に姿形が変わっていく。
 完全に近い球体がゆがみ、徐々に人の形に近づいていく。
 鋭くとがった細長い両足。ぐねぐねと渦巻きながら、長い角が伸びる。
 場違いなぐらいに真っ白い翼が背に生えている。
 デフォルメされた人型に、聖化と魔化を組み合わせたようなその形は、美しさと同時に恐怖を駆り立てる。
 俺はこいつに会ったことがある。は直視すら出来なかった存在が俺の目の前に立ち、名乗りを上げた。


(改めて名乗っておこう。我は、お主らの世界で言うところの……『魔王』と喚ばれる存在である)
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