上 下
77 / 89
魔王戦争

修繕

しおりを挟む
 確かに言われてみれば、あの魔方陣は素人目に見ても歪な部分や線が欠けて消えかかっているような場所もある。
 シオリによると、今はエネルギーがうまく流れずに一部で滞留しており、そのせいで更に多くの犠牲が必要になってしまっているらしい。

 そもそも、自分たち自身を生け贄に捧げるようなこんな儀式は今すぐにやめさせるべきなのだが、魔物達を止めるのが難しい以上、邪魔をするよりもむしろサポートした方が最終的な犠牲は減る。
 もしかしたらこの儀式で召喚された新たな勇者が、魔物達の望み通り全てを解決してくれるかもしれないし、儀式が失敗しても諦めて避難をしてくれることだろう。
 例え勇者が召喚されても、召喚されたばかりの勇者はレベル1の状態だから、魔剣や聖剣によって強化された魔 / 聖化物バケモノ相手に戦えるかどうかは微妙なところだが……
 今みたいに中途半端な望みだけがある状態で、逃げも隠れもせずに命を捨て続けるのが一番悪い。

「まず、魔方陣の消えかかっている線を補強する必要があります……ですが、余計な線を加えてはいけません。硬い石材を適切に削り取るのは難易度が高いのですが……」
「わかった。それは俺がやる。シオリは俺に指示を。忍者は、魔物達が逃げるための道を確保しておいてくれ」
「任せるでござる! ついでに、勇者が近づかないように見張りと時間稼ぎもしてくるでござる!」
 そう言って、忍者は音もなく消えた。
 宣言したとおり外に出て、いろいろと暗躍してくれるのだろう……忍者に任せれば、少しは時間稼ぎが出来るだろう。
 その間に俺達は、なんとかこの儀式を完遂させる必要がある。

「シオリ、まずは俺は、どこを削ればいい?」
「そうですね、あのあたりの……図示しますね。ここのこうなっている部分と、こちらのこの部分を線でつないでください」
 シオリは、地面に簡単な図を書きながら説明してくれる。
 実物と見比べると……なるほど、あそこか。
 勇者召喚の魔方陣はかなり巨大だが、書かれた図がわかりやすいのもあって、すぐに説明されている場所を理解することが出来た。
「とりあえず近づいてみる。間違えるとまずいから、掘る前に一度確認するが……気をつけた方が良いことはあるか?」
「そうですね……他の線には被らないようにすることと、あとはできるだけ、自然な曲線を描くように気をつけてください。それと確認の件ですが、儀式によって魔力が渦巻いているので通話のような魔術は使えません。ジェスチャーで合図をください。掘りはじめと、掘り終わりの位置をそれぞれ指さして私の方を向いてください。問題なければ丸印、間違えていれば罰印を出します」
「了解した。それじゃあ行ってくる!」

 魔力を感じることの出来ない俺からすると何もわからないのだが、魔術も使えないほどに魔力が渦巻いているということは、儀式の生け贄になったという魔物達は、確実に魔力に変換されているのだろう。
 顔も名前も知らない魔物達の命だが、失われたこと自体は悲しくても、無駄になったわけではないと思うと、幾分か気が楽になる。
 今まで出会ってきた魔物は、人間と比べると情に薄く、仲間の犠牲など気にもしないようなイメージがあったが、こうして仲間の為に自分自身の命さえも差し出せるということは、それは俺の思い込みでしかなかったのかもしれないな。
 猫やオニビも魔物の一種であるという意味では、そんなことは知っていたはずなのに。
 いつの間にか俺の中で「いい魔物」と「悪い魔物」を区別していて、「悪い魔物」にだけ偏見を持っていたのかもしれない。
 魔物に違いなんてないだろうし、生き物という意味では人間だって同じなはずなのに。

 そんなことを考えながら走っていると、魔方陣の、シオリに指示された場所に到着した。
 線を引き始める場所と引き終える予定の場所を指さしてシオリの方を見ると、頭上で大きく輪を描いている。
「よし、間違いなさそうだな……」
 他の魔物達は、魔方陣の中に走ってきた俺を見て、不信感を持ちつつも今のところ手出しをするつもりはないようだ。
 シオリに言われたとおりに、魔方陣の線から枝分かれさせるようにして、別の線に結びつくような新たな線を加えていく。
 下書きも無しの一発勝負だが、多少ぶれても他の線と重なりさえしなければ問題ないようなので、あまり慎重になりすぎない方が、良いかもしれないな。

 開始地点にソラワリをグッと押し込むと、確かな手応えと共に剣先が食い込んだ。
 そのまま慎重に剣を押し込みながら引いていくと、2センチほどの溝が出来上がっていく。
 シオリが言うとおり魔力が滞留していたのか、掘り始めると力を入れなくても掘り進められていく。
 このまま力を緩めてしまうと、勝手に線が延びて、別の場所に合流してしまいそうだ……
「ぐっ……」
 力で無理矢理コントロールしようとすると、すぐに滞留してダマが出来てしまいそうだ。
 そう判断した俺は、できるだけ慎重になりつつも、勢いを殺さないように一気に線を引く。

 最後には振り抜くような形で地面に線を引くと、目的の場所につながった時、魔方陣全体が淡く輝いた。
 シオリの方に目を向けると、頭の上で再び大きな丸印を作っている。
「さて……次の線はどこか聞くために、戻らないとな」
 そんなふうに気を抜いたのが良くなかったのだろう。

 ぼんやりとした光を放っていた魔方陣が突如明滅し始める。
 やばそうな雰囲気を感じて走って距離をとろうとするが、同時に魔方陣の中心に引力が発生する。
 どうやら引き寄せられているのは俺だけではないようで、生け贄の行列待ちをしていた魔物達も吸い込まれるように中心部に集められていき……
 魔方陣の中心点の真上に、小さな黒い穴がひらいた。
 地面から1メートルぐらいの位置に、不自然な黒い点が浮いているようにも見える。
 おそらく……だが、間違いない。あれが勇者を召喚する、別世界とをつなぐ門のような役割なのだろう。

 たった一本の線を加えるだけでここまで儀式を進めるとは、さすがはシオリだな。
 だが、まだ儀式が終わったわけじゃないから、次にどの場所に線を引くのかを聞かなくてはいけないのだが……
 魔物達の様子を見ると、呆然と空間の穴を凝視している。
 魔方陣の中に入り込んだ俺のことを気にする余裕もないような魔物達でも、さすがにこれは無視していられなくなったのだろうか……いや、違う?
 これはどちらかというと、意識をあの『穴』に吸い込まれているような……いや、吸われているのは意識だけではないのか?

 様子のおかしい魔物を観察していると、不意に一匹の魔物がバサリと音を立ててその場に崩れ落ちた。
 よく見るとその魔物は身体の末端である手足から順に崩壊していて、やがて全身が灰になって消滅した。
「あの穴、魔物達のエネルギーを喰らって……いや、まさか魔物達だけじゃない!?」
 いつの間にか、俺も力が抜けているし、まるで穴に向かって下り坂になっているかのように、俺の体が引き寄せられていく。
 俺は高レベルの勇者だから、他の魔物と比べてエネルギー量も多いのだろうか。
 俺の中から力が抜けていくのが感じられるし、それと同時に俺自身の身体まで引き寄せられている。
 なんとかその場から離脱しようとするが、見えない縄を結びつけられたかのように、あの『穴』から離れることが出来ない。
 どころか、引力は徐々に強くなっていき、しかも俺の力はみるみる落ちていく!

「くそ……このままだとまずい……!」
 姿勢を低くしてソラワリを床に突き刺してなんとかその場に止まるが、これもいつまで保つだろうか……
「イツキ! 今助けに行きます!」
「駄目だ、シオリ! 近づいたら巻き込まれる!」
 いつの間にか、シオリは声が届くような距離まで近づいてきていた。
 今はまだ余裕のある場所にいるようだが、抜け出せないようになってからでは遅い!

 その瞬間、いろいろな考えが頭をよぎった。
 あの『穴』の周りを回転しながら加速して重力圏を離脱……いや、無理だ。地に刺さったソラワリから手を離した瞬間に、一気に吸い寄せられ手しまう。
 もう一本、召喚サモンのスキルで剣を生み出して、地面に突き刺しながら……いや、これも無理。一秒ごとに筋力が落ちているような状況で、
 シオリに、ロープのようなものを伸ばしてもらうか? だが、そんな都合良くロープなんて持っているだろうか。
 ならば、シオリの魔術で……いや「魔術は使えない」と言っていたような……

 そうこう考えている間にも時間は過ぎていく。
 駄目だ、どの方法も現実的ではない。このままだと最悪、俺だけでなくシオリや、更にそれを助けようとした忍者やアカリまで巻き込まれる可能性がある。
 これを避けるためには……どこかでを切り捨てる必要が……
「シオリ、お前まで巻き込まれる必要はない! お前は忍者とアカリと合流して……この世界のことは、あとは任せた!」
「何を馬鹿なことを言っているのです! 、あなただけが犠牲になるつもりですか!?」
「それは……済まない。どうやら俺は、この世界ではそういう役割らしい」
 運命なんてものは信じてもいないが、もしかしたら全て、最初のギフト選定で手を抜いた俺に罰が当たったのかもしれないな……

 なんて、柄にもなくそんなことを考えたりしながら、俺はソラワリから手を離した。
 力を抜くと、召喚陣の穴ブラックホールに向かって一直線に落ちていく。
 身体から、何か重要なものが抜け落ちていくような感覚がある。
 俺という存在が分解されていき……

 俺の意識は、次の瞬間に途絶えた。
しおりを挟む
感想 216

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。