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魔王戦争

呼び水

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 忍者のあとを追いながら走っていると、魔化していない勇者と遭遇した。
 彼の左手には『魔剣』の紋章が見当たらず、代わりに右手に『聖剣』の紋章が描かれている。
 どうやらこいつが、忍者の言う「別の勇者」のようだ。
 大将軍によって魔化物バケモノにされてしまった元勇者や元魔物と違い、まだ人間の姿をしているのだから、もしかしたら話を聞けば何かわかるかもしれない。

 急いでシオリの元に向かわなくてはならないとは思うのだが、あまり時間をかけなければ問題ないだろう。
「なあ、お前。勇者……だよな?」
「そうだ。俺は赤髪の勇者に聖剣を託された勇者! 正義の名の下に、この都市の魔物を滅ぼす!」
「やっぱりそうなるのか……お前らは、誰かに操られてここに来たのか? それとも」
「馬鹿にするな! 俺は俺自身の『正義』に従ってここにいる! ……お前こそ、聖剣を持っていないということは、たいした理由もなくここに来ているのだろう? ふん、それで『使命』のある俺達のことをうらやんでいるわけだ!」

 ……もはや何を言っても通じなさそうだ。
 忍者と目を合わせても、黙って首を横に振るだけ。
 元の性格がどうだったのかは知らないが、かなり聖剣の毒に犯されているようで、これ以上話をしてもあまり意味はなさそうか。
 このあたりで適当に切り上げることにしよう。
「そうか、声をかけたりして悪かったな。お前は、お前の正義のために戦えば良いと思うよ」
「あたりまえだ! お前らも、早く自分自身の『正義』を見つけ出すことだな!」
 余計なお世話だ。
 と、言いたいところだが、そんなことを口にしても面倒ごとが増えるだけだ。

「二人とも、目の前に例の魔化した化物がいるでござる! 勇者殿、ここはイツキ殿に任せて……」
「ああ、あれは俺のソラワリとコトワリで元に戻すことが出来る! だからここは俺に……」
 ちなみに、あの魔化物に対して、忍者も攻撃を試してみているが、その時は一時的にダメージを与えるだけで、すぐに回復してしまっていた。
 おそらく、ソラワリやコトワリの力がなければ、殺すことは出来たとしても救い出すことは出来ないのだろう。
 一歩前に足を踏み出すと、俺の制止を無視して勇者がうつろな足取りでふらふらと前に出る。

「正義……正義……正義正義正義……」
「どうしたんだ? ついさっきまでは普通に話が出来ていたのに……」
「これは……あの魔化物と共鳴しているでござる?」
 俺と忍者のことを完全に無視して、勇者は「正義正義」と口ずさみながら魔化物に近づいていき、聖剣の描かれた右手を前に突き出すようにする。
 すると、聖剣の紋章が激しく光り出し、その光は勇者の身体全体を包むようにして、天に昇る光の柱になる。
 日本人特有の黒色だった勇者の髪はみるみる色が抜けていき、背中には聖化特有の羽が生え始める。
「正義。正義の名の下に。敵を殲滅する」
 非人間的なまでに真っ白な肌に変色した勇者……元勇者の聖化物バケモノは、機械音声のように感情のこもっていない言葉を口にして、右手に生み出した純白の聖剣を掴んで魔化物の元へと走りだす。
 魔化物も聖化物に気がついたようで、身体から無数の魔剣を生み出して聖化物を迎撃する。

 莫大なエネルギーを持つ化物同士の戦いは、周囲への被害を更に拡大し、戦いはさらに激しさを増していく。
 かろうじて原型を保っていた魔物の都市の建物はガラガラと瓦解していき、そんなことは気にもせずに魔化物と聖化物は魔剣と聖剣をぶつけ合う。
 どちらも、アカリと将軍ほどの力は持っていないはずなのだが、こちらには互いにリミッターを外しているのか、周りへの遠慮が全くない。
 クソッ……魔化物だけでも対処が大変だったのに、更に余計な手間が。
 聖化物も、魔化物と同じようにソラワリとコトワリの力で元に戻せると思うが、今の状況でどちらかだけを元に戻してしまうと、その瞬間、無防備になった勇者や魔物がもう片方の攻撃の余波で被害を……災厄の場合命を失ってしまうことも考えられる。
 これではうかつに手を出せない……

「イツキ殿、こいつらはもう止められないでござる! 拙者達はひとまずシオリ殿の元へ!」
「あ、ああ……そうだな。案内してくれ、忍者!」
「こっちでござる! 急ぐでござる!」
 忍者について、更に都市の中を移動していく。
 もはや通りがけの魔化物さえも無視して走るのだが、その間にも都市のあちこちで光の柱が天に昇っていた。
 あの一つ一つで勇者が聖化物に変化しているのだろう。
 この都市の魔物達はすでにシオリの元に避難しているらしいから死人やけが人は最低限に抑えられるのだろうが、ここまで破壊されてしまった都市で再び生活するのは難しいに違いない。
 そんなことを考えながら走っていると、忍者が岩壁の前で立ち止まり、その瞬間に人が一人だけ通れそうな小さな穴が開く。
 黙ってその穴に入り込むと、そこは魔方陣の描かれた神殿のある場所だった。
 都市の中でも奥の方にある広い場所ということで避難場所に選ばれたのだろう。

 俺達が通り抜けた瞬間に穴はすぐに閉まってもとの岩壁に戻る。
 おそらくこれはシオリが魔術で作った岩壁なのだろう。
 そのまま進んでいくと、杖を操作していたシオリが俺達の方へ駆け寄ってくる。
「イツキ、それに忍者も。良いところに来てくれました!」
「シオリ、気づいているかもしれないが、面倒なことになった。俺達だけでこの状況はどうにもならないから、魔物達を説得してこの都市から避難を……」
「それどころではありません! あの魔物達、あの陣で儀式を発動しようとしています!」
 シオリに言われて魔方陣の方を見ると、無数の魔物が陣の中心に向かって膝をついて、何度も頭を下げていた。
 まるで、どうしようもない世の中に絶望をして、それでも祈りを捧げるかのように。

「しかし……勇者召喚の儀式はもう出来ないはずでござる……」
「そうなのか? 俺達だけでなく、ティナ達も勇者召喚なんだろ? 二度できたということは、三度目が出来ても……」
「そういえば、イツキは知らないのですね。勇者召喚の儀式には相当量のエネルギーが必要なのです。私たちや第二次勇者の召喚には人間界を守っていた結界のエネルギーが使われました。錬金術師の計算では、同じ儀式を発動するには少なくとも十年以上の期間が必要なはずなのです……」
 そうだったのか。ティナが召喚されたときは俺は石化した状態だったから詳しく知らないが……
「と言うことは、魔物達あいつらがやっているのは無駄なことなのか?」
「それは……普通に考えればそうなのですが、十年以上の期間を短縮する方法が一つだけあるのです。要するに、エネルギーさえあれば良いわけなので……つまり彼らは、儀式の供物として自分たちの肉体や精神を生け贄に捧げようとしているのです!」

 魔物達は、恐怖を押し殺すような表情で祈りを捧げ、一人ずつ順番に魔方陣の中心に近づいていきそこでナイフを自身の身体に突き刺していく。
 ナイフの刺さった魔物からはみるみる生気が抜けていき、たった数秒で灰になって消滅し、その場にはナイフだけが残される。
「彼らは私が止めようとしても話も聞かず。ああして、すでに数十の魔物が命を……救うためにここに集めたのに、結局私は……」
「落ち着け、シオリ。落ち着くんだ!」
 シオリの腕には、何者かに引っかかれたような傷跡がいくつも見受けられる。
 おそらくこれは、魔物達を力尽くでも止めようとしたときについた傷なのだろう……そして、そんな努力も虚しく魔物達は自らの命を召喚儀式の供物として差し出してしまったのだろう。

「クソッ……あいつらを逃がしてやらなきゃならないって時に……! これじゃあ、魔物を守るために戦っている俺達が馬鹿みたいじゃないか!」
「仮に拙者達が魔化物や聖化物を全滅させたとしても、すでに少なくない命が使われている以上、彼らが儀式を途中でやめるとは思えないでござる……そもそも、それが難しいからここに戻って彼らを避難させようという話になったのでござるが……」
「いや、アカリが将軍を倒せば魔化物達が元に戻る可能性は、ある。聖化物が魔化物に共鳴しているのなら、そっちも同時に収まる可能性だって、ゼロではない。だが……」

 仮に全てが収まったとしても、魔物達が「じゃあ、もう儀式は必要ない」と言って、簡単に納得できるだろうか……
 理屈の上では、これ以上の犠牲を出さないためにも儀式をそこで止めるのが正解だとしても、そんなことをしたら失われた命に申し訳がない。そう思う気持ちもよくわかる。

「イツキ、忍者さん。提案なのですが、私たちもあの儀式を成立させるために手を貸しませんか? もちろん、私たち自身が生け贄になるようなことではなく……」
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