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3巻

3-2

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「アケノ! それでは私は先に行ってますね!」

 俺たちがそんなことをしているうちに、いつの間にかティナさんは地上から垂れ下がっているロープの真ん中あたりまで上っていた。
 ロープは岸から離れた川の真ん中に垂れ下がっているのに、ティナさんの身体が濡れている様子はない。
 以前アカリたちとこの洞窟に来たときは、俺がびしょ濡れになってロープをたぐり寄せたというのに。
 ロープが激しく揺れているから、おそらく岸から飛び移ったのだろう。五メートルは離れているはずだが……さすがはレベルが上がっているだけのことはある。
 ということは、ティナさんよりレベルが高い俺にも同じことができるはずだ。

「俺も行く! それじゃあ三人とも、しっかり掴まっていろよ!」

 ロープは周期的に揺れている。こちらに近づいてきた一瞬を見逃さず、思い切り飛んでロープを掴み、そのまま一気に身体を引き上げる。
 先を行くティナさんは、洞窟の天井を越えたようで、すでにここからは見えなくなっていた。
 俺もさっさと追いついてしまおう。そう思って、両腕に力をこめて身体を引き上げていくと、やがて懐かしい地上の光が見えてきた。
 そして、洞窟の天井を越える。
 あとひと息だと思って、気合を入れ直そうとしたところで、金属同士がぶつかるにぶい音が聞こえてきた。
 ロープを一気に上って地上に行くと、そこではティナさんと数匹の鬼が向かい合っていた。
 ティナさんは、さっきまでは持っていなかった灰色の短剣を両手に装備していて、棍棒や短剣で襲いかかってくる鬼の攻撃をしのいでいる。
 人数ではティナさんが不利なのだけど、それぞれの表情を見る限り、実態はむしろ逆のようだ。鬼たちは必死の形相ぎょうそうで襲いかかり、彼女は涼しい顔をして、それをあしらっている。


 本来なら、すぐにでもティナさんの助けに入るべきだけれど、そうしなかったのは、そうする必要を感じないぐらいに圧倒的な実力差があったから。
 むしろティナさんは、鬼相手に手加減をして、何かを狙っているように見える……

「イツキさま……ティナさまからごれんらくです!」

 鬼とティナさんの戦いを眺めていると、足下から、ささやき声が聞こえてきた。
 目を向ければ、そこには小さなオニビがゆらゆらと揺れている。ティナさんが地上に連れてきたオニビたちの一体なのだろう。

「伝言? 俺に?」
「はい! えっと、わたしがアクヤクをやるので、イツキがセイギノミカタをやってほしい……そうです!」
「悪役……と、正義の味方?」

 一体何のことだ? 正義の味方って、つまり俺は何をすればいいんだ?
 さらに別のオニビがやってきた。

「追加でごれんらくです! おにたちから、じょうほうを聞き出したいので……だ、そうです!」
「……情報を聞き出す?」
「もう面倒なので、声を直接つなぎます、だそうです!」
『……あ~、アケノ? 聞こえますか?』

 オニビたちが合体して一体になると、そこからノイズの混じったティナさんの声が聞こえてきた。オニビを拾い上げて、肩に載せて耳にあてる。すると、声がクリアになった。
 向こうにもオニビがいて、彼ら同士で魔力を共振させることで、電話みたいに声を相手に届けることができるらしい。

「ティナさん、聞こえてるよ。悪役とか正義の味方とかって、どういう意味だ?」
『え~……その、彼らに少し聞きたいことがあるのですが、拷問ごうもんするのは手間なので……。アケノは今から鬼たちの助けに入ってください。私は適当に、やられた振りをします』

 つまり、正義の味方っていうのは、今まさにやられそうになっている鬼たちから見た救世主になれってことか。
 確かに俺も、魔王軍の状況とかは知っておきたいから、聞けるものなら聞いておきたいけど……

「そんなので、簡単にだまされてくれるのか?」
『彼らは、地上に見張りを残す知性がありますし、味方同士で言葉を交わすこともできるようです。でしたら、上手くやれば何か情報を聞き出すことも可能かと。失敗したら、そのときは経験値にしてしまいましょう』

 そういうことなら、試してみる価値はあるのかもしれないな。
 ティナさんの持つ賢者のギフトは、鬼の強さや種族名などは見ただけで分かるらしいが、鬼自身以外の情報――例えば、魔王軍の情報など――は分からないらしい。
 拷問ごうもんして聞き出すという手もあるが、それよりも鬼たちの味方になりすまして聞き出す方が早くて確実だ。

「そういうことなら、分かった。五秒後に飛びかかるから、準備しておいてくれ」

 どうやら、鬼たちはまだ俺の存在に気がついていないようだ。
 だからまずは、いかにも「今来ました!」みたいな感じを演出する必要がありそうだな。
 とりあえず、レベル50超えの脚力で、高くジャンプして――ティナさんと鬼たちの間に着地する。
 念のため、鬼に背中から攻撃されても対応できるように注意しつつ、鬼たちをかばう形でティナさんをにらみつける。

「……? こ、今度は一体、何ごとでげす? おめえはいったい、誰でげす?」
「そうだな、俺は……そう、ノワールだ。お前たちが襲われているのを見て助けに来た、ただの魔族の味方だ!」

 本名を名乗るわけにはいかないと思い、つい中二病な名前を言ってしまった。
 よく考えたら別に、鬼たちは俺のことを知らないはずだから、「イツキだ!」と本名を名乗っても問題はなかった気がするが……気にしてももう遅いか。

「ノワール……でげす? どうして人間なんかが、おれっちたちのことを?」
「そうだな……俺は、実は魔族の血を引いているんだ。だから俺は、仲間であるお前たちがやられるのを見ていられなかったんだ!」

 とはいえ、鬼たちは、そんなこと簡単には信じないだろう。何か根拠になるような……そうだ!

「実はこの姿は、人間界に溶け込むための仮のもので、本当の姿は……」

 そう言いながら、左手に魔剣を召喚する。と同時に、魔化が始まって、俺の姿が魔族のそれへと変身していく。

「あ、あなたは一体、だれですかー! わ、私の邪魔を、しないでくださいー!」

 ティナさんは、魔化する俺に向かって、棒読み気味な台詞せりふを放つ。鬼たちは演技だと気づいていないみたいだし、俺も演技に付き合うとしよう。

「俺はノワール。この鬼たちを傷つけることは、許さん!」
「ノワール様! やつはなかなかの強敵でげす! お気をつけくだせえ!」
「ああ、任せておけ! 魔剣のさびにしてやるぜ!」

 どうやら、鬼たちの信頼を得ることには成功したらしい。
 こうして演技をしている間にも、魔剣のカウントダウンは進んでいくから、とっとと話を進めることにしよう。

「てりゃー! えいっ! 食らえっ!」
「ふっ、はっ……とお!」

 ティナに当たらないように手加減しながら剣を振ると、彼女の持つ短剣と俺の魔剣がぶつかり合って激しく火花が散る。
 普通の剣であれば、魔剣の切れ味で真っ二つになってもおかしくないのに、彼女の武器は刃毀はこぼれひとつない。創造クリエイトのギフトで作り出したものだろう。さすがは俺と同じラストワンのギフトと言ったところか。
 とにかく、派手に火花が飛び散っているおかげで、鬼たちかんきゃくは、これが演技だと気づいていないようだ。そろそろ決着をつけることにしよう。……いや、決着って、どうやってつければ?

『アケノ、私の身体をぶった斬ってください!』
「え、でもそんなことしたら、ティナさんも無事では……」
『実は、この身体はすでに創造クリエイトで作成したダミーに置き換えてあるのです。なので遠慮は不要ですよ!』

 そういうことなら……
 俺が、わかりやすいように「すきあり!」とさけんで、魔剣を思い切り突き出すと、剣はティナさんの胸に吸い込まれ、そのまま貫いた。
 彼女の身体はボロボロと崩れ落ちて、土に戻っていく。

『どうですか? 上手くいきましたか?』

 耳元のオニビからは、倒したはずのティナさんの声が聞こえてくる。どうやら、少し離れた場所からこちらをうかがっているらしい。
 鬼たちの様子を確認すると「やったでげす?」「やったでげす!」と、手を取って喜び合っている。こんな演技でも上手くいったようだ。

「どうやら、うまくだまされてくれたみたいだ。……これから、どうする?」
『とりあえず、護衛のためとか適当に言って、彼らに同行してください。アジトをあぶり出しましょう。アケノ、お願いできますか?』

 ティナさんも、あまり深く作戦を考えているわけではなさそうだ。これは、臨機応変に対応する方が大切だ。

「了解。上手くいくかどうかは分からないけど、とりあえず試してみる。それじゃあまた後で」
『ではアケノ、上手く鬼たちを説得してください。私たちは、気づかれない距離から見守ってますね』
『私も応援しているにゃ! あと、もう少しゆっくり動いてほしかったにゃ!』

 ティナさんの声に交じって、猫の声も届いてくる。どうやらいつの間にか振り落としていたらしい。
 そして、それっきりティナさんからの声は聞こえなくなった。
 とりあえず黙っていても何も進展しないから、鬼たちに話しかけてみることにしよう。

「あー……ところでお前たちは、こんな場所で何をしていたんだ?」

 声をかけると、二匹の鬼は騒ぐのをやめ、真面目な顔で俺の方に向き直った。

「おれっちたちは、隊長キャップに言われて、この紐を見張っていたでげす」
「キャップ……? そうか。これを見張っていたのか。それで、そのキャップっていうのは?」
「キャップはしばらく前にこの穴を降りて……連絡がないでげす。きっとあの人族に、殺されたんでげす……」

 状況から見て、この鬼たちの言う「キャップ」とは、俺たちが地下洞窟で倒した大きな鬼のことだろう。だますのは少し心苦しいが、今はそのことは黙っていよう。

「そうか、それはまあ……残念だったな」
「そ、そんなことはないでげすよ、ノワール様! あいつはおれっちたちのことを道具のようにこき使って、しかも手柄は全部持っていこうとするクズヤロウでげす!」
「そうでげす! だから、ノワール様のような上位魔族に会えたおれっちは、むしろチョーラッキーってやつでげす!」
「そんな感じだったのか……」

 思ったよりも、彼らは仲間意識を感じていないらしい。同情して損をした気分だ。
 そして、大鬼以外にも仲間の鬼が二匹いたのだが、そちらには触れすらしない。
 おそらく、人間とはそのあたりの価値観が違うのだろう。
 そんなことを話しているうちに、魔剣の制限時間が訪れた。
 魔剣の重さが左手から消失し、カウントダウンが切り替わる。これであと半日近い時間、魔化したこの姿が続くことになるが……これから魔族のところに侵入することを考えると、逆に都合がいいのかもしれない。

「なあ、よかったら俺をお前たちのアジトまで案内してくれないか? 魔王軍の偉いやつらに挨拶あいさつをしておきたいし、お前らも護衛なしで移動するのは心細いだろう?」
「そういうことなら、こっちからお願いしたいでげす! ノワール様は、魔王軍の別部隊でげす?」
「あ、ああ……まあな。そう、俺は今、極秘任務で人間界に潜入している。他のやつには言うなよ?」
「なるほど! だからさっきは、人間の姿をしていたんでげすな!」
「さすがノワール様でげす! まるで本物の人間のようだったでげす!」

 正直、上手く嘘をつくことができたとは思えないが、鬼たちが俺を疑う様子はなさそうだ。
 時折「これで、おれっちたちも勝ち組でげす!」とか「ノワール様についていけば、大出世間違いなしでげす!」とか言っているから、欲望に目がくらんでいるのかもしれないし、単純に知能が低いのかもしれない。
 仲間である鬼の死を哀しまないどころか、それすら利用しようとする態度にはいらだちを感じるが、今は俺もそれを利用させてもらおう。

「とりあえず俺のことは、他のやつには『人間界に隠れて生息していた魔族だ』と説明してくれ。それじゃあ、案内を頼む」
「極秘任務だから、仲間にも秘密ってことでげすな! リョーカイでげす!」
「案内はおれっちに任せるでげす! こっちでげす!」

 案内を頼むと、鬼たちはすてすてと軽快な足音を立てて走り出した。
 背の低い彼らの姿を見失わないようにしながらついていくと、森を抜けて平原を少し進んだ先に小さな村らしきものが見えてきた。
 村の外壁は多少汚れているが、それ以外は普通の村と見分けがつかない。
 これなら、たまたま人が通りがかっても、魔物の巣だとは気づきもしないだろう。
 小走りで先行していた鬼たちに追いつくと、彼らは軽く息を弾ませつつ振り返って俺を見た。

「ノワール様、あれが、おれっちたちのアジトでげす!」
「おれっちたちの後ろについてきてほしいでげす!」
「……分かった。任せる」

 鬼たちについていき、粗末な木材を組み合わせて作られた門を抜けると、村の中には何種類もの鬼や魔物がおり、興味深そうにこちらを見ていた。
 民家の屋根の上で寝転がっている鬼や、壁によりかかって休んでいる大鬼。
 見渡す限り、様々な魔物がうようよと徘徊はいかいしている。
 実力的には、倒せないことはない。だが、この数を一度に相手するのは難しそうだ。

「申し訳ありませんでげす、ノワール様。やつら、新入りが来たと思って、ノワール様にぶしつけな視線を……」
「ああ。それぐらいは仕方がないと思うが」

 むしろ俺が気になるのは、この殺気が、俺よりもむしろこの二匹の鬼たちに向いているように感じられることなのだが。
 二匹の鬼は、そんなことを気にする様子はない。もしかして、俺の勘違かんちがいだろうか。
 そのまま歩いてたどり着いたのは、このあたりで一番大きな屋敷の前だった。

「つきましたでげす、ノワール様。ここでしばらく待っていてくださいでげす!」

 俺が屋敷の様子を眺めていると、鬼のうちの一匹は背筋をピンと伸ばして俺の真横に待機し、もう一匹は堂々と、屋敷の中へ入っていった。
 改めてこの建物を見れば、とても鬼たちが即席で作ったとは思えないぐらいに壮観で、豪華な造りだった。
 開きっぱなしになっている門の中をのぞいてみる。すると、しばらく手入れされていないのか、やや汚れた……荒れた感じだが、元が良いものなのか、その汚れすらも歴史を感じさせるアクセントになっている。
 そしてそんな中に、粗雑に組まれたおりらしきものがあるのが目に入った。
 建物が職人によるものだとすれば、それこそ野蛮人が作ったとしか思えないが……

「まさか、あれは……?」

 嫌な予感がする。暗く光が届かないおりの中に目をらすと、そこにはぐったりと横たわる人々の姿があった。そこで俺は理解した。ここは、鬼たちが作ったのではなく、元々は人間の村だったのだ。鬼が作ったのは、この粗末なおりくらいだろう。

「っ!!」

 身体中に傷跡を残す村人と思われる人の姿を見て、思わず強烈な殺気を放ってしまった。
 そこらにいた鬼がピクリと反応したが、彼らはその正体までは分からなかったようで、数秒後には「気のせいか」とでも言いたげな表情で落ち着いた。
 だが、遠くから観察しているティナさんは、こちらの様子に気がついたらしい。
 背中に張りついていたオニビが肩に移り、俺の耳元に近づいてくる。

『アケノ、どうかしましたか? 何か問題が?』
「ティナさんどうやらここは、元々人間の村だったのを、鬼たちが占領しているみたいだ。村人たちは、殺されたか捕らえられたか……」
『やはりそうでしたか。気持ちは分かります。ですが、もう少し我慢してください。今暴れても、騒ぎに乗じて首魁しゅかいには逃げられてしまいます。私の仲間を呼び集めていますので、アケノは時間稼ぎをしてください』
「そうか、分かった」

 この鬼たちの陽気な様子を見て、「猫たちと仲良くできたのと同じく、鬼たちとも仲良くできるかもしれない」と思ったのだが、どうやらそれは叶わなそうだ。いくら俺でも、人類を裏切ってまで魔物と仲良くしたいとは思わない。
 捕らえられた村人たちに視線をやると、希望を失った暗い瞳と目が合う。
 今すぐにでも助けたいが、ティナさんの言うとおり、今暴れても敵をすることはできない。だから今だけは、爆発しそうなこの感情を表に出さず、俺の中に閉じ込める必要がある。

「お待たせしましたでげす、ノワール様! キングがお話ししたいとのことでげす!」
「ああ。案内してくれ」
「ノワール様、何かあったでげす?」
「いや、なんでもない。少し、緊張してしまってな」

 人間をしいたげている魔族への怒りが伝わらないように誤魔化ごまかしながら、建物に入り廊下を歩いていくと、鬼たちはある部屋の前で立ち止まった。和風で扉はふすまだった。

「ノワール様、この中でげす!」
「おれっちたちは、ここまででげす。それではご武運を……でげす!」

 そう言って、鬼たちはふすまを横に開く。部屋の中には八匹の鬼がずらりと一列に並び、その奥に一匹、特段大きな鬼が鎮座している。
 どうやらこの鬼が、『キング』という鬼らしい。
 左右の大鬼ですら、身長が二メートル近くあるのだが、キングとやらは、その大鬼と比べても二倍から三倍はでかい。大鬼よりさらに大きいその姿は、さしづめ『巨鬼』と言ったところか。
 般若はんにゃのようなけわしい顔をしている。どうやら俺のことを、信用していないらしい。
 強さは……どうだろう。勝てるかどうかは分からないが、魔王ほどの絶望感はない。少なくとも勝負にならないということはないだろう。
 周りの鬼たちの視線が集まる中、俺は部屋の中央を堂々と進み、巨鬼が手を伸ばしてもギリギリ届かないぐらいの位置で立ち止まる。
 視線を上げて巨鬼の目をにらみつけると、腹に響くような音が聞こえた。

「お主が……戦士、ノワール殿……であるか」

 どうやらこの低音は、巨鬼が放つ声であるらしい。
 あまり軽妙に返事をしてしまうと、められるかもしれないから、俺も普段よりも一段階低い声で話しかけることにする。

「ああ、俺はノワール。人間界に潜入していたんだが、お前らの仲間が敵に襲われているのを見て、手助けすることにした」
「そうか。我の配下が世話になったな……」
「あ、ああ」

 巨鬼は、ずいぶん寡黙だ。
 改めて巨鬼を観察してみるが、やはりでかい。
 身長の高さだけでなく、横にもでかいというか、全身の筋肉が山のように膨らんでいる。
 その表面は、もはや皮膚というよりも岩だった。
 聖剣や魔剣であれば問題ないだろうが、普通の武器では傷をつけることすら難しそうだ。
 巨鬼を観察して数秒間、互いに一言も話さない無言の時間が流れたが、その沈黙を破ったのは巨鬼の方だった。

「ノワール殿……お主は、我らの魔王のことを、どう思う?」
「魔王? 魔王がどうかしたのか?」
「魔王は我らに圧政を敷いておる。我らのような弱き者がしいたげられておるのだ! お主は、そのことを、どう考えておるのだ!?」

 どうやらこの鬼は、魔王に対して反抗的な思想を持っているらしい。
 魔族たちも、一枚岩ではないということか。
 とにかく、今の俺にできることは、俺が人間であるという嘘がばれないように演技を続けることだけだ。

「魔王が圧政を敷いている? 確かにそうかもしれないが……」
「ノワール殿のような、上位魔族には見えにくいのかもしれぬ……だが、我らは実際に苦しんでおる! ノワール殿も、少なからず魔王には不満を持っているのではないか?」

 もしかして、これは試されているのか?
 こいつ自身が本気で魔王に対して不満を持っているのか、それとも逆で、魔王に不信感を持っている魔族をあぶり出すのが目的か?
 いずれにせよ、ここは慎重に答える必要がありそうだ。

「だとしたら、なんだ? いずれにせよ、俺やお前たちの実力では、魔王に勝てるとは到底思えないぞ?」
「それは……お主の言うとおりだ。ゆえに我らはを手に入れてみせる。ノワール殿が救った同胞は、武器を探していたのである」
「武器?」
「我ら鬼族には、人間界の地下洞窟に魔王を斬り裂く剣が眠っているという話が、伝わっておる。初めは作り話だと思っておったが、実際に洞窟があるとなると、本当に武器がある可能性も高いのだ」
「そんな話が……」

 人間界では「裂け目の下の洞窟は魔界につながっている」という伝説が伝わっていた。
 そして実際にその通り、地上の裂け目から川を下っていくと、確かに魔界にまでつながっていた。
 巨鬼の話に聞き入っていたら、オニビがゆっくりと動いて、俺の耳元に近づいてくる。
 そして、他の鬼たちには聞こえないような小さな音量で、ティナさんの声が聞こえてきた。

『アケノ、その話についてなのですが……』

 考える振りをして顎に手を当てて口元を隠し、他の鬼たちに気づかれないように小さな声で聞き返す。

「ティナさん? さっきの、伝説の剣の話か?」
『はい。確かにあの洞窟には、何か強い反応がありました。アケノを探すことを優先していたので無視していました。ただ、その鬼が言っている「伝説の武器」のことなのかは分かりませんが、があることは事実ですよ』
「そうか、分かった。教えてくれてありがとう。とりあえず俺は、もう少しこの鬼たちのことを探ってみる」
『はい。では私は一度、仲間のもとに戻りますね。援軍をつれて戻ってきます。アケノは、すきを見て抜け出してもいいですよ』

 そう言い残して、ティナさんの声は届かなくなった。
 早速、自分の仲間である勇者たちのところへ向かったのだろう。
 残された俺は、改めて巨鬼の方に視線を向け、口元から手を下ろす。


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