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聖剣

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 ネズミを一匹殺したことで、俺に対する警戒をさらに一段階強めたようだ。
 それより前からすでに、一対多という有利な状況でも慎重さを欠くことはなかったが、それでもどこか緩みのようなものが感じられた。
 しかし今はその気配が全く感じられない。

 仲間が殺されたことに怒り狂っているというよりは、冷静に、冷酷に、強敵である俺をどのようにしたら倒すことが出来るかというその一点に集中しているように見える。
 少なくとも、さっきのように敵である俺に対して話しかけようという雰囲気は全く感じられない。
 ギチッギチッという、歯と歯をこすり合わせたような音は、俺に対する威嚇であると同時に、仲間同士だけで通じるメッセージなのかもしれない……

 ギギギ……ギギギギ……ギチッ!

 弾けるような鳴き声が聞こえた瞬間、俺の前方にいた二匹が距離を詰めてきた。
 右手を前に出してソラワリを呼ぶ……が、反応がない。理由はわからないが考えている時間は無いので、コトワリを構えて敵に集中することに。
 左右から全く同じタイミングで迫り来る二匹に対し、俺はコトワリを大きく横薙ぎにする。
 俺から見て右側のネズミはナイフをクロスして構えて攻撃を受け止め、もう片方が加速して、至近距離から突き出してくるナイフを、身体をひねって回避しつつ、逆にネズミに向かって足を突き出して蹴りを入れた。
 ネズミの身長は人間の子供ぐらいでしかないからか、当然体重も俺の半分ぐらいしかないようで、俺の蹴りを受けたネズミは軽々と吹き飛ばされて離れた場所に着地した。
 蹴ったときの感覚はものすごく軽かったから、もしかしたら自分で後ろに飛んだだけなのかもしれないが……そしてその瞬間、コトワリに捻るような力が加えられて床にたたきつけられ、そのままこちらのネズミも距離をとるように離れていった。

「どういうことだ? 仕切り直しのつもりか?」
 本気とは思えないような軽い攻撃を仕掛けてきただけで離れていった二匹のネズミを不審に思いつつ、コトワリを持ち上げようとすると……地面に張り付いて離れない。
 コトワリの先端に視線を向けると、そこには粘着質が張り付いていて、これが地面に固定しているようだ。
 引き抜こうとしても、ネバネバと絡みついて伸びるだけで、引きちぎることも引き抜くことも出来ない。
「なるほど……これが目的だったのか! ということは……?」
 ソラワリの方に目を向けると、同じように粘土のようなもので壁に固着されている。
 引き寄せようとしてもうまくいかなかったのは、これが原因で間違いないだろう。

 ネズミの目的は俺の武器を封じることではなく、俺をこの場に足止めすることだったということになる。
 俺から距離をとったネズミは、辺りに落ちている石を投げつけてくるが、どうやら奴らは身体の構造上物を投げるのが得意ではないらしい。
 手のひらに収まるぐらいの小さな石が、山なりな軌道を描いて飛んでくる。
 当たると痛いとは思うが、コトワリをここに置いていくわけにはいかないから大きく避けることも出来ず……
 肩や腰に小石がぽすりと命中する。
 どうやらその中に、コトワリを地面に結びつけている粘着質な物質が混じっていたらしく、俺自身の身体にまとわりつきそうになったが、こっちは自動洗浄の効果が働いたのか、さらさらと流れていった。
「そうか……だったらこっちも!」
 少し身体をかがめるようにして、洗浄の力を発動支えた右手で触れると、コトワリにこびりついていたしつこいネバネバは、一瞬にして流れ落ちていった。

 さすがにそれを見て驚いたのか、ネズミたちの冷酷な表情に陰りが見えた。
「どうだ、これで、俺にそういう小細工は通用しないということがわかっただろ? 諦めて、正々堂々とかかって……なんだ、この気配は?」
「驚いた……だが、バカめ! 時間稼ぎは終わりだ、死ね!」
「んな!?」

 コトワリを正面に構え「今度はこちらから行くぞ」と言いかけた瞬間、生温い風が吹き抜けた。
 背後を振り返ると、三匹のネズミが正三角形を描くように等間隔に並んでいる。
 ネズミたちの身体には、大きな傷跡が無数にある。どうやら、彼らは仲間同士でナイフを振るい合い、互いに傷を付け合ったようだ。
 そしてその傷からは魔力のようなエネルギーが流れ出し、その力は空中の一カ所に集まって、そこには紋章のようなものが浮かび上がる。
 その奥では、身体に傷一つ無い一匹のネズミが杖のような物を振るいながら魔力をかき混ぜていて、三匹のネズミの命が尽き、動かぬ屍になることで、どうやらようやく術式が完成したらしい。
 紋章が砕け散り、中からドス黒い三つの炎が現れた。
「なるほどな……つまりそれが、お前達の本命か」

 このネズミたちにとって、仲間の命の価値というのは、人間にとっての命と比べると遙かに安いのかもしれない。
 最初に俺がネズミを一匹殺したときも、怒りではなく強敵を前にしたときの警戒心が生まれ、二匹のネズミは強敵を前にためらうことなく命がけで時間稼ぎをしてきた。
 挙げ句の果てに、三匹のネズミが自ら命を絶って俺を殺すための術式をくみ上げて、それを当たり前のように一匹のネズミが使役する。
 そのネズミでさえ、おそらく俺を殺すために有効な手段だとなれば、喜んで命を投げ捨てるのだろう。

「お前達の覚悟は、すごいと思う。仲間のために命すら犠牲にするなんて……だけどやっぱり、俺は生きていてこそだと思う。命を軽々しく扱うお前らは、間違っていると思う」
 一人呟いても、返事をする者はいない。
 俺に奴らに共感できないのと同じように、あいつらも俺の言っていることなど理解できないのだろう。

 ソラワリは手が届かない場所にある。
 敵の魔術からはまがまがしい雰囲気が伝わってくる。おそらくあのレベルの邪気の強さになると、俺の洗浄でも洗い落とすことは難しそうだ。
 どのような性質なのかもわからないが、まともに食らったらその部分が壊死するぐらいには考えておいた方が良いだろう。想像しただけでぞっとする……

 俺は赤髪と違って勇者じゃないから、あいつらと戦う勇気があるわけじゃない。
 俺はティナと違って賢者でもないから、あいつらに勝てる作戦があるわけでもない。
 聖剣も魔剣も手放した俺は、正義も野生も枯れ果てている。
 それでも俺が戦うのはなぜだろう。


 それはきっと、望みがあるからだと思う。
 ここを出て、地上に戻って仲間と合流したい。
 赤髪やティナが魔王を倒してくれて、平和になった人間界で平和に暮らしたい。
 多くの人々が魔物の犠牲になったかもしれないけれど、それでも人類なら必ず復興できると信じている。

 それは、夢物語かもしれない。
 だけどそんな理想論のことを、俺達人間は「希望」と呼ぶんだ。
 誰もがみんな、明日に希望をつなげるために戦っているはずなんだ!

 そのためにやっぱり俺は、ここで死ぬわけにはいかない。
 敵が強いとか絶望的だとかは関係ない。
 戦わなければ道が開けないのなら……何とかしよう。
 そのためにまずは、目の前の敵を片付ける必要がある。
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