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2巻

2-3

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「……起きた。……シオリ、俺は何時間ぐらい眠っていた?」
「さっき別れてから二時間ほど経ちました。それよりも、真の勇者がイツキのことを捜しています。可能であれば、行った方がいいと思います。疲れはとれましたか?」
「そういえば、短時間でも休みをとったおかげか、かなり楽になったな……」

 硬い床や壁にもたれかかって休んだだけなのだが、それでもその前と比べるとかなり体が楽になったように感じる。
 もしかしたら、真の勇者から受け取ったあの薬のおかげかもしれないな。
 聖剣のクールタイムが残っているから、聖化はまだ解除されていない。あと六時間ほどはこのままなので、今更どうすることもできないし、割り切るしかないだろう。
 洞窟の中に外から日光が届くことはなく、ぽつりぽつりと光源が設置されている程度で薄暗いから時間が分からない。少し歩いて洞窟の外を見ると、ちょうど空が真っ赤な夕焼けに染まっていた。
 もうじき日が暮れる。勇者から作戦を聞いているわけではないのだが、今回俺たちは魔物にゲリラ戦を仕掛ける側なので、日が沈んで、あたりが闇に包まれてからが本格的な活動時間になるのだろう。

「シオリ、真の勇者たちから、何か具体的な作戦を聞いているか?」
「いえ、詳しくは全員が揃ってから話すと言っていましたが……あ、そうでした。イツキ、これ、あなたのかばんです。渡すの忘れてました」
「そういえば、どこかで落としたのを、拾ってくれてたんだったな……ありがとう」
「まったく、他の荷物はともかく、ステータスカードだけは落とさないようにしてくださいね」
「そうは言っても、あのときは必死だったからな……」

 シオリは、俺のかばんを持ってきてくれていたようだ。感謝の言葉を伝えると、照れたように苦言をていしながら、そのまま投げるようにしてかばんを手渡してきた。
 そういえば、俺が落としたかばんの中にはステータスカードも入っていたんだったな。あれだけ魔物を倒したんだから、俺のレベルもかなり上がっていることが期待されるし、一度内容を確認してみよう。


 明野樹
 年齢:17
 レベル:40
 ギフト1:洗浄魔法
 ギフト2:聖剣/魔剣ぶき召喚
 スキルポイント:70(有効期限切れ)


 俺のレベルは、魔界で魔物を倒しているうちに40まで上がっていたようだ。
 スキルポイントは、俺が寝て休んでいる間に有効期限切れになってしまったみたいだが、期限が切れてもポイントが消滅するわけではないのか。
 ということは、もしかしたら再利用する方法があるのかもしれない。
 可能性としては……例えば、レベルが上がったら期限切れのポイントも復活するとか? だとしたら、今まで急いで使い切っていたのがもったいなかったのだが……まあ過去の話をしても仕方ないか。
 検証してみてから、その結果をアカリとシオリと……ついでに他の勇者にも共有することにしようかな。
 ステータスカードをかばんに戻して洞窟の外に出ると、真の勇者と忍者と吸血鬼の三人と、それを他の勇者たちが取り囲むようにしているのが目に入った。アカリと猫は、その全員と少し距離をとるように離れた位置で待機していた。
 どうやらまだ作戦会議は始まっていないらしい。俺とシオリが来るのを待っていたのだろう。アカリと猫のいるすぐ近くに歩いていくと、自然と視線は中央に立つ真の勇者へと向いた。

「イツキ、来たか。それではハルトよ、まずは説明を頼むのじゃ」
「お任せくだされ、お館様! ……それではまずは猫殿、敵戦力について、報告をしてほしいでござる」

 会議の進行を任された忍者は、早速猫に話を振った。
 忍者は忍者で敵のことを調べてはいるのだろうが、魔界のこととなると、彼よりも猫の方が詳しいはずだ。それに、猫たちは猫たちで独自に情報収集をしているにちがいないからな。忍者もそれを察したようだ。
 考えてみると、敵の中に潜入するにしても、人の姿よりは猫の姿の方が怪しまれにくいだろうしな。

「まず敵は、海を越えた向こうの大陸を支配している魔王の軍勢にゃ。上陸済みの魔物が約三十部隊。今も続々と集結を続けているにゃ」
「拙者が調べた限りでも、同じような感触でござる。それぞれの魔物のレベルが高く、直接戦って全滅させるというのは現実的ではないでござる……」

 忍者の言う「強い」というのがどれぐらいなのかは分からないが、まさか真の勇者よりも強いことはないはずだ。
 というか、そんなことになっていたら、俺たちにはもう勝ち目などないし、真の勇者や忍者たちもそもそも戦おうとすらしないはずだ。
 逆に、真の勇者が「戦う」態度でいるということは、こちらの実力が劣っているわけではなく、せいぜい「戦えば勝てるだろうが、手強い」ぐらいなのだろう。……あとは、敵の数の多さが問題になってくるぐらいか。

「ハルト、そして猫よ、報告ご苦労。……聞いての通りじゃ。敵の個体は、ワシやハルトやヒガサであれば問題なく倒せる程度の実力じゃ。ただ残念なのじゃが、他の勇者が相手にするとなると厳しい戦いになる。だから多くの者には戦いに参加するのではなく、後方支援で活躍してほしいのじゃ……」

 どうやら、直接戦いに参加することになるのは、戦闘力のある一部の勇者だけで、他の勇者は戦力外ということらしい。確かにその理屈はわかるのだが、SSレアのギフトを持っているアカリはともかく、俺とシオリまで戦力に加えているとは意外だな。特に俺なんて、ついこの間まで「皿洗い」とか呼ばれていたぐらいなのに……
 そう思っていると、戦力外となった勇者たちの中にも同じように考えて不満を持つ者がいたらしく、何人かが真の勇者に詰め寄っていく。

「待ってくれ勇者様! 俺たちが後方支援なのは……まあ、仕方がない。だがその三人……特に、その皿洗いが戦闘班っていうのは、おかしいんじゃないか?」
「そうです! 勇者様の『弱者を見捨てず育てよう』という考えには感銘を受けますが、今はそれどころではありません! そいつらも私どもと同じく、後方支援をさせておくべきです!」

 てかこいつらは、よく俺のことを皿洗いの勇者と認識できたよな。見た目はかなり変わっているはずなのに。

「……ごめんなさい、イツキ。私が彼らに、あなたのことを話してしまったのです。『あなたたちが皿洗いと呼んでいた勇者を捜しにいくのだ』と。なので彼らからすると、今の姿のイツキこそが、皿洗いの勇者のことになるのですね……」
「あいつら、『イツキって誰だよ』ってうるさかったから、つい……ね」

 シオリの弁明に、アカリがつけたした。
 なるほど……つまりあいつらは、俺が皿洗いの勇者であることを認識していたから、真の勇者に「お前らは、最弱の勇者である皿洗い以下だ」と言われた気分になってしまったのだろう。
 真の勇者はそんな様子に気づいたのか、勇者たちに向かって諭すように話しかける。

「まあ、少し落ち着くのじゃ。……それにお主らは、一つ勘違いをしておるぞ。ワシがイツキを連れて行こうとしているのは、決してこいつが弱いからではない。むしろイツキは、お主らなどよりもはるかに強い力を持っておる。何せこやつは次代の……いや、それはまあいいとして。いずれにせよ、イツキの実力もわからぬようなお主らを、これからの戦いに連れて行くわけにはいかぬのじゃ」

 なんでこの爺さんは、俺をそんなに過大評価しているんだ? お前は俺の何を知っている? ……まさか、聖剣や魔剣のことを気づいたのか?
 というか、仮に真の勇者本人が俺について何か知っているとしても、そんな説明では……

「真の勇者様! お言葉ですが!」
「いくら真の勇者様のお言葉でも、それは納得できません!」

 そりゃそうなるよな。これじゃあむしろ、火に油を注いだようなものだろう。

「こいつらはこう言っているが、どうするんだ? 俺としてはここに残って後方支援をしても構わないんだが……」
「ならぬ。アカリとシオリはともかく、お主は戦いに参加するのじゃ!」

 仕方がないので別の案を出すことで勇者たちを納得させようとしたのだが、今度は真の勇者の方が納得いかないらしい。

「だから、俺はよくても、そんな説明だとこいつらが納得しないだろう……」
「イツキよ。この機会にお主の力を示してみせればよかろう! ……そうじゃな、ここにいる勇者全員をお主一人で倒すことができれば、文句を言う者はおるまい!」

 挑発的なセリフを聞いて、さすがの勇者たちも声に怒気が混じりはじめた。
 今までは、「勇者」というギフトを持った勇者だからという理由だけで従っていた者が大半だろう。これを機に考えを改めて――

「真の勇者様は、そこまで耄碌もうろくしてしまったか……であれば仕方ない。証明しましょう、皿洗いの勇者の弱さと……」
「「「我ら勇者の強さを!」」」

 勇者たちの意見を聞けば、真の勇者の俺に対する期待も収まるはずだ。しかし、思ったよりも、彼らの真の勇者への信頼は厚かったようだ。そしてそのしわ寄せなのか、俺との戦いに勝つことで不満を解消する方針にまとまってしまったらしい。
 こっちが勝てば勇者どもは納得するだろうし、逆に負ければ真の勇者が納得するだろうから、俺としては勝ち負けはどうでもいい。だけど、戦わずに逃げるというのは難しそうだ。仕方がないので適当に戦うか……
 そう思って半ばあきらめかけていると、今まで黙って見ていたアカリが、助け船を出すために勇者たちに話しかけてくれた。

「ねえ君たち、そんなことをして格好悪いと思わないの? イツキ君一人に大勢で……でも、そんなに戦いをしたいなら、私が相手になるよ?」
「いやアカリさん、あんたが強いのは知ってるからいいんだよ。俺たちは、あの皿洗いが……」
「イツキ君が君たちより弱いって言いたいの? だとしたら、君たちには残念だけど、見る目がないね!」

 ……アカリさんや? どうして君も、そんな喧嘩けんかを売るような口調なのかね?
 もう少し穏便おんびんにまとめてくれてもいいと思うのだが……

「それに、仮にイツキが弱いとして、あなたたちは弱い者相手に囲んでたたいて、それで楽しいのですか?」

 シオリさん? 別にこれは、悪口大会じゃないからな?
 お前までアカリに便乗しなくてもいいんだぞ?
 アカリとシオリは、間違ってはいないのだが、勇者たちの逆鱗げきりんに触れるようなことをポンポンと口にしていった。
 そんな二人にあおられた勇者たちは、そのまま激高する……かと思ったら、むしろそれで冷静さを取り戻したらしい。
 気づけば、騒いでいるのは勇者の中の一部だけになり、周りの勇者からは冷たい目線を向けられていた。
 それにより、自分たちの間違いに気がついたというよりは、自分たちが少数派であると気づかされただけというか……

「……くそっ、しらけたぜ。おいみんな、あんな女子に守られてるようなやつは放っておいて、俺たちは俺たちにできることをしよう!」

 騒いでいた勇者たちが捨て台詞ぜりふを残して洞窟の中に帰っていくと、何事もなかったかのように他の勇者たちもそれぞれの作業に戻っていった。彼らがどういう気持ちせよ、俺としては穏便おんびんに片づいてくれて助かった。

「イツキ、あんな雑魚ざこ勇者どもは放っておいて、私たちは私たちの使命を果たしましょう」
「そうだよ、イツキ君! 大丈夫だよ、イツキ君は私が守るから!」

 シオリもアカリもどこかずれている気がするのだが……まあいいか。


         ◇


 結局この場に残ったのは、真の勇者と忍者と吸血鬼、俺とアカリとシオリの六人だけだった。
 その後、俺たちは忍者に案内されて、敵が集まっている場所を一望できる丘の上へとたどり着く。
 気づかれないように息を殺して見下ろすと、鬼のような魔物が無数にうごめいているのが見てとれた。

「皆の者、あれが敵の拠点でござる……」
「うわ、すごい数だね……」
「いち、にぃ、さん……数えるのが馬鹿らしいぐらいに集まっていますね」

 忍者の言葉をきっかけに、アカリとシオリが感想を漏らす。
 そこにはいくつかの大きなテントが乱立している。そして、それとは別に、柵に囲われた中に鬼のような魔物が群れになって休んでいた。
 ざっと見た感じ、一つの囲いの中に魔物が十体程度いて、そのコロニーが……二十ぐらい、だろうか。
 数が多いのに加えて、並び方に規則性がないこともあって、正確な数は分からないが、いずれにせよ数百体の魔物がこの平地に集結している。
 敵の数が果てしなく多いことを確認すると、忍者が改めて真の勇者に意見を聞いた。

「それで、お館様……いかがなさるでござるか?」
「そうじゃな。……ハルトよ、お主は一番強い敵がどこにいるか、分かるか?」
「そうでござるな……テントの中からは比較的強い魔物の気配を感じるでござる。しかし、その中で優劣をつけるのは難しいでござる……」
「ふむ。ワシと同じ考えじゃな……おそらく、敵の大将はまだこの地に上陸をしておらぬのであろう。しかし、軍の統率者ならば、そう遠くにはおるまい。であれば、ヒガサよ!」
「……え? 僕?」

 突然話を振られた吸血鬼は、あわてた様子で返事をした。

「うむ、お主にはやつらに奇襲を仕掛けてほしいのじゃが……できるか?」
「適当に暴れればいいの? そういうことなら任せて!」
「うむ。できるだけ派手に暴れてくれると助かるのじゃ。敵を殺すよりも、パニックを起こさせる感じで頼む」
「わかったよ! 今すぐ行けばいい?」
「タイミングまで含めて、お主自身に任せるのじゃ。あまり無理はせず、危なくなったら撤退してもかまわぬぞ」

 真の勇者が作戦を伝えると、吸血鬼は羽を広げて意気揚々と魔物の群れの方へと飛んでいった。
 危険な役割を任せられたはずなのに、どこか楽しそうに見えたのは、単に戦闘好きなだけなのか、それとも真の勇者に任されたことが嬉しいのか……

「ハルトよ、お主にはヒガサのサポートを頼むのじゃ。ヒガサ一人に敵の意識が向かうようにすることと、いざとなったらヒガサを救出する任務を任せたい」
「拙者にお任せを! 拙者の命に替えてでも、見事に使命を果たしてみせるでござる!」
「いや、お主は自分の命を一番に考えよ。今回はあくまで陽動作戦……使命など二の次でいいのじゃ!」
「お気遣い感謝つかまつる! しからばこの命、真の勇者様のために使い果たしてみせましょう!」
「いや、お主……」

 どうにも話がみ合っていないような気がするが、まあこれは忍者のロールプレイみたいなものだから、本当に命をかけたりするつもりはないだろう。もしかしたら、俺たちの緊張をほぐすための、忍者なりのジョークだったのかもしれない。
 魔物の群れがいる平地へ飛び出していった二人を見送った真の勇者は、俺の方へ振り返る。

「ということで、イツキよ。お主には露払つゆはらいの役割を。アカリとシオリは、イツキの補助をお願いしたいのじゃが……」
露払つゆはらい? つまりどういうことだ?」
「これからヒガサとハルトが騒ぎを起こす。ここから見た限り、あの二人を相手にできる魔物は見当たらぬのじゃ。しかし騒ぎが大きくなれば、敵の首魁しゅかいも傍観を続けることはできぬであろう。急いでこちらにやってくるであろうよ。とはいえ軍の指揮官ともなれば、単独で動いているとは思えん」
「なるほど、つまり忍者と吸血鬼が暴れたのに釣り出された敵のボスを、真の勇者あんたが討伐するから、俺はその周りにいる雑魚ざこを片づければいいんだな?」
「そういうことじゃ。期待しておるぞ」

 真の勇者の強さを身をもって体験している俺からすれば、この人とぶつかり合える魔物の存在など想像もできない。つまりこの作戦の成否は、俺たちがいかに周りの雑魚ざこを食い止められるかにかかっている。
 重大な使命を与えられたことに緊張感を覚えつつ、しばらくあたりを観察していると、魔物の群れのど真ん中で巨大な火柱が立ち上った。
 木製の柵や革製と思われるテントに次々と火が燃え移り、そして火柱の近くには燃えさかる炎を見ながら高笑いをしている吸血鬼の姿が……これじゃ、事情を知らない人が見たら、どっちが魔物だか分からないな。
 吸血鬼は背中に羽を広げてふわりと浮き上がり、炎の上昇気流に乗ってさらに高度を上げていった。全体を見渡せる高さまで飛び上がると、そこからまた新たな火種をまき散らし、火災はさらに広がっていく……
 ついさっきまでは夜の暗さと静けさに包まれていた空間が、炎が燃え上がる激しい音と、魔物の断末魔の悲鳴が折り重なっている、混沌こんとんとした空間に生まれ変わっていた。

「うわぁ……ひでぇ……」

 見るにえない地獄のような光景があっという間に作り上げられたのを見て、思わずつぶやくが、どうやら効果はあったらしい。

「イツキよ、来たぞ」
「……っ、あれか!」

 真の勇者に言われて海の向こうに視線を向けると、巨大な羽を広げた魔物がゆっくりとこちらに向かって移動していた。
 あれがこの軍のボス、魔界の王子――魔王子なのだろう。
 その周りには予想通り、護衛をしていると思われる強力な魔物が三体付き従っている。

「それじゃあ、俺たちは手はず通り、周りの魔物を片づける!」
「イツキ君、私も行くよ!」
「私も行きます。ちょうど敵の数も三人のようですしね!」

 振り返らずに飛び出すと、アカリとシオリもついてきた。
 アカリはともかく、シオリが魔物と戦うところは想像できないが、彼女も俺たちと同じ高レベルの勇者であることは間違いない。
 敵の数が俺たちと同じ数である以上、シオリにも戦ってもらう必要がある……か。

「……俺は正面の敵を。二人は両脇の魔物を!」
「分かった! 私は右を、シオリちゃんは左ね!」
「はい! 二人も気をつけてくださいね!」

 二人の返事を確認した俺は、聖化によって強化された脚力でアカリとシオリを置き去りにして、あわよくばと護衛を無視して敵のボスへと突撃する。が……

「敵襲か! だが、そうはさせん!」

 敵のボスに向かって斬りかかった俺の剣は、正面を守っていた護衛の剣によって防がれる。想定通りとはいえ、そうそううまくはいかないか。
 だが、俺が突撃することで生まれたすきに真の勇者がすっと割り込んで、すぐに追いついたアカリとシオリも、それぞれの相手に奇襲を仕掛けることに成功する。

「イツキよ、よくやったのじゃ! こやつはワシに任せて、お主はそいつらを片づけよ!」

 真の勇者はそう言葉を残し、そのまま魔物のボスに攻撃を仕掛けながら、どんどん遠くに離れていった。
 相変わらず常識外れのじいさんだが、これで俺の役目は無事に果たしたことになる。
 後はこいつを倒すだけ、なのだが……
 ガリガリと、金属製の剣同士がぶつかり合うにぶい音を響かせつつ、魔物と俺とのつばぜり合いが始まった。
 さすがは魔王子を守る護衛といったところか、剣を押し込んでもびくともしない。どうやら単純な力比べでは互角なようだ……

「ぐ……くそ、他の魔物とは比べものにならないぐらいに……強い!」
「貴様ら、何者だ! まさか、この騒ぎを起こしているのは貴様らの仲間か! 一体何が目的だ!」
「お前らを放っておくと、いずれ人間界はひどいことになる……つまり、お前らは悪だ! だから俺たちが、ここで倒す!」

 人間界に残された人々のことを考えた瞬間に、拮抗きっこうしていた力の天秤てんびんが少しだけ俺の方に傾いた。どうやら俺の聖化の力は、俺自身が正義を意識するほどに、力を増していくようだ。だったら……

「お前たちは、この地に生息している魔物まで蹂躙じゅうりんするつもりなのだろう?」
「だからどうした! 強い者が弱い者を支配する! それの何がおかしいというのだ!」

 こいつらは本当に、心からそう考えているのだろう。猫たちのことなど害獣程度にしか考えていなくて、自分たちこそがこの地をべる頂点にいると勘違いをしているようだ。
 だが俺は、猫たちのことを考えることで、さらに聖化の力が強まった。
 徐々に徐々に、俺の剣が力を増して押し切っていく。

「馬鹿な! 我々が、お前らのような劣等種に負けるわけがない!」
「残念だったな。俺が……俺たち勇者は、こんなところで負けるわけにはいかないんだ」

 今の俺は、一人で戦っているわけではない。
 真の勇者も強敵と戦っているだろうし、アカリとシオリも俺と同じく護衛の魔物と戦っている。
 ともに戦っている仲間を意識したからか、俺の中の聖化がさらに力を増していった。
 両手に握る、魔物から奪った安物の剣を白い光が包み込み……剣自体が聖剣のように姿を変えた。

「悪いな……だが、正義のために、お前はここで死んでくれ」

 擬似的な聖剣を最後にぐっと押し込むと、敵の持つ剣さえも斬り裂いて、勢いのまま、敵の体へと突き刺さっていった。
 剣で貫かれた魔物は、そのまま灰になり消えていく。

「よし、これでこいつはなんとかなったが……二人は?」

 少し離れたところで戦っているアカリとシオリの様子を確認すると、それぞれ一体ずつの魔物を相手にしているようだった。
 アカリは、神霊術による光を身にまとって身体能力を強化しているらしく、取り巻きの一人と正面からぶつかり合っている。シオリは左手に本、右手に杖といういかにも魔術師らしい装備で戦っている。どうやら本に書かれた魔術を杖で発動させているようで、敵に反撃の余裕も与えずに一方的に蹂躙じゅうりんしていた。
 二人ともギフトを使いこなすことで、魔物相手に優位に戦いを進めているみたいだし、これは俺が手助けをする必要はなさそうか。
 真の勇者に視線を向けると、こちらも一方的に魔王子を蹂躙じゅうりんしている。
 魔王子は、真の勇者の剣を防ぐだけで精一杯で、その様子はまるで弱いものいじめをしているようにも見えるほどだった。
 むしろあの魔王子は、あの嵐のような攻撃をよく防いでいると思う……


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