ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた

みももも

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2巻

2-2

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「そういうことか。それじゃあまずは忍者、話してくれ。今はそもそも、どういう状況なんだ?」
「あ、イツキ君、それなら私から話そうか? えっと、元々はイツキ君の捜索のために洞窟に降りたんだけど……」
「アカリ殿の言うことも事実なのでござるが……実は、拙者たちは元々魔界ここに来る予定だったのでござる。今回は道中の下見をする予定だったのでござるが、何者かの妨害によって帰れなくなってしまい、計画を前倒すことにしたのでござる」
「え、そうだったの? ということはもしかして、忍者君たちはこの洞窟が魔界に通じていることも最初から知ってたの?」
「黙っていて、すまなかったでござる……」

 どうやら、アカリたちにも黙っていた事情が、真の勇者たちにはあったらしい。
 俺だけでなく、アカリやシオリが揃ってから話をしようとしていたのは、そのあたりの情報を共有したかったからなのだろう。

「私たちも魔界の情報は聞いていたんだけど……イツキ君、ここってやっぱり魔界なの?」
「ああ、おそらくな。猫みたいな友好的な魔物もいれば、鬼みたいな敵対的な魔物もいる……」
「イツキ殿! 今、鬼がいると言ったでござるか?」

 今まで倒してきた魔物の種類を思い浮かべながら話をすると、忍者が突然詰め寄ってきた。もしかして真の勇者たちは、魔界にいる鬼の情報まで手に入れていたのだろうか。

「ああ、いたな。なかなか強かったが、倒せない敵ではなかったぞ?」
「それは……お館様の情報とは食い違っているでござる。鬼は、海を越えた魔王の領地にしかおらぬはず」
「ああ、それは……」

 魔王の領地と聞いて思い出したのだが、そういえば猫たちも「最近は魔王軍が活発に……」とか、そんなことを言っていた気がするな。
 情報のタイムラグはあるようだが、真の勇者たちはそこまで情報を掴んでいるらしい。

「そういえば、確か猫は、あの鬼は海を越えた別の大陸から来たとか、そんなことも言っていたが……」

 猫に言われたことを思い出していたら、ちょうどそのタイミングで、外から言葉がしゃべれる猫が飛び込んできた。
 あわてた様子だが、勇者たちの見張りを切り上げて、急いで戻ってきたということなのか。

「なあ、猫。俺が倒したあの鬼は……」
「人間、大変にゃ! 話し合いなんてしている場合ではないにゃ! 今すぐ戦いの準備をするにゃ!」
「一体、何があったんだ? 戦闘準備って……てきは全て俺が倒したはずじゃなかったのか?」
「海の向こうから、さらに大量の魔物が押し寄せてきているにゃ! 魔王軍が本格的に攻めてきたに違いないにゃ!」

 話を聞いて、俺とアカリ、忍者の顔に緊張が走る。

「……どうやら、猫殿の言う通りみたいでござる。海の向こうから魔物の群れが……アカリ殿、イツキ殿、拙者は先に戻っているでござる! お主らにも協力してほしいでござる!」

 忍者はそう言い残すと、「ぽすん」と空気が抜けるような音を立てて消滅した。おそらく、分身を解除して、他の勇者たちと戦いの準備を本格的にするつもりなのだろう。
 俺とアカリもあわてて洞窟から飛び出した。
 そして、海の彼方かなたに目をらすと、夕日に混じっていくつもの黒い影が見える。まさかあれ全部が魔王軍の戦闘部隊だろうか。数えるのも嫌になるぐらいの小さな点が、海から陸地に向かって飛んできているのだが……

「イツキ君! 私たちも戻ろう! そして、一緒に戦おう!」
「……そうだな、聖化が解除されるのを待つ余裕はなさそうだ。勇者たちに説明するのは面倒だが、目の前のあれに比べたら些細ささいな問題だな!」


         ◇


 アカリについていくと、大勢の勇者たちがあわただしく戦いや移動の準備をしているのが見えてきた。
 その中からシオリを見つけたアカリは、彼女に駆け寄って、こちらを指さしながら小声で何かを話していた。
 シオリはアカリに言われて俺のことに気がついたらしく、周囲の人に気づかれないように俺のもとへと駆け寄ってきた。

「……イツキですか?」
「ああ、俺だ。こんな姿だがな。ところでシオリ、今はどういう状況だ?」
「見ての通りです。魔物の群れ――魔王軍が海を渡ってきました。忍者は偵察に向かいましたが、私たちは洞窟に避難することになったので、その準備をしているところです……」

 勇者たちは、魔界に着いたので外にテントを広げていたのだが、魔王軍が攻めてきたとなって、洞窟の中に戻ることにしたようだ。せっかく取り出したばかりのテントを片づけて、洞窟の中へと荷物を運んでいる。
 口々に文句を言いながら、面倒くさそうに……ではあるが、緊急事態であることは理解しているのか、なんだかんだでちゃんと作業はしているようだ。

「シオリちゃん、私たちのテントも片づけ終わったよ!」
「ありがとうございます! では私たちも、彼らについて移動をしましょう。イツキもついてきてください!」
「あ、ああ、わかった……」

 洞窟の中には、外からは見えないようにいくつものテントが張られている。また、ランタンみたいに光る魔道具で明るさも確保されているようだ。
 俺たちは、そこそこの広さがある洞窟の一角を陣取って、そこにテントを広げると、洞窟内を歩き回っていた真の勇者と出くわすことになった。

「あ、おじいさん。私たちの準備は終わったよ!」
「アカリか。それに、シオリと……その者は?」
「おじいさん、この人が、私たちの捜していた勇者、イツキ君だよ!」

 この姿では初対面の真の勇者に「ども、イツキです」と話しかける。すると、どうやら彼は、アカリとシオリからすでに俺のことを聞いていたようで、「そうか、お主が……」と俺のことをじっくりと観察しはじめた。

「お主が、イツキか……聞いていた見た目とは、違うようじゃが?」
「イツキ君の見た目が変わっているのは、イツキ君のギフトの副作用のせいだよ、おじいさん!」
「見た目が変わっても、イツキがイツキであることは変わりません。少なくとも敵ではないので大丈夫ですよ」
「ふむ。アカリとシオリが言うのであれば、そうなのじゃろうな」

 今の俺は日本人離れした姿で、しかも白い羽まで生えているとはいえ、魔化ほど人間離れしているわけではない。そのことが関係するのかどうかはわからないが、いずれにせよ真の勇者はアカリとシオリの言葉を信用することにしたようだ。
 一度は暴走した俺を殺すために使われた手を、今度は武器を握らずにゆっくりと俺に向かって差し出した。

「ワシは杖突つえつき宏介ひろすけ。ギフトは勇者じゃ。よろしくな」
「ああ、俺はお前のことを知っている。真の勇者って呼ばれてるんだろ? 俺は明野樹。こちらこそよろしくな」

 一度は殺し合った者同士として握手に応じ、ただ従うだけのつもりはないという意志を込めて、強く握りしめる。


 返答のように、真の勇者も手に力を込める。握力は、やはり老人のものとは思えない。見た目だけならただの老人でしかないのだが、その実力がすさまじいことを、俺は直接体験しているから知っている。できれば、今後は敵対はしたくないところだが……

「それで真の勇者、これからお前たちはどうするつもりなんだ? 魔物の群れが迫っているんだろ?」
「そうじゃの……ワシの想定よりもかなり早いのじゃが、いずれにせよやつらの目的を達成させるわけにはいかぬ。イツキよ、お主も手伝ってくれぬか?」
「それはいいが……その言い方だと、魔王軍の目的を、あんたは知っているってことなのか?」

 魔物と戦うことは、元から考えていたことだから問題ない。
 だが、彼らが何のために、海を越えてまでこんな場所へと向かっているのかは知らなかったから、できれば聞いておきたいところだ。
 真の勇者がどうやってそんな情報を手に入れたのかも気になるが、自分から話そうとしないということは、聞いても答えてはくれないのだろう。

「……やつらは、この地点に人間界侵略のための橋頭堡きょうとうほを構築しておるのじゃ」
橋頭堡きょうとうほ?」
「そうじゃの……。わかりやすく言えば『攻略用の拠点』を作ろうとしているのじゃ。この地に要塞を構築し、人間界に攻め込む足がかりにするつもりなのじゃ!」
「つまり、墨俣すのまたの一夜城みたいなやつか……」

 猫から聞いていた話だと、ここから少し行くと、人間界と魔界を隔てる結界のようなものがあるってことだったな。
 ということは、魔王軍はこの場所に拠点を作って結界を破壊……あるいは無効化し、そのまま人間界に攻め込むつもりなのか。
 すると、俺が倒していた鬼たちは、そのための下見が目的だったのか?
 だとしたら、敵があわてて大軍を率いてきたのは、下見に行かせていた魔物が俺に殺されたから、戦力を小出しにして倒されるのを避けたかったとか……まあ、これは俺の勝手な想像でしかないが。
 真の勇者がどうやって魔王軍の侵攻のペースを掴んでいたのかはわからないが、予定より早まったとしたら、そのあたりが理由だろう。
 つまり、この急襲には、俺の責任も多少なりともあるというわけか。

「イツキ……そして、アカリとシオリもそうなのじゃが、ここから先の戦いに参加することを強制はせぬ。海を越えてくる魔王軍は、人間界で戦った魔物と比べて、けた違いに強く、凶悪なはずじゃ。危険もある。お主らが人間界に引き返すというのなら、ワシはそれを止めるつもりはない。お主らが、選ぶのじゃ……」

 真の勇者は、それだけ言って、その後は黙ってしまった。
 洞窟内に、不気味な静寂せいじゃくが訪れる。

「……だってよ。二人とも、どうする?」
「そうだね、イツキ君。……どうしようか、シオリちゃん」
「そうですね……」

 俺とアカリから結論をたらい回しにされたシオリは、少し考えるそぶりをしてうつむく。だが、すぐに頭を上げると俺やアカリと目を合わせ、わかりきっていることであるかのように、嘆息しながらつぶやいた。

「イツキも、アカリも。結論は出ているのでしょう? 私たちには、手伝う他に選択肢がありません。ここで逃げても、いずれ魔王軍は人間界に攻めてくることになりますし、それにもし逃げてしまったら、おそらく敵に立ち向かうことは永遠にできません」
「……だな」
「そうだね、シオリちゃんの言う通り、だね」

 三人で、改めて顔を見合わせて、うなずき合う。
 別に俺たちには、何か使命があるわけじゃない。だけど同時に、逃げた先に道がないことも想像がついている。
 たとえ他の勇者たちが魔王軍をどうにかしてくれて、それで人間界に平和が訪れたとしても、その場から逃げた俺たちは、そこで胸を張って暮らせるだろうか……

「真の勇者、俺たちも戦うことにするよ」
「それでこそ、勇者じゃ。具体的な作戦は、ハルトが偵察から戻ってからにする。それまでお主らは、体を休めて待っておれ。湯川ゆかわの作った薬がある、これを使うとよいのじゃ」

 そう言うと、真の勇者はかばんから液体の入った試験管のような瓶を手渡してくる。
 湯川が誰かは知らないが、こんなものを作れるということは、Sレアである錬金術師の勇者のことだろうか。
 真の勇者から受け取った回復薬を飲み込むと、身体中に力……魔力のような何かが染み込んでいくのがわかる。
 少しの苦味と変な甘味が重なりあっているせいで飲みにくいが、良薬口に苦しということわざもあるぐらいだ。効果の高さからして、市販品のレベルではない。やはりSレアの錬金術師が作った物だと思うが……アカリとシオリが嫌そうな顔をしているのはなぜだろう。
 ……この独特な味が気に入らなかったのかもしれない。
 壁に寄りかかって薬を飲んで体力を回復させていると、洞窟の入り口から忍者が走ってきた。
 忍者は洞窟内を少し見回して、俺たちの休んでいるこちらへと寄ってきた。

「お館様、戻ったでござる!」

 そのまま俺たちを完全に無視して、隣にいる真の勇者に向かってひざまずく。
 俺たち三人に用事があるわけではなく、たまたま今ここにいる、真の勇者に報告するのが目的だったらしい。

「ハルトよ、いかがであったか?」
「お館様……イツキ殿、アカリ殿、シオリ殿も、聞いてほしいでござる」

 忍者は、まずは真の勇者に向かって、次に俺たち三人の名前を呼びつつ、目線を合わせようとしてくる。
 俺としても話を聞いておきたいと思ったから、こくりとうなずく。忍者は他の面々の意思も確認した後で、再び口を開いた。

「まず第一に……お館様の読み通り、あれは別大陸から来た、魔王軍で間違いなさそうでござる。どうやら魔王本人ではなく、魔王の息子が指揮しているようでござるが……」
「魔王自身は力が強すぎて、結界に近づくことができないのじゃろうな……」

 ちなみに、忍者に「なぜそんなことが分かったのか」と聞くと「魔王軍の近くに潜伏し、会話を盗み聞きしたのでござる」ということだった。
 さも当たり前のように言っているが、この短時間でこれだけの情報を集められるのは、さすがは忍者というところか。

「それで、ハルトよ。敵の目的はやはり?」
「それについても、お館様の予想通りでござる。やつらはこの地に魔王城を建築するつもりでござる。元々この地に送っていた先遣隊に想定外の事態が起こり、責任をとるために魔王の息子が直々に出陣することになった……という噂も、耳にしたでござる」
「ふむ、想定外の事態とは?」
「それが、情報が秘匿ひとくされているようで、まだ調べきれていないでござる。噂では先遣隊に何かがあったとか……詳しいことは分からぬでござるが」

 忍者の言う「先遣隊」が鬼の魔物たちのことだとすれば、「想定外の事態」とは、俺によってその先遣隊が全滅させられたこと……なのだろう。
 念のため、そのこともあらかじめ話しておいた方がいいかもしれないな。
 忍者の話が終わったタイミングで、真の勇者が意見を言おうとする前に、足を一歩前に踏み出す。真の勇者は空気を読んで黙ってくれたから、それに甘えて話をさせてもらうことにしよう。

「忍者、そのことなんだが……話がある。聞いてくれるか?」

 俺が忍者に話しかけると、彼は真の勇者から俺へ視線を移した。アカリとシオリも、話を聞くために俺に改めて注意を向けてくれる。

「イツキ殿? そういえば、イツキ殿は先んじて魔界に来ていたのでござるな。何か知っているでござるか?」
「ああ。というか、俺自身が当事者というか……お前が偵察中に手に入れた『先遣隊』とは、おそらく俺が戦って全滅させた魔物のことだと思う。だからおそらく、敵が言う『想定外の事態』っていうのは、何者かに先遣隊が全滅させられた……ことだろう」

 真の勇者と忍者は、俺が嘘をついているのではないかと言いたげな、疑いの視線を向けてくる。
 それはまあ、確かに。彼らが知る限り、俺は洗浄ウォッシュという、戦闘には向いていないギフトを持っているだけの、一般的な勇者でしかないからな……
 忍者の場合は、アカリやシオリの会話を盗み聞きすることで、俺が特殊な力を持っていることには気づいているようだ。だが、それでも海の向こうから侵略してきた魔物を一人で倒しきれるほどだとは思っていないのだろう。
 というか、俺のラストワンのギフトを知っているアカリとシオリにも、この魔界でそんな戦闘があったと簡単に信じてもらえるだろうか……そう思って二人を見ると、どうやら彼女たちは俺のことを疑っている様子はなさそうだ。 

「イツキ君の言っていることは、本当だと思うよ。実は、洞窟にいるときに私たち二人に、パーティーメンバーであるイツキ君から、大量の経験値が送られてきてたからね……」
「そうです。……あ、そういえば、イツキのステータスカードは預かったままなので、後で返しますね」

 そうか、アカリとシオリは、俺と一緒のパーティーに入ったままになっているから、俺が鬼を倒して獲得した経験値が、二人のところにも送られていたのか。
 そして、そういえばなくしたと思っていたステータスカードは、二人が拾ってくれていたんだな。話が終わったら、返してもらおう。
 俺たち三人が口をそろえて「魔王軍の先遣隊は、俺がすでに討伐した」と話をしていると、いつの間にか他の勇者たちも何人か集まっていた。声が、彼らの耳にも届いていたらしい。
 真の勇者と忍者はどうやら信用してくれたようだが、周りの他の勇者たちからは冷たい視線を感じる。
 そんな中、一人の小さな子供が他の勇者を押しのけて飛び出してきた。
 よく見るとその子は、洞窟から出てきたときに真の勇者や忍者と並んでいた勇者だった。今までは別の仕事をしていたが、一段落したから俺たちの会話に交じることにしたのだろう。

「さっきの話、聞いてたよ! ところで君、アカリやシオリと一緒にいるってことは、もしかして……」
「あ、ああ。俺も勇者の一人、名前はイツキだ。お前は? 真の勇者や忍者と一緒に行動していたから、大体の想像はつくが……」
「うん。僕も勇者。名前はヒガサで、ギフトは吸血鬼――Sレアのギフトだよ! ねえ、ところで君は、どうやって魔物を倒したの? 僕と同じで、すごい強いギフトだったとか?」
「まあ、俺たち勇者は、レベルが上がればギフトに関係なく、ステータスは強くなるからな。敵から武器を奪って、それで戦って……って感じだな」
「へえ~、すごい! 僕も君みたいな、勇者になりたい!」

 突然、背の低い少年に声をかけられたが、こいつもSレアの勇者だった。
 言えるわけがないのだが、聖剣と魔剣ギフトのことを隠さざるをえないのは心苦しい。
 それにしても、この世界は勇者として召喚された者とはいえ、こんな子供にまで責任を押しつけているのか。
 Sレアの勇者なのだから、他の勇者に比べて強いのは間違いないのだろうが……まあ、深く考えるのはやめよう。
 それと、吸血鬼からはよくわからないあこがれのようなものを抱かれてしまったが、そのことについてもあまり考えないようにしよう。
 期待にこたえようとして何かを変えるのも馬鹿らしいし、そもそも期待にはどうやってもこたえられそうにないからな。ありのままの俺を見て、とっとと夢から覚めてもらった方がいいだろう。
 ……吸血鬼だけでなく、真の勇者の方からも熱意のこもった視線を感じたが、まあこちらは俺の自意識過剰か何かだろうから、こちらこそ気にしないでおくことにしよう。

「……以上で、拙者からの報告は終わりでござる。お館様は、どう思うでござる?」

 忍者は、この短時間で集められた情報を真の勇者に報告した。
 その場に集まった全員が、真の勇者の発言を静かに待つ。
 真の勇者は考え事をするように黙り込み、数秒後に「そうじゃな……」と言って話し出した。

「おそらくやつらは、勇者の存在には気づいておらぬ。想定外の事態というのも、せいぜい『強力な魔物が生息している影響で、連絡が取れなくなっている』程度に考えておるはずじゃ。じゃからまずは、その思い込みを利用して敵を撹乱かくらんする。そして最終的には、イツキ!」

 真の勇者は全員に聞こえるように作戦を告げたあと、唐突に俺の方に向き直った。

「ん? な、なんだ?」
「これからワシは、お主を徹底的に鍛え上げてやる! アカリ……そしてシオリよ。お主らはこれからワシらの命令を無視してでも、イツキを守ることを最優先に行動するのじゃ!」
「もちろん、言われなくてもそうするよ! ね、シオリちゃんもそうでしょ?」
「もちろんです。イツキも、とりあえず聖化その状態から元に戻るまでは休んでいてください。周りのことは気にしなくてもいいです。イツキのことは私とアカリで守りますから!」

 そのまま忍者は引き続き敵の偵察に向かい、真の勇者と吸血鬼の少年は、他の勇者たちに色々と指示を出しはじめた。
 真の勇者が何を考えているのかは分からないが、俺のことを鍛えると言っても、いきなり何かを始めるのではなく、やるべきことを片づけてからになりそうだ。
 どうやら今の俺の仕事は、とにかく休んで少しでも体力を回復させることのようだ。
 働いている勇者たちには悪いが、一足先にテントの中で休ませてもらうことにしよう……


 テントの中の、入り口に近いところで、壁にもたれて休んでいると、テントの入り口をめくって中に入ってこようとする気配を感じたので、薄目を開けて確認をする。
 いつ魔物に襲われても対応できるように気をつけてはいたのだが、どうやら中に入ってきたのは、魔物でも知らない勇者の一人でもなく、シオリだった。俺は安心してもう一度目を閉じる。
 シオリは俺を見つけると、俺が休んでいるすぐ隣に、同じように壁にもたれるようにして座り込んだ。そして、数秒間の沈黙の後、不意に俺に話しかけた。

「イツキ、起きていますか? ……そろそろ、起きませんか?」

 別に俺はたぬき寝入りをしたかったわけではなく、意識は起きていても、体が重くて動くのが面倒だっただけだ。
 朝起きるときに、あと五分、と布団の中で休みたくなるあの感覚と似ている。
 だが、わざわざシオリが起こしに来てくれたのだから、目を覚まさないのはさすがに失礼か。


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