マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

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第三章

アキバは秋晴れ(1)

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 秋の大学祭の前には、地域の古書店祭りもあるのだ。
 十月の晴れた土曜、古書店街はいつもよりにぎわっており、侑哉も小さいころに数回父親に連れてきてもらったことがあるが、部活に入る年齢になってからは来たことがなかった。今年は、スタッフとしての初参加だ。
「まあ、そんなにやることはないから、ほかのお店回ったらいいよ」
 友善はおそらく祖父の代からもう何十年と参加しているので、勝手知ったるという感じである。
 イベントブースにコーナーを置き、自分の店に戻ろうとして、「ああ」と何か気づき戻ってきた。
「どうしたの」
 侑哉が聞くと、友義はポケットからチラシを取り出した。
「ごめんごめん、すっかり忘れてた。安田さんとこのイベントがあるんだよね。既存の絵本と安田さんの創作絵本の読み聞かせ。午後からだけど、はなちゃんも来るから」
「......あー」
 夏に話していた企画のことだ。詳細は地域の役員が決めていたので侑哉は知らなかったのだが、実現したらしい。
「言ったつもりだったんだけど......ああ、はなちゃんには言ったから侑哉にも言ったつもりでいたんだよなあ。ごめんなー」
 申し訳なさそうに友義は言うが、確かに店内外に貼られているポスターにも同じことが書かれており、毎日のように見ているわりに見落としているのは侑哉も同じだ。
 花子が既に読み聞かせのことを知っているなら、と、友善と別れたあとに侑哉が連絡をとると、やはり会場近くに来ていた花子とすぐ合流することができた。
「ともさん、侑哉にも言ってるもんだと思ってたー」
 ピンクのツインテールを揺らしながら近づいてくる花子は、セーラー服ではなく落ち着いた茶系のワンピースを着ているが、やはりちょっと目立つ。しかし今日は連れがいることがさらに目立つ要因らしい。
「こんにちはー」
 のんびりと侑哉に挨拶をしてきたのは、いずみだ。茶色いボブカットに、大きな目、ほんわかとした見た目にグレーのニットワンピースはぴったりだ。
「なんかな、ここアキバじゃないよな」
「同じ千代田区だからいいじゃん」
 花子は時々ざっくりとした返しをしてくる。グローバルで育った女子には狭い都内は全て近いのかもしれないが、目立つのに慣れていない侑哉は猫背をさらに丸め、花子に微妙な顔をされた。
「お父さんみたい」
「ああ、それな」
 侑哉は猫背を「お父さん」と言われたのを思い出した。
 ちょっと切ない連想なので細かいところは記憶から消し去っていたらしい。せっかくイケメンなのにもったいないですよー、と、いずみまで言っている。
「あ、お父さんといえば。安田さんとこ行かなきゃ、始まっちゃう」
 花子の言葉に、侑哉といずみも慌てて移動した。ニイノ古書店から一本隣の通りにある安田書房の前には、レジャーシートが敷かれ、読み手が座るらしき低めのアウトドアチェアが二脚置いてある。
 シートには既に親子連れが数組座っており、どこかで見た顔だなと侑哉がじっと見ると、母親に抱っこされた二歳くらいの女の子の方が顔をそらす。あーあ、などと苦笑しながら侑哉に挨拶をしたのは、テイクアウト弁当を扱う定食屋の女性店員だ。侑哉はたまにしか買いに行かないが、顔は覚えられていたらしい。けれどもその娘は侑哉から顔をそらしたままだ。
「嫌われたかな」
 侑哉は少なからずショックを受け、最近またパーマをかけた髪をいじる。たが、いずみはクスクスと笑いながら「逆ですよ」と言った。
 それを聞いた侑哉は自分がいずみの左側にいることに気づいて、慌てて右に回ろうとしたが、いずみは困ったような笑顔になる。
「そういう意味の逆じゃありませんって。あと、今日は補聴器付けてるので聞こえます」
 いずみは、髪を少しかきあげた。確かに耳に補聴器が装着されている。
「ねえ、始まるよ」
 花子に呼ばれ、侑哉といずみはシートの後ろのほうに座った。安田書房店主の修次と、息子の典弘が順に出てきて、アウトドアチェアに、やや向かい合うよう並んで座った。最初は、オリジナル絵本の朗読。印刷会社に依頼したという大判の絵本が開かれると、そこに描かれているのは典弘の絵だ。優しいタッチの水彩画で、きちんと本文も入っている。話は鳥が雛から成長し巣立っていくというもので、その文章を読む修次の声は、朴訥としながらも温かい。

 侑哉からは観客の背中しか見えないが、大人も子供も皆その語り口に引き込まれ、真剣に聞いているのが伝わってきた。
「......おしまい」
 修次が物語の終わりを告げると、拍手が起きた。昔からの修次の友人も多いのか、「しゅうちゃん!」という
 掛け声も聞こえる。盛り上がりがひと段落したところで、安田書房の奥さんが読み聞かせのリクエストを募った。
 手を挙げたのは、さきほど侑哉から目をそらした女の子だ。
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