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第一章
カモに葱を背負わせてみたら(2)
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「別にいいじゃん。じゃあ何て呼べばいいの」
「うーん」
侑哉はしばし考えた。
「名前でいいけど、普通がいい。変に抑揚とか付けないで、息するように呼んでくれたら」
「面倒くさいな」
花子は一度だけ文句を言うと、それからは普通に侑哉を名前で呼ぶようになった。
初対面は寝ぼけていたし、友義がいる古書店で黙々と本を読んだり片付けをするだけの仲なのだが、『はなちゃん』『侑哉』と、ごく自然に呼びあう姿は周りから見たら「付き合いの長いカップル」か「気のおけない幼なじみ」あたりに見えるのだろうか。
古書店の常連客からもよくからかわれるので、そんなに言われたら実際に意識してしまいそうなものだが、あいにく侑哉は女子慣れしていないが女子に飢えているわけでなく、花子にはどういう話の流れだったか「お父さんみたい」と言われたりもした。
お父さん。これは予想外に侑哉の心にヒットした。
ツインテ美少女の父(バーチャル)とは、なんぞや。
原作にまりんちゃんの父は出てこない。侑哉は嫌な気分にはならず、むしろおいしいポジションととらえた。
彼氏よりお父さん。つまり、そこに恋愛感情が生まれる余地はないのである。
「だからさ、付き合ってんのか、どっちなんだよ」
侑哉が十秒ほど古書店での出来事を回想していると、岩本は苛立ち始めた。気が短いな、と侑哉は思ったが、答えていないのも確かだ。問いは二択なので、侑哉は事実に即して否定する。
「違う」
一瞬岩本はほっとした顔をしたが、すぐにたたみかける。
「でもさ、仲良いじゃん」
仲良さそう、ならともかく、なぜ詳細も知らないのに決めつけるのか。それは岩本が花子に好意を持っている嫉妬からなのだと侑哉にもわかった。周りにわんさかいる綺麗め女子大生ではなく、セーラー服を着たピンクのツインテール女子を。
「岩本」
侑哉は、カバンから一冊の本を取り出す。ラノベっぽい、鼻が描かれていない今風の絵柄の女子が表紙である。もちろん髪型はツインテールだ。
「岩本は、まりんちゃんが好きなのか?」
問われた岩本は、本と、侑哉の顔を交互に見た。漫画 なら効果線と「バッ!」という擬音が入りそうな動き。
「秋月は......まりんちゃんが好きだからあのツインテの子と?」
「半分違う。俺はまりんちゃんは好きだがあの子に恋愛感情はない」
そこで侑哉は、あることを思い付いた。
「そうだ、岩本。午後から暇ならアキバにいかないか?コーヒー飲みに」
「アキバ? 別にいいけどコーヒー飲まないんだよな、俺」
岩本は、コーヒーが苦手な理由をひたすら語っているが、侑哉には関係ない。
「うーん、まあコーヒー以外もあるからいっか......金があれば大丈夫」
適当に岩本のうんちくを遮り立ち上がった侑哉に対し、なんでわざわざ? という顔をしていた岩本だが、校内を出て秋葉原方面に移動を始めたら、さくさくと歩き始めた。行き慣れている感が満載である。
侑哉はスマホを見ながら岩本に行き先の指示を出していたが、ほどなく目的地についた。
「俺も一回しか来たことないからな......ああ、あった。ここなんだけど」
二人は、派手な電飾看板の前に立っていた。デカい雑居ビルの一階で、看板がなければオフィスビルかと素通りしてしまうかも知れない。侑哉は棒立ちのままの岩本を見たが、なぜか彼は目を輝かせている。
「おお......」
岩本の芝居ががった驚嘆の声を聞きつつ、なんかヤバそう、と侑哉は思いながら、再びスマホを開き電話をかけようとしたが、不意に凄まじい衝撃を受けた。
「ゆぅーーやぁっ!」
甘えた声で腹にタックルしてきたピンク髪ツインテの美少女は、花子、いや、ティナである。
「はな......ちゃん......」
「イヤ! ティナって呼んで~」
まさしくこれは、『非モテ』の一シーン。「美少女が異世界から来た主人公に振り向いてほしくてとにかくボディアタックをする」という定番シチュエーションの再現である。しかし花子から受けたタックルの強さは、侑哉が想像していた女子のそれと違った。山から降りてき たイノシシを連想しつつ、侑哉は腹を抱えてうずくまる。 岩本は、その三歩後ろで口を開けたまま立っていた。
「......ごめん......僕では君の愛を受け止めきれない」
「何わけわかんないこと言ってんの」
侑哉はせっかくだからなにかの主人公っぽいセリフを言ってみたのだが、タックルしてきた張本人に一蹴されてしまった。
やはりそこに男女の愛は無い、と侑哉は心の中で頷く。
花子はセーラー服の上に付けたエプロンの裾をちょっとつまみながら、営業スマイルを岩本に向けた。
「来てくれてありがとね! 侑哉の友達なんでしょう?宜しく!」
やれやれ、と侑哉が肩をすくめながら岩本を見ると、案の定彼は花子を凝視して固まっている。まりんちゃんが好きな岩本には、花子はまさに理想だ
ろう。
「秋月......ありがとうな......!」
「侑哉、ありがとねー」
侑哉は、双方から全く違う種類の笑顔を見せられた。
需要供給の一致という、正しい状態に導いただけなのだが、なんだか美人局の親玉のような気分になった侑哉であった。
「うーん」
侑哉はしばし考えた。
「名前でいいけど、普通がいい。変に抑揚とか付けないで、息するように呼んでくれたら」
「面倒くさいな」
花子は一度だけ文句を言うと、それからは普通に侑哉を名前で呼ぶようになった。
初対面は寝ぼけていたし、友義がいる古書店で黙々と本を読んだり片付けをするだけの仲なのだが、『はなちゃん』『侑哉』と、ごく自然に呼びあう姿は周りから見たら「付き合いの長いカップル」か「気のおけない幼なじみ」あたりに見えるのだろうか。
古書店の常連客からもよくからかわれるので、そんなに言われたら実際に意識してしまいそうなものだが、あいにく侑哉は女子慣れしていないが女子に飢えているわけでなく、花子にはどういう話の流れだったか「お父さんみたい」と言われたりもした。
お父さん。これは予想外に侑哉の心にヒットした。
ツインテ美少女の父(バーチャル)とは、なんぞや。
原作にまりんちゃんの父は出てこない。侑哉は嫌な気分にはならず、むしろおいしいポジションととらえた。
彼氏よりお父さん。つまり、そこに恋愛感情が生まれる余地はないのである。
「だからさ、付き合ってんのか、どっちなんだよ」
侑哉が十秒ほど古書店での出来事を回想していると、岩本は苛立ち始めた。気が短いな、と侑哉は思ったが、答えていないのも確かだ。問いは二択なので、侑哉は事実に即して否定する。
「違う」
一瞬岩本はほっとした顔をしたが、すぐにたたみかける。
「でもさ、仲良いじゃん」
仲良さそう、ならともかく、なぜ詳細も知らないのに決めつけるのか。それは岩本が花子に好意を持っている嫉妬からなのだと侑哉にもわかった。周りにわんさかいる綺麗め女子大生ではなく、セーラー服を着たピンクのツインテール女子を。
「岩本」
侑哉は、カバンから一冊の本を取り出す。ラノベっぽい、鼻が描かれていない今風の絵柄の女子が表紙である。もちろん髪型はツインテールだ。
「岩本は、まりんちゃんが好きなのか?」
問われた岩本は、本と、侑哉の顔を交互に見た。漫画 なら効果線と「バッ!」という擬音が入りそうな動き。
「秋月は......まりんちゃんが好きだからあのツインテの子と?」
「半分違う。俺はまりんちゃんは好きだがあの子に恋愛感情はない」
そこで侑哉は、あることを思い付いた。
「そうだ、岩本。午後から暇ならアキバにいかないか?コーヒー飲みに」
「アキバ? 別にいいけどコーヒー飲まないんだよな、俺」
岩本は、コーヒーが苦手な理由をひたすら語っているが、侑哉には関係ない。
「うーん、まあコーヒー以外もあるからいっか......金があれば大丈夫」
適当に岩本のうんちくを遮り立ち上がった侑哉に対し、なんでわざわざ? という顔をしていた岩本だが、校内を出て秋葉原方面に移動を始めたら、さくさくと歩き始めた。行き慣れている感が満載である。
侑哉はスマホを見ながら岩本に行き先の指示を出していたが、ほどなく目的地についた。
「俺も一回しか来たことないからな......ああ、あった。ここなんだけど」
二人は、派手な電飾看板の前に立っていた。デカい雑居ビルの一階で、看板がなければオフィスビルかと素通りしてしまうかも知れない。侑哉は棒立ちのままの岩本を見たが、なぜか彼は目を輝かせている。
「おお......」
岩本の芝居ががった驚嘆の声を聞きつつ、なんかヤバそう、と侑哉は思いながら、再びスマホを開き電話をかけようとしたが、不意に凄まじい衝撃を受けた。
「ゆぅーーやぁっ!」
甘えた声で腹にタックルしてきたピンク髪ツインテの美少女は、花子、いや、ティナである。
「はな......ちゃん......」
「イヤ! ティナって呼んで~」
まさしくこれは、『非モテ』の一シーン。「美少女が異世界から来た主人公に振り向いてほしくてとにかくボディアタックをする」という定番シチュエーションの再現である。しかし花子から受けたタックルの強さは、侑哉が想像していた女子のそれと違った。山から降りてき たイノシシを連想しつつ、侑哉は腹を抱えてうずくまる。 岩本は、その三歩後ろで口を開けたまま立っていた。
「......ごめん......僕では君の愛を受け止めきれない」
「何わけわかんないこと言ってんの」
侑哉はせっかくだからなにかの主人公っぽいセリフを言ってみたのだが、タックルしてきた張本人に一蹴されてしまった。
やはりそこに男女の愛は無い、と侑哉は心の中で頷く。
花子はセーラー服の上に付けたエプロンの裾をちょっとつまみながら、営業スマイルを岩本に向けた。
「来てくれてありがとね! 侑哉の友達なんでしょう?宜しく!」
やれやれ、と侑哉が肩をすくめながら岩本を見ると、案の定彼は花子を凝視して固まっている。まりんちゃんが好きな岩本には、花子はまさに理想だ
ろう。
「秋月......ありがとうな......!」
「侑哉、ありがとねー」
侑哉は、双方から全く違う種類の笑顔を見せられた。
需要供給の一致という、正しい状態に導いただけなのだが、なんだか美人局の親玉のような気分になった侑哉であった。
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