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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い

千景の力②

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 佐々木家は陰陽師の家系だ。何百年と、その力により権力者から庇護を受けてきて、神域である山に神社を創建した。一族は本家を中心に分家も増え、だがその力関係は絶対である。なぜか。

 その理由のひとつに、「桃」があった。
 年頃の娘の姿をした式神は、本家のものにしか見えない。一般家庭より婚姻を結んだ者にも見えるのに、なぜか分家のものには見えないのだ。
 龍之介の娘も、生まれた時から桃の気配を感じられた。
 だが、桃が断言した「この子には式神を操る力がない」という事実は、龍之介を愕然とさせた。龍之介の親は離縁をすすめ、母の清子は、自分がきちんとした跡取りをうめなかったことに責任を感じ、夢遊病のように夜中出歩きあやうく事故に遭うところを保護された。さすがに龍之介もそれ以上妻の精神に負担をかけぬよう心を砕いたが、何より千景は桃のことが見える。跡取りとしてこれ以上適した証拠はない、と渋々ながら大人たちは納得するしかなかった。
 桃は、龍之介の護符を借りて式神を出現させることができる。力はなくとも異形が見え、またあちらからも認識されやすい千景が危うくなっても、桃が助けることでなんとか誤魔化してきた、つもりだった。

「それが、千景のお母さんが夢遊病でふらふら歩いてるとき、子供に力がないーどうしよーってぶつぶつ言ってたのを、保護した分家の庭師が聞いたんや」
 勿論分家は庭師にきつく口止めしたが、3年ほどたった頃に、庭師はほかの分家へ行った際にポロッと漏らしてしまった。
 ひとつの分家だけで知る秘密、とあらば他の分家も黙っちゃいられない。皆集まり本家の龍之介に詰め寄ったが、その都度、桃の使役する式神を「千景が使役する」と言い張ってきた。分家には桃が見えないので、それが本当かどうか、確認するすべはなく、分家も判然としないままにそれ以上直接詰め寄ることはなかった。


「けどなあ……大人たちはまあ、色々考えてたわ。それなら分家のもんを養子にさせるか、とか、千景に分家の息子を娶せるか、とかな」
「……結果的に親父は婿入りしとるやんか」
「風悟、お前意外とせっかちやな。まあ聞け」


 龍之介とそれぞれの分家は、互いを牽制しながら距離を保ってきた。
 当の本人、千景は中学生になり、そろそろ恋愛にも興味を持つ年頃。そこに特定の分家が取り入ることをよしとしない大人達は、千景本人の耳には入らぬよう、本人の意思を無視したまま勝手に結婚相手を選んでいた。
「そんなかに、親父もおったんか」
「いや、俺は別に……小さい頃からそんな話ばっかり聞かされてたからのう……次男やし、もう大学生で教職も取ってたから、実家からも陰陽師からも離れよう思うてたわ。それが」
 千景が、行方不明という報が入ったのだ。

「中学になってな……なんでこんな力がないんやろ、なんでこんな風に生まれて来たんやろ、って……家に申し訳ないというか、鬱々として誰もおらん山んなか入って、歩いとったんや。夏休みの終わり頃か……そしたらゲリラ豪雨がきて」
 足を取られ、千景は川に落ちてしまった。
「そこで、ネネコと会ったんやったな」
 ふふっと、千景は懐かしい記憶をたどり、笑顔でネネコを見た。
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