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「ルミエール、なぜこんなところでサボっているんだ」
治癒の力を使い果たし、動けなくなっていた私は、天幕の中で休んでいた。
天幕に突然入って来たのはジョージ王太子だった。いくら婚約者といえども、女性の天幕のなかに、何も言わずに入ってくるのは、酷いマナー違反だ。
三ヶ月ほど前に、王国の東北地方でゴブリンの活動が盛んになり、最初の頃は東北地区の村々がそれぞれ冒険者を雇って自衛していたのだが、沈静化に失敗して、村のいくつかが滅ぼされ、遂にはゴブリンキングが現れてしまった。
ゴブリンキングが現れると、もう冒険者でどうこうというレベルの話ではなくなる。国王はゴブリン討伐のため、軍を派遣したのだが、思った以上に苦戦を強いられ、戦闘が長期化していた。
そのため、国王は王太子を責任者として援軍を派遣し、婚約者で聖女でもある私も従軍させ、負傷兵の治療に当たらせたのだ。
「で、殿下。力を使い果たしてしまいまして……」
「マリアンヌはお前の分も働くと言って、甲斐甲斐しく働いているぞ」
マリアンヌは聖女補佐で、聖女の私と共に、ゴブリン軍と戦っている兵士の治癒に従事しているが、彼女と私とでは役割が違う。だが、何度説明しても、ジョージは聖女と聖女補佐の役割の違いを理解しようとしない。
「殿下、動けないので、邪魔にならないように休んでおります」
「ふん。嘘を言うな。早く起き上がれ」
ダメだ。いつものように全く聞く耳を持たない。ジョージが私の手を引っ張って無理矢理起こそうとするが、私は足に力が入らないため、引きずられる形になる。
「こいつ、下らぬ演技をするな」
ジョージが乱暴に手を離した。私はどさりと地面に叩きつけられた。
「ううっ」
地面に顔を打ちつけてしまい、唇から血が出て来た。
「もう我慢ならぬ。マリアンヌをこき使って働かせて、自分はぐうたらしてばかり。挙げ句の果てにこのような小芝居をうち、私に暴力を振るわれたと見せつけるため、自分の怪我の治癒もしない。こんな聖女は許されぬ。私の婚約者にも相応しくないっ」
ジョージはよほど腹に据えかねたのか、私のお尻を乱暴に蹴飛ばしてから、天幕を出て行った。
ジョージは一言で言うと、我儘なお坊っちゃまという性格だ。自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。
慣例で聖女である私が王太子の婚約者になってまだ半年だが、ジョージは最初こそ優しかったが、だんだんと我儘な態度を見せるようになって来た。
加えて、ジョージは猜疑心が強く、嫉妬深い。私のことは自分の所有物だと思っており、私が他の男性を見るだけで不機嫌になる。
そして、最近は理不尽に暴力を振るって来たり、暴言を吐いて来たりするようになった。聖女は自動治癒能力があるため、暴力を受けても痛くはないし、すぐに治ってしまう。そのためなのか、殴られたり、蹴飛ばされたりが、エスカレートして来た。
妻は夫に黙って従うのが当然の世の中であるため、これまでは黙って耐えて来たが、もう限界かもしれない。
(どうしてこんなにこじれてしまったのか分からないけど、もうだめだわ。殿下とはこれ以上やっていける気がしない……)
自動治癒する力が出ず、地面にぶつけた顔と蹴られたお尻がじんじんする。ジョージは勘違いしているが、聖女は自分自身に治癒を能動的にかけることはない。自動的に自然に治癒されるのだ。ただ、それを止めることは出来るが。
しばらく倒れたまま治癒力が回復するのを待っていたら、ジョージが部下を連れて、再び天幕に入って来た。
「まだ、演技を続けるかっ。お前たち、この女を前線に捨てて来いっ」
「え? で、殿下、何をっ」
私は驚いて叫んだが、部下たちは容赦なかった。ぐったりとしている私を担架に乗せ、天幕の外に運び出し、そのままゴブリンのいる方向に進み始めた。
「殿下、殿下っ」
私は焦って叫んだが、ジョージは薄笑いを浮かべていた。
「芝居をやめて起き上がったら、今回は許してやる。芝居を続けるようなら、そのままゴブリンの慰みものになってしまえ」
殿下の後ろにマリアンヌが立っているのが見えた。
「マリアンヌ、殿下に説明して。あなたなら、治癒力が枯渇した状態は分かるでしょう」
「聖女様、私は嘘は申し上げられません。治癒力が枯渇しても、五分ほどで歩けるようになり、介抱の作業は出来ます。私はそうしています」
「あなたは治癒ではなく、治癒の補佐でしょう。負傷した人々が回復した反動は全て治癒した聖女が受け止めて、その結果、半日は動けなくなると説明したでしょう」
「殿下、聖女様が怖いです。ああやって、私を叱責されて……」
マリアンヌがジョージの脇に寄りかかるようにすると、ジョージはマリアンヌの肩を優しく抱き寄せた。婚約者の前で見せる所作ではない。
「もうよいっ。ルミエールを連れて行け。ギリギリにならないと芝居をやめないようなら、ギリギリまで追い込んでやれ」
私はジョージとの仲がこんなにもこじれてしまった原因が、マリアンヌであることにようやく気づいた。猜疑心の強いジョージにあれこれ吹き込んだに違いない。
(こんなになるまで気づかないなんて。私は相当な間抜けだったわ)
ジョージとマリアンヌの姿がどんどん離れて行った。担架に乗せられた私は、王国軍の陣地を抜け、ゴブリンとの戦いの前線へと向かっている。
マリアンヌとは聖女候補で争ったときからの仲だが、聖女になり、王太子の婚約者にもなった私を妬んでいたのだろう。そんな素ぶりは全く見せなかったが、まんまと嵌められてしまったようだ。
「もし、どこかで休ませて下さいませんか」
私は担架の後ろの方の兵士に声をかけた。回復する時間が欲しい。
「前線の草原に聖女様を置いてくるようにと殿下から命じられています。聖女様が担架から立ち上がられたら、連れ帰っていいとも言われております。聖女様、そろそろ起きて頂けますか」
兵士は私に腹を立てているのだろうか。仏頂面だ。
「あなた方も私を信じてくれないのですか」
「しかし、マリアンヌ様が聖女様も自分と同じなのに、とよくこぼしておられました」
兵士からあまりいいように見られていないのは感じていたが、それもマリアンヌのせいだったのか。
「あの子は補佐をしているだけだから。聖女と聖女補佐では負担が違いすぎるのです」
「申し訳ございません。戦場での命令違反は死罪ですので、我々は殿下の命令を守るしかないのです」
「ああ、まさかこんなことになるなんて……」
私は担架に揺られながら、手で顔を覆った。
「聖女様、本当に動けないのでしょうか?」
兵士の表情が少し心配そうな表情に変わった。
「半日は動けないです。安静にしていれば、回復します」
「起きて頂いたということにして頂けますか。そうすれば連れて帰れます」
「それは出来ません。治癒をするとこうなることは正しく理解して頂かないと、同じことの繰り返しになります。それに、後で嘘だとばれたら、あなたたちは罰せられます。そうでしょう?」
「そ、それは……」
「仕方ありません。置き去りにして下さい。これも神の試練でしょう」
私は観念した。マリアンヌの策略に気づかなかった私の自業自得だ。
「聖女様……」
兵士が申し訳なさそうな顔になったが、それでも彼らは命令に従うしかない。
私はゴブリン軍の野営地が近くに確認できる草原まで運ばれ、置き去りにされた。
治癒の力を使い果たし、動けなくなっていた私は、天幕の中で休んでいた。
天幕に突然入って来たのはジョージ王太子だった。いくら婚約者といえども、女性の天幕のなかに、何も言わずに入ってくるのは、酷いマナー違反だ。
三ヶ月ほど前に、王国の東北地方でゴブリンの活動が盛んになり、最初の頃は東北地区の村々がそれぞれ冒険者を雇って自衛していたのだが、沈静化に失敗して、村のいくつかが滅ぼされ、遂にはゴブリンキングが現れてしまった。
ゴブリンキングが現れると、もう冒険者でどうこうというレベルの話ではなくなる。国王はゴブリン討伐のため、軍を派遣したのだが、思った以上に苦戦を強いられ、戦闘が長期化していた。
そのため、国王は王太子を責任者として援軍を派遣し、婚約者で聖女でもある私も従軍させ、負傷兵の治療に当たらせたのだ。
「で、殿下。力を使い果たしてしまいまして……」
「マリアンヌはお前の分も働くと言って、甲斐甲斐しく働いているぞ」
マリアンヌは聖女補佐で、聖女の私と共に、ゴブリン軍と戦っている兵士の治癒に従事しているが、彼女と私とでは役割が違う。だが、何度説明しても、ジョージは聖女と聖女補佐の役割の違いを理解しようとしない。
「殿下、動けないので、邪魔にならないように休んでおります」
「ふん。嘘を言うな。早く起き上がれ」
ダメだ。いつものように全く聞く耳を持たない。ジョージが私の手を引っ張って無理矢理起こそうとするが、私は足に力が入らないため、引きずられる形になる。
「こいつ、下らぬ演技をするな」
ジョージが乱暴に手を離した。私はどさりと地面に叩きつけられた。
「ううっ」
地面に顔を打ちつけてしまい、唇から血が出て来た。
「もう我慢ならぬ。マリアンヌをこき使って働かせて、自分はぐうたらしてばかり。挙げ句の果てにこのような小芝居をうち、私に暴力を振るわれたと見せつけるため、自分の怪我の治癒もしない。こんな聖女は許されぬ。私の婚約者にも相応しくないっ」
ジョージはよほど腹に据えかねたのか、私のお尻を乱暴に蹴飛ばしてから、天幕を出て行った。
ジョージは一言で言うと、我儘なお坊っちゃまという性格だ。自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。
慣例で聖女である私が王太子の婚約者になってまだ半年だが、ジョージは最初こそ優しかったが、だんだんと我儘な態度を見せるようになって来た。
加えて、ジョージは猜疑心が強く、嫉妬深い。私のことは自分の所有物だと思っており、私が他の男性を見るだけで不機嫌になる。
そして、最近は理不尽に暴力を振るって来たり、暴言を吐いて来たりするようになった。聖女は自動治癒能力があるため、暴力を受けても痛くはないし、すぐに治ってしまう。そのためなのか、殴られたり、蹴飛ばされたりが、エスカレートして来た。
妻は夫に黙って従うのが当然の世の中であるため、これまでは黙って耐えて来たが、もう限界かもしれない。
(どうしてこんなにこじれてしまったのか分からないけど、もうだめだわ。殿下とはこれ以上やっていける気がしない……)
自動治癒する力が出ず、地面にぶつけた顔と蹴られたお尻がじんじんする。ジョージは勘違いしているが、聖女は自分自身に治癒を能動的にかけることはない。自動的に自然に治癒されるのだ。ただ、それを止めることは出来るが。
しばらく倒れたまま治癒力が回復するのを待っていたら、ジョージが部下を連れて、再び天幕に入って来た。
「まだ、演技を続けるかっ。お前たち、この女を前線に捨てて来いっ」
「え? で、殿下、何をっ」
私は驚いて叫んだが、部下たちは容赦なかった。ぐったりとしている私を担架に乗せ、天幕の外に運び出し、そのままゴブリンのいる方向に進み始めた。
「殿下、殿下っ」
私は焦って叫んだが、ジョージは薄笑いを浮かべていた。
「芝居をやめて起き上がったら、今回は許してやる。芝居を続けるようなら、そのままゴブリンの慰みものになってしまえ」
殿下の後ろにマリアンヌが立っているのが見えた。
「マリアンヌ、殿下に説明して。あなたなら、治癒力が枯渇した状態は分かるでしょう」
「聖女様、私は嘘は申し上げられません。治癒力が枯渇しても、五分ほどで歩けるようになり、介抱の作業は出来ます。私はそうしています」
「あなたは治癒ではなく、治癒の補佐でしょう。負傷した人々が回復した反動は全て治癒した聖女が受け止めて、その結果、半日は動けなくなると説明したでしょう」
「殿下、聖女様が怖いです。ああやって、私を叱責されて……」
マリアンヌがジョージの脇に寄りかかるようにすると、ジョージはマリアンヌの肩を優しく抱き寄せた。婚約者の前で見せる所作ではない。
「もうよいっ。ルミエールを連れて行け。ギリギリにならないと芝居をやめないようなら、ギリギリまで追い込んでやれ」
私はジョージとの仲がこんなにもこじれてしまった原因が、マリアンヌであることにようやく気づいた。猜疑心の強いジョージにあれこれ吹き込んだに違いない。
(こんなになるまで気づかないなんて。私は相当な間抜けだったわ)
ジョージとマリアンヌの姿がどんどん離れて行った。担架に乗せられた私は、王国軍の陣地を抜け、ゴブリンとの戦いの前線へと向かっている。
マリアンヌとは聖女候補で争ったときからの仲だが、聖女になり、王太子の婚約者にもなった私を妬んでいたのだろう。そんな素ぶりは全く見せなかったが、まんまと嵌められてしまったようだ。
「もし、どこかで休ませて下さいませんか」
私は担架の後ろの方の兵士に声をかけた。回復する時間が欲しい。
「前線の草原に聖女様を置いてくるようにと殿下から命じられています。聖女様が担架から立ち上がられたら、連れ帰っていいとも言われております。聖女様、そろそろ起きて頂けますか」
兵士は私に腹を立てているのだろうか。仏頂面だ。
「あなた方も私を信じてくれないのですか」
「しかし、マリアンヌ様が聖女様も自分と同じなのに、とよくこぼしておられました」
兵士からあまりいいように見られていないのは感じていたが、それもマリアンヌのせいだったのか。
「あの子は補佐をしているだけだから。聖女と聖女補佐では負担が違いすぎるのです」
「申し訳ございません。戦場での命令違反は死罪ですので、我々は殿下の命令を守るしかないのです」
「ああ、まさかこんなことになるなんて……」
私は担架に揺られながら、手で顔を覆った。
「聖女様、本当に動けないのでしょうか?」
兵士の表情が少し心配そうな表情に変わった。
「半日は動けないです。安静にしていれば、回復します」
「起きて頂いたということにして頂けますか。そうすれば連れて帰れます」
「それは出来ません。治癒をするとこうなることは正しく理解して頂かないと、同じことの繰り返しになります。それに、後で嘘だとばれたら、あなたたちは罰せられます。そうでしょう?」
「そ、それは……」
「仕方ありません。置き去りにして下さい。これも神の試練でしょう」
私は観念した。マリアンヌの策略に気づかなかった私の自業自得だ。
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