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第十一章 エルフの国
エルフの臣従
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ひと月後、エルフ王を退位して中央区画王となったサージが、トドロキ皇帝に謁見するため、東区画を訪れた。
サージ一行は急ピッチで開発が進む東区画の首都サビリンの変貌に目を疑った。
「こ、これは。こんなことが……」
宰相のマルクスが前回東地区を訪問してから二ヶ月も経っていない。だが、この短い期間に、首都サビリンは樹上都市ではなく、森に囲まれた地上都市になってしまっていた。
エルフにとって、樹木を切ることは、神々の作品を穢す行為であり、禁忌であった。
「うむ、思い切ったことをする。我らの古い考えを一つづつ変えて行くしかない、ということか」
「サージ様、そんなに簡単に受け入れられるものではないですぞ」
マルクスはいとも簡単に受け入れるサージが信じられず、思わず苦言を呈した。
「そうかな? 民の表情を見ろ。笑顔で活気に満ちているぞ。魔物を恐れて木の上に隠れて過ごすよりも、地上で堂々と太陽の光を浴びて暮らす方を選んだのだろう。だが、そうは言っても、地上を歩くと恐怖で足がすくむな」
エルフは非常に臆病な生物だ。彼らの祖先は地上での生存競争を避け、樹上に逃げ込んだ。その血を受け継ぐ彼らは、基本的に他種族との争いは行わない。逃げ道があれば、逃げる選択をするのがエルフであった。
ただ、数千年もの間、樹上空間で敵のいない生活を送ってきた彼らではあったが、同族同士での争いは絶えなかった。
その結果、軍が組成され、何度か戦を経験していくうちに、他種族とも戦えるのではないかと思ったのだが、今回、それが勘違いであることを思い知らされた。ギランもゾルゲもいずれは人間に臣従するだろう。
「サージ様、お待ちしておりました。トドロキ皇帝陛下がお待ちです」
サージが振り返るとサビーヌが笑顔で立っていた。
(ちょっと見ない間に随分と太ったな)
「サビーヌ、わざわざ出迎えすまない。その、元気そうで何よりだ」
サビーヌはサージの言いたいことを敏感に察知した。
「ニンちゃんには、ガリガリよりもぽっちゃりが人気なのです」
「ニンちゃん?」
「あ、すいません。ここでは人間のことをニンちゃん、エルフのことをエルちゃんと呼んでいるのです」
改めて街を見渡すと、ぽっちゃりエルフが多いことにサージは気づいた。
(ひ、ひとつ、ひとつ受け入れて行こう)
サージが謁見の間に入っていくと、赤い敷物が玉座まで一直線に伸び、左右に人間とエルフの若い女がズラリと並んでいた。
「絨毯の上を歩いて玉座の近くまでお進みください」
(この赤い道は「じゅうたん」というのか)
サビーヌに促されて、サージは玉座へと進んだ。マルクスはまだ臣従になることに完全には納得していないため、外で待たせている。彼の命を守るためだった。
絨毯はふかふかだった。後で知ったのだが、両端に並んでいたのは皇帝の妃で、人間が五十人、エルフが五十人いるらしい。
トドロキ皇帝はわりと普通の感じだったが、後方に控えている青白く輝く少女は、人外の雰囲気をまとっていた。恐らく彼女がゲンムの上司のメルサだろう。サーシャに次ぐ現人神序列第二位の実力者と聞いている。
トドロキが気さくにサージに念話をしてきた。
「サージさん、遠路はるばる大変だったでしょう。こちらにお掛け下さい」
トドロキは立ち上がって、玉座の隣の椅子をサージに勧めた。サージは驚いた。トドロキの隣は皇后の席だとばかり思っていた。臣従の誓いであるからには、御前に跪くものだと思っていた。
「さあさあ、遠慮せずにどうぞ」
サージが戸惑っていると、トドロキがサージの腕を取って、背中を叩いて、席に座るよう促した。ここまでされては、おとなしく席に座るしかない。
「では、失礼して」
サージは玉座と何ら変わりのない豪華な椅子に腰を下ろした。
「サージさん、よくぞ我々と共に発展する道を選んでくれました。感謝します」
トドロキの表情には偽りのない感謝の気持ちが現れていた。
「いえ、こちらこそ、陛下の寛大なご対応に感謝しております」
「残りの北区画、西区画の王達も一緒に歩んでくれたらと切に思います。私は皇帝ですが、後ろのメルサも、すでにお会い頂いたサーシャも家臣ではありません。彼女たちは女神様の使徒で、自由気ままに動きますから、くれぐれもご注意ください」
「左様ですか。ご配慮痛み入ります。両区画の王は再度私から説得するようにいたします」
「よろしくお願いします。では、要件は以上です。事務レベルの細かい点は妻たちと詰めていただければと思います。ごゆるりとご滞在ください。今夜、ささやかではございますが、歓迎の席を設けました。サビーヌさんたちもお呼びしていますので、是非ともおいでください」
もう終わりなのか。サージは拍子抜けした。トドロキはではまた今夜と言いながら、妃四人と奥の部屋へと消えていった。メルサはいつの間にか消えている。
「サージ様、町をご案内私ます」
気がつくと、サビーヌが玉座まで来ていた。
「あ、ああ。何だか呆気なかったな」
「サージ様、これからが大変なのですよ。森を切り拓き、田畑を作り、作物を育てるのです。人間とは文化も寿命も違います。今までも大小問題が出ています。そんなとき、人間のトップとエルフのトップが一枚岩でなければいけません。エルフの未来はサージ様次第ですよ」
「重責だな。サビーヌも手伝ってくれよ」
「もちろんです。さあ、まずは昼食ですね。私のお気に入りのお店にお連れします」
サビーヌはこんなに明るく元気な女性だっただろうか。サビーヌに手を引っ張られながら、これ以上は太らない方がいいぞ、とサビーヌの背中を見てサージは思った。
サージ一行は急ピッチで開発が進む東区画の首都サビリンの変貌に目を疑った。
「こ、これは。こんなことが……」
宰相のマルクスが前回東地区を訪問してから二ヶ月も経っていない。だが、この短い期間に、首都サビリンは樹上都市ではなく、森に囲まれた地上都市になってしまっていた。
エルフにとって、樹木を切ることは、神々の作品を穢す行為であり、禁忌であった。
「うむ、思い切ったことをする。我らの古い考えを一つづつ変えて行くしかない、ということか」
「サージ様、そんなに簡単に受け入れられるものではないですぞ」
マルクスはいとも簡単に受け入れるサージが信じられず、思わず苦言を呈した。
「そうかな? 民の表情を見ろ。笑顔で活気に満ちているぞ。魔物を恐れて木の上に隠れて過ごすよりも、地上で堂々と太陽の光を浴びて暮らす方を選んだのだろう。だが、そうは言っても、地上を歩くと恐怖で足がすくむな」
エルフは非常に臆病な生物だ。彼らの祖先は地上での生存競争を避け、樹上に逃げ込んだ。その血を受け継ぐ彼らは、基本的に他種族との争いは行わない。逃げ道があれば、逃げる選択をするのがエルフであった。
ただ、数千年もの間、樹上空間で敵のいない生活を送ってきた彼らではあったが、同族同士での争いは絶えなかった。
その結果、軍が組成され、何度か戦を経験していくうちに、他種族とも戦えるのではないかと思ったのだが、今回、それが勘違いであることを思い知らされた。ギランもゾルゲもいずれは人間に臣従するだろう。
「サージ様、お待ちしておりました。トドロキ皇帝陛下がお待ちです」
サージが振り返るとサビーヌが笑顔で立っていた。
(ちょっと見ない間に随分と太ったな)
「サビーヌ、わざわざ出迎えすまない。その、元気そうで何よりだ」
サビーヌはサージの言いたいことを敏感に察知した。
「ニンちゃんには、ガリガリよりもぽっちゃりが人気なのです」
「ニンちゃん?」
「あ、すいません。ここでは人間のことをニンちゃん、エルフのことをエルちゃんと呼んでいるのです」
改めて街を見渡すと、ぽっちゃりエルフが多いことにサージは気づいた。
(ひ、ひとつ、ひとつ受け入れて行こう)
サージが謁見の間に入っていくと、赤い敷物が玉座まで一直線に伸び、左右に人間とエルフの若い女がズラリと並んでいた。
「絨毯の上を歩いて玉座の近くまでお進みください」
(この赤い道は「じゅうたん」というのか)
サビーヌに促されて、サージは玉座へと進んだ。マルクスはまだ臣従になることに完全には納得していないため、外で待たせている。彼の命を守るためだった。
絨毯はふかふかだった。後で知ったのだが、両端に並んでいたのは皇帝の妃で、人間が五十人、エルフが五十人いるらしい。
トドロキ皇帝はわりと普通の感じだったが、後方に控えている青白く輝く少女は、人外の雰囲気をまとっていた。恐らく彼女がゲンムの上司のメルサだろう。サーシャに次ぐ現人神序列第二位の実力者と聞いている。
トドロキが気さくにサージに念話をしてきた。
「サージさん、遠路はるばる大変だったでしょう。こちらにお掛け下さい」
トドロキは立ち上がって、玉座の隣の椅子をサージに勧めた。サージは驚いた。トドロキの隣は皇后の席だとばかり思っていた。臣従の誓いであるからには、御前に跪くものだと思っていた。
「さあさあ、遠慮せずにどうぞ」
サージが戸惑っていると、トドロキがサージの腕を取って、背中を叩いて、席に座るよう促した。ここまでされては、おとなしく席に座るしかない。
「では、失礼して」
サージは玉座と何ら変わりのない豪華な椅子に腰を下ろした。
「サージさん、よくぞ我々と共に発展する道を選んでくれました。感謝します」
トドロキの表情には偽りのない感謝の気持ちが現れていた。
「いえ、こちらこそ、陛下の寛大なご対応に感謝しております」
「残りの北区画、西区画の王達も一緒に歩んでくれたらと切に思います。私は皇帝ですが、後ろのメルサも、すでにお会い頂いたサーシャも家臣ではありません。彼女たちは女神様の使徒で、自由気ままに動きますから、くれぐれもご注意ください」
「左様ですか。ご配慮痛み入ります。両区画の王は再度私から説得するようにいたします」
「よろしくお願いします。では、要件は以上です。事務レベルの細かい点は妻たちと詰めていただければと思います。ごゆるりとご滞在ください。今夜、ささやかではございますが、歓迎の席を設けました。サビーヌさんたちもお呼びしていますので、是非ともおいでください」
もう終わりなのか。サージは拍子抜けした。トドロキはではまた今夜と言いながら、妃四人と奥の部屋へと消えていった。メルサはいつの間にか消えている。
「サージ様、町をご案内私ます」
気がつくと、サビーヌが玉座まで来ていた。
「あ、ああ。何だか呆気なかったな」
「サージ様、これからが大変なのですよ。森を切り拓き、田畑を作り、作物を育てるのです。人間とは文化も寿命も違います。今までも大小問題が出ています。そんなとき、人間のトップとエルフのトップが一枚岩でなければいけません。エルフの未来はサージ様次第ですよ」
「重責だな。サビーヌも手伝ってくれよ」
「もちろんです。さあ、まずは昼食ですね。私のお気に入りのお店にお連れします」
サビーヌはこんなに明るく元気な女性だっただろうか。サビーヌに手を引っ張られながら、これ以上は太らない方がいいぞ、とサビーヌの背中を見てサージは思った。
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